第420話 雷槍天叢雲
ベラーキに一泊した翌朝。僕らはエマちゃん達に見送られ、東に広がる大森林へと向かった。
そして森の淵でいつものように祝詞を捧げると、視覚を初めとした感覚が消失。足元が消える浮遊感の後、僕らは大きな木造りの神殿の中に転移していた。
そして目の前に立っていたのは、この大森林の中心に位置する大龍穴の支配者、蜘蛛の神獣様だ。
見た目は蜘蛛人族の美少女で、肌は神々しい純白で、お髪と蜘蛛の下半身は闇よりも暗い漆黒だ。
しかし、この星そのものにも匹敵する強大な気配が、彼女が通常の人類は魔物では無い、超常の存在である事を示している。
彼女の背後には、彼女に似た姿の四人の眷属の方々も控えている。僕らを下等生物と見下すような雰囲気を纏っているけど、これはもういつもの事だ。
「お主ら! 待っとったぞ!」
一方アラク様は、僕らを目にすると感極まったような笑顔で走り寄ってきてくれた。
「アラク様! お久し--」
最敬礼で下げた頭にアラク様の手が触れ、僕は思わず台詞を止めた。すると彼女は、そのまま優しく僕の頭を撫で始めた。
「ほんに…… ほんによぅ無事に戻った…… タツヒトよ。お主の力と勇気、機転がなければ、あの人里はお主ら諸共滅びておったじゃろう。さすが妾が見込んだ男じゃ。頑張ったのぅ……」
慈愛に満ちた労いの声と共に、慈しむように繰り返し頭を撫でられる。
頭を撫でられるなんて、何時振りだろう……? この歳になって子供のように扱われるはちょっと恥ずかしいけれど、嬉しい気持ちの方が遥かに大きい。
「は、はい…… その、頑張りました……」
なんとかそう答えると、彼女の手が僕の頭から離れ、思わず声が出そうになる。
こ、これは危険だ。もっと彼女の撫でを欲しがってしまっている自分がいる…… さすがアラク様。惑星級の包容力だ。
「うむ! あぉ、ヴァイオレット! お主もようやったの! あの巌の巨獣達を屠った延撃! 見事じゃったぞ!」
「あぅ…… こ、光栄です。アラク様……」
僕の次にアラク様に頭を撫でられ、気恥ずかしさと嬉しさが混ざったような表情で赤面するヴァイオレット様。
おぉ…… めちゃくちゃ珍しい、そして可愛らしい表情だ。写真に収めたいくらいだけど、さすがに怒られそうだからやめておこう。
「アラク様! シャムも、シャムも頑張ったであります!」
「ほっほっほっ、もちろん見とったとも。天晴れな射じゃった。よしよし……
プルーナ、お主も今回の立役者じゃの! お主の魔導の腕と用心深さが、幾万もの命を救ったのじゃ」
「あ…… ありがとうございます……!」
結局アラク様は、シャムとプルーナさんに続き、残りの全員の頭を撫でながら労いの言葉をかけてくれた。
みんなも僕と同じような心持ちになったらしく、なんだか嬉しいような恥ずかしいような、ほわほわした表情をしていた。
そのまま勧められるままに座布団に座ると、アラク様は僕らの様子を見て少し済まなそうに切り出した。
「いやー、すまんかった。立派な戦士達にする事ではなかったわい。じゃがちと感極まってしまっての……
何せ鷲の奴に邪魔されて、お主らの様子は見られてもこっちから助言したりできんかったもんでな」
「えっ…… 鷲のって、鷲の神獣、様の事ですか? 魔獣大陸の……」
そういえば今回はアラク様の天の声が無かったけど、そんな事情があったのか。
「うむ…… 前に、あやつはちょっと思想が強いと言ったじゃろ? あるがままの星の営みを我らが妨げてはならない、とか言いおってな? 妾からの干渉の尽くを弾きおったんじゃ。
まぁ、正直一理ある話じゃ…… 縁を結んだからと言って、本来魔物の側である妾が、人であるお主らを贔屓する方がおかしいしの。
じゃから、今回は指を咥えて見とるしかなかったんじゃよ。あの巌の巨獣やら、東からも迫っとった化け物茸の事も伝えたかったんじゃが……」
「まー、教えてもらっても多分どーしよーもにゃかったにゃ。もう終わった事だし、ウチらも無事だから気にしにゃくていいと思うにゃ」
少し表情を暗くしてしまったアラク様に、ゼルさんが明るい調子で気にするなと言う。非常に彼女らしいけど、ちょっと気安過ぎてはらはらしてしまう。
「そうかの……? ふふっ、ゼルは優しいのぉ。確かに過ぎたことにクヨクヨ考えても詮無き事よな……
--うむ! ならば妾も、次に繋がる事を成さねばなるまいて。タツヒト。お主、あやつから何か貰っとたじゃろ?」
