第371話 良い商人と悪徳商人
大変遅くなりました。水曜分ですm(_ _)m
猊下の元を辞して大聖堂を出た僕らの足は、自然とある場所へと向いていた。
「「……」」
全員が言葉もなく黙々と歩く。先ほどの話を受けて、みんなの口も自然と重くなっているみたいだ。
これまでの徒労感の蓄積もあるのに、今からさらに過酷な旅に出ようと言うのだ。正直無理も無いと思う。
うーん…… パーティーリーダーとしては何か小粋なジョークでも飛ばして雰囲気を変えたいところだけど、何も思いつかない…… あ、そうだ。
「--そういえば。魔獣大陸にまで行けば、僕らはこの世界の全ての大陸に足を踏み入れた事になりますね…… これって結構すごい事じゃないですか?」
僕がそう口にすると、全員が何かを思い出すように虚空や地面を見つめ始めた。
「えっと…… 今シャム達がいるのが世界最大のエウロアス大陸であります。で、南半球の中央、東、西ゴンド大陸にも行ったし、さっきまで南極大陸に居たであります。
--そうでありますね。魔獣大陸も含めれば、全六大陸を制覇した事になるであります!」
「「おぉ……」」
シャムの言葉に、みんなが小さく感嘆の声をあげる。
この世界では、水魔法や風魔法のおかげで船による移動は結構活発だ。しかし、流石に地球世界の飛行機のような移動手段は存在しない。
風魔法使いとかなら空も飛べるのだけれど、沢山の人や物を運べるわけではないし、大陸間を往来できるのは鳥人族の手練などに限られる。
なので、転移魔法陣というズルのお陰だけど、大陸間を僕らほど頻繁に移動する冒険者はそうは居ないはずだ。
「ほーん。確かにそんにゃ奴聞いたことにゃいにゃ。よっしゃ、無事に帰ってきたら酒場で散々自慢してやるにゃ!」
「それはいいですけれど、ゼル。また盛り上がって裸にならないで下さいよ? 全裸になったあなたを介抱するの、すごく恥ずかしいんですから……」
「にゃはは、いつもすまんにゃロスニア。おみゃーのおかげでウチは思いっきり飲めるんだにゃ。感謝してるにゃ」
「はぁ…… あぁ神よ、私にはこの者を導く事は出来ないのかも知れません……」
ゼルさんとロスニアさんのいつもの掛け合いに、みんなの笑い声が響く。
そんな感じに少し雰囲気が上向いて来た所で、目的地である聖都有数の大商会、メーム商会の本店に到着した。
大通りに面した立派な建物の扉を潜り、馴染みの受付の方に取り次ぎを頼むと、すぐに会長室に通してもらえた。
部屋の中に居た二人の人物が、僕らを嬉しそうに出迎えてくれる。
「みんなよく帰った! 全員無事のようだな、安心したぞ……!」
執務机から立ち上がって僕らに駆け寄ってくるのは、鬣犬人族の凄腕商人、中性的な美貌とスマートな所作が格好いいメームさんだ。
クールな見た目に反して結構熱い所のある彼女は、僕らを順々に熱烈なハグで歓迎してくれた。
この人が会長を務めるメーム商会は、この一年でさらに成長した。忙しいだろうに、ありがたい事に今でもこうして時間を取ってくれるのだ。
「皆さん、お帰りなさいっス! 所で、今回はどこに行ってたんスか?」
メームさんの副官、小柄な犬人族のラヘルさんもニコニコと人懐っこい笑みを向けてくれる。
「メームさん、ラヘルさん、ただいまです。今回は、えっと、南の方です。すごく遠い所で、戻ってくるのに時間が掛かっちゃいました」
「へ〜、なんだか大変だったっみたいっスねぇ」
「それはそうだろう。さぁ、まずはそこに座ってくれ」
応接用の椅子に座らせてもらい、出してもらった珈琲を頂く。うん、美味しい。
猊下のところで頂いたばかりだけど、淹れる人によって味が違ったりするんだよね。 --あれ、本当にいつものと大分違うような……?
