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亜人の王 〜過酷な異世界に転移した僕が、平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
17章 叡智の方舟

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第422話 覆面作家ユシーラフ


 エラフくん()から帰って来た日の翌日。僕は昼頃にベッドから起き出し、宿を出て聖都をぷらぷらとあても無く歩いていた。

 猊下が定めた期日を明日に控え、今日は各自で自由に休息を取ろうと言う事になっているのだ。今頃他のみんなは、散歩や買い物、食べ歩きなんかを楽しんでいる事だろう。

 ちなみに、僕がなんで昼まで寝ていたかというと……


「うーん……まだちょっと体がだるい。昨日も激しかったからなぁ……」


 エラフ君夫妻に触発されたのか、昨晩のみんなはいつも以上にすごかったし、かく言う僕もそんな気分だった。

 なので頑張って期待に応えてみた結果、見事に体力を使い果たし、今朝は起き上る事ができなかったのである。

 これから過去最大級の困難に立ち向かうという話なのに、ちょっと僕らは欲望に正直過ぎかも知れない。


「ん……? あれは……」


 普段あまり行かない大通りを少し外れた場所に入ってみると、中堅くらいの規模感の書店が目に入った。

 マシリオ書店と看板の掛かったその店は、かなり年季は入っているようだけど、とても上品な店構えに見えた。

 聖都は長命な妖精族(ようせいぞく)の人が多いので、ちょっとしたお店が創業数百年なんてことがざらにある。ここもそんなお店なのかも。


「なんだか、王都での事を思い出しちゃうなぁ……」


 僕らがまだ宮仕えだった頃、場所は王都のとある書店。その、いわゆる成年向けの本を大量に買い込んでいたヴァイオレット様に、ばったり出会(でくわ)してしまった事があった。

