第407話 巌の巨獣(4)
ちょっと長めです。
「タツヒト、十分だ……」
肩に手を置かれて振り返ると、ほんの数分の休憩で復活したヴァイオレット様が立っていた。
僕はそれに頷き、再び彼女の後ろに回る。
すると彼女は、ゆっくりと、まるで引き絞るかのように体を捻り、斧槍を大きく後ろに引いた。
彼女の体からは先程以上に強烈な紫色の光が放射され、迫り来る大岩鬼の存在が霞む程の強力な気配が発され始めた。
「--全滅を狙うが、もしもの時は……!」
「ええ、任せてください……!」
「「ゴァァァァッ!」」
爆音と激しい地面揺れと共に接近した大岩鬼達が、ようやく足元の僕らに気づいて憎しみの咆哮を上げる。
途方もない巨体が眼前に迫る。後一歩でも踏み出せば、奴らは僕らを踏み潰せるだろう。
そんな、僕らには遠く奴らには近い間合いになった瞬間、ヴァイオレット様の上半身が烟るような速度で動き、打ち上げるような角度で斧槍が振り抜かれた。
「--らぁ!!」
ぞんっ……!
空を裂くように甲高く、腹の底に響くように重い。そんな形容詞がたい異様な轟音が響き、光の帯のような斬撃が大岩鬼達の胴体を横断した。
「「--ギャアアアアッ!?」」
巨獣達が足をもつれさせ、一瞬遅れて巨体の胸から上がずるりと滑り落ちる。さすが……!
でも、向こうもやはり伝説の魔物。体長100m級の個体は、ヴァイオレット様の延撃一閃で全滅した。しかし、200m級のボス個体だけは生き残っていた。
延撃が放たれる直前に防御姿勢を取った奴は、胸の前で盾にした両腕から僅かに出血しているだけで、致命傷には全く至っていない……!
「ゴッ…… ゴァァァァァッ!!」
それだけで体が吹き飛ばされそうな程の怒りの咆哮、巨体から迸る眩しいほどの紫色の光。
一瞬で滝のような汗をかいてしまったヴァイオレット様が、がっくりと膝を突き歯噛みする。
「はぁっ、はぁっ……! やはりか…… タツヒト……!」
「ええ! 後はお任せを!」
その言葉と同時に彼女の前に出た僕は、最大化した身体強化に強化魔法を重ねがけし、激怒してこちらを睨むボス巨岩鬼に突貫した。
全力の疾走により景色が一瞬で流れ、瞬きの間に奴の足元に到達する。間髪入れずに思い切り大地を蹴った。
ドッ!
爆発したように土煙が上がり、僕の体は数十m打ち上げられた。
そのまま奴の膝の辺りに着地し、石の甲殻を蹴ってさらにもう一度飛び上がる。
「ゴァッ!」
まとわりつくちっぽけな僕に、奴が蚤か何かを叩き潰すように手を振るう。
巨大すぎる奴手のひらと、奴の体との間で潰される前に、僕は自身の手のひらに生み出した爆炎で加速した。
バァンッ!
「ぐぅっ……!?」
後方で鳴る轟音。なんとか叩き潰されずに済んだものの、奴が自身の体を叩いた際に砕けた甲殻の破片が、散弾銃のように体に突き刺さった。
激痛に耐えながら同じ要領で何度か飛び上がり、僕はついに奴の眼前の高さまで上昇した。
憤怒に燃える奴の巨大な眼球が、散弾を浴び続けて血まみれの僕を捉えた。
すると、左右から唸りをあげて奴の巨大な両手が迫った。このまま両手で叩き潰すつもりなのだろう。
両手が閉じられる直前、僕は手のひらに最大火力の爆炎を生み出し、奴の顔に向けて自身の体を射出した。
バァンッ!!
