第448話 竜王の居城(3)
「ギャンッ……!?」
場所は大魔巌樹第100階層の広間。目が四つある犬人族に似た魔物、四目狼型の眷属の心臓を、僕の槍が刺し貫いた。
「ガハッ…… ナ、何故コンナ所二人間ガッ……!? オ前達、上層二報セヲ……」
そのまま地面に崩れ落ちた眷属は、血と共にそんな台詞を吐いてから絶命した。
急いで周囲に目を走らせると、そいつの配下である通常の四目狼達は全て倒れ伏していた。みんなが仕留めてくれた後のようだ。
プルーナさんが出口を地魔法で塞いでくれているので、恐らく討ち漏らしも無いだろう。
「ふぅ…… 良かった。逃した個体はいなさそうですね…… みんな、お疲れ様でした」
「うむ。しかし、匂いでバレるとはな…… 今まで見つからなかったのは、単に幸運だった訳か……」
ヴァイオレット様が、横たわる四目狼の眷属を見下ろしながら呟く。
フラーシュさんの光学迷彩魔法がアップデートされて以降、僕らは蛇や蝙蝠型の魔物をも欺き、戦闘無しでこの第100階層まで登ってきた。
しかし、僕らの至近距離を通ったこの眷属は、訝しげに鼻をひくつかせながら近寄ってきた。移動してもそのまま追ってきたので、やむを得ず切り伏せたのである。
「ほっ…… じゃあ、あたしが失敗した訳じゃないんだ…… --あ、いや、違うくて…… に、匂い対策もしないとね、うん……!」
「ふふっ、フラーシュは実際よくやってくれていますわよ。ここ一週間ほど戦闘がなかったんですもの。
とは言え、どうしましょうねぇ…… 毎日体を洗って匂い少ない物を食べているのに、強い魔物は感覚も鋭敏で困りますわぁ……」
隠密行動の専門家であるキアニィさんには、ここへ持ち込む食料についても監修してもらっている。
大魔巌樹に入ってからは、僕らの体臭もかなり抑えられているはずなのだ。
それでも、高位の犬型魔物の嗅覚までは誤魔化せなかたみたいだけど……
「そうですね…… 匂いと、それから音も漏れないと理想的ですよね…… --あ、そうだ…… あれが使えるかも……! ちょっと僕の方でなんとかしてみます」
その後僕は、アラク様に教えてもらった二つ目の魔法を活用し、敵にこちらの匂いと音が伝わらなくなる方法を編み出した。
幸い消費魔力も少なく済んだので、フラーシュさん曰く、魔力の流れで魔物にバレる心配も無いだろうとの事だった。
こうしてステルス性能をさらに向上させた僕らは、その後は嗅覚などが鋭敏そうな魔物達にも勘付かれる事なく攻略を進めた。
「この辺の階層は、まるでどこかの城の中のような雰囲気ですね…… この内装とか、一体どうやったんだろう……?」
現在の階層は第190層。大魔巌樹の高さと各階層の高さから考えるに、もうそろそろ頂上についても良い頃だ。
この辺りまで来ると、広大な通路や広間のゴツゴツとした床や壁は、綺麗な煉瓦造りに整地されている。
そこを行き交っているのは、立派な甲冑を着込んだ人型魔物と、巨大な竜種達だ。ここは竜王配下の中でもエリートが住む階層なのかもしれない。
「魔窟の場合、内部に細工してもすぐに元通りになってしまいますからね……
それをこの規模で維持し続けるなんて…… 竜王の力が神の領域にあるというのも頷けます……」
地魔法の専門家であるプルーナさんからしても、この状態は異常らしい。
そんな異様に整った広大な通路を歩いていると、通路脇の広間から話し声が聞こえてきた。
「--貴殿。例の大攻勢の準備は済んだのか? もう日も無いだろう」
「「……!」」
大攻勢…… その言葉に、全員で目配せしながら静かに広間の中を覗き込む。
そこは、机や椅子がずらりと並んだ食堂のような部屋だった。中には犬型と猫型の眷属が二体、甲冑姿で行儀良く座っている。
