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亜人の王 〜過酷な異世界に転移した僕が、平和なもんむすハーレムを勝ち取るまで〜  作者: 藤枝止木
15章 深き群青に潜むもの

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第362話 暴食不知魚(4)

大変遅くなりました。木曜分ですm(_ _)m


 討伐作戦開始から一週間後の昼。四カ国の連合艦隊が形作る円環の中心で、暴食不知魚(イアルダゴルス)は身じろぎ一つせずに沈黙していた。

 固体化した海水に嵌ったままぴくりともしないその様子を見ると、最初の頃の暴れっぷりが嘘のように思える。しかし、この静けさは一時的なものだ。

 どうやら奴は、ダメージを受け続けて触手の本数が一定以下に減少すると、再生のために数時間沈黙するようなのだ。

 この一週間、奴は幾度となくこの休眠状態を見せていて、インターバルの時間は徐々に長く、周期は短くなってきている。つまり、バテて来ているのだ。

 奴の体長も当初の150mから100m程度に縮んでいるし、作戦はかなり順調に進行していると言える。


 今の時間、シフト上、アスルを含む僕ら『白の狩人』は休憩時間だ。

 加えて、奴の休眠中は艦隊全体が小休止となり、拘束担当の数百人の水魔法使い以外は仮眠も許可されている。

 僕らの魔力や体力も無限じゃない。メリハリが重要なのだ。

 あと、他の船では触手を捌き損ねたりしてちらほら犠牲者が出てしまっているけど、ラケロン島の軍船であるこの船は幸いまだ誰も欠けていない。

 それらのせいだろう。僕らの乗っている船の甲板には、少し弛緩した空気が流れている。


「随分、縮みましたわねぇ……」


「うむ、遺跡の資料は正しかった訳だ。この調子ならば一月もかかるまい。早く決着を付けなければな……」


 船の欄干に体を預けながら、キアニィさんとヴァイオレット様が暴食不知魚(イアルダゴルス)の巨体を眺めている。

 海原をバックにした格好いい絵の筈なのに、彼女達の両方の手には何個目かわからない配給のサンドイッチが握られていて、食いしん坊っぷりが可愛い。


「……」


 対照的なのはアスルだ。甲板に固定された木箱に腰掛けた彼女は、両手で持った一個目のサンドイッチを一口も食べず、黒い巨体を一心に見つめている。

 その目には相変わらず強い光が宿っているけれど、彼女の体の方は日に日に(やつ)れていた。

 僕は懐から自分のおやつ用のチョコレートを取り出し、彼女に差し出した。


「アスル。これなら食べられそう? まだ先は長いから、少しでも何かお腹に入れないと……」


「--うん、ありがとう……」


 アスルはほんの僅かに微笑みながらチョコレートを受け取り、一欠片だけ口にしてくれた。

 しかしそれでもう気力が尽きてしまったのか、残りは返されてしまった。

 正直、無理矢理にでも彼女の口に食べ物を詰め込みたい心持ちだったけど、それは何とか堪えた。

 アスルから離れ、心配そうに僕らを見つめていたロスニアさんに小声で話しかける。

 

「ロスニアさん、アスルが心配です。このままだと奴より先に参ってしまいそうですよ……」


「はい…… 人間は、条件によっては三週間ほどでも餓死してしまいます。今はまだ大丈夫だと思いますが、この戦いが長引けば危険な状態になりかねません。

 アスルちゃんの体調のためにも早期に終結させたいところですが…… あの様子だと、その、討伐後にも支えが必要だと思います」


「そうですね…… みんなと相談する必要がありますけど、僕は、彼女の立ち直るまではこの国に留まりたいです」


「ふふっ、タツヒトさんならそう言うと思いました。皆さんもきっと賛成してくれますよ」


 慈愛の笑みを浮かべる彼女に、なんだか恥ずかしくなり視線を逸らしてしまう。

 暴食不知魚(イアルダゴルス)の中にいる彼女と僕は、友人と言ってもいいと思う。でも、付き合いの長さや密度はアスルと比べるべくも無い。

 自分の最も親しい友人の命を終わらせる行為に自分も加担する。その行為が完遂された時、一体どんな気持ちになるだろう。

 ふと地球世界の友達、オタクな秋葉君といい男な阿部君の顔を思い出した。もう一年以上会ってないけど、彼らや僕の家族はみんな元気にしているんだろうか……


 --シュパパパパパパッ……


 郷愁に駆られていた僕の思考を、特徴的な水音が呼び覚ます。この音は……!

