第443話 方舟を覆う影(2)
「事情は分かりました、レシュトゥ様。 --みんな。今回の敵の正体が分かったわけだけど、方針に変更は無しで大丈夫かな……?」
僕の問いに、みんなは少し硬い表情になりながらも頷いてくれた。
この方針とは以前みんなと話していたもので、シャムの体を元に戻せた事の恩は、無理矢理にでも返してしまおうといものだ。
今回の敵は予想以上に強大らしいけど、みんなもこの国を助ける覚悟を決めてくれたらしい。
「ありがとうございます……! となると、一応伺い立てしておいた方がいいか……
レシュトゥ様。少し、その辺りの事情に詳しい方とお話しさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え? ええ、構わないけど…… 詳しい方……?」
不思議そうにするレシュトゥ様を横目に、僕はプルーナさんに手伝って貰いながら、その場に簡易的な祭壇を整えた。
「タ、タツヒト氏……? 何、してるの……?」
そんな僕をみて、フラーシュさんが若干引き気味に訪ねてくる。そりゃそうか。彼女からしたら邪教の儀式みたいに映るだろう。
「えっと、偉い方にお話を伺うための最低限の礼儀と言いますか…… とにかく、危ない儀式とかではないですよ」
「偉い方……? まさか……!?」
レシュトゥ様が目を見開く。僕はそれに頷き、祭壇に向かって二礼二拍手一礼すると、いつものように祝詞を唱えた。
『掛けまくも畏き蜘蛛の神獣に、恐み恐みも申さく--』
ちょっと長めの祝詞を唱え終えた瞬間、中空に突然映像が投射された。
そこに映っていたのは大森林を支配する神、アラク様だった。彼女は少し苦笑いの表情で僕を見ている。
『タツヒト…… 何度も言うが、お主、もちっと気軽に呼び出しても良いんじゃぞ? 大仰に過ぎるわえ……』
「いえ、これだけは省略するわけにはいきませんので…… 呼びかけに答えて頂きありがとうございます、アラク様。ところで今日は映像付きなんですね。お顔を拝見できて嬉しいです」
『ふふっ。うむ。ちと、懐かしい奴が居るようじゃったからの』
そうおっしゃったアラク様の視線を辿ると、レシュトゥ様が深々と頭を下げていた。え…… この二人お知り合いだったの……!?
「お久しぶりにございます。慈悲深き蜘蛛の神獣様…… 私の事を覚えていて下さったのですね」
『ほっほっほっ、まぁの。あの時の童が立派になったものじゃ…… しかし、随分と無理をしておるようじゃの。体には気をつけるんじゃぞ?』
「はい…… お気遣いに感謝いたします」
微笑みあう二人を見るに、どうやら険悪な関係というわけじゃないみたいだ。
しかしちょっと迂闊だったかも。神様同士、実は敵だったという落ちも十分あり得たわけだし……
でも、あの時間感覚がバグったアラク様が懐かしいとおっしゃるとは…… 二人は、一体何年前から知り合いなんだ……?
「アラク様! 見てくださいであります! シャムはすっかり元通りであります!」
シャムの元気な声に思考が中断される。そうだ、彼女の事も報告しなければ。
『おぅ、シャム。見とったぞ。ほんによかったのぉ…… それにプルーナも、シャムが体を取り戻すまで、よく我慢した。
健気に頑張ってきたお主らが、やっと思いを遂げた…… 妾、ちょっとほろりときてしまったわい』
「あ、ありがとうございます…… --あの、もしかして見ていらっしゃったんすか……? あの夜の僕らを……」
『あ…… --おほん。それでタツヒトよ。何か妾に用があったんじゃろ?』
プルーナさんの言葉に、アラク様が露骨に話題を変えた。や、やっぱり覗かれてたのか…… だいぶ恥ずかしいけど、今はもっと大事な話がある。
「はい。その、僕がアラク様にこの質問をするのは、非常に気が引けるのですが……
この国に攻め込んできた覆天竜王…… 僕らがもしかの竜王を討った場合、竜の神獣様は動くでしょうか……?」
「「……!?」」
レシュトゥ様とフラーシュさんの息を呑む音が聞こえた。一方アラク様は、困ったような微笑みを浮かべている。
「タツヒトよ…… 竜の奴の倅、覆天竜王は、お主らが打ち倒した妾の眷属より二回りは格上じゃ……
はっきり言って人の子の手に負えるものでは無い。それでも、挑むのかえ……?」
「はい…… 力の差は分かっているつもりですが、勝算が無いわけでもありません。
けれど、流石にアラク様と同格の方に出張られてしまうとお手上げです。教えては頂けませんか……?」
「むぅ…… 全く、強情な奴じゃわい。あい分かった。もし倅を討たれた場合、竜の奴が動くかじゃよな?
