第421話 明るい家族計画
アラク様が向かったのは、この神殿の外へと続くであろう扉だった。
彼女と知り合ってからもう二年以上経つけれど、実はこれまで神殿の外に出た事は無かったのだ。
なので少し戸惑っていると、眷属の方々がすすすとアラク様に先行して扉を開けた。
「ご苦労。ん? どうしたんじゃお主ら。こっちじゃ」
アラク様が僕らを振り返り、開け放たれた扉の前でおいでおいでと手招きする。
「あ、はい。只今参ります」
恐る恐る彼女の後に続いて長い廊下を進み、大きな門を潜って外に出てみると、外にはとんでも無く巨大な樹木が立ち並ぶ大森林が広がっていた。
どうやらここは、その巨大樹の森にぽっかりと空いた広場のような場所らしい。
綺麗な池やよく整備された畑があり、素朴な藁の屋根の家々が立ち並んでいる。ぽつぽつと人影も見えるので、この神域にはアラク様達以外の人達も住んでいるようだ。
「おぉ…… 何だか隠れ里って感じ」
続いて僕らが出てきた神殿の方を振り返ってみると、その荘厳な木造りはどこか日本の神社に似た神聖な雰囲気を放っていた。
しかしその規模は桁違いで、幅は端が見えず、高さは見上げる程に巨大だ。
さらに建物全体が幾本もの太い柱に支えられ、地表から百m程の中空に浮かんでいる。
「すごい…… 圧倒されてしまいますね……」
「うむ。王城をゆうに超える規模感だ……!」
感嘆の声を上げる僕とヴァイオレット様に、アラク様が苦笑いしながら応えた。
「やはり大きすぎるよの? いや、妾ももっとこじんまりしたもんで良いと言ったのじゃが、娘達がそんな見窄らしいものでは示しがつかんとい言うてなぁ」
「いえ、申し訳ございませんが、その点は眷属の皆様に賛成です。こちらの神殿、アラク様の御所に相応しいお住まいかと」
間髪入れずにそういった僕に、側に控えている眷属の方々が揃って頷く。
「そ、そうかえ? お主ら、時折妙な連帯感を見せるのぉ…… まぁ、それは良いわえ。ちと長いが、下へ降りるぞい」
アラク様に先導され、地表へと続く広々とした長い階段を降りていく。
そして漸く地表にたどり着くと、僕らの元へ走り寄ってくる影があった。
「「***ー!!」」
「おぉ、お主達は今日も元気じゃなぁ。よしよし」
慈愛の笑みを浮かべながらアラク様がふわりと受け止めたのは、数人の子供達だった。
大まかには人に似た姿形をしている。しかし、狼の頭や虫の複眼などを持つその姿は、只人とも亜人とも違っていた。
魔物、なのか……!? 何語かは分からないけれど言葉を話し、知性が感じられる上に、どこかアラク様に似た気配もする……
どうやらただの魔物じゃないらしい。あと、無邪気にアラク様に戯れる姿はめちゃくちゃ可愛い。
「まぁ! なんて可愛らしい……! こちらには子供達もいるんですね!」
色々と経験して慣れているのか、子供好きなロスニアさんが手をワキワキさせながら彼らの方に近寄ろうとする。しかし、キアニィさんがそれを静止した。
「おっとロスニア。不用意に近寄ってはいけませんわぁ。この気配とあの動き…… あの子達、緑鋼級はありましてよ?」
「え……!?」
「だにゃ。アラク様はフツーに受け止めてたにゃけど、ロスニアが同じことしたらきっとペしゃんこだにゃ」
「う、うぅ…… 残念ですぅ……」
ゼルさんの言葉に、ロスニアさんはすごすごと後ろに下がった。
「***?」「***?」
すると子供達が僕ら気付き、指を指しながら何事かをアラク様に尋ねた。
「ほっほっほっ、こやつらは妾の客人じゃ。じゃから食べてはいかんぞえ。それと、今からちょっとこの辺を使わせてもらう故、危ないから離れておるんじゃぞ?」
「「***!」」
子供達は元気に返事すると、畑で作業をしている親御さんらしき人達の元へ駆け戻って行った。
元気で素直で大変よろしいのだけれど、僕は思わずみんなと顔を見合わせてしまった。可愛いけれどやはり魔物らしい。
「あの、アラク様。彼らは一体……?」
「お? お主はこの里の子らと会うのは初めてじゃったかの。まぁ、妾の眷属のようなものじゃよ。娘達とはちと成り立ちが違うがの。
ほれ。勇魚の奴の棲家に、こう、ずらっと並んだ兵隊連中がおったじゃろ? あの子らはその連中と似たような者達じな。
妾達だけでは手が届かんところを、色々と手伝ってもらっておるんじゃよ」
「なるほど、それで……」
