第432話 禁書庫のダンジョン(3)
数時間かけて下へ下へと降り続け、現在僕らは地下10階の位置まで来ていた。
そして階を下るほどに、出没する警備機械人形の装備は殺傷力の高いものへと変わっていった。
最初は警棒や盾といった非殺傷気味のものだったのが、刀剣の類に変化し、先ほど襲ってきた群れはさらに殺意の高い装備を持っていた。
「いやー、さっきはびっくりしましたね…… フラーシュさんが居てくれて良かったです」
「ですね…… 僕の地魔法の防壁だと、展開に数秒ほど掛かってしまいますから」
僕とプルーナさんの言葉に、フラーシュさんが硬い表情でこくこくと頷く。まだ先程の戦闘の緊張を引きずっているみたいだ。
「う、うん…… 咄嗟に使った曲光が効いて良かったよ……
所で、みんな本当に頑丈だよね。その辺の小緑鬼とかだったら、体が穴だらけになってそうな攻撃だったのに……」
通路を進みながらみんなでちらりと後方を伺う。そこには、銃を持った警備機械人形の残骸が数体分転がっていた。
通路の曲がり角から突然現れた奴らは、一斉に僕らへ銃を向け、光線に似た攻撃を連射してきたのだ。
僕ら前衛組は咄嗟に身体強化を最大化して後衛組を庇ったけど、光の速さで迫る実体の無い攻撃を捌くことが出来ずにいた。
その時、フラーシュさんが光魔法で奴らの攻撃を逸らしてくれた事で、僕らは反撃に転じる事ができたのだ。
「あはは、鍛えてますから。結構痛かったですけど……」
「--タツヒトさんは、ご自身の頑丈さを過信しすぎです。それで毎回ボロボロになってしまうんですから……」
「うっ…… すみませんロスニアさん。いつも治療してくれて感謝してます」
「--ふふっ。はい。こちらこそ、いつも守ってくれてありがとうございますね」
そう言ってにっこりと微笑んでくれるロスニアさんに、心がじんわりと温かくなる。
この聖女を悲しませないためにも、被弾は最小限に留めるべきだろう。
以降、遭遇する警備機械人形は全て光学銃を装備したものとなり、迷路も複雑さを増していった。
どうやら地下ダンジョンが本気を出し始めたようである。
「ふぅ…… 敵も手強くなってきましたけれど、通路もかなりややこしくなって来ましたわねぇ……
シャム、わたくしはもう道順を把握しきれなくなって来たのですけれど……」
「キアニィ、大丈夫であります! シャムがちゃんと自己位置を把握しているであります! むむむ…… これまでの傾向から、きっとこっちで有ります! あ、ほら!」
慎重に通路を曲がると、シャムが嬉しそうに声をあげた。少し先に広間が見えたのである。
どうやらこの地下ダンジョンでは、正解の道への経路には広間が設置してあるようなのだ。
一方で、広間には必ず大量の警備機械人形が詰めている。僕らは慎重にそこへ足を踏み入れた。
「--あれ、仕掛けて来ませんね……?」
しかし、広間の中程まで進んでも何も起きなかった。いつもならもう壁から敵がわんさか現れている頃なのだけど……
「油断してはいけませんわぁ…… 罠に緩急をつけるのは基本--」
バシャシャッ!
斥候であるキアニィさんの台詞を遮り、広間の壁と天井の至る所から何かが飛び出した。
飛び出して来のは、数え切れないほどの銃座だった。そしてそれらの全ての銃口は、僕らに向けられている。
「……!? 円陣防御!」
『地よ!』
『フ、曲光!』
僕らは瞬時に円陣を組み、プルーナさんが地属性、フラーシュさんが光属性の防御魔法をそれぞれ発動させた。金属質の床が防壁の形に競り上がり始め、周囲の景色が僅かに歪む。
数秒にも満たない時間の中、防御が間に合いそうだという安堵を感じる一方で、僕は周囲を取り囲む銃座に僅かな違和感を見つけていた。
あれ、なんだか銃の形が違う気が…… まさか……!?
僕は咄嗟に雷槍天叢雲を掲げると、アラク様に習った魔法の一つを発動させた。
『八重垣!』
ビュゴォッ!!
僕らを半球状に覆うように、凄まじい破壊力を秘めた暴風の結界が生成された。アラク様の眷属、邪神と呼ばれた強大な魔物がかつて操った、強力無比な風の防御魔法だ。
そして結界の発動直後、すべての銃座が一斉に火を吹いた。
ガガガガガガッ!!
全方位から僕らに殺到したのは、光ではなく鉛玉の雨。人を殺すのに十二分な威力を持ったそれらは、轟音を上げる暴風結界によりすべて弾き飛ばされた。
「えっ…… 何これ!? 光じゃないの!?」
「実弾です! フラーシュさんは光魔法で銃座を! この障壁は透過できるはずです! 早く……! 長くは持ちません!」
「わ、わかった!」
フラーシュさんは曲光を解除すると、周囲を見回すようにその場でくるりと回転した。
そして両手を頭上に掲げると、その手から強烈な白い光が溢れ始める。
『--虹線!』
強力な気配と共に発動したのは、まるで至近距離で弾けた花火の様な魔法だった。
ジュジュジュゥンッ!!
彼女の手から放たれた、百を越える美しい七色の光の束。それらは僕らを取り囲む銃座群に殺到すると、その尽くを一瞬にして蒸発させてしまった。
銃撃の音が止み、周囲には暴風結界の音のみが響く。
「--ぶはぁっ! あ、危なかった……! --フラーシュさん、助かりました! 何ですか今の魔法……! めちゃくちゃ格好良かったですよ!」
結界を解いた僕は、ピンチを乗り切ったハイテンションのままフラーシュさん向かって手を掲げた。
「へ……? わわっ……」
ぱんっ。
彼女は戸惑いつつも、僕に応じて小さくハイタッチしてくれた。あ、やべ。王女様相手にちょっと気安かったかも……
「フラーシュすげーにゃ! 流石にさっきの数は捌ききれにゃかったにゃ!」
「うむ、凄まじい殲滅力と精度だった! 百以上の的に一瞬で照準するとは……」
ゼルさんとヴァイオレット様の賞賛に、彼女はニヨニヨとしながら視線を逸らす。すっごい嬉しそう。
「え、えへへ…… ま、まぁね。これくらいはね? タツヒト氏の風の障壁も凄かったよ……!
それと、よく銃の違いに気づいたね。さっきの、確か火薬ってやつを使った銃でしょ? 前に始祖様から聞いたことがあるよ」
「はい。警備機械人形が持ってた光学銃と形が違ったので。間に合ってよかったです……」
ギギギギギッ……
みんなで生き残ったことを喜んでいると、壁と天井の壊れた銃座群がガタつきながら中へ引っ込み始めた。
「げっ…… 急いでここを離れましょう! また同じ事をやられたら堪りません……!」
「「応!」」
おかわりの気配を感じた僕らは、足早に広間を後にした。
しかし性格の悪い罠だった。直前で光学銃を見せておいて、いきなり実弾銃の罠で仕留めようとしてくるなんて……
このダンジョン、始祖神様が言ってたよりだいぶ難易度が高くないか……?
お読み頂きありがとうございました!
【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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