第401話 束の間の平穏
遅くなりました、金曜分ですm(_ _)m
地の民の村を訪ねてから、早くも一ヶ月程が経過した。
大防壁の建造は今の所計画通りに進んでいて、アゥル村の上空からも巨大峡谷に沿って伸びる基礎部分を確認することができる。
防壁の断面は直角三角形になっていて、峡谷側が垂直に切り立ち、ナパ側に傾斜している形だ。
この基礎部分の上に、高密度、中密度、低密度の多孔質石材を層状に積み上げ、最終的には高さ30mほどの巨大かつ長大な防壁を構築する予定だ。
あの大陸茸樹怪が相手なので可能な限り高くしたい所なのだけれど、工期とマンパワー的ににそれが限界なのだ。
こまめな偵察の結果、大陸茸樹怪は最短二ヶ月程でナパに到達すると予想されている。
日によって移動速度にムラがあるため、予想より大幅に遅れる可能性も十分にあるけど、日に日にここへ近づいていることは確かだ。
当初、壁はもっと低いものになる予定だったけど、とある技術革新のおかげで計画は上方修正された。
何かというと、僕、シャム、プルーナの三人で頑張った結果、ナパで手に入る素材で魔導具の量産に成功したのだ。
試行錯誤して魔核の粉末を溶かしたインクを作り、魔法陣を記す紙の代替となる布を用意し、量産のための凸版的なものも開発したりと、結構大変だった。
しかしそうした苦労の末、魔法陣を仕込んだ短い杖のような魔導具を、ナパ中の呪術師に行き渡らせる事ができた。
シンプルに石の杖と名付けたこれは、魔力を込めると周囲の土砂から多孔質構造のブロックを生成する事が出来る。
これにより、土の呪術を使え無いアツァー族や、只人の呪術師も防壁の建造に参加できるようになった。
作ったブロックを飛行可能なアツァー族が積み上げ、ナアズィ族が地の呪術でブロック同士を溶接する工法を確立したことで、効率が何倍にも跳ね上がったのだ。
ちなみにこの功績により、シャムやプルーナさんも御使扱いされてしまった。僕らのパーティー、御使が多すぎるな……
大防壁を突破された場合の次善策の方も、なんとか奴の最短到達予想時期までに工事が終わる予定だ。
主にナアズィ族の戦士の皆さん進めてくれているのだけれど、魔物の数は相変わらず増え続けているので、かなり無理をしてもらっている形だ。
僕らもフル稼働で魔物を狩っているけど、正直手が回らなくなってきている。すでに、いくつかの村への襲撃を許してしまった……
アツァー族の高層集落とナアズィ族の地下集落。どちらも非常に攻め難いか見つけづらい造りだけど、それに対応した魔物には対応しきれないのだ。
しかし、この大量の魔物は何処から来ているのだろう? 西にはすでに防壁の基礎部分が完成しているので、やはり北と東の山脈の切れ目あたりから流入しているんだろうな……
今日は、そんな過密な日々の中に設けられた休養日だ。
今は『白の狩人』全員が一緒に休める状況では無いので、本日は僕、ヴァイオレット様、シャム、それからティルヒルさんの面子がお休みさせてもらっている。
ただ、午前中はゆっくり休んだものの、午後は結局軽めに訓練する事になった。この状況下では中々じっとしていられないのである。
そんなわけで、僕らはだだっ広い中央広場で修行に励んでいた。
「らぁっ!」
位階と実力の差がそう見せるのだろう。その体が一瞬巨大に見えたほどの圧力を持って距離を詰めてきたヴァイオレット様が、斧槍を横なぎに振るう。
うなりをあげて僕の首に迫るその一撃には、訓練用の木製とはいえ、無防備に受ければ普通に死ねる威力が込められている。
しかし、それは彼女の僕への信頼の証でもある。強化魔法を使ってやっと知覚可能なその一撃を、僕は杖でかち上げるように弾いた。
ガァンッ!
「なんの!」
そのまま低い体勢で間合いを潰し、彼女の鳩尾めがけてか突きを放つ。
しかし、ヴァイオレット様の姿勢は全く崩れておらず、斧槍を手元でくるり回転させて僕の攻撃を弾いてしまった。
「ふっ!」
「……!」
その勢いのまま繰り出された掬い上げるような斬撃。僕はそれを体を仰け反らせながら紙一重で躱す。
以前は、手加減してもらっても数合も持たなかった。しかしここ最近は、お互いが本気で撃ち合ってもすぐに決着がつくようなことは無くなっていた。
体から放射光が出ないぎりぎりの身体強化での打ち合い。軽い訓練のつもりだった技の応酬は加速し続け、数分の内に結局百合を越えた。
そして、詰将棋のように徐々に追い詰められていた僕は、ついに致命的な隙を晒してしまった。
カァンッ!