僕と同じ感想を持ったのか、パーティー内でも特に珈琲が好きなプルーナさんがカッと目を見開いた。
「あれ…… これって……!?」
「やはり気付いたか。流石プルーナだ。先日コメルケル殿から新しく仕入れた、西ゴンド大陸は樹環国産のカッファだ。俺の故郷、中央ゴンド大陸のものとまた違った味わいだろう?」
少し得意気なメームさんに、プルーナさんが首がもげそうな程に頷く。
「はい! 癖が無く飲みやすい味わいに、香ばしい木の実やチョコレートのような風味も感じます……! ゴクゴクッ…… お代わりを下さい!」
「プルーナさん、そんなに飲んだら酔っ払っちゃいますよ? ところでメームさん、コメルケル会長はもうここを発たれたんですか?」
「ああ、つい二週間ほど前にな。お前達とすれ違ったことを悔しがっていたよ」
「あの魔法使いの双子、ピリュワとトゥヤも残念がっていたっス!」
「そうでしたか…… それは惜しいことをしました」
コメルケル会長とは、ここから遥か南西に位置する樹環国の大きな港町を牛耳る悪徳商人だ。
大柄ナイスバディの樹人族で、常に双子の男の子を侍らせ、鋭い牙の林立する大きな口で笑う様はとても善人には見えない。
商人としてはメームさんとは色々と正反対な人だけど、意外に懐が深く、僕らは樹環国での遺跡探索で物凄くお世話になったのだ。
以前は魔物の影響で封鎖されていた海路も復旧し、現在メーム商会とコメルケル商会は定期的に船便を出し合っている。
これまではチョコレートの原料や魔導具が主だったけど、新たに樹環国産のカッファが加わったようだ。
今回はタイミングが合わなかったけど、彼女達とはこの一年で何度か顔を合わせることができている。相変わらず欲望に忠実に生きていて楽しそうな様子だった。
「今回の取引で俺達はまた莫大な利益を上げるだろう。本当に、コメルケル殿との出会いは僥倖だった……
それで、その…… お前達の方はどうだったんだ? 今回は目的のものを手に入れられたのか……?」
僕らが幾度となく空振りを続けている事を知っているせいか、メームさんは少し躊躇いがちにそう訊いてきた。
すると僕らは思わず黙り込んでしまい、部屋の中に気まずげな沈黙が落ちる。
「--いや、残念ながら今回も外れだった…… それで、次の目的地なのだが…… 魔獣大陸に向かうことになりそうだ」
「なっ…… 魔獣大陸だと!?」
「しょ、正気っスか!? あそこは人間が行っていい場所じゃ無いって聞くっスよ!?」
重苦しく口を開いたヴァイオレット様に、二人が予想通りのリアクションを返してくれる。やっぱりそのくらいヤバい所なんだよね……
「ええ。危険は承知しています。でも、でもどうしても行かなくちゃ行けないんです」
「そうですわぁ。それで、メーム達には向こうで過ごすための物資の準備をお願いしたいんですの。
特に食料ですわぁ。美味しくて、食い出があって、保存が効くものが望ましいですわぁ」
僕の言葉に、キアニィさんが彼女らしい言葉でメームさんに依頼を伝えてくれる。
向こうがどんな状況か、どのくらいの滞在期間になるのか読めないので、可能な限りの備えをしておく必要がある。
ここへ来た目的は、メームさん達への挨拶に加え、聖都有数の商会である彼女達への物資調達依頼のためだったのだ。
「そうか…… ならば何も言わん。本当は付いて行きたい所だが…… 残念ながら俺では足手纏いだろう。
食料と物資の件は任せてくれ。最高のものを用意させてもらう。そうだ、夕食はまだだろう? いつもの店で食べながら話を詰めるとしよう」
メームさんの言葉に頷いた僕らは、連れ立って彼女の馴染みの店へと向かった。
--もしかしたら、これがメームさん達との最後の食事になるかもしれない。噛み締めて頂くとしよう。
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