第344話 姫巫女とギャング、懐く
ラケロン島にきてから、早いものでもう一ヶ月半程が経過した。今日も僕らは領海の警備任務に出ている。
季節の上では冬になっているけど、赤道に近いこの辺は全く寒くない。ちょっと涼しくなったかな? というくらいだ。
銀色の遺跡の方は、非番のたびにアスルに協力してもらい、シャムの測量能力も駆使して怪しい海域の遺跡を調査しているけど、まだ見つからない。
対象範囲が広大なのと、準備が必要なので深い場所を調べていないせいもあるんだろうけど、まだまだ時間がかかりそうな感じだ。
ここ最近の変化の一つとして、現在アスルは『白の狩人』の公式装備である邪神の甲殻鎧を身に纏っている。
この装備は、僕らが詫びの品に贈った物をリワナグ様がアスル向けに仕立て直した物だ。
装備を贈られた際、アスルはお揃いだと飛び上がって喜んでくれていた。
そんな彼女は、今日も今日とて領土侵犯してきたカリバルをボコボコにしている。冷徹かつ徹底的に、だ。
「へ、へめぇ…… なんへ、こと、ひやがる……」
もはや呂律が回っていないカリバルは、満身創痍の状態だった。
顔は圧縮水塊による殴打で倍ほどに腫れ上がり、四肢と尻尾は強力な局所渦流によって明後日の方向に折れ曲がっている。
いつもはここまで酷い事にはならないのだけれど、今日カリバルはアスルの発育について暴言を言ってしまった。その結果がこれである。
「五月蝿い。今日は、もうおしまい。これ以上やるなら、その軽い頭を支えている首も、手足と同じようにする」
「ぐっ…… くほぅ……」
ガックリと首を垂れるカリバル。すると、僕らと一緒に二人の戦いを見物していた鯱人族。カリバルの取り巻きのみんなが反応した。
「お、カリバル様、終わりですかい? そんじゃぁ……」
カリバルの副官、顔に厳つい刺青を入れた少女のイカワラが、期待を込めて僕の方を見る。他の鯱人族達も同様だ。
そんな様子に僕が苦笑しながら頷くと、彼女達が歓声を上げた。
イカワラがそそくさと動けないカリバルを回収して浮上し、全員がその後に続いて海面に顔を出しす。
「ふぅ…… プルーナさん、浮島をお願いできる?」
「勿論です。『浮島!』」
彼女が魔法を行使すると、海面に上に直径十mはある円板状の浮島が生成された。
乗り込みやすいように、海中に階段まで伸びている親切設計だ。
「ありがとう! じゃ、みんなでお昼にしましょうか」
「「うぉぉぉぉ!!」」
僕が声をかけると、主に鯱人族のみんなが声を上げ、我先にと船に乗り込んでいく。
アスルとカリバルの一騎打ちの後、みんなで船の上でお弁当を食べるのがここ最近の流れなのだ。
初対面以降も、カリバルは何度も襲撃を仕掛けてきて、その度にアスルに返り討ちにされている。
カリバルの取り巻きの鯱人族達は、初回以降、実力差を悟ったのか見学に徹している。
そうなると僕らも見学に回るので、自然と観戦中にコミュニケーションを取るようになった。
そうする内になんだか仲良くなり、今ではアスルは親戚の子供、カリバル達はその友達という感じになってしまったのだ。
「カリバルちゃん、今回はまたひどく痛めつけられましたね…… 治療しますから、大人しくして下さい。
聖職者としては、あまり激しい喧嘩はしないで欲しいんですけど……」
「ロスニアの姉貴。喧嘩じゃねぇ、殺し合いだ……! あと、ちゃん付けはやめろって-- いでで!」
ぐにゃぐにゃになったカリバルの手足を、ロスニアさんが困った表情で真っ直ぐに直し、治癒魔法をかけ始める。
最近カリバル達は、僕らの事を姉貴とか兄貴と呼んで慕ってくれている。話してみるとみんなそこまで悪い子達じゃないんだよね。
カリバルがいきなり銛をぶん投げてきたりするのも、自分が本気でやっても絶対殺せないだろうという、アスルの実力に対する信頼の表れにも見えるし。
