第447話 竜王の居城(2)
「--や、やっと…… やっとコツが分かってきたかも……!」
蝙蝠型の魔物の群れをやり過ごした後、フラーシュさんは小さく拳を握りながら呟いた。
僕らの現在地は大魔巌樹の第50層、おそらく全体の三分の一程度の高さだろう。ここの攻略を始めてからすでに二週間が経過している。
ここまで時間がかかっているのは、そもそも各階層がかなり広大なのと、僕らという熱源を感知できる蛇や蝙蝠型の魔物に絡まれまくったからだ。
しかし、それも昨日から鳴りを顰めている。フラーシュさんの光学迷彩魔法が、ついに熱源から出る赤外光をも隠蔽できるようになったのだ。
「流石ですフラーシュさん……! やってくれると思ってましたよ!」
「へ、へへへ…… まぁね? あたしに掛かれば、ね……?」
得意げに眼鏡をくいくいする彼女を、シャムやキアニィさん達も褒め始める。
「おぉ……! フラーシュの偽装範囲の外から見てみると、赤外線でもみんなの姿を殆ど検出できないであります! 凄いであります!」
「羨ましいですわぁ…… わたくしの場合、自分一人しか存在感を消せませんから」
「えへへ…… これでやっと、みんなも楽になるよね……?」
「ええ勿論、大助かりですよ! 上手くいけば、ここから覆天竜王の元まで戦闘無しで行けるかも知れません!」
この階層に来るまでも、魔法の使用や身体強化は最低限に、なるべく短時間で戦闘を終えるようにしていた。
けれど、頂上に近い階層で騒いだら流石に覆天竜王も気づくかも知れないし、奴に当たるまで体力は温存できた方が良い。
これで暗殺の成功率が一気に上昇した。そんな風に希望を抱いて第51階層へと上がった僕らだったのだけれど、その階層はこれまでとは様子が違っていた。
「あれ、魔物が居ない……」
ここまでの階層は結構な密度で魔物が存在していたのに、この階層では暫く歩いてもまだ魔物に遭遇しない。
だと言うのに、周囲にはまるで戦場のような張り詰めた空気が流れている。一体……?
そのまま警戒しながら歩みを進めていくと、体育館ほどの大きさの広間に出た。僕らが入って来た入り口の他に、向かって右と左にも入り口が見える。
「フラーシュさん、どちらでしょう?」
「ちょっと待ってね、タツヒト氏。えーっと……」
「んにゃ……? 二人とも静かにするにゃ……! 右…… いや、両方から大勢くるにゃ……!」
猫耳をピンと立たせたゼルさんの鋭い声に、僕らは急いで壁際へと身を寄せた。
いや、光学迷彩状態だからあまり意味は無いんだけど、仁王立ちしてるのもちょっと落ち着かないので……
--ザッザッザッザッ……
だんだんと、僕の耳にも軍隊のような足音が聞こえ始めた。そして二つの入り口から、数十体からなる魔物の集団が姿を現した。
向かって左は筋骨隆々な豚鬼の集団、右は全身から鋭い棘の生えた熊、針熊の群れだ。
どちらも珍しい魔物じゃ無いけど、それらを率いている存在は異質だった。
群れの先頭に立つのは、率いている魔物たちに比べたら小柄な人影だった。
豚鬼側を率いているのは、豚耳と鋭い牙を生やした大柄な女だ。種族柄か、胸部と臀部がめちゃくちゃ豊満で、それでいて腹筋は見事なシックスパックに割れている。
針熊を率いているのは体中から針を生やした野生的な男だ。
二人は遠目からは亜人にも見えたと思う。でも、よく見れば体の各部に魔物の特徴が強く現れていて、何よりその凶暴な気配が人類とかけ離れていた。
「あいつらは…… 途中の村でも遭遇しましたけど、やはりここにも居ましたね」
「ああ。妙に統制の取れた足音だと思ったが、やはり覆天竜王の眷属が率いていたのか……」
ヴァイオレット様の言うとおり、彼らの引きられた魔物達はきちんと隊列を組み、唸り声も出さずに行進している。
大魔巌樹に来る途中、僕らは魔物に襲撃されていた都市をいくつも助けて回った。
その際、今目の前にいるような人型魔物に率いられた魔物の群れを、いくつも討伐したのだ。
神の領域に至った覆天竜王は、魔物を人化させる秘技を使い、統制の取れた配下を増やしているらしい…… 厄介な話だ。
二つのグループは広間の中央付近で向かい合うと、露骨に殺気をぶつけ合い始めた。
なんだ……? 合同訓練か何かにしては、殺伐とした雰囲気だけど……?
