第411話 ナパの黄昏(1)
遅くなりましたm(_ _)m
ヒュルルルル……… ドオォォンッ!!
肉片は、大量の土砂を巻き上げながらビアド村のすぐそばに着弾した。
「「--ウワァァァァッ!?」」
激しい縦揺れが村全体を揺らし、村の人達が絶望に表情を歪めながら絶叫を上げる。
「み、皆! 落ち着け、落ち着くのだ! あのような攻撃、早々当たるものでは無い!」
空に飛び上がるアツァー族、地表への階段に走る只人。恐怖に駆られた村の人たちを長老さんが落ち着かせようとしているけど、混乱が収まる様子は無かった。
「くそっ、あんな芸当ができたなんて……!」
「びっくりだね…… あーしらで見にいった時は、そんな様子無かったのに……!」
奴を睨みながら悪態を吐く僕に、ティルヒルさんが戦慄した様子で同意する。
僕ら二人で奴に実験した際、使用した炎の大きさは、奴の巨体からしたら小さすぎる規模のものだった。
炎の大河レベルの巨大な熱源に進路を塞がれたことで、奴は初めてあの行動を起こしたのだ。
検証不足と言われれば反論できなけれど、こんなの予想できるわけがない……!
幸い奴は、初弾を放った後は動きを見せていない。新たな瘤を生成する事もなく、茸の触手をくねらせているだけだ。
しかしあの巨大質量弾ですら、奴の大陸規模の巨体からしたら髪の毛一本分にもならないだろう。何せ、炎の大河の向こう側に見える全てが奴の体なのだ。
その気になればいくらでも、いつまででもこちら側を攻撃できるはずだ。
どうする……? あんな大質量の攻撃、ヴァイオレット様なら一回くらいは防げるかもだけど、何発も直撃弾が来たら……
だめだ。そうなる前に、ビアド村を放棄して奴の射程外までに逃げるしかない……!
でも、地表は相変わらず魔物で溢れている。この状況で避難して、無事に非戦闘員を護衛し切れるのか?
--いや、退避の判断が遅くなれば、もっと状況が悪化するかもしれない。
そう思い至り、長老さんに退避を提案しようとしたところで、視界の端で何かが動いた気がした。
慌ててその何か、村のすぐ側に落下した奴の肉片を見下ろすと、舞い上がった土砂が晴れてその様子がよく見えた。
浅いクレーターの底で土砂に塗れながら、球形に近かった形は扁平に変形してしまっている。
ぱっと見は無様に潰れたただの肉の塊…… まさかと思って目を凝らしていると、その肉片がゆっくりと動き始めた。
「……!」
驚愕に目を剥く僕を他所に、肉片の動きはどんどん大きくなり、ゆっくりと、しかし確実にこの村に向かって進み始めた。
加えて、肉片からはわらわらと巨大な茸の群れまで生え始めた。サイズは比べるべきもないけど、その姿は奴と瓜二つだ。
その光景から、奴の狙いと、炎の大河がほぼ無力かされてしまった事を悟り、僕は気づくと後ずさっていた。
「ただの肉片じゃあない…… あれ、大陸茸樹怪の分体です!」
僕の悲鳴のような声に、本体の方に注目してたみんなが一斉に分体に注目する。
「ま、不味いであります! 分体の触手の射程が本体と同じなら、この村もその圏内であります!」
「あの姿…… まるで小型の大陸茸樹怪ですね……!」
シャムとプルーナさんの言葉に、ヴァイオレット様が目を見開く。
「小型の……? ま、待てタツヒト! もしや大陸茸樹怪本体の狙いは……!?」
「ええ…… めちゃくちゃな方法ですが、おそらくは自身の体をちぎって投げ飛ばし、炎の大河を越える魂胆でしょう……」
「「……!」」
僕の言葉に、みんなが戦慄の表情で体を強張らせる。
僕らが話している間にも分体の進行速度は上昇し、すでに早歩きほどの速度まで加速していた。
進路はこの村のまま…… もう時間がない……!
「長老さん! 炎の大河は無力化されてしまいました! 残念ですが…… もうここを守りきれません!
地表に魔物が多い状態ですが、直ぐに避難を開始して下さい! 同時に、ナパ全土にも報せを!」
長老さんは、僕の言葉に愕然とした表情で沈黙した。
この村にも積み上げてきた歴史があるのだ。それを放棄する決断は重すぎるものだろう。
しかし彼女は、恐怖に慄く村の人達をじっと見つめた後、苦悩に顔を歪めながら頷いてくれた。
「--了解、した……! だが、奴の触手の射程は長大と聞く! せめて、下に控える分体を排除しなければ……!」
「ええ、分かっています…… 分体は僕らに任せて下さい! 前衛組は地表で迎撃、後衛組はここから援護を!」
「「応!」」
「皆さん! 連戦で消耗しているはずです! 絶対に、無理はしないで下さいね!」
心配そうに声をあげるロスニアさん達後衛組に頷き返し、僕ら前衛組は、村の淵から地表へと身を投じた。
火魔法やティルヒルさんの風魔法で減速し、無事に着地した僕らは、直ぐに分体の元へと走った。
しかし、地上300m程の村から見下ろすのと、地表で相対するのとでは全く迫力が違う……!
