第288話 追い求めし魅惑の果実(1)
すみません、先週の金曜、土曜分は落としてしまいました……
今後は月〜金の週五更新とさせて頂きますm(_ _)m
「もぐもぐ…… この淡白な味わいのパン、具材の脂身たっぷりの挽肉と最高に合いますわぁ!」
「店主の話では、この辺りで取れる芋を原料にしているらしい。小麦から作った物とは一味違うのだろうな。
うむ…… 確かに美味い。美味いが、やはり全体的に物価が高いな。聖都も高めだったが、ここはその三倍は下らないぞ……」
灰色の空の下。市場の屋台で買ったひき肉と野菜のサンドイッチを、キアニィさんが光り輝く笑顔で頬張る。とても幸せそうだ。
屋台巡りが趣味の彼女にとって、異国の地で食べる屋台飯は格別なのだろう。
一方、商人であるメームさんは、味はともかくその価格に不満があるようだ。
僕は手に持ったサンドイッチをパク付きながら、聖都の情景を思い浮かべた。
「これ一つの金額で…… 聖都だったら一等地の屋台で豪遊できますもんね」
「うむ。屋台の料理もそうだが、食材が軒並み高い。海と川に面してるおかげで海鮮の類はそうでもないが、やはり降灰や日射量の影響を受ける作物への影響が大きいのだろう。
穀類などはしばらくは以前収穫したもので食い繋げるだろうが、噴火がいつまで続くか不明だ。先々を見越して、買い占めなども起きているのだろう」
ヴァイオレット様の視線の先、市場に並ぶ商店の店先には、野菜や果物、穀類の袋がまばらに並んでいる。
品数は少なく値段は前述の通り。店員さん達も、文字通り景気の悪そうな表情だ。
このサンドイッチの挽肉も、原料もおそらく豚系の魔物なんだろうけど、密林のあの様子だと供給は先細っていきそうだしなぁ……
「うにゃー…… にゃんかごめんにゃ。かえって雰囲気がきんぱくしちゃったにゃ……」
「そんなことは無いであります! この美味しい挽肉のパン挟みも、ゼルが言わなければ食べられなかったであります!」
「シャム……! おみゃー、ほんとにいい奴だにゃ!」
感極まってシャムを肩車したゼルさんを先頭に、僕らは更に市場を見て回った。
品数や価格はともかく、屋台の料理はどこのもおいしく、果物も種類は豊富。地球世界のマンゴーのようなものまで発見できた。非常に満足だ。
しかし、肝心の移動手段に関しては芳しくない。店員さんに聞いてみると、やはりここから火山方面に向かう船は殆ど無いと言うことだった。
キアニィさんとヴァイオレット様が屋台を10軒巡ったあたりで、そろそろ今日は宿に戻ろうかという雰囲気になった。
そして全員で市場から立ち去ろうとした瞬間。僕は視界の端にそれを捉えた。
「え……!?」
思わず足を止め、残像を残す勢いで二度見する。すると、やはり見間違えでは無かった。
「タツヒトさん、どうしたんですか?」
「--見つけたんだよ、プルーナさん」
「え、ちょと、何を--」
静止の声を振り切り、僕はその露天の前まで走った。
店先に山と盛られていたのは、細めのラグビーボールのような形をした果実だ。
大きさは両手に収まるほどで、色は黄色から茶色。表面には放射状の筋が入っていて、ゴツゴツしている。
やった……! 南米だからもしかしたら有るかとも思っていたけど、本当に見つけたぞ!
「すみません! それって、あっと、樹環国語使わなきゃ…… 『こんにちは。それは何ですか?』」
いきなり走ってきた僕に身構えていた店員さん、額にツノのような木を生やした樹人族の人は、安心したように営業スマイルを浮かべた。
「あ、あぁ。大丈夫、帝国語ならわかりますよ。これはカカウと言って、最近密林の奥で発見された果物です。
果肉も美味しいですが、これは種にすごい薬効があるんです。煎じて飲めば、たちまち疲れが吹き飛び、やる気が漲ります。
私も試してみましたけど、この通り、効果は保証しますよ」
おぉ、名前までそっくりだ。確か、効能に疲労回復や精神高揚なんかもあったから、本当に地球世界におけるカカオの実らしい。
言われてみれば、この店員さんは他の樹人族の人達に比べて顔色がいい気がする。
値段はだいぶ強気の設定のようだけど、これは是が非でも手に入れなければ……!
