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亜人の王 〜過酷な異世界に転移した僕が、平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
17章 叡智の方舟

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第416話 地上の何処でも無い場所

前章のあらすじ:

 地上で最も過酷な魔境、魔獣大陸へとタツヒト達一行が降り立った直後、大陸を覆い尽くさんばかりの巨大な魔物、大陸茸樹怪(テラ・ファンガス)が襲いかかった。その襲撃から命からがら逃げ延びた一行は、黒翼の天使、鳥人族(ちょうじんぞく)の勇者ティルヒルと出会い、人類の生存圏であるナパへと招かれた。彼女の協力により、旅の目的であるシャムの部品回収に成功するも、一行は縁を結んだ人々を放っておけず、暫しナパに残る事となった。

 膨大な労力をかけた防衛設備が完成し、人々がそれを祝おうとしたその時、ナパに潜んでいた伝説の巨獣、巨岩鬼(サスナルカヒ)が復活した。村々を襲う巨獣達を、一行は長い死闘の末に退け、ティルヒルと共に生き残った喜びを噛み締めた。だがその翌朝、建造した大防壁と炎の大河が容易く突破され、大陸茸樹怪(テラ・ファンガス)がナパに侵入してしまう。そこへ更に同種の別個体まで現れ、一行は絶体絶命の危機に陥った。

 その時、空から意外な救援、呪炎竜(ファーブニル)が現れた。一行は、プルーナに財宝籠の修理を依頼しに来た魔竜との交渉に成功。強力な呪いの炎により、大陸茸樹怪(テラ・ファンガス)は焼失した。かくしてナパの危機は去り、一行はティルヒルと再会を約束し、聖都への帰途についた。



