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亜人の王 〜過酷な異世界に転移した僕が、平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
16章 天に舞う黒翼

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第407話 巌の巨獣(4)

ちょっと長めです。


「タツヒト、十分だ……」


 肩に手を置かれて振り返ると、ほんの数分の休憩で復活したヴァイオレット様が立っていた。

 僕はそれに頷き、再び彼女の後ろに回る。

 すると彼女は、ゆっくりと、まるで引き絞るかのように体を捻り、斧槍(ハルバート)を大きく後ろに引いた。

 彼女の体からは先程以上に強烈な紫色の光が放射され、迫り来る大岩鬼(サスナルカヒ)の存在が霞む程の強力な気配が発され始めた。


「--全滅を狙うが、もしもの時は……!」


「ええ、任せてください……!」


「「ゴァァァァッ!」」


 爆音と激しい地面揺れと共に接近した大岩鬼(サスナルカヒ)達が、ようやく足元の僕らに気づいて憎しみの咆哮を上げる。

 途方もない巨体が眼前に迫る。後一歩でも踏み出せば、奴らは僕らを踏み潰せるだろう。

 そんな、僕らには遠く奴らには近い間合いになった瞬間、ヴァイオレット様の上半身が烟るような速度で動き、打ち上げるような角度で斧槍(ハルバート)が振り抜かれた。


「--らぁ!!」


 ぞんっ……!


 空を裂くように甲高く、腹の底に響くように重い。そんな形容詞がたい異様な轟音が響き、光の帯のような斬撃が大岩鬼(サスナルカヒ)達の胴体を横断した。


「「--ギャアアアアッ!?」」


 巨獣達が足をもつれさせ、一瞬遅れて巨体の胸から上がずるりと滑り落ちる。さすが……!

 でも、向こうもやはり伝説の魔物。体長100m級の個体は、ヴァイオレット様の延撃(えんげき)一閃で全滅した。しかし、200m級のボス個体だけは生き残っていた。

 延撃(えんげき)が放たれる直前に防御姿勢を取った奴は、胸の前で盾にした両腕から僅かに出血しているだけで、致命傷には全く至っていない……!


「ゴッ…… ゴァァァァァッ!!」


 それだけで体が吹き飛ばされそうな程の怒りの咆哮、巨体から迸る眩しいほどの紫色の光。

 一瞬で滝のような汗をかいてしまったヴァイオレット様が、がっくりと膝を突き歯噛みする。


「はぁっ、はぁっ……! やはりか…… タツヒト……!」


「ええ! 後はお任せを!」


 その言葉と同時に彼女の前に出た僕は、最大化した身体強化に強化魔法を重ねがけし、激怒してこちらを睨むボス巨岩鬼(サスナルカヒ)に突貫した。

 全力の疾走により景色が一瞬で流れ、瞬きの間に奴の足元に到達する。間髪入れずに思い切り大地を蹴った。


 ドッ!


 爆発したように土煙が上がり、僕の体は数十m打ち上げられた。

 そのまま奴の膝の辺りに着地し、石の甲殻を蹴ってさらにもう一度飛び上がる。


「ゴァッ!」


 まとわりつくちっぽけな僕に、奴が蚤か何かを叩き潰すように手を振るう。

 巨大すぎる奴手のひらと、奴の体との間で潰される前に、僕は自身の手のひらに生み出した爆炎で加速した。


バァンッ!


「ぐぅっ……!?」


 後方で鳴る轟音。なんとか叩き潰されずに済んだものの、奴が自身の体を叩いた際に砕けた甲殻の破片が、散弾銃のように体に突き刺さった。

 激痛に耐えながら同じ要領で何度か飛び上がり、僕はついに奴の眼前の高さまで上昇した。

 憤怒に燃える奴の巨大な眼球が、散弾を浴び続けて血まみれの僕を捉えた。

 すると、左右から唸りをあげて奴の巨大な両手が迫った。このまま両手で叩き潰すつもりなのだろう。

 両手が閉じられる直前、僕は手のひらに最大火力の爆炎を生み出し、奴の顔に向けて自身の体を射出した。


 バァンッ!!