真後ろで奴の両手が打ち鳴らされ、凄まじい轟音と衝撃が体全体に響く。
高速で奴の顔面が迫る中、意識が加速して時間が引き延ばされる。
狙うは奴の眉間。僕は天叢雲槍を突き出しながら、必殺の意思をこめて叫んだ。
『都牟刈!』
直後。漆黒の神器が眼前の巨人すら霞むほどの強力な気配を発し、僕の魔力を貪欲に喰らった。
そして、その穂先に生成された不可視の刃が、大岩鬼の眉間に触れた。
--ジュゥンッ!!
ヴァイオレット様の延撃に耐えるほどの強靭な岩の甲殻、その下の分厚い皮膚組織、頭蓋骨、脳……
恐るべき威力を秘めた風の刃が、あらゆる組織をほとんど抵抗なく消滅させていく。
結果僕の体は、直径数十mはあった奴の頭部を貫通し、そのまま後頭部から突き抜けた。
「--ゴォォ……?」
完全な魔力切れに薄れゆく意識の中。白目を剥き、だらんと脱力した巨体がゆっくりと傾いで行く。
視界の端に、僕の落下点に向けて走るヴァイオレット様の姿が見えた。
その光景に安堵した僕は、ほっと息を吐いて意識を手放した。
***
時は少し遡る。
三つの村を同時に襲撃しようとする大岩鬼達に対し、タツヒト達とアゥル村の戦士達は三手に分かれた。
その内、アゥル村から見て左手の村に急行したティルヒル達は、巨獣達に先んじて村に到着することができた。
大岩鬼の襲撃に気付いて防衛体勢にあった村の戦士達は、やってきたティルヒル達に目を見開いた。
代表して、その村の若い勇者、アーテーが問いただす。
「アゥル村の戦士達…… 勇者ティルヒルまで……!? なぜ今この村に!?」
「なんでって、アッちゃん達を助けに来たんだよ!」
場にそぐわない笑顔でにこにこと答えるティルヒルに、勇者アーテーは困惑の表情でアゥル村を見た。
自分達の村に向かってくる巨獣達よりも、遥かに巨大な個体からなる群れに、思わず喉がなる。
「それは助かりますが…… アゥル村はどうするんですか!? どう見てもあっちの方がまずい状況ですよ!」
「んふふ…… だいじょーぶ! いっち番頼りになる人達にお願いして来たから!
向こうの村にも強い人達が行ってくれたから、あーしらはあいつらに集中しよ!」
「……! そ、そうでした。貴方の村には御使殿達が…… 了解しました!
みんな! 黒翼の勇者とアゥル村の勇士達が力になってくれます! 彼女達と共に、私達の村を守りましょう!」
「「おぉぉぉぉ!!」」
迫り来る巨獣達に流石に身震いしていた村の戦士達は、勇者アーテーの檄に士気を取り戻した。
それだけ、ナパ最強の勇者であるティルヒルの力は信頼されているのだ。
「勇者ティルヒル。あの巨体をどう攻めましょう……? どこも頑丈そうですが、やはり首まわりの防御が一番薄いように見えます。
あそこを集中的に蹴撃すれば、あるいは……!」
背後に自分達の村である岩山を庇い、迫り来る巨獣達を見据えながら、勇者アーテーは努めて冷静にティルヒルに尋ねた。
その問いにティルヒルは笑みを深くする。この自分より一つ年下の若い勇者は、やはり選ばれるに足る素養を持っているのだ。
「うん、それでいーと思うよ! でもその前に、あーしちょっと奥の手かましても良い? もしかしたら、それで行けちゃうかもだけど!」
「なんと……! もちろん、構いません! 勉強させて頂きます!」
勇者アーテーに頷き返し、前に出たティルヒルは、改めて眼前の敵を確認した。
こちらに向かってくるのは四体の巨獣。体長は数十m前半から後半といったところ。アゥル村に向かったものよりは小さいが、生半可な攻撃は決して通らないだろう。
「「ガォォォォンッ!!」」
接敵まであと10秒程となった段階で、巨獣達は咆哮を発し、凶暴な食欲のままに歩みを速めた。
ティルヒルはそれに臆せず、自身が両腰に下げた巨大なブーメランの一本を器用に足で掴み、獰猛に笑った。
「それじゃ、いっくよぉ……! えいっ!」
ギャルルルルッ……!