「あ、羽のことですよね? えっと…… こちらです」
僕はリュックから燐光を放つ大きな羽を取り出し、アラク様へと差し出した。
「どれどれ…… ふふっ。あんな事言っておきながら鷲のやつ、余程お主の事を気に入ったらしいの。
只人の身であの難局を乗り切ったからか、それとも自身と同じく雷を操るからか…… ま、あやつの考えはよう分からんわえ。
さておき、知っとるようじゃが、これにはお主の雷の魔法を強める力がある。
しかし、このままでは扱いづらかろうなぁ。ふむ…… ちょっとその槍も貸してくれんか?」
「は、はい。あの、何を……?」
「まぁまぁ、悪いようにはせんわえ」
さらに天叢雲槍を差し出すと、アラク様は片手に鷲の神獣の羽、もう片方の手にその槍を握った。
そして意識を集中するように半眼になると、羽の方がパリパリと小さく雷光を放ち、その形がぐにゃりと崩れていく。
あっ、と思って見ていると、それは青白い光を放つ球体のような状態になった。
さらにアラク様はそれをぎゅっと握ると、まるで鋳溶かした金属のように槍の穂先に流し込み始めた。
羽だったものはそのまま全て槍に吸収され、漆黒の穂先には模様が刻まれた。穂先の根本から先端に向かって力強く走る、青白い稲妻のような模様が。
「「おぉ……!」」
美しくも厳かなその光景に、僕らは揃って感嘆の声を上げた。一方、事を終えたアラク様は表情を元の飄々としたものに戻すと、羽を握っていた方の手をぷらぷらと振り始めた。
「おー、熱かったわい。よし、中々良い感じに仕上がったわえ。銘は…… 雷槍天叢雲と言ったところかの。
今までのようにも使えるし、あやつの雷の力も宿っとる。きっとお主の助けとなるだろうて。ほれ」
軽い感じで差し出されたその槍を、僕は少し震える両手で拝領した。
今までにも増した凄みと、重量だけでない重みを感じる。それになんというか、ものすごく手に馴染む感じがある。そして何より……!
「あ、ありがとうございます! めちゃくちゃ格好いいですね!」
「ほっほっほっ。お主も男の子よなぁ…… さぁ、見とったから大体は知っとるが、今回の旅についてお主らの口から聞かせてくれんか? 最近はこれが楽しみでのぅ」
「勿論です! えっと…… 僕らは魔獣大陸に降り立った直後、真っ先に大陸茸樹怪から--」
僕らは、僕ら視点での魔獣大陸での顛末を話し、聖都で猊下から聞かされた次の目的地についても語った。
語り終えた所で、アラク様は眷属の方々が淹れたお茶をひとすすりし、暫しの沈黙の後で口を開いた。
「なるほど。地上の何処でも無い場所、それに魔獣大陸をも超える脅威かえ。 --もしかしなくとも、やっぱり彼処かのぅ……? じゃとしたら確かに、今の彼処は人の子が近寄るべき場所では無いのぉ」
「「……!」」
アラク様の言葉にみんなの表情が強張る。猊下から言われて覚悟はしていたけれど、今回の旅は神獣たる彼女からしても過酷なものになるようだ。
「あの…… アラク様は、猊下の仰った場所に心当たりがあるんですの? その危険さについても……」
僕らを代表してキアニィさんが問うと、アラク様は重苦しく頷いた。
「うむ、妾の勘が当たっとればじゃがの。あの巌の巨獣や化け物茸よりも、さらに危険な存在が立ちはだかるやも知れん。それと…… ロスニア。お主にとっては、別の試練も待っておるかも知れんのぉ……」
「え…… わ、私ですか……!? 試練…… 一体どんな……」
「ま、あまり思い詰めるでないわい。まるっきり妾の見当外れという可能性もあるでな!」
いや、そう言われましても…… 僕は思わずロスニアさんと顔を見合わせてしまった。
「--あの、アラク様。不躾なお願いになるのですが、この雷槍天叢雲の扱い方について少し手解きを授けては頂けないでしょうか……?
これまで以上の脅威が待ち受けているというなら、やれる事は全てやっておきたいんです」
「ふむ…… 勿論良いぞよ。そういえば、ちゃんと教えを授けた事なぞ無かったからのう。じゃがここでは少々手狭だの。ちょっと外まで付いて来てくれんかえ?」
僕の言葉に笑顔で頷いてくれたアラク様は、どっこいしょと言いながら座布団から立ち上がった。
お読み頂きありがとうございました!
加えて、先週の金曜分は更新できず、すみませんm(_ _)m
また、定期更新日を変更させて頂きます。
週の更新回数に変更はございませんが、水曜分が日曜に移動となります。
【日月火木金の19時以降に投稿予定】