 真後ろで奴の両手が打ち鳴らされ、凄まじい轟音と衝撃が体全体に響く。

 高速で奴の顔面が迫る中、意識が加速して時間が引き延ばされる。

 狙うは奴の眉間。僕は天叢雲槍(あめのむらくものやり)を突き出しながら、必殺の意思をこめて叫んだ。


都牟刈(つむかり)!』


 直後。漆黒の神器が眼前の巨人すら霞むほどの強力な気配を発し、僕の魔力を貪欲に喰らった。

 そして、その穂先に生成された不可視の刃が、大岩鬼(サスナルカヒ)の眉間に触れた。


 --ジュゥンッ!!


 ヴァイオレット様の延撃(えんげき)に耐えるほどの強靭な岩の甲殻、その下の分厚い皮膚組織、頭蓋骨、脳……

 恐るべき威力を秘めた風の刃が、あらゆる組織をほとんど抵抗なく消滅させていく。

 結果僕の体は、直径数十mはあった奴の頭部を貫通し、そのまま後頭部から突き抜けた。


「--ゴォォ……?」


 完全な魔力切れに薄れゆく意識の中。白目を剥き、だらんと脱力した巨体がゆっくりと傾いで行く。

 視界の端に、僕の落下点に向けて走るヴァイオレット様の姿が見えた。

 その光景に安堵した僕は、ほっと息を吐いて意識を手放した。






***






 時は少し遡る。

 三つの村を同時に襲撃しようとする大岩鬼(サスナルカヒ)達に対し、タツヒト達とアゥル村の戦士達は三手に分かれた。

 その内、アゥル村から見て左手の村に急行したティルヒル達は、巨獣達に先んじて村に到着することができた。

大岩鬼(サスナルカヒ)の襲撃に気付いて防衛体勢にあった村の戦士達は、やってきたティルヒル達に目を見開いた。

 代表して、その村の若い勇者、アーテーが問いただす。


「アゥル村の戦士達…… 勇者ティルヒルまで……!? なぜ今この村に!?」


「なんでって、アッちゃん達を助けに来たんだよ!」


 場にそぐわない笑顔でにこにこと答えるティルヒルに、勇者アーテーは困惑の表情でアゥル村を見た。

 自分達の村に向かってくる巨獣達よりも、遥かに巨大な個体からなる群れに、思わず喉がなる。


「それは助かりますが…… アゥル村はどうするんですか!? どう見てもあっちの方がまずい状況ですよ!」


「んふふ…… だいじょーぶ! いっち番頼りになる人達にお願いして来たから!

 向こうの村にも強い人達が行ってくれたから、あーしらはあいつらに集中しよ!」


「……! そ、そうでした。貴方の村には御使(みつかい)殿達が…… 了解しました!

 みんな! 黒翼の勇者とアゥル村の勇士達が力になってくれます! 彼女達と共に、私達の村を守りましょう!」


「「おぉぉぉぉ!!」」


 迫り来る巨獣達に流石に身震いしていた村の戦士達は、勇者アーテーの檄に士気を取り戻した。

 それだけ、ナパ最強の勇者であるティルヒルの力は信頼されているのだ。


「勇者ティルヒル。あの巨体をどう攻めましょう……? どこも頑丈そうですが、やはり首まわりの防御が一番薄いように見えます。

 あそこを集中的に蹴撃すれば、あるいは……!」


 背後に自分達の村である岩山を庇い、迫り来る巨獣達を見据えながら、勇者アーテーは努めて冷静にティルヒルに尋ねた。

 その問いにティルヒルは笑みを深くする。この自分より一つ年下の若い勇者は、やはり選ばれるに足る素養を持っているのだ。


「うん、それでいーと思うよ! でもその前に、あーしちょっと奥の手かましても良い? もしかしたら、それで行けちゃうかもだけど!」


「なんと……! もちろん、構いません! 勉強させて頂きます!」

 

 勇者アーテーに頷き返し、前に出たティルヒルは、改めて眼前の敵を確認した。

 こちらに向かってくるのは四体の巨獣。体長は数十m前半から後半といったところ。アゥル村に向かったものよりは小さいが、生半可な攻撃は決して通らないだろう。


「「ガォォォォンッ!!」」


 接敵まであと10秒程となった段階で、巨獣達は咆哮を発し、凶暴な食欲のままに歩みを速めた。

 ティルヒルはそれに臆せず、自身が両腰に下げた巨大なブーメランの一本を器用に足で掴み、獰猛に笑った。


「それじゃ、いっくよぉ……! えいっ!」


 ギャルルルルッ……!


