第436話 調停者
「うおっ……!?」
自分が放った雷撃の予想以上の威力に驚きつつ、僕は頭を失った石像鬼を油断なく観察した。
警備機械人形みたいに、急所が頭じゃない可能性もある。
しかし、鎧を着込んだ巨体はそのままぐらりと傾き、音を立てて地面に倒れ伏した。
「--ふぅ…… いまいちまだ加減が分からないんだよね……」
雷光を帯びた槍の穂先に目をやりながら、ポツリと呟く。
アラク様に槍を強化してもらってから、通常の雷撃でもかなり威力が出るようになってしまったのだ。
大変ありがたいのだけれど、制御できない力はチーム戦では危険だ。もっと練習しないとな……
槍の穂先を下げて残心を解くと、僕の元へ後衛のみんなが駆け寄ってきた。
「タツヒトさん、お見事です! でもまた無茶なことを…… すぐに腕を見せて下さい!」
「す、すみませんロスニアさん。いてて……」
水流ブレスにさらされて所々出血している腕を掲げると、ロスニアさんはすぐに治療を始めてくれた。
「ね、ねぇタツヒト氏。これって魔物だよね? なんでうちの城の地下に……!?」
フラーシュさんが、石像鬼の死骸を恐々と指差しながら言う。確かに、実家の地下にこんなのがいたらびっくりするか。
「はい…… 放射光もありましたし、魔物で間違いないと思います。警備機械人形よりかなり強力な門番でしたけど、この場には色々と場違いですね……」
この地下ダンジョンを作ったのは創造神なので、この門番を配置したのも、かの神はずだ。
そして創造神の教えである聖教では、魔物は敵という事になっている。なのになぜ……?
「--はい。治りましたよ、タツヒトさん」
「っと…… いつもありがとうございます、ロスニアさん」
「どういたしまして。うふふ」
微笑むロスニアさんに一瞬見惚れてしまう。そこへ、僕が吹き飛ばしてしまった前衛の三人も合流した。
「あ…… みんな大丈夫ですか!? すみません、咄嗟に吹き飛ばしてしまって……」
「いや、あぶにゃー所だったから助かったにゃ!」
「水魔法使いは文字通り絡め手も得意なのに…… 油断しましたわぁ」
「しかし、位階の割に妙に手強い魔物だったな…… この鎧が特殊なのだろうか? いや、それだけとは--」
石像鬼の死骸、頭が吹き飛んだ首元を覗き込んだヴァイオレット様が、目を見開いて動きを止めた。なんだ……?
「ヴァイオレット、どうしたでありますか?」
「ま、待てシャム! なんでも--」
その制止は間に合わず、同じものを見たシャムまでもがびくりと体を硬直させた。
二人の尋常でない様子に、全員が慌てて死骸の首元を覗き込んだ。
死骸の首元、肉が焼けこげた断面からは血が流れ、まだうっすらと煙が立ち上っている。
最初は二人が何に驚いているのか分からなかった。けれど、僕もやっとその異常に気づいた。断面から除く首の骨が、金属のような光沢を放っていたのだ。
さらに観察すると、それはただの金属でもなかった。非常に微細は、緻密な電子回路を思わせる人工的な構造を持ってい他のだ。
どう見ても自然のものじゃない、明らかな改造跡…… それにこの技術……
「--し、神経増強回路、それに化学合成器官を有する高強度金属骨格…… 骨格筋や臓器にも、改造の跡が見られるであります…… シャムと、同じであります……」
首なし石像鬼の前に膝を着き、呆然と言葉を紡ぐシャム。その姿に、僕も含めた全員の表情が強張った。
「この魔物には、シャムの体と同じ技術が…… 同じ、戦闘偏重の設計が見られるであります……
なら、シャムも……? シャムもあんなふうに、人を襲うために……?」
「シャ、シャムちゃん! 違うよ…… あれは魔物で、シャムちゃんとは違う……! 同じなわけが無いよ!」
「シャム、落ち着くのだ……! 同じ技術が使われていただけだろう……!? 目的まで同じとは限らないはずだ……!」
プルーナさんとヴァイオレット様がシャムの肩を揺らし、全員が口々に彼女を慮る言葉を掛ける。
すると、彼女はハッとしたように顔を上げ、僕ら顔をゆっくりと見回した。
「みんな…… た、確かに、不確定な情報のみで判断すべきでは無いでありますね…… ありがとうであります。もう大丈夫。心配かけて、ごめんであります」
