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亜人の王 〜過酷な異世界に転移した僕が、平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
17章 叡智の方舟

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第423話 天の鍵


「皆、席へ……」


「--はい、失礼します」


 猊下に促され、僕らは静かに椅子に座った。彼女の思い詰めたような雰囲気に、自然とみんなの表情も固くなる。


「今日ここに来たという事は、其方らは困難に立ち向かう覚悟を決めたということだな…… ふふっ、我は今だに迷いの中にあると言うのに、本当に頼もしい限りだ」


 自嘲気味に笑う彼女に、僕は席から少し腰を浮かせながら訴えた。


「猊下…… 大丈夫です。僕らは今回もきっと無事に帰ってきます。なので、どうか教えてください。シャムの最後の部品への道を……!」


 僕の言葉にみんなも大きく頷き、猊下は眩しいものを見るように目を細めた。


「--うむ、分かっている。我も覚悟を決めよう…… ではまず、こちらを返しておこう。今後は肌身離さず持っておくと良いだろう」


 猊下が、机の上に置かれた四本の透明な筒を指し示した。応接室に入った時から気づいていたけど、それらは僕らがこれまで集めてきた機械人形(きかいにんぎょう)の四肢だった。

 これに胴体が加わればシャムは元の体に戻る事ができる。しかし、これを持って行けと言うことは……


「あの、猊下。今回の旅先に、シャムちゃんを元の体に戻す事ができる方がいらっしゃるのですか……? 猊下の他に、あれほど高度な神聖魔法の使い手がいらっしゃるとは思えないのですが……」


