第431話 禁書庫のダンジョン(2)
ヴァイオレット様に急かされるようにして、僕らは一気に階層を駆け降りていった。
各階層の入り口は全て分厚い隔壁で塞がれていて、解錠には毎回フラーシュさんの手が必要だった。
そして地下五階に到着すると、ヴァイオレット様とフラーシュさんはすぐに中央のコンソールへと走り寄った。
「まぁ、あたしはあんまり詳しく無いんだけど、多分この辺の階層に…… あ、こ、これかなぁ〜……?」
「これが…… く、素晴らしい表紙だというのに、古代語なのが口惜しい……!」
「あ、そっか。ちょっと待って、聖国語に翻訳するから。えっと…… これでどう?」
「おぉ……! 読める……! 読めるぞ! この題名群…… やはり古代の人々も、我々と変わらぬ感性を持っていたのだ!
素晴らしい…… 今私は、時代を超越した普遍的芸術と対峙している……! 感謝する、フラーシュ殿!」
「えへへ…… ち、ちなみに、こんなのとかも……」
「こ、これは…… 挿絵のみで構成された本だと……!? なんと背徳的で革新的な……!」
二人は画面を覗き込みながら非常に楽しそうだ。正直僕も見てみたいけど、今行ったら水を差してしまいそうだからやめとくか。というか……
「にゃあキアニィ。フラーシュの奴、自分はエロ本に詳しくにゃいとか言ってにゃかったかにゃ……? にゃんかノリノリだにゃ」
「ゼル。東洋の諺に、『類は友を呼ぶ』というのがあると聞きますわぁ。まぁ、そういう事なのではなくて? 指摘するのも野暮でしてよ」
ちょっと離れたところから見守る僕らを他所に、二人の盛り上がりはさらにヒートアップしているようだった。
「あはは…… えっと、僕らは魔導具の方を見てみようか……」
地下五階には、サーバーっぽい石碑群の他に魔導具の実物も保管されていた。
生活用品らしき魔導具もあれば、明らかに武器…… というか、完全に銃のような見た目の物も陳列されている。
「これも魔導具ですよね……? 城下町で売られていたものと仕組みは同じみたいですけど…… なんというか、あまり見ない形ですね」
銃っぽい魔導具を手に取ったプルーナさんが、無造作に銃口を覗き込む。ちょっ……!?
「プルーナ! 銃口を覗き込んじゃ駄目であります! 危ないであります!」
「へ……!? あ、そうか、この穴から魔法が…… ごめん、ありがとうシャムちゃん」
プルーナさんは、恐る恐るといった感じで銃型魔導具を元の場所に戻した。びっくりした。その様子を見ていたロスニアさんが僕に向き直る。
「危険な武器なんですね…… 見ていて少し怖くなってしまうような形ですけど、あれが世に広まっていないのは、やはり創造神様が……?」
「でしょうね…… あれは魔導具ですけど、形状から別の原理を発想してしまうこともあるでしょうから……」
この世界においては、僕は火薬を使った兵器を見た事がない。思いついた人は居ただろうけど…… 恐らく、技術発展を嫌う創造神によって規制されてきたんだろう。
そしてその規制方法は…… 僕と同じ考えに至ったのか、ロスニアさんの表情が硬い。
そう言えば魔導国のアシャフ学長も、雷の原理を魔法以外に使うなと僕に忠告してくれていた。彼女もペトリア猊下同様、その辺りの事情を知っているのだろう。
そうして緊張感と共に周囲を調べていとる、小一時間ほど経ってヴァイオレット様達が戻ってきた。
「す、済まない……! 少し興奮してしまっていたようだ……」
「あたしも、ちょっと目的忘れちゃってた…… ご、ごめんね、シャム氏」
「いいであります! 二人が楽しそうでよかったであります!」
明るい調子のシャムの言葉に、恐縮していた二人がほっと表情を緩めた。ほんといい子に育ったよな、この子……
「えっと、フラーシュさん。次の階層から、警備の機械人形が出てくるんですよね?」
「う、うん。気をつけてね。警告を無視すると、問答無用で襲いかかってくるから……」
「わかりました、ありがとうございます。それじゃ、地下六階へ向かいましょう」
扉を開けられるフラーシュさんにも襲いかかるなんて、警備システムが壊れているのか、それともここを作った創造神に別の思惑があるのか……
全員で階段を降り、地下六階への隔壁をくぐると、景色は一変した。
これまではサーバールームのような部屋に直通だったのに、目の前には通路が伸びているだけで、幾つもの脇道に枝分かれしている。
戸惑う僕らにフラーシュさんが声を上げた。
「あ……! ご、ごめん言い忘れてた。ここから先は、迷路みたいになってるんだよ。多分侵入者対策だと思うんだけど……」
「なるほど、厄介ですね…… シャム。迷わないように、道順の記録をお願いしてもいい?」
「任せるであります!」
警戒しながら通路を進み、何度か分かれ道を曲がっていく。すると、広間のような場所に出た。向こう側には先へと続く通路が見える。
頷き合い、僕らは慎重に広間へと足を踏み入れた。その瞬間。
ガァァァァ……!
