第439話 王女の真実(1)
左右に暖かな温もりを感じ、僕はベッドの上で目を覚ました。
「--おはようございます、タツヒトさん」
左から聞こえた声に振り向くと、プルーナさんの小動物めいた可愛いお顔が間近にあった。
長い前髪の奥から覗く二つの瞳と、その周りに配置された複眼の全てが、ひたりと僕の顔を見据えている。
いつもと同じ彼女の優しげな微笑みに、普段とはまるで違う妖艶さを感じてしまう。背筋がぞくりとするようだった。
「おはよう、プルーナさん。 --その、僕が言うのもなんだけど、雰囲気変わったね……?」
僕の素っ頓狂な言葉に、彼女は少し目を見開いてからまた妖しく笑った。
「ふふっ、タツヒトさんが変えたんですよ……? シャムちゃんの事も……」
プルーナさんの楽しげな声に、右側で身じろぎする気配がした。
今度はそちらの方を振り向くと、人形にように整った顔のシャムがこちらを凝視していた。
露出した肩の金属関節と、肌の各部に奔るパーティングライン。機械と人体が完全に調和したかのようその姿に、僕は一瞬見惚れてしまった。
しかし一方で、彼女は僕と目が合った瞬間、視線から逃げるようにシーツを頭から被ってしまった。
「シャム……!? ご、ごめん、怖かった、よね……?」
昨夜の自分を振り返ると、本当に反省点しかない。
勇気と覚悟を以て来てくれた二人に、僕は多分、今の関係が壊れるのを恐れてうだうだと言い訳をしてしまった。
だというのにいざ始まったら、その、夢中になってしまって、あまり優しくできた覚えが無い…… これ、かなり情けないのでは……?
「ち、違うであります……! タツヒトは、優しくて、格好良かったであります…… で、でも…… だからこそ…… うぅ〜……!」
シーツの中で悶えるシャムに、プルーナさんがくすくすと笑う。
「うふふ…… 前にもこんなことあったね。シャムちゃん、今更意識しだしたんでしょ……? タツヒトさんの事…… 知識と経験て、全然違うものだよね……」
「それには、同意するであります……! で、でも、プルーナが余裕すぎて、なんだか納得いかないであります!」
二人はそのまま、昨晩訪ねてきた時とは真逆な感じで仲良く喧嘩し始めた。
三人の関係は変わってしまったけれど、変わらなかった部分もある。その事に安堵しながら、僕はいつものように二人の仲裁を試みた。
二人が満足するまで戯れ合った後、僕らは身支度を整えてから寝室のドアへと向かった。
「なんだかお腹が空きましたね。いっぱい運動したからかな? ね、シャムちゃん……?」
「そ、そうでありますね…… うぅ、早く元のプルーナに戻って欲しいでありますぅ……」
「あはは…… じゃあ、ヴァイオレット様たちにも声をかけて、朝ごはんを--」
がっ。
「ぅ……!?」
ドアを開けて一歩踏み出した瞬間。足先に何かが当たった。
同時に聞こえたのは小さな呻き声。慌てて視線を下に向けるもそこには何も無く、掃除の行き届いた床ばかりが見えた。
「……!? 下がって! 何かいる!」
僕の声に、全員が寝室の方へと大きく跳び退いた。
「シャムちゃん!」
「ありがとうであります!」
プルーナさんが瞬時に短剣を生成し、シャムに投げ渡した。
僕もいつでも魔法を放てるよう、自分が躓いたあたりに手のひらを向けた。
「そこにいる奴、姿を現せ! 三つ数える内に従わない場合、攻撃する! 一つ! 二つ! みっ--」
「ま、待って待って! あたしだよ……!」
聞き覚えのある声と同時に、ドアの前の風景がぐにゃりと歪む。
そこから現れたのは、びくびくと両手をホールドアップした、見覚えのある眼鏡の妖精族だった。
「フラーシュさん……!? な、なんで僕の寝室の前に……?」
「え、えっと…… それは、そのー…… えへへ……」
向けていた腕を下げつつそう問いかけるも、彼女は目を泳がせながら誤魔化すように笑っている。
バァン!
