第429話 神の国の風景(2)
城下町で遊び倒した翌日。僕らはフラーシュさんとの戦闘訓練のため、町からほど近い小さめの魔物の領域に来ていた。
鬱蒼と茂る木々と張り詰めたような雰囲気は、アラク様の治める大森林とさほど変わらないように感じられた。
僕らは午前中に隊列や動きの確認などを終えた後、午後から森の中へと分け入った。今から実際に魔物と戦って連携を確認していくのだ。
「まずは浅い領域で肩慣らしです。フラーシュさん、打ち合わせ通りに行きましょう」
「う、うん…… 頑張ってみる……!」
なるべく軽い感じで声を掛けたのだけれど、フラーシュさんの表情や動きは硬い。
彼女はエーミクさんや城の魔導士達から英才教育を受けていて、戦闘経験も皆無というわけじゃないらしい。
が、そもそも戦うのが好きでは無く、ここ数年はサボっていたので自信が無いという話だった。
フラーシュさんを隊列の真ん中付近に置き、ゆっくりと森の中を進んでいく。すると、隊列の先頭を歩いていたキアニィさんが歩みを止めた。
彼女は僕らにここで待つよう手で合図すると、前方へ跳ぶように駆けていった。どうやら手頃な魔物を見つけてくれたらしい。
全員でその場で待つこと暫し、視界の通らない木々の向こう側からキアニィさんが駆け戻った。
「ふぅ、釣ってきましたわよぉ。小緑鬼が五体。手頃ですけれど、ちょっとやりづらいですわね……」
彼女の言葉に、フラーシュさんを除く全員がちょっと微妙な表情になる。
エラフ君という緑鬼の友人がいる僕らにとって、小緑鬼は心情的にあんまり戦いたく無い相手なのだ。
とはいえ、ここの小緑鬼はエラフの国民じゃ無いだろうし、襲ってくるなら対処するしかない。
「ありがとうございます、キアニィさん! 全員迎撃体制! 前衛は防御主体! 後衛は射線が取れ次第攻撃!」
「「応!」」
隊列を組み替えて待ち構えていると、茂みを揺らして五つの影が飛び出してきた。
「「ゲギャギャアッ!!」」
粗末な武器を振り翳しながら叫ぶ緑色の小柄な鬼。小緑鬼である。姿はエルツェトのものと変わらないようだ。
僕は自分の正面に来た一体の武器を弾き、軽く蹴ってよろめかせると、後衛の射線を開けるように横へ跳んだ。
「フラーシュさん!」
『リ、光線!』
ジュンッ……!
先程まで僕の体があった場所を閃光が走り、射線の先にいた小緑鬼の頭部が一瞬にして焼失した。
緑鋼級の光魔導士であるフラーシュさんの魔法は、戦いが嫌いだという彼女の言葉とは裏腹に強力だ。
頭部を失った小緑鬼がぱたりと倒れると、他の後衛組も残りを仕留め終えていて、戦闘はほんの十数秒で終了してしまった。
「よし、片付いたな…… フラーシュ殿、お見事だった。あなたはもう少し自信を持っても良いだろう」
「非常に正確な射撃だったであります! 攻撃速度も文字通り光の速さでありますので、回避も困難であります! 凄いであります!」
「え、えへへ…… ま、まぁね。これくらいは、ね……?」
ヴァイオレット様とシャムの賞賛を受けて、フラーシュさんがちょっと得意げに笑う。よしよし、このまま自信をつけていって貰おう。
ちなみに、位階の高い魔物は動体視力も反応速度も半端無い。
勿論光の速度より早く動けるわけでは無いのだけれど、僕らの目線や手の動きから魔法の発動を予測し、魔法が発される前に回避行動を取る事くらい平気でやってくるのだ。
なので過度な自信は禁物なのだけれど、フラーシュさんの場合はもうちょっと自分の実力を信じて貰う必要がありそうなのだ。
「ふふっ、流石です。それじゃあ次は、後衛組の先制後に前衛が突貫する動きをやってみましょうか」
フラーシュさんが乗り気になってきたところで、僕らはさらに何度か魔物と戦い、順調に連携を深めていった。
しかし、いろんなパターンを想定して戦闘を繰り返す内、彼女の致命的な弱点も見えてきた。
「ぜっ、ぜっ、ぜっ……! ちょっと、待って…… オェッ、頭痛い…… し、死んじゃう……」
手頃な魔物を強敵に見立て、逃げながら戦う想定の動きを試したところ、戦闘後にフラーシュさんがヘタリ込んでしまったのだ。
彼女の顔色は真っ白で、体を震わせながら荒い呼吸を繰り返している。これは、ただ事じゃないぞ……!?