そう言ってぎこちなく笑う彼女に、みんなそれ以上何も言う事ができなかった。
それから僕らは、石像鬼が守っていた通路の先へと進んだ。
その突き当たりには頑丈そうな隔壁があり、脇にはお馴染みの読み取り装置もあった。しかし……
ビーッ…… ビーッ……
「あ、あれ……? な、なんで……!?」
フラーシュさんが何度装置に手をかざしても、エラー音がするだけで隔壁が動かないのだ。
「--フラーシュ、ちょっとシャムにもやらせて欲しいであります」
「シャム氏……? う、うん。でも、ここって王家の人しか--」
--ガシュンッ……! ガァァァァ……
しかし、シャムが背伸びして装置に手をかざした瞬間、隔壁はあっけなく開き始めた。
「あ、開いちゃった…… なんでぇ……? あたし、王族なのに……」
「やっぱり…… みんな、入るであります」
硬い表情のシャムに続いて隔壁を潜ると、そこには既視感のある光景が広がっていた。
部屋の中央に鎮座するのは、人間大の透明なカプセルが四つ。中身は空だけど、シャムが眠っていたものと酷似している。
そしてその周囲には様々な装置や計器、コンソールらしきものが並んでいる。
「似てるね…… シャムが居た古代遺跡と」
「はいであります…… 少し、調べてみるであります」
そう言ってコンソールを操作し始めたシャムだったけれど、彼女は数分もせずに手を止めてしまった。
「ダメでありますね…… すでに、全ての情報が消去されているであります……
この容器の規格…… きっと中には、シャムと同型の機械人形が入っていたはずであります…… 一体、今はどこに……」
消え入るようなシャムの声に、部屋の中に沈黙が降りる。そんな中、周囲を観察していたキアニィさんが声を上げた。
「あら…… シャム。あの容器の下の方、何か書いてありますわよ?」
「……! み、見せて欲しいであります!」
全員でカプセルの所に集まると、確かに商標のような感じで何かの文字が印字してあった。
「これ、古代語だね…… パリス、ビルティ…… 意味は、調停者、かな……?」
「ちょうていしゃ……? どんな意味だにゃ?」
フラーシュさんの翻訳に、ゼルさんが首を傾げた。
「えっと、争い事を仲裁する人…… 喧嘩している人達の仲直りを手伝ってくれる人、って感じですかね。
--もしここに居たのがシャムと同型なら、シャムは、平和のために創られたのかもしれないね……」
「平和の、ため…… そうでありますか……」
僕の言葉に、シャムは安堵したようにゆっくりと息を吐いた。
「--まぁ、あんまり気にしなくていいと思うけど」
「え…… な、なんででありますか!?」
目を見開くシャムに、僕は言葉を続けた。
「だって、シャム自身が言ってくれてたじゃない。シャムは僕らの家族で、仲間で、それが一番大事だって。あれ、嬉しかったなぁ……
さっきの魔物には僕もびっくりしたけど…… やっぱり、シャムがどう生まれたかよりも、どうしたいのか……
今、僕らと一緒に居たいと思ってくれている事の方が、よっぽど大切だと思うんだよね」
「あ…… 確かに、言ったであります…… --あはっ…… あはは……! そうであります……! そうだったであります!」
驚愕の表情から一転。シャムは花が咲くような笑顔で僕に飛びついてきた。
嬉しくなって抱き返すと、他のみんなも僕ごとシャムを抱きしめてくれた。フラーシュさんもおずおずと抱擁に参加してくれている。
「タツヒト、みんな、ありがとうであります…… --では、当初の目的を果たすであります! みんな、部品の捜索を手伝って欲しいであります!」
元気を取り戻したシャムの元、僕らは部屋の中を隈なく捜索した。
すると、奥の方に部品庫のような部屋を見つけた。全員でそこをひっくり返すように探すと、いくつもの機械部品や生体部品の中に、それはあった。
透明なカプセルに封入された、人の胴体部分の金属骨格標本…… 正しく、機械人形の胴体パーツだった。
遅くなりましたm(_ _)m
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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