第445話 魔巌樹(2)
魔巌樹の内部は、ぼんやりと光る石壁の洞穴と広間が続いていて、エルツェトの魔窟と殆ど同じ印象だった。
ただ、無秩序に道が曲がりくねっている魔窟と違い、魔巌樹の道は緩やかに円を描くように伸びている。
まるで樹の年輪みたいだ。これならむしろ普通の魔窟より攻略しやすいかも。
「でも、魔物が出てくるのは同じですね、ヴァイオレット様」
「だな。この方舟の環境に適応しているとは言え、やはりその本質は魔窟なのだろう……」
目の前には血まみれで倒れ伏す犬鬼の群れ。涎を撒き散らしながら襲ってきたのを、前衛組で一蹴したのだ。
その後も僕らは、通常の魔窟攻略のように魔物を蹴散らしながら洞窟を進んだ。
しかし、最初の分かれ道に来た時点で、すぐに歩みを止めてしまう事になった。
「だめだ…… 聞いてた通りだね。本当にわからないや」
目の前にある三つの分岐の内、どれが魔巌樹の本体、つまり頂上に通じる道か判然としなかったのだ。
通常の魔窟の場合は簡単な判別方法がある。魔窟は生き物のように呼吸していて、本体に通じる道の気流が一番強い。つまり、吹いている風の強さから正解の道が分かるのだ。
けれど僕らの前にある分かれ道は、どれも風の強さが同じ程度で、気流も安定しない。
プルーナさんに、地魔法を使った別の判定方法を試してもらったのだけれど、それも上手くいかなかった。
「すみませんタツヒトさん。ちょっと悔しいですけど、僕にも判別できないみたいです……」
「そっかぁ…… ありがとう、プルーナさん。魔巌樹は、入口だけじゃなく枝葉からも呼吸する。だから気流などから本体への道を見つけることは困難…… だったっけ。
事前情報通りだけど、ちょっと困ったね……」
魔巌樹の一般的な生態については、当然調査済みだ。
エルツェトの魔窟と違って、分岐でスムーズに正解の道を選ぶ事が出来ない事も分かっていた。
この魔巌樹くらい小規模なものなら、マッピングしながら地道に頂上を目指す事もできると思う。城下街の冒険者達もそうしているそうだし。
ただ、高さが富士山ほどもある大魔巌樹ともなると話は別だ。
そんな馬鹿みたいに巨大な大迷宮、覆天竜王が居る頂上へ辿り着くのに、一体何ヶ月かかるんだ……!?
「--あ、あの、みんな。あっちが…… 正解だと思うよ……?」
みんなで眉間に皺を寄せて別れ道を見ていると、フラーシュさんがおずおずと左の道を指した。
「フラーシュさん、分かるんですか……!?」
「う、うん。多分だけど……」
なんとも煮え切らない感じだったけれど、どうせどれかを選ぶ必要がある。僕らは彼女の指した道の先へと進んだ。
そのまま彼女の指示に従って分岐を曲がる事十回以上。僕らの目の前に、上の階層へと続く上り坂が現れた。第1階層をクリアしたのである。
「あ…… す、すごいよフラーシュさん! あんなに何回も曲がったのに、全部正解の道を選ぶなんて……!」
「ま、まぁね…… --あたし、おでこのこれで魔素を見る事が出来るから……
本体に繋がってる道って、他の道より魔素の流れが安定してるみたいなんだよね……」
「「……!?」」
自身の額に埋まった宝玉を指しながら、フラーシュさんは少し震えた声でそう言った。一方僕らも、彼女の言葉に少し固まってしまっている。
普通、人間は魔素を見たり感じたりすることは出来ない。そのための器官を持っていないからだ。それができるのは……
「なるほど、それで…… ちょっと驚きましたけど、思い返せばそんな節はありましたね」
「石像鬼戦や、神都防衛戦の時の事ですよね……!? 魔素が見えるなんて、魔導士としてとんでも無く恵まれた素質ですよ! いいなぁ……!」
「良かった…… フラーシュさんのお陰で、大魔巌樹で迷子になる事はなさそうですね。これこそ神のお導きです……!」
魔法を使える僕とプルーナさん、それからロスニアさんの言葉に、不安そうにしていたフラーシュさんは、心底ほっとした様子で息を吐いた。
「そ、そっかぁ…… 良かったぁ、怖がられなくって……」
彼女が魔素を感じ取る能力を隠していた理由は明らかだ。
人類や他の生物は魔素を感じることは出来ない。それができる生物は、魔物だけなのだ。
そんなの、よほど信用できる相手じゃないと打ち明けられないだろう。
「--教えてくれて嬉しいです。ありがとうございます、フラーシュさん」
「うん……! じゃ、先に進もう! このまま頂上まで案内するよ!」