僕の手から杖は弾かれ、動揺による一瞬の硬直の間に脳天へ斧槍が迫った。
強烈な死の予感が体を駆け抜ける。
しかし、斧槍は僕の頭を叩き潰す寸前でビタリと止まり、切り飛ばされた数本の髪の毛が剣風に舞った。
「--参りました……! やっぱりヴァイオレット様には敵いませんね」
僕が降参を宣言すると、彼女は頬を歪めながら斧槍を引いてくれた。
「ふぅ…… いや、私も腕を上げたつもりだが、君はそれ以上の速度で成長している。
あと一年もすれば追いつかれてしまうだろう。嬉しい反面、少し寂しくもあるよ。もう師匠面できなくなってしまうからな」
イタズラっぽく笑う彼女に、僕はすぐに異議を申し立てた。
「何を言うんですか。仮にそうなったとしても、師匠の偉大さは寧ろ強化されるだけですよ。
それに、ヴァイオレット様も新技も習得しようとしているじゃないですか。今も人類の最高峰くらいに強いのに、本当に頭が下がりますよ」
キアニィさんが静心、ゼルさんが軽躯を習得した事に触発され、ヴァイオレット様も新たな身体強化の技の習得に励んでいるのだ。
しかしその技はかなり難度が高く、彼女をしてまだ習得中という状況だった。
「うむ。キアニィとゼルには大きく遅れたが、もう少しでものにできそうだよ。これで少しは魔物の討伐効率も上がると良いのだが……
--さて、少し休憩にしようか。向こうもひと段落ついたようだ」
ヴァイオレット様の視線を辿ると、ちょうどシャムとティルヒルさんがこちらに歩いてくるところだった。
「ふぃ〜…… 疲れたであります! でも、ティルヒルのおかげでだんだん感覚が掴めてきた気がするであります!」
「んふふ、シャムシャムお疲れ! あともうちょっとって感じだね!」
満面の笑みを浮かべたティルヒルさんがシャムの頭を撫でる。
白髪幼女のシャムと、髪も含めて全身真っ黒でモデル体型なティルヒルさん。対照的な二人なのに、こうしてみると仲の良い姉妹のようにも見えた。
実はシャムも、弓を使った新技の習得を頑張っているのだ。
魔獣大陸に来る前は中々感覚が掴めないととぼやいていたけれど、超感覚派で同系統の技を使うティルヒルさんに師事するようになってから、何かを掴んできたようだった。
合流した僕らは、広場の隅でそのまま休憩に入った。今回用意してきたおやつは、とうもろこし粉と残り少ないチョコレートを使った、チョコチップパウンドケーキだ。
みんなでうまーと食べていると、広場で遊んでいた子供達がじーっと視線を送ってくる。
いつもの流れに頬を歪めると、僕は彼女達に手招きしながら声をかけた。
「みんな! ちょっと作りすぎちゃったから、一緒に食べない?」
「「わぁ!」」
すると、あっという間に気色満面の子供達が集まってきた。
「ありがとう御使様!」「うめー!」「この黒いの甘くておいしー!」
手渡されたパウンドケーキに齧り付いた子供達が、全身で喜びを表しながら感想を伝えてくれる。
作った方としてはものすごく嬉しいリアクションなので、こっちも笑顔になってしまう。
「んふふ、みんな良かったねー!」
「ふふっ。あ、ほら慌てるな。詰まってしまうぞ?」
「このお茶を飲むであります! 全く、世話が焼けるであります!」
他のみんなもにこにこと子供達の世話を焼いてくれている。シャムもこの一年で精神的に成長していて、すっかりお姉さんだ。
ただ、そんな幸せ空間にあって僕はちょっと緊張していた。
乾いた唇を舐めてから、少しの勇気を持って口を開く。
「--ティルヒルさん、今日のおやつの出来はどうですか? 結構上手くいったと思うんですけど……」
僕に声をかけられた彼女は、ビクッと体を震わせると、若干目をそらしながら答えてくれた。
「……! え、えっと…… 美味しい! すっごく美味しいよ!」
「そ、そうですか。それなら良かったです……」
--いや、本当は良くない。一ヶ月前にナアズィ族の村を尋ねて以来、彼女の僕に対する態度は徐々にこんなふうになってしまったのだ。
以前は目と目をバチっと合わせてニコニコと話していてくれたので、正直ものすごく寂しい。何か嫌われるような事をしてしまったのだろうか……?
「ふぅ、やれやれであります……」
「シャム、そんな風に言うものでは無いぞ。人には人の歩く速度というものがあるのだ」
「うぅー…… ヴィーちゃん、ありがとう……!」
呆れたように息を吐くシャムを嗜めたヴァイオレット様に、ティルヒルさんががばりと抱きつく。
うーん…… 僕の知らないところで、僕の知らない何かが共有されている感じなんだよなぁ……
みんなに相談しても心配ないと言われてしまうので、正直お手上げの状態だ。
「勇者様、どーしたの? お腹痛いの?」
「う、ううん! だいじょーぶ、元気だよ!」
「そっかぁ! 良かったぁ!」
心配そう顔を覗き込んできた子に、ティルヒルさんはパッと笑顔になって元気をアピールしてみせる。
そうなんだよねぇ。僕と話す時以外は元気なんだよねぇ……
大陸茸樹怪対策が全てが順調に進んでいるなかで、本当にこの件だけが上手くいっていない。
今の僕にとって、大陸を飲み込む茸の化け物より、目の前のティルヒルさんの心中の方が気になってしかたなかった。ほんと、どうすればいいんだ……
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