第406話 巌の巨獣(3)
遅くなりましたm(_ _)m
アゥル村は高さ300m程の岩山の天辺にある。そこから命綱も無く飛び降りた僕らは、重力に引かれるまま高速で落下していた。
耳元で風音が轟々と鳴り、ほんの数秒で地表がすぐ近くまで迫る。
強力な身体強化により異常な頑強さを誇る僕らの体も、さすがにこの勢いで落下したらただでは済まない。
「ヴァイオレット様、手を!」
「ああ!」
隣で落下中だったヴァイオレット様の手をしっかりと握り、もう片方の手を地表に向ける。
『火よ!』
ドッ!
手のひらで生み出した爆炎が強力な反力を生み出し、僕とヴァイオレット様の落下速度を大幅に減速させた。
ドガガッ!
それでも、足裏から伝わる着地の衝撃は凄まじかった。
半ば地面に埋まった足を引き抜き、すぐに体の状態を確認する。
--うん、問題なし。ヴァイオレット様の方も特に怪我は無いようだった。
「助かった! 急ごう、もう接敵まで間も無い!」
「ええ!」
二人で並んで走り出すと、巨岩鬼の群れはもうすぐそこまで近づいていた。
先頭を歩く個体は、200m級の途方もない巨体と凄まじい気配を放っている。奴らのボスだろう。
そして目の前には、奴らに追い立てられた魔物の大群までもが迫っていた。
巨岩鬼達は、その長い両腕で地表を走る魔物の群れを掬い取るように掴み、凶暴な食欲のまま巨大な口で咀嚼している。
久しぶりの食事に歓喜の声を上げる巨獣と、悲鳴を上げながら逃げ惑う魔物達。地獄のような光景だ。絶対にこいつらを村に近づけるわけにはいかない。
しかし手前の魔物の群れが邪魔だ。巨岩鬼に接敵するまで、余力を残しておきたいけど……
「タツヒト! あの一番大きな個体、私より格上かもしれん! 君は魔力を温存しておくのだ! 露払いは…… 私が行う!」
「……! 了解しました!」
ヴァイオレット様が僅かに速度を上げて前に出た。
魔物の大群との距離が縮まり、魔物達の咆哮の合唱が五月蝿い程に耳を打つ。
それに対し、ヴァイオレット様は紫色の放射光を強烈に発しながら、魔物の群れに向けて一喝した。
『--邪魔だぁ!!』
ズンッ……!
彼女の咆哮のような声と共に、まるでそれ自体が質量を持っていのような濃密な殺気が放射された。
後ろ控えた僕ですら背筋が凍り、間近に死を予感するほどの強烈な思念の発露。
それを正面からもろに浴びた数千もの魔物の大群は、そのほとんどがびくりと体を震わせ、疾走する勢いのまま倒れ込むように地に伏した。
巨岩鬼のおこぼれに与るつもりだったのか、大量に集まっていた鳥型の魔物も、ぼとぼとと墜落している。
--幻殺。ヴァイオレット様が新たに習得した身体強化の技で、いわゆる殺気を飛ばすという行為の究極系である。
この世界における殺気とは、殺意を乗せた強力な念素の波を放つ事で、相手の聖素に結合した魔素を強制的に遊離させ、強烈な魔力切れのような症状を誘発させる技術だ。
それを極限まで強力にしたのがこの絶技で、凄まじい殺気にさらされた相手はショック状態を引き起こし、自らその心臓の鼓動を止めてしまうのだ。
相手に触れもせず、空間全体に即死攻撃を放つことができるので、大群相手には非常に有用かつ凶悪な技と言える。
しかしもちろん欠点もある。まずこの技が有効なのは、自身より数段位階の低い相手に限られる。
紫宝級のヴァイオレット様でも、仕留められるのは黄金級までだ。
実際、群れの中の上澄、数十体程の強そうな魔物達は、ふらつきながらも仲間の死骸を踏みつけながら逃走を続けている。
ヴァイオレット様の幻殺に相当びびってる筈だけど、さすがに巨岩鬼の方が怖いのだろう。何せデカいからな。
そしてもう一つの欠点。それは、念素を強力に放射するのに消費されるのか、凄まじく魔力を消費することだ。
消費量は延撃ほどでは無いにしろ、連発できるものでは無い。
「ふぅ…… うっ……!?」
少し前を走っていたヴァイオレット様が、がくんと膝を折って転倒しそうになる。
無理もない。習得して間もないので、まだ加減が掴めないのだ。
僕はそれをすかさず支え、彼女をその場に座らせてから背後に庇った。
「ありがとうございます……! 少し休んでいて下さい!」
「すまない…… 頼む……!」
ヴァイオレット様に頷き返し、僕らの正面から突進してくる生き残りの魔物を、雷撃や槍で切り払っていく。
「「ガォォォォンッ!!」」
すると、大量の魔物の死骸が転がる場所に巨岩鬼達が到達した。
奴らはすぐに両手を使って死骸を貪り始めたけど、足を止めた時間は僅か数十秒だった。
たったそれだけの時間で、数千体に及ぶ魔物の死骸は巨岩鬼達の胃の中に収まってしまった。
凄まじい食欲…… こんなの、放っておいたらナパ中の生き物が全て食い殺されてしまう……!