アラク様のご友人。海を統べる勇魚の神獣様の所に招いて頂いた時、確かに似た雰囲気の人型魔物達が居た。
彼らが軍隊のようだったのに対し、アラク様の人柄なのだろうが、こっちの人達はものすごく穏やかなな雰囲気だ。
「--さて、あまり時間もないんじゃろ? まずはその槍が元々持っとる力について教えていこうかいのぅ。確か、雲を操るのと、風の刃を出すのはもう教えとったよの?」
「はい、天叢雲と都牟刈ですね。魔獣大陸でもこの槍には何度も命を助けてもらいました…… 改めてありがとうございます、アラク様」
いや、実際この槍が無かったら生き残れなかったと思う。感謝を込めて頭を下げると、アラク様は朗らかに笑った。
「ほっほっほっ。役に立っとるようでよかったわい。ふむ…… ならば次はあれを教えようかいのう。よし、槍を構えてそこに立つのじゃ!」
「はい! よろしくお願いします!」
アラク様には、結局三日ほども修行をつけて頂いてしまった。
しかしそのおかげで、雷槍天叢雲の能力、その基本的な部分は掴むことができたと思う。
まだまだ習熟には時間がかかりそうだけど、やれる事の幅はかなり増えたはずだ。
ちなみに僕が修行している間、シャムとプルーナさんを中心に、他のみんなは里の子供達と楽しそうに遊んでいた。正直ちょっと羨ましかった……
初対面で食欲を向けてきた相手と仲良くなるのって、結構、かなり大変な事だと思うのだけれど、何せ里の子供達は素直で可愛かった。可愛いは正義なのだ。
そんな隠れ里の人々に見送られ、次に僕らは同じく大森林の深部に位置するとある王国へと向かった。
アラク様の転移魔法で突然現れた僕らに、王国の門番さんはさほど驚かず、すぐに自分達の王様の元へ案内してくれた。
「タツヒト! 久シブリダナ、ヨク来テクレタ!」
「エラフ君! ごめんよ、来るのが遅くなっちゃって!」
場所は王国の中心部に聳え立つ砦の広間。頬に刀傷の入った強面に喜色を浮かべながら迎えてくれたのは、この魔物の王国を強大な力と知性でまとめ上げた王様。緑鬼のエラフ君だ。
彼の隣には、この国の国政を担う敏腕お妃様、只人のマガリさんが立っている。そして彼女が抱えているのは……
「マガリさん……! おめでとうございます!」
「ありがとうっス! お陰様で、元気に生まれたっスよ!」
「「わぁ……!」」
僕に続いて女性陣もマガリさんに殺到し、その腕の中を笑顔で覗き込む。
そこに居たのは、生後数ヶ月程の愛らしい赤ん坊だった。マガリさんに抱かれながら穏やかに寝息を立てている。
緑色の肌をしているので緑鬼である事は明らかだけど、それ以外はあまり只人のお子さんと変わらないように見える。
「か、可愛い……! もしかして女の子ですか?」
「お、よくわかったっスね。エリカって言うっス。うふふ。エラフが三日三晩考え抜いて名付けたっスよ?」
「グッグッグッ…… アレ程悩ンダノハ、コレマデノ生デ初メテノ事ダッタ。 --タツヒト、是非オ前ニモ、エリカヲ抱イテ欲シイ」
「勿論!」
マガリさんの手からエリカちゃんを慎重に受け取り、両腕で抱える。
腕の中の暖かな重みとあどけない寝顔に、自分の口角が際限なく上がっていくのを感じる。
「うわぁ…… もう、反則的に可愛いよ。エラフ君」
「グッグッグッ…… ソウダロウトモ」
「--マガリさん、念の為母子共に健診させて下さい。万一の事があってはいけません……!」
「あ、是非お願いしたいっス!」
エリカちゃんを目にしたロスニアさんが、司祭としての使命感に燃えた表情でマガリさんを診始めた。この命を守護らなければという強い意志を感じる。
それにしても…… ベラーキの村のリリアちゃんやエマちゃん、アラク様の隠れ里の子供達、そして腕の中のエリカちゃん。
ここ数日、立て続けにお子さん達と触れ合った事で、僕の中にはこれまでに無かった感情が生まれていた。なんか…… 子供欲しいな。
無意識にヴァイオレット様の方を見ると、先程までエリカちゃんを見ていた彼女とばっちり目が合った。
「--まぁ、その…… 今は難しいが…… 追々、だな」
「え、ええ。追々、ですね……」
どうやら同じ事を考えていたらしい僕らは、ちょっと赤面しながらそんな事を呟き合った。
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定期更新日の変更に伴い、次回の更新は木曜となりますm(_ _)m
【日月火木金の19時以降に投稿予定】




