第349話 人馬一体
「「はぁ、はぁ、はぁ……!」」
場所は冒険者組合の訓練場。涼しい表情で汗一つかいていないカサンドラさんに対し、ヴァイオレット様と彼女に騎乗した僕は、すでに息も絶え絶えになっている。
すでに何十合も打ち合っていて、僕らが持つ木製の斧槍と杖はベコベコになっている。
だと言うのに、カサンドラさんが持つ木剣は新品のように綺麗だ。
『やはり強い。私にはその底すらも測れないほどに……!』
『ええ、本当に何者なんでしょうね、彼女…… --来ます!』
幾度も濃密な攻防を経験することで、以前は全く見えなかったカサンドラさんの攻めの起こりを、僕らは僅かに知覚できるようになっていた。
言語化できない僅かな兆しのあと、目の前にいたカサンドラさんの姿が消え、瞬きの間に僕らの右脇に出現する。
僕からは見えるけと、ヴァイオレット様からは見えない。そんな絶妙な位置で、カサンドラさんは居合い抜きのような構えを取った。
視線の向かう先は僕の首。普通なら一人で対応しなければいけない所だけど、僕らは今、まさに人馬一体となっていた。
『右、死角、切り上げ、受けます!』
『応! 振り返り、切り下ろす!』
僕が得た視覚、攻撃をどう捌こうとしているか、感じている脅威。それらが一瞬にして言葉もなくヴァイオレット様に伝わる。
そしてそれを受けた彼女から、どうカサンドラさんに攻撃しようとしているかが時差なく伝わってくる。
二人の意識が渾然一体となった高揚感と共に、僕は杖を振り下ろし、ヴァイオレット様が振り向きざまに斧槍を振るった。しかし。
『『……!?』』
カサンドラさんの右手が烟るような速度で走り、ぞっとするような切り上げが放たれた。
が、彼女の手には木剣が握られていなかった。フェイント……!? なんて真に迫る……!
カサンドラさんの攻撃に合わせようとしていた僕の杖が空を切り、僅かな時間差で放たれたヴァイオレット様の斬撃も紙一重で避けられてしまう。
僕とヴァイオレット様の間で共有された動揺が、致命的な隙を生む。
カサンドラさんが野生的な笑みを浮かべると、居合い抜きの構えの際に持ち替えていたのだろう、左逆手で木剣を振るった。
絶望的な死の予感が迫り、木剣の切先は僕の首筋、皮一枚のところでビタリと停止した。
同時に彼女は、ヴァイオレット様が引き戻そうとしていた斧槍を空いた右手で掴んでいた。
一瞬の間の後、僕とヴァイオレット様は同時に息を吐いた。
「「ま、参りました……」」
「はい、ありがとうございました!」
木剣を引き、ぺこりと立礼してくれるカサンドラさん。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
一息ついた僕らは、見学していたみんなと一緒にカサンドラさんから講評を受けていた。
「お二人とも素晴らしいです! もう少し、あと十年くらいしたら、私から一本取れるかもしれませんね」
「じゅ、十年ですか…… 先は長いなぁ……」
こ、これだから長命種の方々は…… 苦笑い気味の僕に、カサンドラさんはニコニコと首を振る。
「いえいえ、十年なんてあっという間ですよ。そしてその若さで共鳴を殆ど習得してしまったお二人なら、もっと近い内に達成してしまうかも知れません。
共鳴は、極まった実力を持った二人がその心を緊密に通わせ、一つの方向に向けて完全に合一させなければ発動しないそうです。
私も使い手に出会ったのは数百年振りです…… これはとても凄いことですよ!」
本当に感心したように何度も頷くカサンドラさん。
呪炎竜との戦いで偶然開眼したこの技、共鳴は、戦士型が使う身体強化の技の一つだ。
他には装備を魔力で強化する『強装』や、斬撃を飛ばす奥義、『延撃』などがあるけど、共鳴は二人の戦士が協働して発動させる特殊なものだ。
二人の念素の相互作用の結果、身体強化率は跳ね上がり、二人の連携も完璧以上になるので、強敵と殴り合う時にはこの上なく有用と言える。
それで、魔法型が使う重合魔法にも似ているこの技だけど、特殊すぎて使い手が殆どいないらしい。カサンドラさんが言った発動条件が厳しすぎるからだ。
僕とヴァイオレット様は発動できたけど、仲間内でできたのはこの組み合わせだけ。今後は増えるかもだけど。
「念の為、もう一度共鳴の注意点をお教えしておきますね。今の組み手でご理解頂けたと思いますが、もちろん欠点もあります。