 目の前に広がるのは見渡す限りの灰色の平原。

 最初は雄大で物珍しかったこの風景も、二週間も続くと流石に飽きがくる。僕らはただ前だけを見据え、黙々と西に向かって荒野を進んでいた。

 すると、地面を踏み締めた際に乾いた灰がふわりと舞い、後ろを歩く誰かの豪快なくしゃみが聞こえてきた。


「--ばっくしゅんっ! ずずっ…… うにゃー…… じめじめしてにゃーのはいーけど、ちょっと乾きすぎだにゃ」


 くしゃみの主は猟豹人族(りょうひょうじんぞく)の双剣使い、ゼルさんだった。

 鋭敏な嗅覚を持つ彼女に、この埃っぽい環境は辛いようだ。そのスレンダーな体を包む鮮やかな黄色い毛並みも、今はちょっと灰で汚れてしまっている。


「こらゼル、啜らないの。ほら、これで鼻をかんで下さい」


 そんな彼女に甲斐甲斐しくハンカチを渡すのは、蛇人族(へびじんぞく)の司祭、ロスニアさんだ。

 彼女の蛇の下半身は清浄な湖を思わせる水色で、上半身は肉感的…… じゃなくて包容力を感じさせ、その顔には穏やかアルカイックスマイルが浮かんでいる。


「ちーーんっ! ふはぁ…… ありがとにゃ、ロスニア!」


「ちょっ…… 顔に近づけないで下さいよ! もうそれ差し上げますから!」


 鼻をかんだハンカチを見せつけるように突き返したゼルさんに、流石のロスニアさんも盛大に顔を背ける。

 いつものような二人の掛け合いに、みんなの穏やかな笑い声が響いた。

 こんな過酷な旅をしていると、こういったなんでもないやり取りが本当にありがたい。


「ふふっ…… しかし気温はそれほどでもないが、確かに乾燥が酷い。まさか水の確保にこれ程難儀するとはな…… 村でたっぷり水をもらっておいたのは正解だったようだ」


 大きな荷車を()きながらそう呟いたのは、馬人族(ばじんぞく)の元騎士、そして現在はこのパーティーのエースであるヴァイオレット様だ。

 凛々しく気品に満ちた顔立ちに艶やかなポニーテール、シックな紫色の馬体が美しい。彼女とはこの中で一番付き合いが長いけれど、いまだに時々見惚れてしまう。


「ですね…… 来た時と違って魔物が激減してなかったら、旅程に時間を取られて途中で干からびてしまっていたかもしれません」


 彼女の言葉に応えた僕、タツヒトは、小柄で黒髪黒目の日本男児。この世界でいう所の只人だ。

 この過酷な世界に転移してからおよそ三年…… ただのもんむす好きな高校生だった僕にしては、よく生き残っていると思う。

 あと一応僕は、この冒険者パーティー、『白の狩人』のリーダーという事になっている。

 今僕らは、ここ、魔獣大陸での用事を終え、来る時に使った転移魔法陣に向かっている最中なのだ。


「ねぇシャム。そろそろ目的地が近いはずなのですけれど、どうかしらぁ? わたくし、そろそろお肌が限界でしてよぉ……」


 隊列の先頭から、妖艶だけど少し元気の無い声が聞こえてくる。声の主は蛙人族(あじんぞく)の元暗殺者、現このパーティーの斥候のキアニィさんだ。

 普段彼女の深緑のお肌は潤いに満ちているのだけれど、この環境のせいかほんの少しだけいつもの張りが無いように見える。彼女、種族柄あんまり乾燥に強く無いからなぁ……


 そしてそんな彼女が問いかけているのは、自身の肩の上に乗せた機械人形(きかいにんぎょう)の射手、シャムだ。

 白髪の元気な幼女といった見た目の彼女だけど、とある事情で体が縮んでしまったのが現在の姿だ。僕らの旅の目的は、彼女を元の姿に戻す事なのだけれど……


「肯定するであります! キアニィ、ちょっと飛んでみて欲しいであります!」


「いいですわよぉ…… ふっ!」


 ドッ!


 何だかカツアゲのようなシャムの言葉にキアニィさんが足を撓め、持ち前の脚力で数十m跳躍した。

 一瞬の滞空の後で二人が着地すると、シャムはキャッキャッと楽しげに笑った。うん、幼女だ。


「見つけたであります! ここからおよそ36イング、転移の古代遺跡が隠蔽されていた岩塊であります! 多少崩れているでありますが、原型を留めているであります!」


「ありがとうシャム、キアニィさん! よし、その距離なら陽が落ちる前に着けますね! 急ぎましょう!」


「「応!」」


 急ぎ気味で歩みを進める事暫し。陽が傾きかけた頃に、僕らは無事岩塊の元へ辿り着くことが出来た。

 シャムの言った通りペシャンコにはなっていないけれど、所々がひび割れていて若干地面に沈んでいるし、入り口も崩れてしまっている。このままでは当然入れないけれど……


「この位でしたら、きっと中身も無事ですね。今直しちゃうのでちょっとお待ち下さい」


 そう言って前に出たのは、僕らのパーティーの天才目隠れ土魔導士、蜘蛛人族(くもじんぞく)のプルーナさんだ。栗色のおかっぱがよく似合っている。

 彼女は八本の足で器用に瓦礫を避けながら遺跡に近づくと、その小さな手をかざした。


 ズンッ…… ズズズズズッ……!