 僕と同じことを考えたのか、ロスニアさんがおずおずと尋ねた。


「部品さえ揃えば、我でなくとも治療は叶うだろう…… さて。我は、其方らがどんな者達か知っている。

 困窮する人々に手を差し伸べる慈悲と、困難に立ち向かう勇気、そしてそれら実行するに足る力を持つ真の勇者達だ。

 だが、だからこそ敢えて言おう。自分達の目的が何なのか、優先すべきは何か、それを忘れてはならない。

 自分達のために困難を避けることは、何も恥ずべきことでは無いのだ……」


「猊下……?」


 猊下の発言の意図が分からず、僕らは全員首を傾げてしまった。今のも、今回の旅に関連した話なんだろうけど……


「いや、すまぬ。ただの老婆心だ…… --所で、この大聖堂の地下、転移魔法陣の部屋が並ぶ廊下に、鍵の掛かった扉がある事は知っているな?」


「は、はい。廊下の突き当たりにある、あの頑丈そうな扉ですよね? やはり、あそこが……?」


 僕らが世界各地に飛ぶ際、便利に使わせてもらっている転移魔法陣。それらは全て小部屋で区切られているのだけれど、一つだけ開かずの間があるのだ。

 以前、その先がどこに通じているのか猊下に聞いてみた事があったのだけれど、珍しくはぐらかされてしまった。

 なのでこの一週間、今回の旅先に通じているのはあの部屋なのかもとみんなで話していたのだ。


「--さてな。すまぬが我は急用を思い出した。本日はこれまでとしよう」


「「--え!?」」


 猊下は僕らの予想と全く違う事をおっしゃると、そのまま席を立って部屋の出口へと向かった。

 今日の猊下は妙にふわっとした物言いが多いし、流石に今のは不自然すぎる。引き止めようと僕が席をたった瞬間、彼女の手から何かが落ちた。


 チャリンッ……


「あれ。ペトリア、待つであります。何か落としたでありますよ? シャムが拾って--」


「シャム、ロスニア。そして皆よ…… 心を、強く持つのだぞ…… ではな」


 シャムの台詞に被せてそう言い放った猊下は、こちらを振り返りもせずに部屋を出て行かれてしまった。

 僕は暫し呆然とした後、猊下が落とした何かを拾った。それは無骨な、しかし複雑な細工の施された鍵だった。


「これは…… おそらく例の部屋の鍵、でしょうね。猊下のあのご様子…… 本来であれば教えてはいけない事を、何とか僕らに伝えて下さった。そんな感じでしたね……」


「で、あろうな…… しかし、あの猊下がそのような振る舞いをしなければならない相手など、それこそ……」


 ヴァイオレット様の言葉に、みんなが押し黙る。聖教会の頂点に立つ彼女の上となると、彼女達が崇める存在くらいしか考えられない。


「--行きましょう。それは、帰ってきてからでも伺える事です」


 僕らはシャムの部品を持つと静かに応接室を後にし、可能な限り人目を避けながら地下に向かった。

 そして、転移魔法陣の小部屋が並ぶ廊下の突き当たり、開かずの間の前に立ち、猊下から託された鍵を使った。


 カチャリ……


 呆気なく鍵は回り、扉は開いた。地下の他の部屋や石造りだったけれど、この部屋の壁や床はのっぺりとした材質で、天井にはLED照明のようなものまで付いている。

 古代文明の気配が強く感じられる無機質な部屋の中央には、予想通り、転移魔法陣が描かれていた。


「--みんな、覚悟はいいですか……?」


「「応……!」」


 全員が部屋の中央に移動した所で、僕はその転移魔法陣を起動した。






 転移の感覚消失から回復すると、そこは転移前と似たような無機質な部屋だった。

 全員で臨戦体制を取りながら周囲を見回す。すると、部屋の中に先ほどまで無かった人影を見つけた。


「おぉ…… 本当に現れた……! そして、そのお顔は……!?」


 僕ら、というよりシャムを凝視しながら、その人影は聖国語で慄くように呟いた。

 長い耳とほっそりとした体付きからして、おそらくは妖精族(ようせいぞく)だろう。白衣と貴族服を掛け合わせたような、あまり見た事のない服装をしている。

 きっちりとしたオールバックの髪型と四角い眼鏡のせいか、神経質そうな印象だ。


「へっ……? シャ、シャムの事を知っているでありますか?」


 驚くシャムに、妖精族(ようせいぞく)の彼女は恭しく頭を下げた。


「やはり、貴方がシャム様なのですね。過酷な地上より、良くぞおいで下さいました。

 申し遅れましたが、私はラビシュと申します。このネメクエレク神国において、宰相の任を頂いております。

 我らが始祖神にして女王陛下、レシュトゥ様より、貴方様をお連れするように申しつかっております」


「「……!?」」


 ラビシュと名乗った彼女の言葉に、全員がはっと息を呑んだ。今日は予想外な事がよく起きる日みたいだ。


「ちょ、ちょっと待って下さい。ネメクエレク神国? それに、始祖神って……!?」


「む? ふむ、只人の男か…… ではお前がタツヒトだな。そして他の者達の姿…… 神話にある、我らと異なる亜人種か……

 よかろう。シャム様の御付きとして、お前達も付いて来るが良い。さぁシャム様、どうぞ此方へ」


 僕らには見下すように冷淡に、シャムには柔和な笑顔で語りかけ、部屋の出口へと促すラビュシュ氏。

 彼女の発言には色々と気になる点があったのだけれど、そのあまりの態度の違いにみんなと顔を見合わせてしまった。


「むぅ…… ラビシュ、なんだかタツヒト達に冷たいであります!」


「あー、大丈夫だよシャム。取り敢えず案内してもらおう。 --キアニィさん、何か気づいた事はありますか?」


 斥候職のキアニィさんに小声で尋ねると、彼女は小さく首を振りながら囁き返した。


「いいえ。今のところ罠や妙な気配はありませんわねぇ…… でも、ネメクエレク神国だなんて不遜な国名、聞いたことありませんわぁ」


「ですよねぇ。まぁ、付いて行けば分かるでしょう……」


 ラビシュ氏の後に着いて行くと、スライド式の扉がひとりでに開いた。

 その事に少し驚きつつ部屋を出た瞬間、僕らは更なる衝撃に襲われた。


「「なっ……!?」」


 先程まで僕らが居たのは、巨大な白亜の城を構成する尖塔の一つ、その最上階だったらしい。

 目の前には、城の中心部に向かって中空に掛かる石の橋があり、ラビシュ氏はすでにそこを渡り始めている。

 しかし、僕らは彼女の後を追う所ではなく、想像を絶する周囲の光景に立ち尽くしてしまっていた。


「んにゃ!? まだ明るいのに、にゃんで空が夜なんだにゃ!?」


「まさかここって…… でも、こんな大質量をどうやって……!?」


 ゼルさんがあんぐりと口を開けて空を仰ぎ、プルーナさんも驚愕に声を震わせる。

 そうなのだ。上空に太陽が輝いているのに、その背景は夜空のように暗く、星々が瞬いている。

 さらに周囲を見渡してみると、地平線の彼方に、青く美しい、途方も無く巨大な球体のようなものが浮かんで見えた。

 大部分が地平線に隠れていてその全景は見えないけれど、あれってもしかして……!?

 驚き立ち止まる僕らに気づき、ラビシュ氏が此方を振り返る。


「ふむ。地上の者達にとっては珍しい景色なのか…… では、よく見ておくがいい。

 我らがネメクエレク神国こそ、神々の恩寵篤き最古の国。お前達が住む地上の遥か上空、星々の世界に座す天上の楽園なのだ」


投稿が大変遅くなり、申し訳ございませんm(_ _)m

お読み頂きありがとうございました!

【日月火木金の19時以降に投稿予定】

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