第403話 タチアナ、再び
ちょっと長めです。
アツァー族の戦士タズバーの葬儀から、更に二週間が経過した。今日は、『白の狩人』とティルヒル、その全員の休養日が揃った珍しい一日である。
彼女達にとって、確実にナパへと迫っている大陸茸樹怪をひと時の間忘れ、仲間達と穏やかに過ごすことが許された日と言える。
しかし、ティルヒルの家の居間では、『白の狩人』の女達がまるで査問会のような雰囲気で家主を取り囲んでいた。
「--さてティルヒル。ちょうどタツヒトがナーツィリド長老殿に呼ばれて不在の今、我々が君に何を言おうとしているかわかるだろうか?」
査問会の議長であるヴァイオレットの詰問に、参考人のティルヒルは目を泳がせる。
「え、えー。なんだろ……? あーし、心当たりがないなー、なんて…… あ、あはははは……」
あからさまにごまかす彼女に、その場の全員が揃ってため息を吐き、キアニィが呆れ顔で口を開いた。
「まぁ、自覚があるようでまだよかったですわぁ…… タツヒト君、困り果てていましたわよぉ?
日に日にティルヒルさんが目を合わせてくれなくなっている。どうしたらいいのか分からない、って。
もう、可哀想で見ていられませんわぁ……」
「だ、だってぇ…… あーし、ただでさえ男子とまともに話したことなかったのに……
タツヒト君の側にいると胸がいっぱいになって、もうどうしたらいいのか分かんなくなるんだもん……!」
涙目でそう訴えるティルヒルに、今度は何人かが共感したように小さく頷いた。
幼い頃から勇者の地位にあったティルヒルは、異性と接する機会が極端に少なく、男に対する免疫がなかった。
そこへ、外の世界から来たという謎めいた男、タツヒトが現れた。
出会った時からタツヒト優しさや強さに惹かれていた所に長老の籠絡指示が入り、『白の狩人』の女達の後押しもあったことで、ティルヒルは彼を異性として強く意識するようになっていた。
加えて、タズバーの葬儀の際に彼がみせた気遣いは、ティルヒルの心の深い場所に優しく染み込むようなものだった。
更に、今だ戦友の死から立ち直り切れないティルヒルを元気ようと、タツヒトはあるものを贈った。それにより、ティルヒルのタツヒトへの好感度は限界を突破した。
結果ティルヒルは、その想いの強さと反比例するように、タツヒトとの会話がほぼ困難になってしまっていた。
戦闘中などの緊張状態にあれば会話可能であるが、それ以外の日常会話は壊滅的な状況だ。
「その首飾りが止めだったんですね…… うーん、止めるべきだったのでしょうか……?」
「一理あるであります! ティルヒル、今からそれを返却してくるであります! 何ならシャムが貰ってあげるであります!」
プルーナとシャムがティルヒルの首元を指して言う。
彼女達がタツヒトの相談を受けて製作を手伝った、金属細工に大粒の生命の石を埋め込んだ首飾りだ。
ティルヒルをイメージしたのだろう、金属細工の部分には流麗なデザインのアツァー族の姿が黒く印字されている。
二人の言葉に、ティルヒルはその首飾りを守るように握りしめながら叫ぶ。
「や、やだっ! あーし、これだけは絶対に離さないんだから!」
「--にゃー…… タツヒトの奴、踏んだり蹴ったりで流石にちょっとかわいそーだにゃ…… よし、ロスニア!」
「は、はい。なんでしょう、ゼル」
「にゃんかうまいやり方を考えるにゃ」
その発言に、ゼル以外の全員がずっこけた。
少しして座り直したロスニアが、外を指差しながら平坦な声で言う。
「ゼル…… 今真面目な話をしているので、ちょっとお外で遊んできてもらえますか……?」
「にゃ?」
「ま、まぁ、私も方向性としてはゼルと同じだ。今のままでは進展は望めない。何か現状とは違う方法を考えねば……」
「そーだにゃヴァイオレット! ウチが言いたかったのはそーゆーことだにゃ!」
「本当に調子のいい猫だこと…… --でも、そうですわねぇ…… ねぇティルヒル。さっきおっしゃっていましたけれど、あなたがタツヒト君とお話できない理由の一つは、彼が男性だからですわよねぇ?」
何か思いついた様子でそう尋ねるキアニィに、ティルヒルは首を傾げてみせた。
「へ……? そ、そうだけど…… それってどうしようもないじゃん…… タツヒト君が、す、素敵な男子だから、こんなに一杯一杯になってるんだからさ……」
「うふふ…… 喜びなさぁい。タツヒト君に限っては、それがなんとかなってしまうんですわぁ」
「……! そうか…… さすがキアニィ、名案だ!」
膝を打って叫ぶヴァイオレットに続き、ティルヒル以外の全員の顔に理解の色が浮かぶ。
「え、え、みんなどーしたの……!? どーゆーこと……?」
混乱するティルヒルを他所に、『白の狩人』の女達は早速行動を開始した。
***
「全く。今更アタイを呼び起こそうだなんて、一体何の遊びなんだい……!?」
ティルヒルさんの家に向かって歩きながら、僕は誰ともなく悪態を吐いた。
ナーツィリド長老との茶飲み話、もとい大防壁の次善策に関する進捗確認が終わったところで、僕は待ち構えていたみんなに捕まった。
何やらキアニィさん主導の企みらしく、碌に事情説明もなくあれよあれよ着替えさせられ、化粧を施されてしまった。
そうして呼び起こされたのが、一年以上眠っていた僕の第二人格、タチアナである。
--いや、別に僕は二重人格というわけではないのだけれど、こうでもしてないと、女装しながら正気を保つことなんて出来ないというか……
さておき、みんな曰く、このまま一人でティルヒルさんのお家に行けということだった。
どうやら、僕がティルヒルさんと最近まともに話せていないと相談したことに対して、何か考えてくれたらしい。
その方法が僕の女装というのは、飛躍しすぎて正直意味が分からないけれど、色々と考えてくれた事自体はありがたい。
実際、ティルヒルさんとはここ最近まともに話せていなんだよなぁ…… 戦闘時だけは普通に話せるし、嫌われるような事はして無いと思うんだけど……
--いや。タズバーさんの件で表情が晴れない彼女を元気付けたいと思って、お手製のネックレスなんかをプレゼントしてしまったのが悪かったんだろうか……?