残像が残るほどの勢いで投擲された巨大ブーメランは、彼女の絶妙な調整と風魔法により、高速回転しながらその場に滞空した。
「えいえい! え〜〜〜いっ……!」
彼女はもう一本の巨大ブーメランと手持ちの小型ブーメランの全てを投擲すると、高速回転するそれらを連ね、円環状に回し始めた。
強力な風魔法により、ブーメランそのものの回転速度と、幾つものブーメランが連なった円環の回転速度は上昇し続けた。
そしてその速度が臨界に達した時、ティルヒルは裂帛の気合いと共にそれを解き放った。
『--破壊の風環!』
ギャンッ!
凶悪かつ巨大な風の丸鋸は、身の毛もよだつ轟音をあげて大岩鬼の群れに殺到した。
しかし巨大といっても、巨獣達にとっては手のひらより小さな円盤に過ぎない。群れの誰もが気にせず突進を続けた。
しかしそれは致命的な間違いだった。
「ガッ……? --ギャァァァァッ!?」
破壊の風環が先頭の一体の脇を通り過ぎ瞬間、その一体の片腕が千切れ飛んだのだ。
混乱に陥った群れは足を止め、ちっぽけな円盤の姿を探す。すると、大きく弧を描いた円盤が自分達の元へ舞い戻ってくるのが見えた。
そこからは一方的だった。
恐怖の絶叫と共に防御を固めた大岩鬼に対して、破壊の風環は、その強靭な身体強化を紙のように貫通した。
脚を削ぎ、腕を千切り、胸を撫で切り、首を裂き、頭を断ち割る……
身体強化と風魔法の融合の極地。あらゆるものを削ぎ切る風の円環は、何度も何度も舞い戻っては巨獣たちを執拗に切り刻んだ。
そして、四体の中の二体が血まみれになって絶命し、残りの二体が体の所々を欠損させて膝を突いたところで、ティルヒルの方に限界が来た。
風魔法の制御が途切れた破壊の風環は弾け飛び、風環を構成していたブーメランはそれぞれ明後日の方向に飛び去ってしまった。
「--ぶはっ! ぜっ、ぜっ、ぜっ……! ご、ごめんアッちゃん……! 半分しか、倒せなかった……! あとは、お願い……!」
大技にほぼ全ての魔力を使い切ったティルヒルは、息も絶え絶え、今にも墜落してしまいそうな状態だ。
その彼女の絶技に目を見張っていた勇者アーテーは、ハッとしたように戦士達に指示を飛ばした。
「は、はい……! お任せを! みんな今です! 重症の個体から確実に止めを刺して下さい!」
「「お、応!」」
勇者アーテーに引き連れられ、戦士達が膝をつく巨獣達に殺到する。
ここはもう大丈夫だろうと安堵したティルヒルは、アゥル村から見て右手の村、キアニィとゼル達が向かった方へと目を向けた。
すると村を乗せた岩山は無事に佇んでいて、数を半分程に減らした大岩鬼達が戦士達に群がられていた。
ティルヒルの驚異的な視力が、一体の体表を高速で駆ける緑と黄色の影を捉えた。
二つの影が巨獣の頸部を往復する度に、途方もなく太い首の両側が徐々に削れていく。
巨獣は影を捉えようと踠いていたが、抵抗も虚しく、滝のような血と絶叫を発しながら倒れた。
最後にアゥル村の方に視線を移すと、立っている巨獣は最も大きな個体のみで、他は全て地に伏していた。
そしてその個体も、頭から血を吹きながら今まさに倒れようとしている所だった。
自身が確信した通りの光景にティルヒルは微笑み、誰ともなく呟いた。
「ほら…… やっぱり頼りになる」
お読み頂きありがとうございました!
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】