感じられる気配からして両者とも青鏡級…… 竜王の配下には、このクラスがゴロゴロしているのだ。
最初に聞こえてきたのは犬型眷属の声だったらしく、話を振られた猫型眷属は億劫そうに答えた。
「ああ、なんとかな…… しかし、竜王様はなぜ急に時期を早めたんだ? 確か、あと50年は先だとおっしゃっていたような…… あんた、何か知ってないか?」
「なんだ、貴殿は噂を聞いていないのか? 人間共の本拠地を攻めた風竜様方が、敵方の強力な魔法使いに半数ほどやられてしまったらしい。
きっとそれが竜王様の逆鱗に触れたのだ。調子付いた奴らを、これ以上見逃しておく理由は無いという事だろう」
「なんだと……!? 道理で、城内の風竜様方が少なかった訳だ……
それほどの手練が現れたのならば、確かにこれ以上人間共を放置するわけには行かないな。
--すまん、俺はまだ準備が足りていなかったようだ。今から配下を鍛え直してくる」
「ああ、私もそうするとしよう」
二体は揃って席を立つと、僕らの脇を通り過ぎて通路を歩き去っていった。
その姿が見えなくなった瞬間、僕の背中を嫌な汗がじわりと濡らした。
人間共の本拠地、風竜を半数撃破、魔法使い……
「--なんてこった…… 僕のせいか……」
僕が神都で考え無しに放った雷樹が、竜王を本気にしてしまったらしい。
そりゃそうか。今までろくに抵抗してこなかった人間達から、いきなり手痛い反撃を喰らったのだ。
「タ、タツヒト氏のせいじゃないよ……! いつかはこうなってた訳だし…… 城のみんなも、街の人たちの、全員感謝してたよ……?」
「その通りです。タツヒトさんは、あの時なすべき事を成しただけです……!
それに、その大攻勢とやらはまだ起こっていません。その前に、私たちが天蓋竜を止めれば良いんです……!」
少し呆然としてしまった僕を、フラーシュさんとロスニアさんが励ましてくれた。
--確かにそうだ。相手を殺しにきてるのに、今更その機嫌を気にしても何にもならない。
「二人とも、ありがとうございます…… では急ぎましょう。きっと、もうすぐ最上階です……!」
「「応!」」
そこからさらに足を早めた僕らは、ついに第160層、覆天竜王がいる最上階の手前に到達した。
大魔巌樹の攻略を開始してから、今日でおよそ一ヶ月が経過した事になる。
今僕らは、巨大で豪奢な登り階段がある広間の隅で、光学迷彩状態で身を隠している所だ。
そして階段前には食人鬼型の眷属が二体。門番のように微動だにせずに立っている。
この強烈な気配からして、青鏡級の中でもさらに上位の実力者のようだ。
「さて。犬型眷属以降、ここまで戦闘無しで来られましたけど…… キアニィさん。あの門番達の脇、僕らですり抜けられますかね……?
「--わたくしだけなら行けそうですけれど…… 全員となると難しいですわねぇ。あの方達、相当勘が鋭そうですもの……」
「ですよねぇ…… かといって失敗した時のことを考えると、キアニィさんだけ行かせるわけにも行きませんし……」
以前の呪炎竜討伐と同じく、覆天竜王討伐の基本方針は暗殺だ。
全員ステルス状態で覆天竜王に近づき、キアニィさんか僕が必殺の初撃を与え、状況に応じて全員で追撃、または撤退する。
一応、ガチンコで戦う場合の方策も用意しているけれど、それは最終手段だ。
なんとか門番達の気を逸らして、全員であの階段を登りたいところだけど……
「--貴様ら、警備ご苦労」
すると、凛々しい女の声と共に、最上階に続く階段から強烈な気配が近づいてきた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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