「何事だ!? ん……? フラーシュ殿……!? なぜタツヒトの部屋に……?」
すると騒ぎを聞きつけたのか、隣室のヴァイオレット様たちも僕の部屋に突入してきた。
僕らは自然と、床にへたり込んだフラーシュさんをぐるりと取り囲むように集まった。
「フラーシュさん…… お気持ちは非常に分かりますが、他人の秘め事を覗くなど決して褒められたことではありませんよ?」
「だにゃ。あと単純にあぶねーにゃ。どーせ姿消して盗み見してたんにゃろ? そんなあやしーやつ、ぶっ殺されても文句言えねーにゃよ?」
「ご、ごめんなさい……」
ロスニアさんとゼルさんに尤もなお叱りを受け、彼女はかわいそうなほどに萎れてしまっている。いや、本当に結構危なかったですよ……
ん……? 今気づいたけど、フラーシュさんの周りの床、文字がぎっしりと書かれた紙がたくさん散乱している。彼女が書いたんだろうか……?
「む、これは……?」
僕と同じタイミングでそれに気づいたヴァイオレット様が、散らばる紙の一枚を拾い上げた。
「あ……! ま、待って! 読まないでぇ!」
フラーシュさんが絶叫するように制止するも間に合わず、ヴァイオレット様は紙に目を通し始めた。
その瞬間、彼女は目を大きく見開き、さらに手をぶるぶると震えさせ始めた。ヴァ、ヴァイオレット様……!?
「こ、この格調高い文体…… それでいて、人に言えぬ劣情が滲み出したかのような表現……! フラーシュ、フラーシュだと……? まさか……!?
あ、あなたは…… あなた様はもしや、ユシーラフ先生では……!?」
「ひっ……!? ち、違う! あたし、そんな人じゃない! 知らない知らない!!」
ヴァイオレット様の問いかけに、フラーシュさんは眼鏡が吹っ飛びそうな勢いで顔を横に振り始めた。なんだか図星のようだ。
しかし、ユシーラフ先生……? あれ。その名前、どこかで聞いたような……?
「ユシーラフ…… それって確か、あなたが愛読している官能小説の作者ではなくって? 本の名前は、確か……」
「淫乱少年侍男物語、ユシーラフ先生の最高傑作だ……!」
「そ、そうでしたわぁ」
食い気味に答えたヴァイオレット様に、キアニィさんがちょっと引いてしまっている。
--ん? てことは、フラーシュさんがあの本の作者さんなの!? あ…… 確かに逆から読むとユシーラフになるか…… え、本当に……?
驚く僕を他所に、ヴァイオレット様は項垂れるフラーシュさんの側でゆっくりと膝をついた。
その様はまるで、主君に跪く騎士のようだった。
「違う…… 私は、そんな…… 違うんだよぉ……」
「いえ……! この神が宿ったかのような言葉の旋律…… この唯一無二な文字の芸術は、ユシーラフ先生にしか生み出せません!
お会いできて、本当に光栄です。その、お分かりかどうか分かりませんが…… 紫の騎士という名前に、お心当たりはありませんか……?」
恐る恐る問いかけたヴァイオレット様に、フラーシュさんは驚いたように顔を上げた。
「紫の、騎士……? 新作を出すたびに感想の手紙をくれる、あの……? も、もしかして、ヴァイオレット氏が紫の騎士なの……!?」
「……! は、はい……! あぁ、なんたる幸運…… なんたる望外な喜びかっ……! 神よ、感謝いたします!」
ヴァイオレット様は、頬を涙に濡らしながらフラーシュさんに頭を垂れた。
--いや、なんだこの状況……?
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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