第271話 大地を蝕むもの(3)
遅くなりましたm(_ _)m
「エリネン!?」
自分の口から悲鳴のような声が出て、気づくと僕は彼女の元へ駆け出していた。
硬い石の床に叩きつけられる直前、彼女と地面との間に滑り込むようにして何とかキャッチに成功した。
すぐに様子を確認すると、エリネンはぐったりとして動かず、口から血の泡を吐いている。内臓が損傷している……!
奴の鱗に引っかかったのか、身体中の裂傷から出血までしている。かなり不味い状況だ。
「エリネン! しっかりして、エリネン!」
「ゔぅ……」
呼びかけても僅かに呻くだけで、彼女の目線は朦朧として定まらない。
--大丈夫。かろうじて呼吸はしている。意識がはっきりとしないのも脳震盪のせいだろう。まだ間に合う……!
市販の治療薬は持っているけど、今のエリネンには使えない。急いでロスニアさんから治療を……!
そう思ってみんなの方を振り返った瞬間、自分の血の気が引くのがわかった。
「カリスタ司祭、しっかりして下さい! ロスニア殿、お早く!」
「はい、只今!」
王国軍の従軍聖職者。カリスタ司祭という只人の女性が、血まみれで横たわっていたのだ。
ロスニアさんは、ぐったりと動かないその人の元へすぐに滑りよると、神聖魔法を使い始めた。
彼女は、エリネンが負傷した事にまだ気づいていないらしい。
岩蚯蚓の突進を避ける際に、僕らは二手に別れた。
僕がいた方ではエリネンが跳ね飛ばされたけど、反対側でカリスタ司祭と騎士の一人が攻撃を喰らっていたようだ。
騎士の人は位階が高かったせいか比較的軽傷で、自分で市販の治癒薬を使って治療している。
僕は腕の中のエリネンに視線を戻した。 --ダメだ。やっぱりこの重症で市販の治療薬を使ったら彼女はきっと衰弱死してしまう。
エリネンの呼吸はだんだんと弱くなってきている。今すぐ神聖魔法による治療を行わなければ間に合わない。
けど、今最優先で治療すべきは回復役である司祭様だ。ロスニアさんを邪魔することはできない。どうすれば……!
「タツヒト! エリネンは!?」
「エリネンの嬢ちゃん、やられてもうたんか……!?」
「おいエリネン、しっかりするにゃ!」
「呼吸は!? 脈はありますの!?」
こちらに気づいたお頭さん達やみんなが駆け寄ってくる。しかし、全員彼女の様子を見て顔色を変えてしまった。
「ま、まだ息があります! でも……」
「タツヒト殿! これを使え!」
騎士団長の声に振り向くと、彼女はこちらを見もせずに何かの小瓶を投げてよこした。
彼女の視線の先には、塒を巻き、こちらを威嚇するかのように歯を打ち鳴らしている岩蚯蚓の巨体が見える。
慌てて瓶をキャッチすると、その中にはほのかに緑色に発光する液体が入っていた。
「これは……!?」
「取って置きの治療薬だ! 古代遺跡産なので衰弱死の心配は無い! 安心して使うといい!」
「……! ありがとうございます!」
すぐに口で瓶の蓋を開け、エリネンに飲ませようとした所で思い止まった。この状態では自力で嚥下出来ないかもしれない。
僕は治療薬を半分ほど口に含むと、血に濡れたエリネンの唇に自分の口を押し当てた。
周りから息を飲む声がした気がするけど、今はそれどころじゃない。
一滴も溢さないよう、慎重にゆっくりと治療薬を飲ませていく。
すると飲ませ終わる頃にはエリネンが咳き込み始めた。僕は残った半分を裂傷の方にも振りかけた。
「がはっ、けほっ…… あ…… タ、タツヒト……?」
まだ視線は定まらず、意識もはっきりとしていない。でも、呼吸も安定して喋れているし、出血もかなり治まった。
「エリネン! よかった……!」
「--なぁ、今のもっぺんやってくれへんか?」
感情のままに彼女を抱きしめていると、耳元でそんなことを言われてしまった。思わず口角が上がってしまう。
