第383話 空の民の村(2)
遅くなりましたm(_ _)m
村の方々の物珍しそうな視線を受けながら、やはりナーツィリド長老だった片目のおばあさんの後に着いて行く。まずは、彼女の家で腰を据えて話をしようという事だった。
周囲に見える住居らしき建物は、どれも特徴的な八角形の形をしていて妙に背が高い。多分、限られたスペースを有効に活用するための集合住宅なんだろう。
その中でも特に大きな家に通された僕らは、長老さんとティルヒルさん、それから数人の村の重鎮らしき人達と一緒に、囲炉裏のようなものを囲んで腰を下ろした。
そして、香草茶を頂きながら簡単な自己紹介を終えたところで、ナーツィリド長老は僕らに深々と頭を下げた。
「外なる世界の戦士達よ、まずは礼を。我が村の勇者の命を助けてくれたこと、深く感謝する」
「ほんとありがとねー!」
硬い雰囲気の長老さん達に対し、にこにこと軽い感じで手を振るティルヒルさん。あまりのテンションの差に戸惑ってしまう……
「えっと、はい。お助けできてよかったです。でも、僕らもこうして村に招いて頂いて助かりました。外で過ごすのは大変ですから」
「ふふ、それはそうじゃろう。 --さて、本来であれば直ぐにでも恩人達を遇したいところじゃが、我らはにはまず片付けなければならない問題がある。
勇者ティルヒルをも屠ったという強大なる魔物、大陸茸樹怪について、お主達の知る事を教えてくれぬか?」
真剣な表情の長老達に、僕も表情を引き締めて知る限りの事を話した。
大陸茸樹怪。途方もなく広大な粘菌の足場に、数えきれない茸の群れ林立させた天災のような魔物だ。
高さは数mから数十m、大きさは地平線の端から端までよりも大きく、その重さも計り知れない。
移動速度そのものは徒歩よりも遅いゆっくりとしたものだけど、触手は烟るような速度で伸び、その射程は1km以上。
ティルヒルさんが体を張って得た情報としては、触手の先端の分化した茸でさえ鋭い牙を備え、捕まると非常に危険だ。
最初に僕らが潰されそうになったように、粘菌を縦方向に大きく変形させることができる。なので、ここへ来る時に通ったあの巨大な峡谷も難なく超えて来るだろう。
さらに厄介なのは、多分奴は群体樹怪と似た種族だということだ。
以前僕らが戦った群体樹怪の話を交えながらそれを説明すると、長老さん達の表情は非常に険しいものに変化した。
「--つまり大陸茸樹怪は、一つの巨大な魔物ではなく、多くの魔物が一つに重なり合ったものだと……?」
「はい、おそらくは……」
長老さんの言葉に僕が頷くと、その意味に気付いたのか、ティルヒルさんも大きく目を見開いた。
「え…… そ、それって…… あいつ倒すにはどっかにあるおっきな魔核を砕くんじゃなくて、あのめっちゃたくさん生えてる茸全部を倒さなきゃいけないってこと!? そんなの、絶対無理じゃん!」
「うむ、同感だ…… 我々が戦った群体樹怪は小さな林ほどの規模だったが、それでもかなりの強敵だった」
「100体程は居た全ての樹怪を、結局一晩かけて全部倒し切る羽目になりましたからねぇ。あれは大変でしたわぁ……」
「討伐後、シャム達は全ての樹怪が魔核を持っていた事を確認しているであります!
これまで得た情報の類似性から、やはり大陸茸樹怪も群体型の魔物である可能性が非常に高いであります!」
群体樹怪戦を経験したヴァイオレット様達が、口々に捕捉を入れてくれる。村の人たちの表情は険しくなるばかりだ。
僕は、ごくりと唾を飲み込んでから恐る恐る口を開いた。
「--あの、ナーツィリドさん…… この地を、離れるわけには行かないんでしょうか……?」
すると、長老さん達の空気が一瞬で剣呑なものに変化した。さらに重鎮の一人、手練の戦士らしき人が立ち上がり、怒りも露わに声を荒げる。
「馬鹿な!? 先祖代々守り続けて来たこの村を捨て、我らに逃げろと言うのか!?」
「ちょちょっ…… 落ち着きなって! もー」
「むっ……!」
ティルヒルさんに宥められ、戦士の方が渋々といった様子で腰を下ろす。
--そりゃそうか。世代を超える永い年月と労力をかけて手を加え、魔物の脅威に晒されながらも住み続けた村だ。余所者の僕にあんな事を言われたら腹も立つだろう。
僕は姿勢を正して長老さん達に頭を下げた。
「すみません。部外者の僕が差し出がましい事を言ってしまいました」
僕の謝罪の後、その場には重い沈黙が落ちた。さっき文句を言っていた戦士の人もバツの悪そうな顔をしている。
すると、長老さんが懐からおもむろに細長い棒のようなものを取り出した。そのまま様子を見ていると、棒の先端に火をつけて、反対側に口をつけて白い煙を吐き出した。この匂い…… あれって煙草かな? この世界では初めて見た。
長老さんは深く考え込むように目を閉じ、たっぷりと時間をかけながら数回煙草をふかした。
「--ふー…… ティルヒル。この村…… いや、ナパで最も強き勇者よ。お主もタツヒトと同じ考えか?」
「え…… う、うん…… だって、ここにいる『白の狩人』の人達ってみんなすごく強そうだし、ヴィーちゃんとか絶対あーしより強いよ?
