第213話 蜘蛛人族の国(3)
また大遅刻…… ごめんなさいm(_ _)m
ちょっと長めです。
「お…… おいしいですわね! これ!」
屋台で購入したサンドイッチ、鱒っぽい魚のバターソテーとピクルスを挟んだものを口いっぱいに頬張り、キアニィさんが感嘆の声を上げた。
確かにめちゃくちゃうまい。ソテーには香り豊かな香草も使ってあって、バターたっぷりの鱒の旨みを最高の形で引き出し、シャキシャキとした根菜のピクルスが良いアクセントになっている。
屋台飯なのに、下手なレストランよりもはるかに美味しいぞ。
「よかった。僕のおすすめなんですよ、ここの料理。 ……うん、いつも通り美味しい」
バグバク食べているキアニィさんとは対照的に、プルーナさんは小さいお口で味わうように食べている。寡黙な屋台の店主さんがそんな僕らの様子に僅かに頬を歪めた。
「うむ、確かに美味だ。地表から数十メティモル離れているというのに、牛酪や川魚の料理が食べられるとはな」
「言われてみれば不思議ですね。プルーナさん、この里では乳牛や川魚まで養殖しているんですか? そんなに広い場所を確保できるようには思えないですけど……」
「ふふん、そのあたりは結構工夫しているんですよ」
ロスニアさんの疑問に、プルーナさんがまた得意げに答え始めた。
乳牛に関しては、地表部分に放牧しているとあっという間に魔物に食べられてしまうので、里の中で飼育しているそうだ。
ただ、普段は最低限のスペースに区切った厩舎に入れていて、運動させるときだけ里の広場を歩かせるらしい。
今僕らが食べた料理は屋台のものにしては高かったけど、避難時に連れてこられた乳牛の頭数が少なかったせいで、価格が高騰しているそうだ。
川魚は池で養殖しているそうだけど、こっちはちょっと面白い。池は里の下の地表にあって、もちろん直接地表に獲りに行く場合もあるけど、なんと里の上から釣ることもできるのだ。
里の外周に目を向けると、長い釣竿、ものすごく長い釣り糸、それから長い糸を巻き取るためのばかでかい滑車が備え付けてあった。
お金を払えば誰でも使えるらしく、朝から釣りに興じている蜘蛛人族の人達が何人も並んでいる。
糸が風で流されないようにでかい重りをつけるので、魚がかかっても竿のしなりからは分からず、僅かな振動を察知して糸を巻き上げる必要があるらしい。糸の扱いに慣れた蜘蛛人族ならではだ。
地上数十mの高さにある蜘蛛人族の里では、利用可能な土地の面積が限られる。なので里の人達の住居も、公共施設や裕福な人の家を除き、大半は縦に伸びた集合住宅的なものだ。
下の川から引いた水も、飲用のものは蜘蛛糸で編んだ布で濾過する設備があるというし、狭い環境での疫病の等の発生を危惧してか、里の中はどこも清潔だ。
彼女達蜘蛛人族は、狭い土地を有効活用して生活環境を整えるのに多大な労力を注いでいるように見えた。
「--この里、外見はすごく異世界っぽいけど、中身は日本みたいだなぁ」
「え…… ニホンで、もしかしてタツヒトさんの故郷ですか?」
僕の呟きを聞いたプルーナさんが、少し驚いた様子でこちらを見た。
パーティーに加入してもらった時点で、彼女には僕がどうやら異世界転移した人間らしいことも話してあるけど、具体的にどういう所から来たのかまでは教えていなかった。
「あ、うん。限られた土地をうまく活用して沢山の人が一箇所に住んでたり、水や街を綺麗に保つことに真剣だったりするところがよく似てるんだよね。ちょっと親近感が湧くよ」
「そうなんですか…… ふふっ、気に入ってもらってよかったです。 --あ、あっちの屋台もおすすめですよ!」
プルーナさんおすすめの屋台を梯子した後、僕らは飲用水用の濾過施設や厩舎なども見学させてもらった。
各施設は、魔法や蜘蛛人族の種族特性を活用し結構高度な仕組みで運用されていて、なかなかに見応えがあった。
午前中をそんなふうに過ごした後は、これまた美味しいチーズを出すお店でお昼を食べた。ここもプルーナさんのおすすめだけど、どこも穴場的雰囲気でとても美味しいところばかりだ。さすが地元民。
みんな満足そうに椅子を体を預け、まったりと食後の香草茶を楽しんでいる。
「ふぅ、美味しかったぁ…… でも待ち時間とは言え、戦時中に思いっきり観光してますね、僕ら」
「いいにゃいいにゃ。休める時に休むのも戦う奴らの仕事だにゃ」
「ゼル、たまにはいい事言うであります!」
「にゃはははは! もっと褒めるにゃ!」
「それ、褒めてるのかしらぁ……?」
「うふふ、シャムちゃん一言余計だよ。 --みなさん、午後はどうします? どこか行ってみたいところとかありますか?」
ニコニコと話すプルーナさんに、ロスニアさんが手を上げた。
「あの、私ここの教会にご挨拶したいです。孤児院の子供達にも会ってみたいですし」
「え…… きょ、教会ですか……」
「あれ、何か-- あっ」
途端に表情を曇らせたプルーナさんに、ロスニアさんも気づいたようだった。
プルーナさんは、聖職者になろうとして失敗したので教会には顔を出しづらいと、以前言っていたのだ。
「ご、ごめんなさい。以前話してくれたことを思い出しました。ちょっと教会は気まずいですよね……」
「……いえ、僕も久しぶりに司祭様にお会いしたくなりました。今までのことと、これからのこと。話したいことが沢山あるんです」