フラーシュの言うとおりに分岐を進み、たまに聞こえる他の冒険者の戦闘音を避けながら魔巌樹を登っていく。
すると攻略は異様にスムーズに進み、翌日には最上階の直前、第10階層への登り坂に到着してしまった。
「も、もう着いちゃいましたね……」
「ああ。まさかこれほど順調に登頂が完了するとは…… 流石です、先生!」
「あはは…… ね、ねぇヴァイオレット氏。その先生っての、止め無い……? ちょっと恥ずかしいっていうか……」
「いえ、そう言うわけには--」
ヴァイオレット様とフラーシュさんの問答を聞きながら、第10階層への登り坂を観察する。
坂の先は、虹色のカーテンで仕切られたように景色が歪み、中の様子は窺い知れない。
どうやらこの先の第10階層は、丸ごと主の部屋になっているらしい。
キィンッ……
「「……!」」
突然、第10階層の方から小さく戦闘音と怒号が聞こえ始めた。
どうやら先客の冒険者が居たらしい。彼女達が主を無事倒せたら、覆天竜王討伐の予行演習が出来なくなってしまうけど……
さてどうしようかと少し迷っていると、上から一際大きな悲鳴が聞こえ、戦闘音が止んだ。
「終わった、のか……? ーーあ……!」
次の瞬間、登り坂の先、歪んだ景色の向こう側から数人の冒険者が現れた。
傷だらけで逃げるように走ってくるその姿には、どこか見覚えがある。
「あ…… 神都防衛戦の時の冒険者であります! ぜ、全員負傷しているでありますよ……!?」
シャムの声で、必死な様子だった向こうも僕らに気づいた。そうだ。あの時、竜達の襲撃の際にすれ違った冒険者達だ。
「『白の狩人』……!? なぜあなた方がここに…… いや、それよりも助力を頼む! 仲間が瀕死なんだ!」
リーダーらしき妖精族の戦士が叫ぶ。彼女が肩を貸している別の戦士は、血の気が失せ、ぐったりと動かない。まずい……!
それに対し、すぐにロスニアさんが反応した。
「勿論です! さぁこちらへ! 重症者から治療していきます!」
その場で治療が始まり、高位聖職者であるロスニアさんの手により、冒険者達は全員がその命を取り止めることができた。
ひとまず状況は落ち着いたけど、彼女達の傷や装備の損傷…… 結構な格上を相手に戦ったらしい。
「ありがとう、感謝する……! あなた方に救われるのは、これで二度目だな。何度も手を煩わせてしまってすまない……」
リーダー氏は、僕らに向かって深々と頭を下げた。なんだか危うい感じだな……
「いえ…… しかし、なぜこんな無茶を? その…… あなた方は、無謀な戦いを挑む人達には見えないんですが……」
「それは…… --先日の竜達の襲撃で痛感したのだ。私達は弱い。あなた方の力がなければ、自分達の街すら守るれない程に……
だから、多少危険を冒してでも早く強くならねば……! そう思ったのだが…… 結果としてまた迷惑をかけてしまったようだ……」
そう言って、冒険者達は鎮痛な表情で俯いてしまった。どうやら、街を想うが故に速ってしまったようだ。その気持ちは分かるけど……
なんと言葉をかけるべきか迷っていると、フラーシュさんが口を開いた。
「そ、そのために死んじゃったら、本末転倒だよ…… 待ってて。覆天竜王は、あたし達がなんとかするから……!」
「え……? ま、待ってくれ…… その顔……! あなたは…… いや、あなた様は……!?」
何か気づいたらしいリーダー氏から視線を外し、フラーシュさんが僕らに向き直る。
「行こうみんな。早くここの主を倒して、大魔巌樹へ……!」
使命感に燃えた様子で毅然と言い放ったフラーシュさんに、僕らは揃って頷いた。
しかし、僕らはここで、覆天竜王暗殺の予行演習を行う必要があった……
なので、光学迷彩を起動してから、足音を殺してこっそりと主の部屋に入り込んだ。
そして部屋の中でくつろいでいた主、異常に巨大な犬鬼の背後へと回り込むと、キアニィさんがその首を静かに掻き切った。
見事暗殺成功。討伐所要時間は十数秒程である……
このあんまりな所業に、希望に満ちた表情で僕ら見送ってくれた冒険者達も唖然としていた。
いや、言いたいことはわかるけど、仕方ないじゃんか…… そんな目で見ないで。
なんだか居た堪れなくなった僕らは、そそくさと逃げるようにその場を立ち去った。
遅くなりましたm(_ _)m
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