そのまま様子を見ていると、先に針熊の群れのリーダーが口を開いた。
「アバズレ豚ガ…… 逃ゲズニ、ヨクキタ!」
「ソレハ、コチラノ台詞……! オクビョウ熊メ、今日コソ、殺シテヤル!」
「「--ゴァァァァァッ!!」」
ドガッ!
突然殺意も露わにぶつかり合ったリーダー達に続き、配下の魔物達も雄叫びを上げて戦い始めた。
豚鬼の棍棒が相手の頭を砕き、針熊の針が敵の腹を突き破る。
広間の床はあっという間に赤黒く染まり、周囲には血の匂いと怒号が満ちた。 --訓練なんかじゃ無い…… 殺し合いだ……!
「ど、同士討ち……!? 覆天竜王の奴、部下を制御できてないのか……!?」
「……! タツヒトさん。これ、きっと邪神の時と同じです……!」
「え…… プルーナさん、どう言う事ですか……!?」
「えっと…… 僕もタツヒトさん達からの又聞きですけど、邪神は自分の眷属同士を戦わせて、位階の上がり切った個体を手に掛けていたんですよね……?
覆天竜王も、部下同士でそれをさせているんじゃ無いですか……?」
彼女の言葉に、全員の顔に理解の色と、同時に僅かな嫌悪の色が浮かんだ。
「そうか…… 眷属同士をその群れごと潰し合わせれば、覆天竜王は手間なく配下達の位階を上げることが出来る……
しかも、大魔巌樹が放出する魔素に誘われて、配下となる魔物は勝手に補充されていく……
だから入り口に門番が居なかったのか……!」
「--グラァァァァァッ!!」
少し目を離した間に、魔物達の戦いは決着が付いていた。
大柄な女性型豚鬼が、首の捩じ切られた男性型針熊を踏みつけ、勝鬨を上げていたのだ。
そこからの展開は凄惨だった。狼狽える針熊達を、豚鬼達は瞬く間に皆殺しにし、その死骸を貪り始めたのだ。
「あぁ、なんという…… 神よ。どうかあの者たちに安らぎが在らんことを……」
あまりの光景に、ロスニアさんが小さく祈りを呟いた。
「--急がないといけない理由が増えましたね。放っておけば、覆天竜王の戦力はどんどん増強されてしまいます…… フラーシュさん、正解の道を教えて頂けますか?」
「あ、うん。えっと…… 右だね。 --ところでタツヒト氏…… 今、豚鬼の方を応援してたでしょ? 女の子の眷属の方」
ジト目のフラーシュさんにそう指摘され、僕の心臓がびくりと跳ねた。な、なぜバレたし……!?
「--いえ。両方敵ですし、どちらも応援なんてしませんよ。何をおっしゃるんですか」
「ふーん…… 本当に……? タツヒト
氏の視線、豚鬼の眷属のおっきい胸に釘付けだったけど……」
「あー、それは、そのー……」
「あの、先生。タツヒトは、その、少々気の多い男でして…… しかしご存じの通り気のいい男でもありまして……」
「こ、ここでヴァイオレット氏が擁護するんだ…… ちょっとタツヒト氏に甘すぎじゃない……? いや、あたしにも甘すぎるんだけど……」
「と、ともかく早くこの場を離れましょう……! この件については、全てが片付いてからと言うことで……」
「むー…… わかったよ」
フラーシュさんは、何故かご自身の胸をチラリと見てから、不承不承という感じで頷いてくれた。
--ふぅ。よかった、一旦は許してくれたらしい…… しかし、いつもながら自身の節操の無さに自分で驚いてしまう。他のみんなも苦笑いしてるし……
みんなの視線を背後に感じながら、僕は指示された右手の通路へ足を向けた。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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