 その後なんやかんやあってむしろ絆は深まったけれど、あれは相当気不味かっただろうなぁ……

 そんな風に昔を思い出しながら書店を通り過ぎようとすると、ちょうど店から出てくる人影があった。


「あ……」


 帽子を目深に被り、紙袋を嬉しそうに抱えている紫髪の馬人族(ばじんぞく)…… まごう事なきヴァイオレット様だった。

 僕が声を上げてしまった事で彼女も此方に気づき、その表情を凍り付かせる。


「タ、タツヒト!? こ、これは違っ-- あぁ!?」


 そしていつかの焼き増しのように彼女の手から紙袋が落ち、ピタゴラスイッチの如くその中身が飛び出す。

 地面にばら撒かれたのは、予想通りギョッとするようなタイトルと挿絵の、いわゆる成年向書籍の数々だった。


「あわ、あわわわわ……!」


「ヴァ、ヴァイオレット様。大丈夫です……! 僕も拾うの手伝いますから……」


 可哀想なほどに狼狽する彼女の元へ走り、急いで本を拾い集める。

 すると手に取った本の中に、見覚えのあるタイトルを見つけた。この、若干僕に似た男の子の挿絵…… 間違い無い。


「淫乱少年侍男(じなん)物語、第十八集、ですか…… この作品、随分続巻が出ているんですね。以前目にした時は、確か第六集くらいだったような……」


 そう言って集めた本をヴァイオレット様に差し出すと、彼女はそれをひったくるように受け取った。お顔が真っ赤っ赤だ。


「た、頼むから忘れてくれ! うぅ…… なぜだ。なぜ何時も、一番知られたく無い君にバレてしまうんだ……!」


「いや、ほんとすみません…… えっと、でもそれだけ続編が書かれるなんて、とても人気なんですね。その作品」


 気不味さからそんな事を口にすると、彼女は俯きがちだった顔をゆっくりと上げた。あれ、何か雰囲気が変わったぞ。


「う、うむ。その通りだ。この作品の作者、ユシーラフ先生は非常に精力的に執筆されている方で、幾つもの作品群を世に出して下さっている。

 そしてこの侍男(じなん)物語は、その中でも歴代最高傑作と言われていて--」


 好きな物について熱く語っている時。それが、人が最も良い表情を見せる瞬間なのかも知れない。

 ヴァイオレット様は目をキラキラさせながら、その作品、というか、作者のユシーラフ先生について語ってくれた。


 彼女、または彼は、いわゆる覆面作家という奴で、その正体は不明とされている。

 優美で教養溢れる文体から繰り出される究極のエロティシズムは、世界中で熱狂的な読者を生み出し続けているのだとか。

 そんな作品群の出版が百年以上前から続いている事から、この先生は妖精族(ようせいぞく)、または鉱精族(こうせいぞく)だという説が濃厚だ。

 さらに、この世界の全大陸を旅したヴァイオレット様の考察によると、ユシーラフ先生は聖都在住の可能性が高いらしい。

 世界各地における最新刊の販売時期等から、計算して導き出した結果なのだとか。熱量がすごい……


「よ、よく調べましたね…… ということは、僕らもその先生と何処かですれ違っているかも知れませんね」


「そう! そうなのだ! この聖都の何処かで、先生は今も次の傑作を執筆されている…… そう考えるだけで私の心は熱く湧き立つ……!

 この聖都は全聖教徒にとっての聖地であるが、私にとっては別の意味での聖地でもあるのだよ!」


「--ヴァイオレット様。それ、他では絶対に言っちゃ駄目ですよ?」


 そんないい顔で、聖教会の全信徒を敵に回してしまいそうな事をおっしゃらないで下さい……

 けどまぁ、推しの作家さんが近くに住んでるかもと思うと、テンションも上がるか。

 覆面作家だから難しいでしょうけど、いつかそのユシーラフ先生に会えるといいですね。ヴァイオレット様。






 ちょっとしたトラブルがあった日の翌日。僕らはメームさんに行ってきますの挨拶をした後、猊下の待つ大聖堂へと向かった。猊下から、今回は『白の狩人』だけで来るように言われていたのだ。

 そうして大聖堂の入り口で取次をしてもらい、応接室に向かう途中、僕らは二人の要人にばったりと遭遇した。


「む。おぉ、タツヒト達ではないか! 帰ってきたとは聞いていたが…… これはまた随分と腕を上げたようだな!」


「あらあら、皆さんお久しぶりですね! 無事に戻られたようで何よりです。うんうん」


 廊下で話し込んでいたのは、この聖都で猊下の次に偉い妖精族(ようせいぞく)、アルフレーダ騎士団長とバジーリア枢機卿だった。

 前者は世界最強と言われる聖堂騎士団の団長さんで、精悍な顔つきの逞しいお姉さんだ。後者は猊下の元で大聖堂を取り仕切る聖教会の実務の長で、柔和な顔立ちの三つ編み眼鏡お姉さんだ。


「二人とも久しぶりであります! 今回も大変だったでありますよ!」


「帰還のご挨拶が遅くなり申し訳ございません。神のご慈悲により、なんとか帰ってくる事ができました」


 シャムとロスニアさんを皮切りに、全員で挨拶を交わす。このお二人にはいつも修行を見てもらったりして、かなりお世話になっているのだ。


「早速お前達の武勇伝を聞かせてもらいたい所だが…… これから猊下のところへ向かうのか?」


「はい。少し重たい用事がございまして……」


 僕の言葉に、両閣下は顔を見合わせてしまった。あれ、どうしたんだろう……?


「道理で…… さっき私達も猊下とお会いしてきたんですが、少しいつもとご様子が違ってたんですよね……」


「うむ。猊下にお仕えして長い我々でも、あのようなお姿は初めて目にした…… --おっとすまぬ、引き止めてしまったな。猊下の元へ向かってくれ。大事な用事なのだろう?」


「は、はい。それでは…… 失礼致します」


 両閣下と別れた僕らは、お二人の言葉に会話も少なく廊下を歩き、目的の応接室へ辿り着いた。そして全員で頷き合い、その扉を開けた。


「--やはり、来てしまったか……」


 中で僕らを迎えて下さった猊下の顔には、深い苦悩の色が浮かんでいた。


お読み頂きありがとうございました!

【日月火木金の19時以降に投稿予定】


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