第211話 蜘蛛人族の国(1)
すみません、遅くなりましたm(_ _)m
邪神の眷属から襲撃を受けた日の翌日。空白地帯を脱したのか、遠征部隊は普通に魔物の襲撃を受けるようになった。変な話だけど、魔物の領域で襲撃が無い方が不気味なので少しホッとしてしまった。
この大人数に喧嘩を売る奴らなので、襲ってきたのは結構強めの連中だった。でも、こちとらは戦闘員が黄金級以上の異常な集団だ。騎士団に少々怪我人を出しつつも、問題なく襲撃を跳ね除けている。
あと、やっぱり聖堂騎士団の継戦能力と対応力の高さが凄すぎる。彼女達の全員が、近接戦闘、魔法戦闘、そして回復までできるので、一人一人がまるでバランスの良い冒険者パーティーのように振る舞うのだ。世界最強の騎士団と言われるのも頷ける。
そんな感じで襲撃を受けつつも順調に行軍を進めていると、メームさんの馬車の御者台でキョロキョロと辺りを見回していたプルーナさんが、右手の木の上を見ながら声を上げた。
「……! あ、あの、止まって下さい!」
「む? わかった。どう! どう!」
メームさんが馬車を制動させるのと同時に、馬車に随行していたヴァイオレット様が騎士団の隊列の方を振り返った。
「アルフレーダ騎士団長、停止願います!」
「了解した。全隊停止! 全体停止だ!」
徐々に全隊が減速して完全に停止すると、プルーナさんは馬車の御者台から飛び降りた。
そしてそのまま街道右脇に生えた木の根本まで進むと、ぴょんと木の幹に飛びつき、八本の蜘蛛脚を使って地面と垂直に登り始めた。
蜘蛛人族のこの能力は何度も見たけど、いまだに少し目を疑ってしまう。おっと。
「キアニィさん」
「了解ですわぁ」
こちらの意図を悟ってくれた彼女は、蛙人族の特性を利用してするすると木に登り、プルーナさんの側について周囲の警戒を始めてくれた。魔法型のプルーナさんは魔物の奇襲に反応できない可能性が高いのだ。
「ありました! 今の連邦の位置を示す標識です! 案内するので、僕について来てください!」
地上から十数mの高さ。間近で木の幹を観察していたプルーナさんが、地上の僕らに向かってそう叫んだ。
目を凝らしてみると、彼女の居るあたりにうっすらと蜘蛛の糸が巻き付いているように見える。これ、知らないと絶対に気づけないな…… 今は戦時中なのであんなふうにしているんだろうな。
「了解した! 全隊、これより森に分け入る。第二、第三小隊は散解して周囲の警戒! 地表だけでなく樹上にも注意せよ! 残りは馬車の警護と進路の確保に当たれ!」
「「は!」」
アルフレーダ様の指示に騎士団の人達が迅速に動き、僕らは街道から逸れて大森林の中に分け入った。
森に入ってすぐの所では、本当にこっちなのかと疑いたい程藪や木の根が行手を阻んだけど、それは偽装だったようで、少し進むと馬車がギリギリ通れるくらいの道が現れた。
さらに、時折遠目に、森に張り巡らされた糸のようなものも見えた。話に聞く魔物除けだろうか。
そして、樹上を移動するプルーナさんとキアニィさんに先導され、時折分岐するその道を進むこと半日程。
そろそろ日が暮れるというタイミングで、僕らは連邦にたどり着くことが出来た。
連邦は、大森林に散った12の州から構成される国家で、州はさらに数十〜百数十個の里で構成されるそうだ。
僕らがたどり着いたのはその一つで、今の連邦の中核になっている大里、ヴィンケルだ。
邪神に襲撃されて放棄した旧ヴィンケルの里があるらしいのだけれど、正確には新ヴィンケルの里と言うらしい。
里の見た目は、一言で言うと巨大な蜘蛛の巣だ。地面から数十mの高さ、何十本もの巨木の間に水平に張られていて、その直径は500mほどはありそうだ。
地表からは里の裏側しか見えず、目を凝らすと、布を織り込むような緻密さで糸が編まれている。
その布状の里の底は中心に向かって緩やかに膨らんでいてるので、おそらく石やら土やらを入れて水平にして、その上に建物や畑なんかを作っているんだろう。
里の下にはどこからか引いてきたのだろう、ちょっとした川が流れていて、その上流には大規模な揚水設備があった。
里の端から大きな滑車が覗いていて、そこに通されたバケツがいくつもついたロープが回転し続けており、今も次々と川から水を汲み上げている。動力は川の流れを受けて回転する水車らしい。