 彼女の体から鮮やかな緑色の放射光が発され、地響きと共に巨大な岩塊が徐々に浮上していく。

 みるみる内にそのひび割れが補修され、崩れた入り口も時間を巻き戻したかのように元通りになった。流石の手際だ。


「ふぅ…… ひとまずこんな所ですね。タツヒトさん、明かりをお願いできますか?」


「ありがとうプルーナさん。もちろん。『灯火(ルクス・イグニス)!』」


 遺跡の入り口からいくつか明かりを放つと、来たときと変わらない、ヒビ一つ無い通路が奥に続いているのが見えた。

 僕と一緒に中を覗き込んでいたプルーナさんが小さく頷く。


「--うん、通路も問題ないですね…… これなら魔法陣もきっと無事です……! 皆さん、聖都に帰れますよ!」


「「おぉ……!」」


 彼女の言葉に全員が小さく歓声を上げた。良かった…… ここが使えなかったら、帰るまでさらに数ヶ月かかる所だった。

 みんなが嬉しそうに遺跡に入っていく中、僕はふと東の空を見上げた。上空に黒い翼影(よくえい)が一瞬見えた気がしたのだ。

 けれど、空には鳥一匹飛んでおらず、雲一つ無い夕焼け空が広がるばかりだった。どうらやら今のは僕の願望が生み出した幻影だったらしい。


「--また戻って来ます。きっと……」


 僕はそう小さく呟くと、みんなの後を追った。






 魔獣大陸から遥か西。聖ドライア共和国の聖都レームへは、幸い問題なく転移に成功した。

 転移先である聖ペトリア大聖堂の地下を出た僕らは、その足で教皇ペトリア四世猊下に謁見を申し込んだのだけれど、僅か十数分後には応接室で彼女と対面することが出来た。


「皆、よくぞ……! 本当によくぞ無事に帰った……!」


 僕らが部屋に入るなり、猊下は目に涙を溜めて駆け寄ってシャムを抱き締めた。

 あまり感情を表に出さない彼女にしては珍しいけれど、僕らは半年間も音沙汰が無かったのだ。優しい彼女であれば、感極まってしまっても不思議じゃない。

 妖精族(ようせいぞく)である彼女は、かなりの高齢のはずだけど皺一つ無い若々しい姿をしている。

 そして、その顔はシャムと全く同じで、長い耳と金髪だけが違っている。やはり親子にしか見えない。


「うぎゅっ…… ペトリア、ちょっと苦しいであります…… でも、また会えてシャムも嬉しいであります! ただいまであります!」


「うむ、うむ……」


 しばらくそうしていた二人が(ようや)く抱擁を解いたところで、僕らは猊下に頭を下げた。


「猊下、只今戻りました。長い間留守にしてしまい、申し訳ございません」


「うむ…… 皆、息災のようだな。そして、謝る事など無いとも。其方らが生きてここに居る。それこそが最も重要なのだ。

 --さて、皆疲れているだろう。席に座るといい。そして、魔獣大陸の話を聞かせて欲しい」


 猊下に促されて席に座った僕らは、半年にも及ぶ魔獣大陸での出来事を語った。

 話してみると自分でもかなり荒唐無稽に聞こえてしまうけれど、こうして物証も揃っている。


「こちらが回収した部品です。最後の一つ…… 胴体は、見つけることが出来ませんでした……」


「あ、一応こちらも。神獣と思わしき存在から受け取った羽です」


 ロスニアさんが機械人形(きかいにんぎょう)の左脚、僕が燐光を放つ大きな羽を差し出すと、猊下はそれらをじっくりと見分し始めた。


大陸茸樹怪(テラ・ファンガス)か…… まさかそのような慮外の魔物が生まれていたとは…… そしてやはり胴体は揃わなんだか……

 この羽については、正しく魔獣大陸を統べる鷲の神獣(ナシュル・イルフルミ)の物であろう……

 蜘蛛の神獣(アラク・イルフルミ)勇魚の神獣(ナヒィル・イルフルミ)に続き、これほど多くの神々と縁を結んだ人間は、永き人の歴史においてもそうは居ないであろうな」


鷲の神獣(ナシュル・イルフルミ)…… やっぱり、あれは魔獣大陸の神獣だったんですね。あれで縁を結んだと言っていいのかは分かりませんが……」


 あの羽は気づいたら手の中にあったので、あんまり実感がないんだよね。なのでそんな風に返してしまった僕に、猊下はほんの少しだけ微笑んだ。


「ふふっ。魔物と敵対する我々人の子は、魔物を起源とするかの神々には問答無用で殺されても全く不思議では無いのだ。

 それが殺されず、その体の一部を下賜されるなど、奇跡と言っても過言では無い。よほど気に入られたのであろう。胸を張ると良い」


「そ、そうですか…… それで、その、今後の事についてです。シャムの部品は、まだ胴体が揃っていません。

 別の遺跡を探したり、新しく作ったり…… 何か…… 何か彼女を元の体に戻すため、ここから打てる手は無いのでしょうか……?」


「うむ……」


 僕の問いに猊下が重苦しく頷く。彼女はそのまま黙考し、しばらくして(ようや)く口を開いた。


「--其方達には受け入れ難い事であろうが、シャムに使われている部品は非常に高度で特殊なものなのだ。

 シャムの地図上にあった遺跡を全て調べ尽くした今、最早未発見の部品はこの地上の何処にも無いであろう。

 そして、部品を新たに創り出す、他の何かで代替する…… これらの方法も非常に困難と言えよう。あれは、古代文明の叡智のさらに先端にあった御業(みわざ)故……」


「そ、そんな……! --だったらシャムは…… みんなは一体何の為に……」


 愕然とするシャムに、みんなも悲痛な表情を浮かべる。しかし、猊下の言葉はそれで終わりでは無かった。


「--しかし。この星、地上ではない場所ならば、その限りでは無いやもしれぬ」


「星……? 猊下、一体何を……?」


 困惑する僕らを他所に猊下はゆっくりと席を立ち、厳かに言い放った。


「地上の何処でもない場所。そこならばあるいは…… --もし其方達に、魔獣大陸をも越える困難に立ち向かう覚悟があるのであれば、支度を揃え一週間後にまたここへ来るが良い。

 我が、きっと道を指し示そうぞ」


17章開始です!

本章もお付き合い頂けますと幸いですm(_ _)m

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