魔力消費が跳ね上がる事にも注意が必要ですが、意識が同期しているので、先ほどのように隙ができる時も二人同時になってしまいがちです。
心を重ねつつ、決して相手に寄りかかりすぎない。そんな加減が必要なのだそうです。
あ、あと…… 発動中はとても心地良いそうですね? そのせいで少し戦意が高まりすぎてしまうのだとか…… 私はそんな相手には恵まれませんでしたけど、羨ましい限りです」
カサンドラさんの視線を受けて、僕とヴァイオレット様のいつの間にか繋いでしまっていた手をぱっと離した。ちょっと恥ずかしい。
彼女の指摘通り、この技を発動させている時は、お互いの肉体が沈み込むように深く触れ合い、精神が溶け合うような心地よさと一体感、万能感を感じるのだ。
有り体に言って、すんごく気持ちいい。なんか中国の房中術とかに通じるものがあるのかも。
「あはは…… その、気をつけます……」
赤面しながらそう応えると、講評を聞いていたみんなも口々にコメントをくれる。
「プルーナ、見ていたでありますか!? シャムは何度見ても信じられないであります! 二人の動作は、千分の一秒の誤差すら無く同期していたであります!」
「む、無茶言わないでよシャムちゃん。魔法型の僕に、今のが視認できる訳ないよ…… うーん。重合魔法を発展させる方向で、僕も何か考えてみようかなぁ……」
「二人の絆にはまだ敵いませんわねぇ。わたくし達も頑張りませんとね、ゼル」
「だにゃ。いやー、参ったにゃ」
「ふふっ、私はこの中で一番タツヒトと付き合いが長いからな。 --所で、二人も何やら特訓しているようだが、いつ披露してくれるのだろうか?」
楽しそうに問うヴァイオレット様。キアニィさんは笑みを深くしただけだったけど、ゼルさんは露骨に視線を逸らした。わかりやすいなぁ……
僕もそれは気になっていた。この二人、最近影で特訓しているっぽいんだよね。
「にゃ、にゃんのことかにゃ? えーっと…… そう! うちらは食べ歩きしてただけだにゃ!」
「いやいや、お二人がいなくなるのって早朝か深夜じゃないですか…… 一体誰向けの屋台なんですか、それ」
ロスニアさんのツッコミに、みんなが穏やかに笑う。その時、ふとアスルの様子が目に止まった。
僕と、それからヴァイオレット様もだろうか? 僕らを凝視しながら、指先が白くなるほど自分の腕を強く握っている。
「--アスル、大丈夫? どこか痛むの……?」
「あ…… ううん。大丈夫、ありがとう」
彼女は腕からぱっと手を離すと、ほのかに微笑み返してくれた。
「そ、そう……? 何か変だと思ったら、早めにロスニアさんに診てもらってね」
「……うん。そうする」
表情を無表情に戻して答えてくれるアスル。いつも通りにも見えるけど…… やっぱり何か変だ。
彼女の様子が変わったのは、一週間程前のカレーパーティー以降だ。普段は、ちょっと無表情でやんちゃなお子様という感じなのに、ふとした瞬間にあんな様子を見せる。
やっぱり、リワナグ様の結婚発言が尾を引いているのだろうか…… あの日の夜、触発されたのかみんなも激しかったからなぁ……
「しかし、やはりカサンドラ殿はお強い。共鳴状態でなら、我々は呪炎竜とすら多少は戦えたというのに…… あなたには全く届く気配がない」
「うふふ、まだまだ負けませんよ。でも共鳴状態のお二人の力量は、紫宝級に届く程です。今後も是非研鑽を積んで下さいね。
あと、あの子はどちらかというと魔法偏重型ですから--」
「カサンドラさん! こ、ここに居られましたか!」
カサンドラさんの台詞を遮り、かなり急いだ様子で訓練場に入ってくる人がいた。
組合の職員らしいその人がカサンドラさんに耳打ちすると、彼女はすぐに表情を真剣なものに改めた。
「--分かりました、すぐに対応します。すみません、皆さんも来ていただけますか? 特に、アスルさんにはお知らせしておきたいです」
「わ、私……?」
「ええ。ここプギタ島に近いラケロン島の領海で、海底魔窟が発見されたそうです」
「……! 分かった、話を聞かせて」
海底魔窟……? その言葉は初めて耳にしたけど、アスルの表情はそれが緊急事態であることを物語っていた。
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