宝石好きな彼女なら喜んでくれるかと思ったんだけど、彼女、渡した瞬間に固まってたからなぁ……
うぅ…… やっぱりキモかっただろうか……? あれ以来目もまともに合わせてくれないし、距離感を間違えたのかも…… なんか凹んできた……
歩調をトボトボとしたものに変えながら、やっと彼女の家まで辿り着いた僕は、深呼吸してから扉をノックした。
そして、半ばヤケクソ気味に声をかける。
「ティルヒル、いるかい。アタイだよ?」
「--え…… タ、タツヒト君? でも、なんか声とか話し方が……? ちょ、ちょっと待ってね……!」
ドアの向こうから、ティルヒルさんの困惑気味の返事が返ってきた。
タチアナ状態の僕は、長い女装時代に磨いた技術と元々高めな地声により、結構綺麗な女声を出せるのだ。
そのまま少しの間待っていると、恐る恐るといった感じでゆっくりと扉が開き、伏し目がちなキアニィさんが姿を現した。
そして、一瞬僕をチラリと見てから綺麗に二度見すると、そのまま目を見開いて固まってしまった。
うーん、これは作戦失敗か……? まぁ、もう少し続けてみよう。
「こんにちは、ティルヒル。アタイはタチアナ。タツヒトの…… もう一つの姿ってとこさね」
「--かっ……」
「……え?」
「可愛い〜〜!!」
「むぎゅっ……!?」
俊速の特攻。刹那の間に距離を詰められた僕は、一瞬にして彼女の胸の中に抱きすくめられてしまった。
え…… な、何……!? 何が起こったの!?
包み込むような艶やかな羽毛と、押し付けられる柔らかな感触。あまりの心地よさに理性が吹き飛びそうになるのを、鋼の意志で必死に耐える。
一方ティルヒルさんはというと、踊るようにくるくる回りながら僕の顔を満面の笑みで覗き込む。
「えー、ほんとにタツヒト君なの!? 女子みたいなきれーな顔してるって思ってたけど、もう本当に女子じゃん! すごーい!」
「ちょ、ちょっと落ち着きなって……! 今のアタイはタチアナだよ!」
「え…… い、嫌だった……?」
ぴたりと動きを止め、途端に不安そうな表情を見せるティルヒルさん。そんな顔をされてしまうと……
「あっと、その…… やじゃないけどさ…… でもあんまりくっ付かれると……!?」
僕がそう言った途端、彼女はまた飛び切りの笑顔で笑い、僕に思い切り頬擦りし始めた。
めっちゃすべすべや…… --い、いや……! ちょっとまずいですって!
「じゃあいっぱい頬擦りしちゃお、抱きついちゃお! んふふふふ! あ、お昼食べた? 食べてなかったら一緒に食べよーよ!
その後はー、お茶しながらのんびりおしゃべりしてぇー…… あ、タチアナちゃん、あーしのお下がりのあれとか着られるかも! うんうん、そうしよ! あれ着たら絶対かわいーって!」
長身の彼女にガッチリ抱き抱えられているので、僕は地面に足も付かず、全く身動き出来ない。
そんな状態の僕を、彼女はスキップしながら家に連れ込んでしまった。
「わ、わかったらか、ちょっと降ろしとくれよ……! アタイ、このままだと流石にちょっと恥ずかしいよ……」
「やだ! 今日はもう離さない!」
「こ、困った女だね……」
「その喋り方もかわいい……! うにゅ〜っ……!」
「ふわっ……!? ちょっ、や、やめ--」
ティルヒルさんから首筋に顔を埋められ、思わず変な声が出てしまう。
彼女の自室に拉致、もとい招待された僕は、おそらく彼女の最上級のおもてなしを受けた。
具体的には、彼女の膝の上に座らされたまま、あーんでご飯を食べさせられたり、追加で化粧を施されたり、ジャラジャラと宝飾品をつけられたり……
なんかこう、何かの感情が爆発したかのような、激しすぎる猫可愛がり加減だった。
こんなに喜んでもらえたのは嬉しいし、正直ちょっと楽しかったけれど、何か自分がダメになってしまいそうな危機感が感じられた一時だった。
そして終盤のティルヒルさんは、遊んでいる内にすっかり僕の性別を忘れてしまっていたようだった。
抵抗虚しく着せ替え人形にされそうになった際、彼女は自分で僕の衣服をひん剥いておきながら、その下から現れた男の上裸姿に絶叫してしまった。
漸く正気に戻り、顔を真っ赤にして涙ながらに謝る彼女を、必死に宥めながら僕は思う。
確かに女装作戦は有効だった。彼女との心理的距離も物理的距離も距離縮まった。でも、もしかして…… 今後彼女と会う際、僕はずっと女装してないといけないのか……!?
お読み頂きありがとうございました!
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】




