第261話 地下四階:シマを守る(3)
金曜分ですm(_ _)m
魔窟が繁殖する仕組みは、正確には分かっていない。しかし、通説となっているものならある。
それは、魔窟内部の魔物の数が一定数を超え、魔物が一斉に外部に溢れ出る狂溢という現象が関わっているというものだ。
魔窟の胞子のようなものが魔物によって外へ運ばれ、魔物が別の魔素が豊富な土地に行き着いた時にその胞子が落ちることで、魔窟は増えるのだという。
では、地下都市を有するここ、首都ディニウムでそれが起こりうるかというと、かなり考えずらい。
地表の都市内に魔物が入り込むことはまず無いだろうし、仮に胞子が入り込んだとしても、すぐ下が地下街なので絶対異変に気づけるはずだ。
地下街にはしょっちゅう魔物が侵入するけど、地下を移動する内に胞子が剥がれてしまうのか、歴史的に見て今までそういったことは無かったそうだ。
そして、今僕らの目の前にある魔窟の入り口の大きさからして、この魔窟は間違いなく100階層以上の成熟したものだ。
以前魔窟都市で討伐した未管理魔窟も100層を超えていたけど、あの時のものより大きい気さえする。
つまり、まず何十年か昔、何かのイレギュラーが起こって地下都市のさらに地下に魔窟の胞子が運ばれた。
萌芽した胞子は龍穴の真上という好条件の中、人知れず成長し、今になってやっと地下街に入り口を作るほどに至ったというわけだ。
地表性の魔物が出てきた事から考えて、おそらく地表の森の中とかにも入り口が作られているのだろう。
「にゃ、にゃあ。魔窟から魔物が出てきたって事は、もう狂溢が始まってるんじゃにゃいか……?」
「「……!」」
ゼルさんの指摘に、魔窟の入り口を前に呆然としていた全員が息を飲んだ。
確かに。一度魔窟の中に入った魔物は、魔素が豊富なそこからまず出てくることは無い。唯一の例外が狂溢だ。
けど、そこへプルーナさんが待ったをかけた。
「いえ、そうとも言い切れないと思います。狂溢で魔物が魔窟から出てくるのは、急激に魔窟内の魔素濃度が下がるせいだと言われています。
しかしこの入り口からは、後続の魔素に飢えた魔物達が出てくる様子がありません。好奇心の強い個体が、ふらっと出てきたという印象です。
もしかしたらこの魔窟の中の魔物達は、魔素が豊富なこの地下都市、いえ、都市全体を魔窟の延長のように感じているのかも知れません。
--あ、あれ? それはそれでまずいですね……」
最後は大分小声となってしまったプルーナさんの言葉に、エリネンは眉間の皺をより深くする。
「まずいなんてもんやあらへん……! きっと入り口はこの後も増えるし、そこから出てくる魔物も増えるやろ。
壁から出てくる魔物だけでも精一杯なのに、そんなん捌けるわけあらへんわ!」
「そうだな…… エリネン。ここは我々が見張っておく。まずは夜曲の上層部にこの事を知らせてきて貰えないだろうか?
これは我々の手にあまる。地下街、いや、都市全体で対応に当たるべき問題だ」
ヴァイオレット様の静かな言葉に、エリネンは数秒考え込んでから深く頷いた。
「--そうやな。ほんなら、ちょいとここ頼むわ。ウチは頭にこの事を知らせてくる!」
そう言ってエリネンが走り去った後、残された僕らは魔窟の入り口で警戒を続けた。
土魔法か、単に何かで蓋して入り口を潰してしまいたい所だけど、そうすると魔窟はどこかに新しい入り口を作ってしまうのだ。
加えて、魔窟の強力な土魔法によって潰した方の入り口もすぐ復活してしまう。
そうすると、単に入り口が増えるだけになってしまうので、今はこうしているのが最適解だ。
暫くした頃、夜曲の人達の応援が駆けつけ、見張りを替わるので頭の館に向かってくれと言われた。
それに了解と答えてその場を離れようとした時、やっと魔窟の呼吸が吐き出しから吸い込みに切り替わった。
起動しておいたスマホのタイマーを見ると、直前の切り替わりから2時間以上が経過していた。
急いでお頭さんの屋敷に向かうと、すぐに会議室のような場所に通された。
長机が、扉側が空いたコの字に配置されていて、奥側にお頭さんやエリネン達夜曲の面々が座っている。
向かって左手には鉱精族の人達、向かって右は空席だ。
「来たな。そこの空いてるとこに座ってや」
「はい、失礼します」
眉間に皺を寄せたお頭さんに促された僕らは、右手の長机に全員着席した。シャムは背の高さが足りないので、プルーナさんが抱っこしてくれている。
「さて…… わしはエリネンから話を聞いたが、他の連中は今来たばっかりや。
タツヒト、おまはんが雨水貯留槽で見たもんについて話してくれへんか?」