食い足りない。そんな声が聞こえてきそうな様子で、巨岩鬼達が僕らが背後に庇うアゥル村目掛けて突進を再開した。
ヴァイオレット様はまだ膝を突いたままだ。やむを得ない。仕留められるかは分からないけれど、天雷で数を--
「「ガォッ……!?」」
しかしそこで、巨獣達は足を踏み外したかのようにがくんとつんのめった。
何とか転倒は免れたものの、奴らの足は膝下まで地面に沈んでいて、そこから抜け出せないでいる。
「プルーナさん、助かります……!」
僕はアゥル村をチラリと振り返ってそう呟いた。
村から数kmは離れている筈なのに、巨岩鬼達の足元の地面はすでに彼女の支配下にあるようだ。
おそらく泥沼の魔法で地面を軟化させ、奴がら嵌ったところで硬化させたのだろう。
--ゥゥゥンッ…… ガァン!
「ゴアッ!?」
間髪入れず飛来した何かが、比較的小型な巨岩鬼の頭部に直撃した。
眉間を覆う強靭な岩の甲殻がボロボロと剥がれ落ち、僅かに出血した皮膚組織が顔を覗かせる。
「シャムか……!? あの威力…… 遂にものにしたのだな!」
「ですね……! さすがシャム!」
ヴァイオレット様の嬉しそうな声に、僕も大きく頷いた。
緑鋼級のシャムが放つ矢は、正確無比かつ強力。その精度と威力は対物ライフルすら上回るだろう。
しかし、いくら筋力や弓そのものを強化して矢を放っても、手元から離れた矢の強度は素材のままのため、貫通力には限界があった。
それを解決する身体強化の技が鋼弾である。
これは、自身の武具の強度を上昇させる強装を、手元から離れた状態でも一定時間持続させる妙技である。
これの達人がティルヒルさんで、彼女は自身が使用する大小複数のブーメラン全てに鋼弾を使用することができる。
そのティルヒルさんの元、シャムは習得に励んでいたのだけれど、中々感覚が掴めないようで苦戦していたのだ。
それがこの土壇場での成功…… いつかの風竜の時もそうだったけど、彼女は本番に強いタイプらしい。
再び矢音が響き、同じ個体の同じ場所、甲殻の剥がれた眉間からパッと血が散る。
「ガッ……」
脳髄の奥深くまで破壊されたのだろう。その比較的小型な巨岩鬼の体が傾ぎ、凄まじい揺れと共に地面に倒れ伏した。
僕とヴァイオレット様の口から感嘆の声が漏れる。一方巨岩鬼達は、突然味方の一体が倒れて混乱している。
シャムはどうやら完全に感覚を掴んだようだった。その後も矢音は連続して響き、同じ方法で比較的小型の巨岩鬼を一気に数体仕留めてしまった。
「すごい……! もしかしてこのまま…… あっ……!?」
ガィンッ!
しかし、流石にそのまま全滅というわけにはいかなかった。
残った100mを超えの数体はその分額の甲殻も分厚いようで、強化されたシャムの射撃すら弾かれてしまったのだ。さらに。
「「ゴァァァァッ!」」
バゴォッ!
200m級のボスが脱出したのを皮切りに、生き残った100m級の巨岩鬼達も地面から足を引き抜き、猛然と突進を再開した。
--ここからは、僕とヴァイオレット様でなんとかするしか無い。
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