「あはっ、そんだけ冗談が言えるんなら大丈夫そうだね。 --みなさん、エリネンをお願いします。まだ完治したわけでは無いので。お頭さん、行きましょう!」
「お、おう。おおきにな、タツヒト」
僕はお頭さんに頷き返すと、夜曲の人達にエリネンを預けて騎士団長の元へ向かった。
「よかった。その様子では、エリネンは間に合ったようだな?」
騎士団長のところに合流すると、僕の顔を見たヴァイオレット様がほっと息を吐いた。
彼女は騎士団長と一緒に岩蚯蚓を牽制してくれていたのだ。
現在の陣形は、青鏡級以上の面子が岩蚯蚓の眼前に陣取り、後ろに負傷者を含む他のみんなを庇っている形だ。
当の岩蚯蚓は、先ほどから「ギッギッギッ--」と歯を打ち鳴らすばかりでその場を動いていない。
「はい、騎士団長のおかげで何とか。それで、どうしましょう?」
出会い頭に負傷者が三人も出たのだ。一度撤退するのも手だと思うけど…… そうも行かないかもしれない。
僕と同じ懸念に行き当たったのか、騎士団長は眉間に皺を寄せて答えた。
「うむ。撤退したいところだが…… より事態が悪化する可能性がある」
「ああ。へたに逃げんほうがええやろ。まず間違い無く、魔窟を穴だらけにしとんのはあのくそでか蚯蚓や。
やったら、逃げても簡単に追うてこられるはずやわ」
「であれば、まだ開けたここのほうが戦いやすい、か。しかし、あの異様な移動方法と異常な加速……
プルーナ。少し信じがたいが、あれは土魔法の一種なのだろうか?」
敵から視線を外さずヴァイオレット様が問いかけると、後ろからプルーナさん返答が聞こえてきた。
「はい。おそらく土魔法を使った移動です。魔窟を構成する岩石を軟化させ、高速かつ連続で変形させることで、自身の体を前進させているんです。
僕も緊急時に使用したことがありますが、あんな速度はまず出せません。ましてや魔窟の干渉を受けながらだなんて…… 紫宝級の魔物って、つくづく怪物ですね……」
「うむ。しかし種が分かれば対策も可能じゃ。 --部屋の中央に陣取るのはどうじゃろう? 壁からの奇襲に一番柔軟に対応できるからの。
上手くいけば奴の突進速度を鈍らせることができるはずじゃ。下からの奇襲も防いで見せよう」
僕はヨゼフィーネ大親方の言葉に、以前戦った魔窟の主、青鏡級の人面獅子との戦いを思い出した。
「範囲を限定して、周囲の地面を強固に支配下に置くんですね……! 賛成です!
以前似たような状況に遭遇した時、高位の土魔法使いに対してその戦術はかなり有効でした」
「そういうことじゃ。プルーナの嬢ちゃんもいることじゃし、もっと効果的なことも出来るかもしれん。どうじゃ? 騎士団長殿」
大親方の言葉に、騎士団長は一瞬考え込んだ後大きく頷いた。
「……うむ。それで行こう。ありがとうヨゼフィーネ殿。皆、部屋の中央に移動する! 後衛と怪我人を中心に円陣を組むのだ!」
「「おぉ!!」」
岩蚯蚓から視線を切らず、じりじりと全員で部屋の中心に移動し、陣形を組み直す。
その間、奴はやはりその場で塒を巻いたまま動かず、鎌首をもたげた頭だけはこちらに向けていた。
「……最初の突進以降、威嚇するばかりで動きませんね。もしかして、あの突進はあまり連発できないんじゃ--」
「ギッギッギッ……」
僕が思わず願望に近いことを口にすると、突如として岩蚯蚓の威嚇音が止んだ。
みんなが警戒度を高めて観察する中、奴はおもむろに塒を解いた。
「「ゔっ……!?」」
あまりの光景に、全員が揃って呻き声を上げる。
奴の体で隠された場所。そこにいつの間にか大きな穴が空いていて、そこから大小様々な岩蚯蚓がうじゃうじゃと湧き出てきたのだ。
さっきまでのは威嚇音じゃない。主の部屋の更に地下に居た仲間を呼んでいたのか……!
「ギギィィィィッ!!」
巨大岩蚯蚓の咆哮を合図に、穴から這い出た数百の岩蚯蚓が僕らに殺到した。
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