 水音に気付いた他のみんなと一緒に欄干から身を乗り出すと、ラケロン島の方向から水面を駆けてくる黄色い人影があった。


「みんな、ゼルさん達ですよ!」


「あらあら、やっとご到着ですの?」


「よかった、三人とも無事のようだな!」


 見る見る内にこちらに近づいたゼルさんは、最後の大きく水面を蹴って甲板の上に着地した。


「ふぃー、疲れたにゃ! まさかこんなことになってるとは思わなかったにゃ。

 マハルがこっちだって言うから急いで来たにゃけど…… あのでっかいの、もしかしてカリ--」


 ゼルさんが奴の中の彼女の名前を口にしようとした瞬間、その背に背負われたプルーナさんがゼルさんの口を慌てて塞いだ。


「ゼルさん! た、多分、言わないほうがいいです。えっと、多分あれの中に彼女がいるんですよね……? 大きい…… 邪神と同じくらいに見えます」


 ゼルさんからシャムとプルーナさんが降りたところで、アスルも少しふらつきながら三人を出迎えた。


「三人とも、お帰り。 --あれは、出来たの……?」


「もちろん完成したでありますが…… アスル、また体重が減少しているであります…… シャム達にも、今の状況を共有してくれるでありますか?」


 僕は、暴食不知魚(イアルダゴルス)の発見まえに島をでた三人に今の状況を説明した。

 彼女達は奴の正体や作戦内容にも驚いていたけど、何よりアスルの(やつ)れた姿に驚いていた。

 彼女達の成果についても教えてもらった。生成に少し手間取ったものの、無事に駆虫薬(くちゅうやく)を作ることができたらしい。

 シャムが見せてくれた長さ数十cmの馬鹿でかい注射器には、透明で琥珀色の薬液が充填されていた。


「にゃるほどにゃあ。そいつは、大事(おおごと)だにゃ……」


「アスル…… 大丈夫でありますか……?」


「うん。もう、覚悟は決めたから……」


「そっかぁ…… 強いね、アスルちゃんは」


 お子様組が手を取り合って励まし合う。やはり、彼女達の力を借りなければいけない状況が口惜しい。


「でも、現在の作戦が順調に進捗しているのであれば、シャム達が用意した駆虫薬(くちゅうやく)の出番は無さそうでありますね…… あれ……?」


「ん? シャム、どうしたの?」


「お、おかしいであります。先ほどシャムが観測した時より、暴食不知魚(イアルダゴルス)の体積が増加しているであります……!」


「な、なんだって……!?」


 シャムの言葉に、全員が海へと視線を向ける。

 すると、栄養供給を絶たれて縮むばかりのはずの黒い巨体が、先ほどより明らかに大きくなっていたのだ。固体化した海水の拘束を破らんほど急速に……!


『--ティバイ将軍から全軍へ伝達! 緊急事態! 対象の体積が増大中! 総員、事態の急変に備えよ!』


「……! 後衛組は後ろへ! 前衛組は前へ!」


「「応!」」


 通信機からの指示を受け、僕らは直ちに防御陣形を組み、身体強化を最大化させて事態を注視し始めた。

 僕らの後ろでも、リワナグ様の指揮の元で軍や冒険者の人達が慌ただしく動き始める。そうする間にも奴の体積の増大は続いていた。


 そして、違和感に気付く。奴の体積は確かに増えている。しかし体全体が大きくなっていると言うよりかは、胴体だけが風船のように膨張しているのだ。

 僕の脳裏に、以前ネットで見た鯨の死骸の画像が浮かんだ。

 死後時間が経ったことで体内で腐敗ガスが発生し、今にも爆発しそうなほどにパンパンに膨れ上がったあの姿が。


 --バァァァンッ!!


 次の瞬間。凄まじい破裂音と共に、暴食不知魚(イアルダゴルス)の巨体が爆発四散した。


お読み頂きありがとうございます。

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【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】


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