両脇の壁の一部が開き、そこから次々と何かが飛び出してきた。
「全隊停止! フラーシュさん、こいつらが……!?」
「うん! 警備機械人形!」
数は数十体。僕らの進路を塞ぐように整然と布陣したのは、暴徒鎮圧用ロボットといった印象の連中だった。
体高は人間ほど。頭部には無機質なモノアイが搭載され、二本のアームに警棒と盾を構えている。
下半身は安定感のある四つ脚で、体の各部は頑丈そうな金属の装甲に覆われていた。
『『***、***』』
「ほっ…… 事前情報通り、シャムとはだいぶ型式の違う機械人形でありますね」
「良かったにゃ、あれなら気兼ねにゃくぶっ壊せるにゃ! でもあんにゃの初めて見るにゃ。フラーシュ、あいつらにゃんて言ったんだにゃ?」
ゼルさんの言葉に、フラーシュさんが少し尻込みしながら答えた。
「えっと、侵入者に警告する。そこから先に進めば排除する、だって。前、試しにちょっとだけ進んでみたら、問答無用で殴りかかられて死ぬかと思ったよ……」
「な、なるほど…… でも、今回は僕らが居ます……! 戦闘陣形! 前方の警備機械人形を殲滅します! 後衛、攻撃開始!」
「「応!」」
前衛組が前に出るのとほぼ同時。後衛組が放った岩塊が、矢が、警備機械人形に殺到する。
ガガガァンッ!
胴体を撃ち抜かれながら、前列の数体が一気に吹き飛ばされた。
「『光線!』 --え……!? なんで!?」
一方、フラーシュさんが光線で頭部を撃ち抜いた個体は、警棒を振り回しながらふらふらとこちらに近づいてくる。
「多分、頭部には感覚器官しか入ってないんです! 胴体を狙ってみて下さい!」
「わ、わかった!」
『『***』』
「ひぃっ…… は、排除を開始するって!」
残りの警備機械人形達が一気にこちらに向かって走り出し、フラーシュさんが悲鳴をあげる。
「前衛で迎え撃ちます! 後衛は援護に移行!」
「「応!」」
警棒を振りかぶって殺到してくる一体目掛け、僕は槍を突き込んだ。
「シッ!」
ガギュッ!
胸部の金属装甲を断ち割り、槍の穂先が半ば以上差し込まれたところで、半回転捻ってから素早く引き抜く。
すると、うまく制御中枢か動力系統を破壊できたのか、眼前の警備機械人形が瞬時に脱力して倒れ伏した。
息を継ぐ間も無く迫った別個体の警棒を避け、また槍を突き込む。さらに槍を振るいながら横目で周囲を確認すると、みんなも順調に敵の数を減らしていた。
戦闘開始から数分後。最後の一体が地面に倒れ伏し、あたりは静寂に包まれた。
「--ふぅ、終わりましたね…… みんな無事ですか?」
「ええ、大丈夫ですわぁ。このお優しい装備を見るに、まだ向こうも本気ではありませんわね」
「だな。しかし最初の階層でこの強さとなると、シャムの部品が保管されている階層ではどれ程の……」
そう口にしたキアニィさんとヴァイオレット様の表情は硬い。
僕も同感だ。今倒した警備機械人形の膂力と硬さ…… 一体一体が、橙銀級の戦士程の力を有していた。
例えるなら今の警備機械人形達は、城塞都市の正規兵一個小隊に相当する結構な戦力だったのだ。もしこれ以上の戦力が気軽に出てくるのだとしたら……
ガァァァァ……!
嫌な予感が的中し、広間両脇の壁が再び音を立てて開き始めた。
「わっ…… み、みんな見て! 壁が……!」
「フラーシュさん、隊列の中央へ! みんな、おかわりを出される前に進みましょう!」
僕らはすぐに陣形を組み替えると、足早にその場を後にした。この地下ダンジョン、どうやら一筋縄では行かないようだ。
遅くなりましたm(_ _)m
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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