そんな人たちが、大陸茸樹怪からは戦わずに逃げたって言うし、実際あーしもこてんぱんにされたし、急所も無いって話だし……
倒すのなんてナパ中の強い人たちを全部集めても無理じゃね? って感じなんだよね。そうなるとさー…… ね……?」
「「……!」」
ティルヒルさんの言葉に、重鎮の人達が反論する様子を見せる。しかし、長老さんがそれを目で制した。
「なるほど…… だが見ての通り、村の多くの者は納得せんじゃろう。それにこの試練。この村だけで考えるべき問題でもあるまい。
幸いまだ少し時間は残されている。戦うか逃げるか、この村でも、ナパの他の村々とも、よく話をしてみるとしよう……
--時にタツヒト。お主達、南東の山に向かうためにこの地に来たと聞いたが……?」
長老さんに水を向けられ、僕は隣に座るシャムを示しながら答えた。
「あ、はい、そうなんです。こちらのシャム、彼女は以前、強力な魔物から厄介な呪いを受けてしまいまして……
その解呪に使えるものが、ここから南東の山の何処かにあるはずなんです」
「シャムの計算では、ここからおよそ300イング、えっと、徒歩にして一週間程度の距離であります!」
「え、シャムシャムそーだったの!? だったら直ぐにでも案内したいけど…… ねーおばーちゃん。タツヒト君が言ってる山って……?」
「うむ。かつての我らの聖地、ゾォール山じゃろう」
「あちゃー……」
ティルヒルさんと長老さんが揃って渋い表情になる。今日はこんな表情を見てばかりだ。
「あの、何かまずいんでしょうか? 聖地なので部外者は入れないとか……」
「いや、それに関してはお主達ならば良かろう。しかし、あの山はこのナパにあってナパにあらず……
かつての聖地は、今や強大な魔物の犇く魔境となっているのじゃ。たとえ勇者ティルヒルであっても迂闊には立ち入れん」
「うん。あそこヤバいんだよねー……」
彼女達の言葉に、僕らは思わず顔を見合わせてしまった。どうしてこうも毎回のように障害が立ち塞がるんだろう……?
長老さん達の方に視線を戻すと、ティルヒルさんと長老さんも視線を交わしていた。前者は何か言いたげで、後者はそれを受けて小さく笑っている。
「うむ、これはむしろ良い機会じゃな。勇者ティルヒルよ。お主、タツヒト達のゾォール山行きを手助けするのじゃ。
お主に比肩し得る彼らと共にあれば、かの魔境からも無事に帰って来れよう。お主の命の恩、これを持って返してくるじゃ」
「う、うん……! 行く行く! ありがとー、おばーちゃん!」
「あ、ありがとうございます! でも、よろしいんでしょうか? 彼女は、あまり村を離れられないと聞きましたが……」
「何、お主達が言って帰ってくる程度であれば、残った戦士達でも十分凌るじゃろう。
--そして、ここからはお主達への願いなのじゃが…… お主ら、ゾォール山から戻った後もしばらくこの村に留まってはくれぬか?
我らが、そしてナパがどのような選択をするにせよ、大陸茸樹怪について詳しい者が居てくれると心強い。
もちろんこれは我らの問題。最後まで付き合えとは申さぬ。お主達の知恵を借りたいのじゃ」
真剣な眼差しの長老達と、目をキラキラさせてこちらを見つめるティルヒルさん。
みんなに視線を送ると、当然のように全員が頷いた。この状況下にある人達の元から、部品だけ回収してさよならするのは流石に忍びない。
「わかりました。どこまでお役に立てるか分かりませんが、しばらくここに留まらせて頂きます」
「やた!」
「そうか……! 感謝する。よし、ひとまず話は終わりじゃな。では始めるとしよう」
そう言って長老さんが立ち上がると、村の人達は示し合わせたかのようにそれに続いた。
彼女達はそのまま出口へと歩いて行こうとする。
「へ……? な、何をですか?」
混乱気味に尋ねる僕に、振り返った長老は楽しげに笑った。
「決まっている。歓迎の宴だ」
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