ここヴィンケルは蜘蛛人族の里の中でもかなり人口が多い方で、六千人ほどが暮らしている。そうなると教会も一つでは足りず、複数存在する。
僕らが向かったのはそのうちの一つで、大通りから外れた所にある静かな雰囲気の小さな教会だった。
併設された孤児院からだろうか、裏手から元気の良い声が漏れ聞こえてくる。
「あの、プルーナちゃん。大丈夫ですか……? 私たちだけで行くというのも--」
教会の前で立ち止まってしまったプルーナさんに、ロスニアさんがおずおずと声をかける。
「だ、大丈夫ですロスニアさん。ただ、数年ぶりなので、ちょっと緊張しますね、えへへへへ…… --よし、行きます」
覚悟を決めたプルーナさんが歩を進め、教会の扉をゆっくりと押し開けた。
扉の向こうは簡素な作りながら温かみのある礼拝堂で、奥の壁には合わせ楔、聖教のシンボルが掲げられている。
そして、それに向かって跪き、祈りを捧げている馬人族の人がいた。
「あの…… グレース司祭様……?」
プルーナさんが恐る恐るといった感じで声をかけると、その人物ははっとこちらを振り返った。
黒いキャソックに身を包んだ、上品なご老人といった印象だ。
「はい? --まぁ、プルーナさん……!」
彼女は驚いた表情で立ち上がり、お年を感じさせない動きで走り寄ってプルーナさんの手を取った。
「本当に、お久しぶりね…… 元気そうでよかった」
優しげに微笑むグレース司祭に、プルーナさんは目に涙を溜めて答えた。
「はい…… あの、すみませんでした。突然、ここでの何もかもを投げ出して、逃げてしまって……」
「良いのです。私には想像するしかありませんが、神に拒絶されたと感じたあなたの苦しみは、とても辛いものだったのでしょう。
それに、あなたはまたここに戻って来てくれました。とても勇気が必要な行動です。
さぁ、奥で少しあなたのこれまでのことを聞かせて下さい。もちろん、お友達の方々も一緒に」
「お、お友達……」
プルーナさんが不安そうにこちらを振り返るので、僕はすかさず答えた。
「ええ、是非!」
場所を教会の裏庭に併設されたテラスに移し、一通り挨拶を終えた後、プルーナさんはグレース司祭にゆっくり話し始めた。教会を出てからあった出来事、そして、これから行う邪神討伐に関することだ。
話の途中で、裏庭で遊んでいた孤児院の子供達が、興味津々という感じで寄ってきてくれた。
反射的にいつも懐に忍ばせている堅果焼きを献上したところ、みんなとても喜んでくれた。
あと、シャムとゼルさんがそのまま子供達と一緒に鬼ごっこを始めてしまった。まぁ、子供達が楽しそうだったからいいけど。
そうしてプルーナさんが一通り話し終えると、グレース司祭は噛み締めるように何度も頷いた。
「そんなことが…… とても辛い事があったんですね。でも、それ以上に良い出会いに恵まれましたね」
「はい。本当に、タツヒトさん達と出会いには感謝しかありません。人と心を通わすとはどういうことなのか……
以前グレース司祭に教えて頂いたことを、皆さんと過ごすことで思い出す事ができました」
グレース司祭とプルーナさんからの視線に、何か面映ゆい心持ちになってしまった。
そこに、子供達の歓声が響く。声の方に視線を向けると、ゼルさんが子供達を五人くらいまとめて抱っこしてくるく回っていた。何あれ、楽しそう。
「ふふっ。グレース司祭様、子供達は元気いっぱいで血色もいいみたいですね。連邦は食糧に困窮しているというお話だったので、少し安心しました」
笑顔でそう言うロスニアさんに、グレース司祭の表情が強張った。
「--いえ、御子様。今の状況は、この里が今の連邦の中枢であることと、王国から略奪した食糧による一時的なものです」
「え……」
「今は生活基盤が整っているように見えますが、ほんの少し前まではとても厳しい状況だったのです。
そして子供達が痩せ細る中、急に多くの食糧が配給されるようになりました。私は、それが王国から略奪されたものだと知りながら、これで子供達が飢えずに済むと安堵してしまったのです……
私は自分を恥じました。でも、どうしようもありませんでした……
そして今度は、あなた方のような若い方が命を投げ打って邪神に挑もうとしている。本当に、自分の無力を歯痒く感じます……」
グレース司祭は、そう言って懺悔するように項垂れた。長い苦境に、彼女の心は酷く疲弊してしまっているように見えた。
「--司祭様。僕らは命を捨てに来たわけではありません。その先の、平和な生活を勝ち取るために来たんです」
「安心して下さい。王国、連邦、聖国の三国が力を合わせれば、どんな脅威にも打ち勝てるはずです」
「グレース司祭、任せて下さい……! 僕が…… 僕らが必ず邪神を討伐します!」
思わず声を上げた僕に、ロスニアさんとプルーナさんも続いた。
「プルーナさん、皆さん…… その勇気、労りに心からの敬意と感謝を。真なる愛を」
そう言って僕らに祈ってくれた司祭の表情は、元の穏やかな笑みに戻っていた。
お読み頂きありがとうございます。
よければブックマークや評価、いいねなどを頂けますと励みになります。
また、誤字報告も大変助かります。
【月〜土曜日の19時以降に投稿予定】
※ちょっと下に作者Xアカウントへのリンクがあります。