「フ、フラーシュさん……!? ちょっと、大丈夫ですか!?」
「診せて下さい! --こ、これは……! 典型的な運動不足による酸欠ですね…… 無理せず横になって、ゆっくり大きく呼吸して下さい。その内楽になりますよ」
「うぅ…… しんどいよぉ……」
ロスニアさんがほっと息を吐く側で、フラーシュさんが涙目で体を横たえる。
その様子に、心配そうにしていたみんなが表情を緩める。いやー、びっくりした……
でも、普段運動してない人にいきなり全力疾走させたら、そりゃそうなるか…… ちょっと反省。
「フラーシュ…… そういや、昨日も街を少し歩いただけでバテてたにゃぁ…… プルーナとロスニアを見習うにゃ! おみゃーとおんにゃじ魔法型なのに、こいつらはピンピンしてるにゃ」
「ゼ、ゼル氏。ちょっと、考えてみて欲しい。あたしは二本脚、プルーナ氏は八本脚…… 後者の方が、足の本数分、四倍は楽なはず……」
「あ、あはは…… 間違ってはいないかも知れませんね。僕、蜘蛛人族の中でも走るのが得意な方の種族ですし」
フラーシュさんの詭弁に、プルーナさんが苦笑気味に笑う。
「ほーん…… んにゃ? でもそんにゃこと言ったら、ロスニアは二本脚どころか尻尾の一本だけだにゃ」
「えっと…… ロスニア氏は、尻尾が長い分、接触面積が大きいから、概算であたしの十倍は楽なはず……」
「ま、まぁ、間違ってはいないかも知れませんね。私たち蛇人族は、筋肉の大半が下半身に集中してますから」
「ほ、ほら…… だから、あたしがこうなるのも、仕方ないんだよ。ね……?」
息も絶え絶えの状態だというのに、僕らに勝ち誇った笑みを浮かべるフラーシュさん。
--ちょっと一緒に過ごしてみてわかったのだけれど、彼女は頭も良くて悪い人でも無いんだけど、まぁ、生真面目ってタイプでも無いんだよね。
すごく人間味があって面白い人物だけど、なんというか、彼女の側近であるエーミクさんの普段の苦労が想像できるというか……
みんなの呆れたような視線に耐えかねたのか、フラーシュさんが視線を逸らしながら小さく呟く。
「わ、わかってるよ…… でも、運動苦手なんだよぉ……」
「ま、まぁ、誰しも得手不得手はありますから…… そうですねぇ。今から体力をつけて貰うのは時間がかかり過ぎますし、いざとなったらフラーシュさんを担いで逃げる方針でいきましょうか」
「え…… そ、それって、タツヒト氏が担いでくれるの……!?」
目を見開いて僕の方を見上げるフラーシュさん。だんだん回復してきたのか、彼女の顔には赤みが戻ってきている。
「それは状況によりますけど…… 危機に陥ったら、僕がフラーシュさんを担ぐ場合も生じると思います。すみませんが、ご了承いただけますと……」
「ふ、ふーん…… まぁ、それは、しょうが無いんじゃない……? --その担いで逃げるやつ。今の内に練習しといた方がいいかもね……?
いや、あたしもやりたいわけじゃ無いけど、本番で失敗したら大変でしょ?」
「あー、まぁ、そうですね。じゃあ、ちょっと休憩したら全員でやってみましょうか」
「う、うん……」
僕の言葉に、フラーシュさんが伏目がちにこくこく頷く。
未婚の王女様を僕が担ぐのは色々と不味そうだけど、緊急時にはそうも言っていられないからなぁ。
「ほぅ……」
「ん? ヴァイオレット様、どうしました?」
「あぁ、いや。なんでも無いさ。ふふっ……」
ヴァイオレット様は、何やら僕とフラーシュ様を見比べながら楽しげに笑っている。
あれ、何だろう……? 前もこんな事があった気がするけど…… 何の時だったっけ……?
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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