--まぁ他国にカチコミ掛けてる上に、コミュニケーションの仕方が果てしなく野蛮だから、善人てわけでもないんだけど……
さておき。カリバルの治療を待つ間に、用意してきた数十人分の特大サイズの弁当が行き渡った。火魔法で温めたのでほかほか状態だ。
「今日はカラアゲ弁当です。どうぞ召し上がれ」
「ヒャッハー、カラアゲだぁー!」「ごちになりやす! タツヒトの兄貴!」「うめぇっ!」
声をかけた瞬間、全員が大喜びで弁当をかっこみ始めた。こんだけ喜んでもらえると作った甲斐があるよね。全力の身体強化を使った爆速調理だったけど。
自分でも唐揚げを食べてみると、温め直したのにまだ衣はカラッとしていて、中身はしっとりジューシー…… 中々の出来だ。
醤油ではなく魚醤を使っているので、エスニック風味がまた新鮮で美味しい。
さっきまでボロボロだったカリバルも、今は美味そうに食べてくれている。
「かぁー、やっぱりタツヒトの兄貴の飯はうめぇ! 姉貴達は幸せもんだよなぁ。毎日こんなうまいもんが食えてよぉ!
なぁ兄貴。姉貴達と一緒でかまわねぇから、あんなチンケな島のチビ蛸なんかほっといて、俺んとこに-- ぶげっ!?」
台詞の途中で突然水塊が出現し、彼女の後頭部を殴打した。
「カリバル。それ以上言うと、二度と物を食べられなくする……
タツヒト。やっぱり、こいつに食べ物を恵んでやるのは反対。こいつにそんな価値は無い」
カリバルを睨みながら冷淡に言い放つアスル。僕の横にピッタリと体を寄せ、ほっぺたにご飯粒を付けていなければ格好いいのだけれど……
一ヶ月ほど前の温泉以来、彼女の距離感はどんどん近くなっていき、最近はもうこんな感じだ。
ちなみに反対側には、対抗するようにシャムが身を寄せている。正直悪い気はしないけど、ちょっと食べづらい……
「アスル、てんめぇ…… ぶっ殺す!」
「喚かないで。死ぬのはカリバルの方」
殺気を放ちながら立ち上がる二人。これはいけない。
「--二人とも。食べてる間は喧嘩しない約束でしょ?」
ほんのちょっとの強めに嗜めると、すごすごと素直に座り直す二人。なんだよ、可愛いなぁもう。
シャムと初めて会った時もそうだったけど、なんというか、この存在を守護らなければという気持ちになる。
「ふふ。時折父親のような顔をする様になってしまったな、タツヒトは」
「ですわねぇ。 --父親…… わたくしにはよく分からないですけれど、あんな風に叱られるのも悪くなさそうですわぁ。今夜頼んでみましょうかしらぁ……」
ヴァイオレット様とキアニィさんが、早くも数箱の弁当箱を空にしながらそんな事を言う。
なるほど、この感情が所謂父性と言う奴なのか。でもキアニィさんの要望は、僕にはちょっと高度すぎるかな……
「むぅ。なんだかここ最近、言語化不可能な危機感を感じるであります……」
「シャムちゃん…… 僕はその立ち位置は狙ってないけど、今のアスルちゃんはシャムちゃんには脅威かもね……」
「にゃはは! プルーナは奴隷狙いだもんにゃ!」
「ちょっ…… ゼルさん……! 声が大きいですよ……!」
--なんだか不穏な会話も聞こえてくるけど、知らん振りしとこう。
その後も少しスリリングな昼食会は続き、アスルとカリバルは解散する瞬間までいがみ合っていた。
しかし別れ際、一週間後にまた殺しに来ると予告するカリバルに、来ても返り討ちにするとアスルは言い放っていた。
言い方や雰囲気は険悪だったけど、僕にはもう、単に二人が遊びの予定を取り付けているようにしか見えなかった。
関係性が歪で最初は分かりづらかったけど、やっぱりこの二人は友達なのだ。
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