里の反対側の端から川の下流に伸びている管も見えるので、あの高さにある里にも上下水道が完備されているみたいだ。
こっちの世界に来て色々なものを見聞きしてきたけど、この里ほど異世界らしい建造物は初めて見たと思う。正直圧倒されてしまう。
「--すごいですね、ヴァイオレット様。話には聞いていましたけど、現実離れした光景です」
「あぁ、私も目にするのは初めてだ。 ……私は、隣国である連邦のことを何も知らなかったらしい」
僕らが呆然と里を見上げている間にも、プルーナさんとキアニィさんは樹上を先行してくれている。
そして、同じく樹上にいた里の警備兵らしき一団に接触した。彼女達は僕らを発見してから剣呑な雰囲気を発していたけど、プルーナさんが何事かを話したらほっと表情を和らげた。
「皆さん、大丈夫です! このまま僕についてきてください!」
先導する警備兵の一人と一緒に樹上を進むプルーナさんとキアニィさん。そのまま二人についていき、僕らは里のすぐ下まで来た。
近くで見上げてもやはり大きい。しかし、ここからどうやって上に上がるんだろう。
頑張れば木を伝って登っていけそうだけど、馬車なんかはそう言うわけにも行かないし……
そう思っていると、上から大きなゴンドラのような物がゆっくりと降下してきた。同時に、樹上に居た二人も木を伝って降りてきた。
「ふふ、驚きましたか? 僕らは木を登れますけど、他種族の方を迎える時や大荷物を運ぶときは、結局こういう仕掛けが必要になるんです」
「大した物ですわぁ。大森林に住むにはこのくらいの工夫が必要なんですわねぇ……」
プルーナさんはちょっと得意げで、キアニィさん感心したように里を見上げている。
「うん、驚いたよ。すごく良くできた仕組みだよね。この籠に乗り込めばいいの?」
「はい。そうですね…… メームさんの馬車と、皆さんくらいだったら一気に揚げられると思います」
「そ、そうか。では乗り込むとしよう」
流石にちょっとビビりながら籠に乗り込むメームさんに続き、僕ら『白の狩人』も籠に乗り込んだ。
そしてプルーナさんが上に向かって合図すると、おそらく1t以上の重量を搭載した籠がゆっくりと引き上げられ始めた。
はしゃぐシャムを宥めながら籠の外に目をやると、沈みかけた夕日が差し込む大森林が一望できた。
ゴンドラは景色に見惚れている間に里に到着していて、後が使えているので僕らは慌ててそこから降りた。
ゴンドラの動力が気になってあたりを見回すと、額に汗しながら、取手付きの滑車を手廻ししているガタイの良い蜘蛛人族の人が居た。
いや、そこは人力なんかい。 ……まぁ、人類が位階の上昇によって重機よりもパワフルになれる世界だ。この方がむしろ安上がりなのかもしれない。
里の方を振り返ってみてみると、蜘蛛人族の人達が集まって僕らを遠巻きに観察していた。
雰囲気としては期待半分、恐れ半分という感じだ。人垣のせいで里の中は見えにくいけど、木造建築が建ち並ぶ様子は意外と普通に思えた。
いや、大森林の中でその普通の環境を作ってしまうのが異常なんだけど。メームさんや『白の狩人』のみんなも、物珍しげにあたりを見回している。
そのまま一時間ほどかけて遠征部隊の全員が里の上がったところで、完全に日が落ち、篝火が焚かれ始めた。
アルフレーダ騎士団長が点呼を取ると、ここまで部隊に欠員は無いようだった。
「よし、問題ないな。プルーナ殿。こちらの代表の方に挨拶申し上げたいのだが……」
「はい閣下。すでに兵士の方が呼びに向かったそうなので、もうすぐ-- あ、いらしたようです」
プルーナさんが指す方向を全員が振り返ると、見物人の人垣を割ってこちらに近づく人影があった。
その人は耳に古代遺跡産の翻訳装具をつけていて、お前らも着けろと言うようにそれをコンコンと指で突いた。
ちょっと釈然としないものを感じつつ素直に装具を装着すると、すぐに声が聞こえてきた。
『ふむ…… 久しいなタツヒトよ。無事聖国からの支援を取り付けたようだな。褒めて遣わす』
プルーナさんの元上司、そしてこの里の姫であるオルテンシア氏が、相変わらずの尊大な笑みで僕らを出迎えた。
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