第100話 アタイの名はタチアナ!
地方都市レーリダの城門前、僕らは街に入るための行列に並んでいた。
チラリと列の先を覗くと、列を捌いている番兵の人の傍には、机で書き物をしている記録係っぽい人がいた。
列はするすると進み、僕らの目の前に並んでいた人がチェックをパスして街の中に入って行った。
押し出されるようにして僕らが前に進むと、なんだろう、長毛種の犬人族の人かな? その番兵の人が僕らをジロリと睨んだ。
「***、***、***」
帝国語らしき言葉で話す番兵の人に、僕らの先頭に居たヴァイオレット様が答えた。
「すまない、王国語でも良いだろうか?」
「--いいぞ。名前、種族。通行証、なければ20ディナ」
よかった。ちょっと片言だけど、王国語が通じる人だったみたいだ。
「ヴィー、馬人族。これを。後ろの二人の分もある。二人にも王国語でお願いしたい」
ヴァイオレット様は事前に決めていた偽名と種族を名乗ると、僕らに目線を送りながら貨幣を渡した。
昨日の開拓村でもらったお金の一部だ。あ、ちょっと多めに渡した気がする。
番兵さんは金額を確認してニヤリと笑うと、記録係の人に帝国語で話しながらお金を渡した。
「--いいぞ。次だ」
「シャム、只人の女、であります!」
促されて、僕の前に並んでいたシャムが元気よく名乗る。
「うむ。次」
よし、次は僕だ。事前に決めた偽名を、間違えないように言わないと。
「アタイはタチアナ! 只人の女だよ!」
「うむ…… ん、女? --まぁいい。次」
--なにさ! 前の二人よりブスだからって、疑うことないじゃ無いのさ!
などとは決して言葉に出さず、僕は黙って門を潜った。
すると、先に入った二人が門の近くで僕を待っていてくれた。
「うむ。無事に入れたようだな、タチアナ?」
「大成功であります!」
「大成功じゃ無いわよ…… 門番のやつ、アタイが女だって言ったらちょっと疑ってたわ。失礼しちゃうわね、全く!」
「何、そんなバカな…… こんなに可憐だというのに」
「あの門番は、眼球か視覚野に異常があるのであります!」
「--いや、あの、ごめんなさい。多分門番の人の方が正常です…… やっぱり無理がありますよ、これ……」
僕の今の格好は、体型や格好が隠れるようにローブを着込み、顔には薄く化粧を施し、髪を整え、なんとなく女っぽい感じに仕上げてもらっている。
そう。ヴァイオレット様の妙案とは、僕に女装させて都市に入るというものだった。
確かに覚悟がいるよこれ…… タチアナという別人格を演じていないと、なんというか心が削れていく気がする。
でも実際、効果的だと思う。
王国からの追手は、馬人族のヴァイオレットと只人の男のタツヒト、この二人組を探しているはずだ。
しかしさっきの門番の人には、王国出身ということはわかったと思うけど、僕らは馬人族と只人の女の三人組に映ったと思う。
探している二人組からまぁまぁ離れた組み合わせなので、さっきの通行記録なんかから僕らを辿るのは難しくなるだろう。
ちなみにメイクはヴァイオレット様によるものだ。
今のような関係になるまで知らなかったのだけれど、彼女は貴族の嗜みとして薄くお化粧している。
素材が美人すぎるのとナチュラルメイクだったので、全く気づかなかった……
こっちの世界の女性は大体男性より強いけど、やはり美に対する関心は高く、化粧をする人も多い。
特に、地球世界基準で言うところの大和撫子的な女性はその傾向が強く、そういう人は戦いに身を置いていなかったり、魔法型の人に多い。
僕もこの大和撫子的な女性を演じるべきなんだろうけど、どうしても無理で、今のような人格に落ち着いた。
なんだい、アタイに文句でもあるのかい!?