「わかりました! ここにあるだけ--」
「まぁ待て、タツヒト」
全部下さいと言う前に、追いついてきたメームさんが僕の肩に手を置いた。
そして、ここは俺に任せろと目で訴えかけてくる。僕はそれに頷いて後ろに下がった。ここは凄腕商人のメームさんにお願いしよう。
「ふむ。確かに珍しい品のようだが、その分値も張るし、あまりたくさん売れる種類のものでは無いようだな?」
「ま、まぁそうですね。高く売れると言うので仕入れてみましたが、買って下さるのは少数の好事家の方くらいで……
高いものですから試食させるわけにもいかないし、正直、うちのような小さな店で扱うものじゃありませんね……」
そう苦笑いする店員さんに、メームさんが目を細める。
「なるほど…… ところで、俺は雇われ商人なのだが、雇い主は珍品を仕入れては客に振る舞うのが趣味なんだ。
ここに有るもの全て買い取るので、そうだな…… これくらいでどうだろう?」
「全部……!? い、いやぁ。いくら何でもその値段では…… このくらいでどうです?」
「ふーむ…… うちの雇い主はまとまった数の珍しいものであれば、正直そのカカウと言うものじゃなくてもいいんだ。予算も限られているしな。
君はどうやら在庫を抱えて困っているようだし、もう一声どうだろう? 俺たちの他に、まとまった量を買う客の当ても無いのだろう?」
「む、むぅ…… ですが…… なら--」
その後何度かのやり取りの結果、メームさんは定価の五分の三程度の価格でカカウの実を全て購入することに成功してしまった。
すごいのは、大幅値引きされたというのに、最終的に露天の店員さんがメームさんと笑顔で握手していたところだ。
相手をやり込めず、双方が納得のいく妥協点で取引を行う。これが、商人としての彼女の成功を支える基本原理なのかもしれない。
ホクホク顔で大量のカカウを宿に持ち帰った僕は、メームさんに何度もお礼を言いつつ、早速処理に取り掛かった。
作るのはもちろん、みんな大好きチョコレートだ。それに当たって宿の方と交渉し、庭の一角に作業小屋のようなものを作らせてもらった。
加えて、みんなには日数がそれなりにかかる事を伝え、シャムとプルーナさんにも協力を仰いだ。
日本にいた頃は特別そこまで好きだったという自覚はなかったのだけれど、一年以上食べていないせいか、異常なチョコレート欲を感じる。
うろ覚えの製造工程を思い出しながら、僕はまずカカウを割ってみた。
すると中には、白いぼこぼこした果肉がぎっしりと詰まっていた。試しに三人で果肉を味見してみる。
「もぐもぐ…… 爽やかな甘さが美味しいであります!」
「そうだね。でも、殆どが種ですね…… この種が重要なんでしたっけ?」
薄い果肉の中には、大粒のアーモンドのような種がたくさん詰まっていた。
「うん、そうなんだよ。果肉の味もネットで見た通り…… よし、まずは中身を全部取り出しちゃおうか」
全てのカカウから果肉ごとカカウ豆を取り出した後、僕らはそれらを木箱に敷き詰めた。発酵の工程である。
若干寒いので少し火を焚きながら、時折混ぜたりしながら様子を見ていく。するとうまく発酵が進んだのか、果肉が溶けてカカウ豆だけになった。
そのまましばらく様子を見た後、今度は広げて乾燥させ、水洗いする。
次に、発酵の待ち時間の間に作っていた、小型のドラム缶を横倒しにしたような器具でローストしていく。
こちらは僕が図面を引き、プルーナさんが土魔法で大まかに金属を成形して、シャムが微細加工部分を担当してくれたものだ。
火加減がわからなかったので、ロースターを回しながらじっくり慎重に炙っていく。
すると、中のカカウ豆の音が変わっていき、作業小屋の中に芳醇なチョコレートの香りがし始めた。
「うわぁ…… すごくいい香りです!」
「美味しそうであります! 味見したいであります!」
「あはは、今食べてもすっごく苦いらしいよ。でも、ここまでは成功みたいだ。よし次!」
それから僕らは、同じく共同で造ったミキサーでローストしたカカウ豆を砕き、余分な殻の部分を風を使って分離した。
そして、ミキサーの歯が石の円盤になったような特製の摩砕機を使って、残った胚乳の部分をひたすらすり潰した。
しばらく摩砕し続けていると、粉状だった胚乳がドロドロのペースと状になり、どんどん滑らかになっていく。
そこへ砂糖をふんだんに入れ、さらに保温しながら滑らかに練り上げた後、型に流し込む。
それをしばらく常温で放置すると--
「--おっ…… 美味しいですわ!! この芳醇な香り、滑らかな舌溶け、強烈なのにくどく無い甘さ…… こんなお菓子、食べたことありませんわぁ!!」
「もう、キアニィさん。口元がチョコレートまみれですよ。うふふっ」
出来上がった黒く艶やかな魅惑のお菓子、チョコレートを頬張りながらキアニィさんが吠える。
そんな彼女の口元を、ロスニアさんが愛おしげに拭ってあげる。相変わらず仲良いな、この二人。
「いや、しかし本当に美味い。なんというか、こう、とても上品な甘さだ」
「あぁ! これは上流階級に必ず受けるぞ! 海路が復旧したらすぐに輸入できるよう準備しなくては……!」
ヴァイオレット様とメームさんも盛り上がっている。よしよし、今回は初回にしてはうまくいったけど、コーヒー同様、チョコレートも奥が深い。
メームさんなら必ず興味を示してくれると思ってたんだよね。
想定以上の成功に、僕も笑顔でチョコレートを摘む。あぁ…… 美味しい。まだ食感や香りは日本で食べた物には及ばないけど、それでも間違いなくチョコレートだ。
「うみゃ〜、本当にこんにゃの食べた事にゃいにゃ。流石に一週間すぎたあたりで止めようかとも思ったにゃけど、待っててよかったにゃ〜」
しかし、ゼルさんの発言に固まってしまった。
「--え……!? ま、待ってください。もうそんなに経ったんですか!?」
「むぐむぐ…… 作業開始から完成まで、およそ10日を要したであります!」
「あははは…… タツヒトさん、熱中しすぎてたまに食事も忘れてましたもんね」
作業を手伝ってくれていた二人がしれっと教えてくれる。
10日……!? --急ぐ旅では無いしにても、趣味に走り過ぎてしまった。反省。
本話で、拙作『亜人の王』は100万字に達しました。
こうして続けられているのは、読者の皆様のおかげでございます。
いつもお読み頂き、誠にありがとうございますm(_ _)m
【月〜金曜日の19時以降に投稿予定】
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