第233話 天嶮を覆う天叢雲
久しぶりの19時更新!
キアニィさんが彼女の古巣関連の仕事を終えた翌日、僕らは世話になった人々に別れを告げ、早速王都から南部山脈に向けて出発した。
普通に歩くと2週間ほどかかってしまうくらいの距離だけど、戦士型の人が魔法型の人を背負って走ることで、二日程で南部山脈の山裾に到着した。
今僕らが辺りは曇り空にほんの少し雪が降っているくらいだけど、中腹より上は厚い雲に覆われていて、いかにも吹雪いていそうな雰囲気だ。
「おー…… 王国側から見ると、こんな感じなんでありますね」
興味深そうに山脈を見上げるシャム。彼女にとってここは生まれ故郷のようなものだから、感慨深いのだろう。
一方、ちょっと怖気付いてしまっている二人もいる。種族特性ゆえ寒さに弱い、蛇人族のロスニアさんと蛙人族のキアニィさんだ。
「この山を今から登るんですか…… 冬に雪山に登るなんて、普通は結構な自殺行為ですね……」
「そうですわねぇ…… わたくしも、タツヒト君達を追っていた時は、天気を慎重に見極めてから登りましたわぁ。今のこの天候でしたら、絶対に登りませんけれど--」
そう言って僕の持つ漆黒の短槍、天叢雲槍を見るキアニィさん。
「ええ。あの雲にはちょっとどいてもらいましょう」
僕はそう答えると、天を突くように天叢雲槍を両手で握り、意識を切り替える起句を唱えた。
『--掛まくも畏き蜘蛛の神獣に、恐み恐みも申す』
この長い日本風の起句は、当然戦闘中は唱えない。しかし今回のように時間の余裕がある時には、アラク様への敬意を込めて唱えるようにしているのだ。
さておき、邪神討伐を終え、『白の狩人』のみんなは位階がかなり上昇している。その中でも、とどめを刺した僕の位階の上昇は群を抜いていた。
僕の体は少し緑がかった青い放射光を発し始め、放出された膨大な魔力が槍を通して天に昇っていく。
『……天叢雲!』
捧げ持つ神器と同じ魔法名を発した直後は、特に何も起こらなかった。
しかし暫くすると、曇り空のせいで薄暗かった周囲が、だんだんと明るくなっていく。
そこからは加速度的に雲が動いていき、僕らの上空から南部山脈の山頂にかけて、まるで断ち割ったかのように晴れ間が広がった。
急激に魔力を消費したことで少しふらつきながらも、僕は安堵の息を吐いた。
「ふう…… 成功ですね」
「何度見ても凄まじい。この規模の気象操作は、たとえ紫宝級の風魔法使いであっても独力では行えない。ましてや青鏡級では…… 流石は神器。まさに理外の力だ」
「にゃー…… すげーけどタツヒト。おみゃー、ちょっと人間離れしてきたにゃー」
声に振り返ると、みんな感心しながらも若干引いてしまっている。不本意ながら、その気持ちは良く分かる。
原理は分からないけど、天叢雲槍が僕の魔力を増幅してくれているようなのだ。
でなければ、位階が上がった今の僕でも、こんな規模の魔法を行使することはできない。
例えるなら、全力で押してもびくともしないはずの巨岩が、何かの力によってさほど力を入れずに動かせてしまったような違和感を感じる。
「ゼルさん、これは僕というより槍の…… いえ、何でも無いです。それより登りましょう。この天候を維持するのにも魔力を消費しますし」
「わかったにゃ!」
時折襲いかかってくる魔物を蹴散らしながら登山すること二日ほど。僕らは山頂付近でも比較的標高の低い、谷のようになった場所に辿りついた。
「はぁ、はぁ、はぁ…… あぁ神よ、今お側に……」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ…… やっと、着いたんですね……」
山の斜面で背負うのはちょっと危なかったので、魔法型のロスニアさんとプルーナさんとには普通に登山してもらった。
結果、二人は息も絶え絶えの状態になってしまった。決して運動不足な二人ではないのだけれど、酸素の薄い状態で険しい斜面を登ったので仕方ないだろう。