「わかりました。事の初めは、雨水貯留槽の付近から異音がするとかで--」
お頭さんとエリネンさん、そして僕ら以外の面子は、説明も無く呼び出されたのか最初怪訝な様子で僕の話を聞いていた。
しかし、話が地表性の魔物と遭遇した所に差し掛かった所で表情が硬くなり、話し終える頃にはみんな沈痛な表情になっていた。
特に、鉱精族の人達は額に汗をかいている。
「--以上です。あ、あと、魔窟の呼吸周期は二時間16分ほどでした。
おそらく階層数は200近く、主の位階も紫宝級に達している可能性があります。早急に手を打つべきと考えます」
「そうか…… おおきに。と、いうわけや。おいヨゼフィーネ。おまはんらには随分前から調査を頼んどったが、この状況や。なんか申し開きはあんのか?」
お頭さんに言われ、鉱精族のリーダーらしき人、ヨーゼフさんが口を開きかけた時、お頭さんの隣に座っていた人物が椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。
「そうや! たっかい銭渡しとったのにこのザマや! サボっとったんちゃうか!?」
ドスの効いた声で恫喝するのは、お頭さんと同じ毛並みの兎人族だ。年齢は僕らより少し上くらいで、少し神経質そうな顔つきをしている。
座っている位置からも考えて、あの人がエリネンが言っていたお頭さんの実子。若頭のレジーナさんだろう。
一方、お頭さんから少し離れた位置に座るエリネンは、むっつりと黙り込んでいる。
「い、いや! わしらの身内だって魔物にやられとる! 手を抜くわけが無かろう!
だが…… わしらが原因を特定できなかったのは事実じゃ。 --すまなかった」
「謝って済む問題ちゃうぞコラァ!!」
「地下都市の下に魔窟があるなんて、入り口ができるまで知り様が無い! あんたらだって予想してなかったろう!?」
ヨーゼフさんが深々と頭を下げたのを皮切りに、他の夜曲の幹部の人達とヨーゼフさんの部下達が激しく言い合いを始めた。
どちらの言い分もわかるけど、正直今は言い合いをしている場合じゃ無い。
部外者がしゃしゃり出るのはまずいけど、止めるべきかと迷い始めた頃。
ガァンッ!!
お頭さんが机をぶっ叩き、全員が口をつぐんで彼女に注目した。
「--おぅ、そろそろ黙れ。揉めとる場合や無いやろ」
「へ、へい……!」
「うむ……」
お頭さんは、全員が静かになったのを確認した後、僕らの方に向き直った。
「タツヒト。こんなかで一番魔窟に詳しいのはおまはんらやろ。どうだ? おまはんらだけでここの魔窟はなんとかできそうか?」
「……難しいと思います。以前僕らは、100層を少し超える成熟した魔窟を討伐したことがあります。
でも、僕らだけじゃ無く、他に手練の二つのパーティーが居たから達成できたことです。そして今回の魔窟は、その倍ほどには深いです……」
「入り口付近にすら黄金級の魔物がいる魔窟だ。先ほどタツヒトが言った通り、おそらく魔窟の主の位階も紫宝級に達している。
この中でまともに対抗できるのは、青鏡級である私とタツヒト、それからお頭殿くらいだろう。
せめて紫宝級の手練が一人でもいれば可能性はあるが、地下街の戦力だけでは討伐は困難だ……」
「--そうやろうな。仕方あらへん。意地張ってる場合や無い」
お頭さんは席を立って全員をゆっくりと見回すと、重苦しく言い放った。
「上の連中、冒険者や魔導大学、それから王城の連中にも手伝わせる」
ざわっ……!
その瞬間、僕ら以外の全員がざわつき始めた。エリネンから聞いていたけど、夜曲の人達は自分たちのシマを荒らされることを極度に嫌う。
それが自分達の方から体制側の人間を引き入れようというのだ。それは受け入れ難いだろう。
「頭! 地表の連中なんて信用でけへん! 後から難癖つけられてシノギができんようになったら--」
「黙らんかいボケ!」
真っ先に反論したレジーナさんを、お頭さんは一喝した。
「--わしらは悪事も働くが、それでも夜曲には通すべき筋いうものがあるんや。
つまらん面子やケチなシノギより、ここの連中を守ることを大事にせなあかん。それが筋やろ!
タツヒト。エリネンから訊いたわ。おまはんらなら、王城の連中とも渡りをつけられるんやろ? 一つ、頼まれてくれへんか?」
お頭さんはそう言って、僕らに向かって深々と頭を下げた。
周りがお頭さんの行動にどよめく中、僕は気づくと席を立っていた。
「もちろんです…… お任せください!」
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