--まぁ、あやつは動かんじゃろうな。竜の奴にとって、覆天竜王の坊主は喧嘩別れした馬鹿息子と言った感じじゃ。
そして竜の奴は、その馬鹿息子の敵討ちにわざわざ出てくるほど情の篤い奴でも無いからのぉ。
仮に竜の奴が気まぐれを起こして、お主らにちょっかいをかけそうになったら、妾の方から一言言ってやるわい。大人気ないぞよ、とな」
「……! ありがとうございます! これで、僕らは目の前の事に集中できます……!」
よし。親が出て来ないんであれば、あとは僕らがなんとかその馬鹿息子を仕留めるだけだ。その何とかが大変なんだけど……
その後アラク様は僕らを一人一人激励してくれた後、必ずまた大森林を訪れるようにと言って通信を終えられた。
一瞬の沈黙の後、通信中ずっと静かにしていたフラーシュさんが口を開いた。
「今のが蜘蛛の神獣、様……? エルツェトの七つの大龍穴を支配する神獣の一柱……?
な、何だか、想像と違ってすっごく可愛い人だったな……」
「先生。確かにアラク様は可愛らしい外見をされていますが、その本質はまさしく超越者です。
対面すれば、覆天竜王と比較にならないほどの存在感に圧倒されてしまうでしょう。
私も、初対面の際には呼吸すらままなりませんでした……」
「ヴァ、ヴァイオレット氏が……!? ひぇぇ…… って、そうじゃない……!
み、みんな…… さっきの話聞いていると、まるで覆天竜王を倒そうとしてるみたいに聞こえたんだけど……?」
おずおずと問いかけるフラーシュさんに、僕らは揃って頷いた。
「む、無理だよ! あたしだって最初はそれを期待してたけど…… やっぱり、人間があの覆天竜王を倒すなんて無理だよ! あたし、みんなに死んでほしくないよ……!」
目に涙を溜めて訴える彼女に罪悪感を覚えつつ、僕は静かに首を横に振った。
「困難は承知しています…… でも知ってしまったからには、僕らだって放っておく事なんて出来ません。
そして何より…… フラーシュさん。この国には、一緒に戦った仲間であるあなたが居ます。それだけで、命をかけるには十分です」
「……! あ、あぅ……」
僕がそう言うと、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。あ、あれ…… 何か変な事言っちゃったかな?
みんなの方をチラリと伺うと、やれやれ、と言った感じで苦笑いしている。 --やはり何か不味いことを言ってしまったらしい。
僕のせいで停止してしまったフラーシュさんには後で謝るとして……
「レシュトゥ様。覆天竜王の居場所は分かりますか……?」
僕の言葉に、レシュトゥ様は悲しげな表情で唇を噛んだ。
「ペトリアから聞いていた通りね…… 知ってしまったら、あやつらはお主らのために竜王に挑むだろうって。全く、自分の力の無さにうんざりしてしまうわ……
--覆天竜王はこの方舟の中心…… 聳え立つ大魔巌樹の頂上にいるはずよ。
あなた達の真心と勇気、この国を預かる者としてとても嬉しい…… でも、私が一番望んでいるのは、あなた達が幸せに生きていく事なの。
無様に逃げてしまってもいい。必ず、生きて戻ってくるのよ……?」
「はい、必ず……! では早速ですが、覆天竜王についてもう少し詳しく--」
「--も行く……」
レシュトゥ様から敵の情報を貰おうとしたところで、顔を伏せていたフラーシュさんが小さく何かを呟いた。
「フラーシュさん……?」
「--あたしだって戦える…… あたしだってみんなの仲間だ……! ただ待っているだけなんて出来ない! あ、あたしも、覆天竜王を倒しに行く!」
顔を上げてそう叫ぶ彼女に、いつもの少し怯えたような様子は無かった。そしてその目には、強い意志の光が宿っていた。
ちょっと遅くなりましたm(_ _)m
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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