ちなみに、シャムはだんだん今の体の動かし方に慣れてきたようで、跳ねるように歩くことで普通に僕らの歩幅に着いて来ている。
「ちょっと休憩にしましょうか。ヴァイオレット様、多分この辺りですよね?」
辺りには起伏に富んだ雪面が広がるばかりだけど、この辺のどこかに、山脈の谷底まで続く深いクレバスがあるはずなのだ。
以前、僕とヴァイオレット様は偶然そのクレバスに落下し、シャムの眠っていた古代遺跡に辿り着いた。
「うむ、そのはずだが…… 割れ目はすでに雪で埋まってしまっているようだ。それらしい場所の雪をどかしていく他あるまい。
キアニィ、シャム、ゼル。休憩中にすまないが周囲の警戒を頼む。無論我々も見るが、君達の感覚の方が頼りになる」
「わかっていますわぁ。アレの恐ろしさは、身に沁みておりますの」
「シャムもであります! きっとシャムは、文字通り目の敵にされているであります!」
「あ。もし奴が現れた時なんですけど--」
そんなわけで、クレバスを探す前に小休止を取る事になった。
そして周囲を警戒しながら軽食を取り、魔法型二人の息が整い、じゃあ探すかと全員立ち上がった瞬間、ゼルさんの耳がぴくりと動いた。
「--ん……? にゃー、おみゃーら言ってたのって、もしかしてアレかにゃ?」
「「……!」」
その声に、全員がゼルさんが指差す方向を振り向いた。
目を凝らすと、僕の気象制御の外側、分厚い雲の中から飛び出してくるものがあった。
豆粒ほどに見える翼影は鳥のようだけど、銀色に煌めきながら異様な速度で近づいてくる。そして--
「--ギシャァァァッ!!」
遠くからもよく聞こえる金属質の咆哮。間違いない。あの時の風竜だ……!
以前僕らが襲われた時は、隙をついて痛撃を与え、奴が悶えている間に南部山脈を降ったのだ。
そのせいか、聞こえてくる咆哮にも憎悪の色が乗っているように感じられる。
「現れたか……!」
ヴァイオレット様が臨戦体制に入り、他のみんなも戦いの予感に身構える。
当然だ。位階が上がってこちらには青鏡級が二人いて、向こうはおそらく青鏡級のまま。数の上では勝っているけど、竜種相手にそんな油断は決してできない。
しかし、今の僕、そしてこの環境においては、違うかも知れない。
「みんな、じゃあ手筈通りに!」
「「応!」」
僕が声をかけて前に出ると、みんなはその場で待機の姿勢に入った。
もし風竜が現れたら、初撃は任せて欲しいとお願いしていたのだ。
僕は、山裾でそうしたように天叢雲槍を捧げ持つと、意識を集中させ始めた。
避けていた分厚い雲を、綿菓子をつくかのように頭上に引き寄せてだんだんを大きくさせていく。
さらにその雲を上下に引き伸ばし、高速で循環させていくと、数十秒程で巨大な積乱雲が形成された。
さっきまで快晴だったのが嘘のように日が翳り、ゴロゴロと巨獣の唸り声のような音が辺りに響く。
「タツヒト! おそらくあと数秒で接敵するであります!」
シャムの焦った声に視線を移すと、いつの間にか風竜は1kmほどの距離まで迫っていた。
強化された視覚が、奴の潰れた右目と、憎悪に燃えた左目を捉えた。
予想以上に早い。しかし、こちらの準備ももう完了した……!
僕は指揮棒のように槍を風竜に向けた後、上空に溜まった全ての電荷を叩き落とすように槍を振り下ろした。
『天雷!』
瞬間。積乱雲から迸った極太の雷光が、銀翼を貫いて山脈に突き刺さった。
……ピシャアァァンッ!
数秒遅れて聞こえた空を裂く音と共に、風竜は糸が切れたように失速、落下を始めた。
よし! でもあれ、この進路だと…… こっちに突っ込んでくる!?
「み、みんな避けて!」
全員で慌てて退避した数秒後。
--ヒュゥゥゥ…… ドバァァンッ!!
ちょうど僕らがいた辺り。そこに雪を撒き散らし轟音をあげ、風竜が墜落した。
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