本体からしたら極小な文体でも、僕らからしたら十二分な巨体。その直径は1kmはあり、数えきれないほどの巨大な茸を生やしている。
それはまるで、無数の尖塔を備える大きな城塞都市の様な威容だった。
これほどの巨体に対して小細工は無意味…… ならば大岩鬼の時同様、大技を畳み掛ける……!
隣を走るヴァイオレット様に頷きかけると、彼女は心得たとばかりに前に出た。
「一撃で仕留める……! はぁ!!」
ぞんっ……!
異様な轟音が響き、閃光が水平に走る。ヴァイオレットが放った延撃は、分体に生えた茸の全てを一気に切り飛ばした。
「「おぉっ……!」」
思わず全員が歓声を上げ、走る速度を緩めかける。しかし、奴はそんな甘い相手では無かった。
ギョルルルッ!
巨大な茸群に隠れていた小型の茸群が一気に巨大化し、延撃を受ける前とほぼ変わらない姿に戻ってしまったのだ。
くそっ…… やっぱり、肉片に存在する全ての茸を叩かないと倒せないんだ……!
今の攻撃で僕らを敵と認識したのか、その新たな茸群は牙を打ち鳴らし、数え切れないほどの触手をこちらへ伸ばし始めた。
「ギギギギッ!!」
「ぐぅっ…… タツヒト!」
魔力を使い果たし、その場に膝を突くヴァイオレット様を追い越し、今度は僕が前に出た。
「おまかせを! みんな、一旦止まって!」
すでにこの可能性を考慮し、僕は頭上に雷雲を生成していた。
全員が足を止めたのを確認したところで、なけなしの魔力を振り絞りながら槍を振り下ろす。
『天雷!』」
ゴロゴロッ…… バババババァンッ!!
上空に溜め込まれた膨大な電荷が、数多の雷となって分体へ降り注ぐ。
至近距離で生じた凄まじい烈光と轟音の嵐に、直ぐに視覚と聴覚が働かなくなる。
数秒後。豪雨の様な落雷が収まり、感覚が戻ってくると、目の前には所々が焼けこげ、煙をあげる巨大な肉片があった。
肉片は動きを止めており、無事な茸は一つも生えていない。流石に…… これなら……!
ギョルルッ!
しかし、その淡い期待は直ぐに裏切られた。先ほどより数は激減したものの、数百の茸が新たに生え、肉片がまた動き始めたのだ。
「ギギギィッ……!」
視界がぐらつき、ヴァイオレット様に続いて僕も膝をついてしまう。
く、くそっ…… あと少しのはずなのに、もう魔力が……!
分体を睨んで歯噛みする僕の肩に手が置かれる。見上げると、ティルヒルさんが笑顔で僕を見下ろしていた。
「だいじょーぶ! あとは、あーしらに任せて!」
彼女に続き、ゼルさんとキアニィさんも僕の前に出た。
「おみゃーら働きすぎだにゃ! ちょっと休んでるにゃ!」
「あの数なら、わたくし達でもなんとかなりましてよ!」
「みんな…… あとは、お願いします……!」
僕の言葉に力強く頷いてくれた三人は、村に残った後衛組の援護を受けつつ、着実に分体の茸を刈り取って行った。
その間も分体は足を止めず、村に接近していたけれど、移動速度は徐々に落ちていった。
巨大茸群から触手の反撃を受け、どんどん傷ついていく三人を見守るしかないもどかしい時間が続く。
そして、ティルヒルさんのブーメランが最後の茸を刈り取った瞬間、茸を全て失った肉片は漸く足を止めた。
全員で暫く固唾を飲んで見守る中、肉片はその上に新たな茸を生成せず、力なく地面に広がるだけだった。
「--や、やった……! 今度こそ、倒し切った……!」
「「おっ…… おぉぉぉぉ!!」」
上の方から小さく歓声が聞こえる。村の人達も僕らの戦いを見てくれていたらしい。
よし……! 殆ど力を使い切ってしまったけど、これでやっと避難が開始できる!
僅かに見えた希望に奮い立ち、僕はなんとか立ち上がった。
--ヒュルルルル……
しかし、炎の大河の方向から聞こえてきた音に、胸中は直ぐに絶望に支配された。
呆然と音の方に目をやると、夕日に染まった茜色の空に、数え切れないほどの巨大な肉片飛んでいたのだ。
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