門を潜り抜けた後、僕らは冒険者組合へ向かった。雪山やら森やらで絡んできた魔物の魔核を売るためだ。
冒険者組合の建物は、この都市の規模からするとかなり立派な作りだった。
全員で建物に入ろうとしたところ、ヴァイオレット様から止められ、僕とシャムは建物の側で留守番することになった。何か考えがあるらしい。
しばらくすると、ヴァイオレット様が建物から出てきた。表情を見るに、結構いい金額で売れたみたいだ。
「ヴィー、お帰りなさいであります!」
「良い値で売れたのかい?」
「ただいま。ああ、しばらくは宿代や食事代などには困らないだろう。どころか、他のものに回す余裕も十分ある。
そこでだ、まずはタチアナ、君の装備強化にこの資金を使いたい」
「へ、アタイかい? それより、シャムの弓やらヴィーの槍を優先したほうがいいんじゃ無いかい?」
僕は今の武装で十分だけど、二人の武器はその実力に対して少し役不足な感じがある。
「いや、これは最優先だ。ついてきてくれ、店の場所はすでに聞いてある」
そう言ってずんずん歩いていくヴァイオレット様についていくことしばし、ついたのは服屋だったのだが……
「あの、ヴィー。アタイには、ここは女物の服屋に見えるけど……」
「何を言うんだ。言っただろう、君の装備強化をすると。
先ほどは門番に少し怪しまれてしまったようだからな。もっと完璧に君を可愛くしなければ」
「ヴィー、シャムはその意見に大賛成であります!」
「うむ、ではいくぞ!」
やる気に満ち溢れた二人に引きずられて店に入ると、店員さんらしき只人のお姉さんがすぐにやってきた。
「***、****?」
恐らく帝国後でいらっしゃいませと僕らに声をかけてくれたお姉さんに、ヴァイオレット様も帝国語で返す。
二人はしばらく話していたけど、お姉さんの表情が気になる。
営業スマイルから、驚愕の表情に代わり、さらに訝しげな表情から、営業用とは思えないとても良い笑顔に変化していった。
彼女はやる気に満ちた動きで店の奥に走っていった。
「ヴィー、あのお姉さん、何て?」
「あー、うむ。タチアナに冒険者向けの服と、普通の服をと頼んだのだが、一発でその、君の性別がバレてしまってな」
「え、さすが服屋さん。って、まずいじゃないですか」
「いや、恐らく大丈夫だろう。性別のことを指摘されて、それでも女性物を着せたいというと、何やらとても喜び始めてな……
秘密にしてくれとお願いしたら、お客様のような高尚なご趣味をお持ちの方の秘密は絶対に守りますと、何か決意に満ちた表情で約束してくれた」
ヴァイオレット様がちょっと微妙な表情で説明してくれた。
おぅ…… そうか、そう言うふうに理解されてしまったのか…… それならばヴァイオレット様の表情にも納得だ。
ちなみに、シャムの服は古代遺跡からいくつかもらってきているので、しばらくは大丈夫そうだ。
それにサイズがぴったりだし仕立てもいいから、これ以上のものを買おうとするとかなり高くつきそうなんだよね。
「タチアナ。想定する性別とは異なる衣服を着用することは、高尚な趣味なのですか?」
シャムの純真な瞳に見つめられ、僕は答えに窮してしまった。
「あーっと、まぁ、そう言う考えもあるさね……」
「ふーん。勉強になるであります!」
「……そんな下らない知識、さっさと忘れちまいなさいな」
教育に悪いよ、ほんと。
その後、店員さんと仲間二人に着せ替え人形にされた僕は、異様な疲労感と共に新しい衣服を手に入れた。
後に着た普通の服は、フェミニンなシャツに、なんとスカートだった。
しかも、試着の後で元の服に着替えようとしたら強く止められてしまったので、スカートのまま店を出ることになってしまった……
「なんだか、どっと疲れました……」
「ふふっ、すまない。少しはしゃいでしまったな」
全然すまなそうな笑顔で、ヴァイオレット様が笑っている。
服屋を出たら陽が傾いていたので、今日はもう宿で休もうということになった。
服屋の店員さんお薦めの宿に入って食事を取り、今はあてがわれた部屋に引っ込んでいる。
シャムはというと、体を拭いてやったら疲れていたのかすぐに寝てしまった。
初めての都市に結構はしゃいでたからなぁ。
僕も体を拭こうと思って服に手をかけると、いつの間にか背後に回り込んだヴァイオレット様に拘束されてしまった。
両腕ごと後ろから抱きしめられ、全く身動きができない。
僕の首筋に顔を埋めながら、ヴァイオレット様が囁くように言う。
「タツヒト、子供も寝たことだし、私達の時間を楽しまないか?」
耳元で囁かれ、ぞくりとした感覚が体に走る。
「は、はい。でも、先にこの服を脱がせてください。体も拭かないとちょっと汗っぽいです」
「いや。是非…… 是非その姿でお願いしたい。体を拭くのも不要だ。と言うより、今すぐ君が欲しい」
熱に浮かされたような声色で、ヴァイオレット様が僕の体を撫でる。
……そういえば、古代遺跡を出てから数日間、その、していない。
僕もだけど、ヴァイオレット様もかなり欲求が高まってきているみたいだ。
「えぇ、それはちょっと…… 高尚なご趣味ですね?」
「ふふっ、それは否定できないな」
僕らは二人して笑い合うと、シャムが起きないよう静かに体を重ねた。
100話です。読者の皆様のおかげでここまで来ることが出来ました。
いつもお読みいただき、本当にありがとうございますm(_ _)m
本話は、節目となる100話にふさわしい話だったと思います。
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【日月火木金の19時以降に投稿予定】
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