 残像が残るほどの勢いで投擲された巨大ブーメランは、彼女の絶妙な調整と風魔法により、高速回転しながらその場に滞空した。


「えいえい! え〜〜〜いっ……!」


 彼女はもう一本の巨大ブーメランと手持ちの小型ブーメランの全てを投擲すると、高速回転するそれらを連ね、円環状に回し始めた。

 強力な風魔法により、ブーメランそのものの回転速度と、幾つものブーメランが連なった円環の回転速度は上昇し続けた。

 そしてその速度が臨界に達した時、ティルヒルは裂帛の気合いと共にそれを解き放った。


『--破壊の風環(イダール・ニシュルナ)!』


 ギャンッ!


 凶悪かつ巨大な風の丸鋸は、身の毛もよだつ轟音をあげて大岩鬼(サスナルカヒ)の群れに殺到した。

 しかし巨大といっても、巨獣達にとっては手のひらより小さな円盤に過ぎない。群れの誰もが気にせず突進を続けた。

 しかしそれは致命的な間違いだった。


「ガッ……? --ギャァァァァッ!?」


 破壊の風環(イダール・ニシュルナ)が先頭の一体の脇を通り過ぎ瞬間、その一体の片腕が千切れ飛んだのだ。

 混乱に陥った群れは足を止め、ちっぽけな円盤の姿を探す。すると、大きく弧を描いた円盤が自分達の元へ舞い戻ってくるのが見えた。

 そこからは一方的だった。


 恐怖の絶叫と共に防御を固めた大岩鬼(サスナルカヒ)に対して、破壊の風環(イダール・ニシュルナ)は、その強靭な身体強化を紙のように貫通した。

 脚を削ぎ、腕を千切り、胸を撫で切り、首を裂き、頭を断ち割る……

 身体強化と風魔法の融合の極地。あらゆるものを削ぎ切る風の円環は、何度も何度も舞い戻っては巨獣たちを執拗に切り刻んだ。

 そして、四体の中の二体が血まみれになって絶命し、残りの二体が体の所々を欠損させて膝を突いたところで、ティルヒルの方に限界が来た。

 風魔法の制御が途切れた破壊の風環(イダール・ニシュルナ)は弾け飛び、風環を構成していたブーメランはそれぞれ明後日の方向に飛び去ってしまった。


「--ぶはっ! ぜっ、ぜっ、ぜっ……! ご、ごめんアッちゃん……! 半分しか、倒せなかった……! あとは、お願い……!」


 大技にほぼ全ての魔力を使い切ったティルヒルは、息も絶え絶え、今にも墜落してしまいそうな状態だ。

 その彼女の絶技に目を見張っていた勇者アーテーは、ハッとしたように戦士達に指示を飛ばした。


「は、はい……! お任せを! みんな今です! 重症の個体から確実に止めを刺して下さい!」


「「お、応!」」


 勇者アーテーに引き連れられ、戦士達が膝をつく巨獣達に殺到する。

 ここはもう大丈夫だろうと安堵したティルヒルは、アゥル村から見て右手の村、キアニィとゼル達が向かった方へと目を向けた。


 すると村を乗せた岩山は無事に佇んでいて、数を半分程に減らした大岩鬼(サスナルカヒ)達が戦士達に群がられていた。

 ティルヒルの驚異的な視力が、一体の体表を高速で駆ける緑と黄色の影を捉えた。

 二つの影が巨獣の頸部を往復する度に、途方もなく太い首の両側が徐々に削れていく。

 巨獣は影を捉えようと踠いていたが、抵抗も虚しく、滝のような血と絶叫を発しながら倒れた。

 

 最後にアゥル村の方に視線を移すと、立っている巨獣は最も大きな個体のみで、他は全て地に伏していた。

 そしてその個体も、頭から血を吹きながら今まさに倒れようとしている所だった。

 自身が確信した通りの光景にティルヒルは微笑み、誰ともなく呟いた。


「ほら…… やっぱり頼りになる」


お読み頂きありがとうございました!

【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】


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