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2-7

 夕日が沈む前にハロルドとジェイラスが帰ってきた。

 一同は迎賓館のサロンに集まり、今後について相談する。


「ロードリック殿がこちらに乗り込んできた?」


 ジェイラスが目を丸くして、ハロルドと顔を見合わせた。


「そうなんだ。それで、ロードリック殿は私がエディだとは気づかずに、妹だと勘違いしているらしい。……私は五年前からそんなに変わっていない気がするが、どうしてわからないのか謎だな」


 エディよりも、ロードリックのほうが成長著しく別人のような印象だった。それに、エディは異母妹とあまりにていない。ジェイラスを含め、髪の色と目の色は父親から、おそらく容姿はそれぞれの母親から特徴を受け継いでいる。


「謎ではありませんわ。お馬鹿さんなのでしょう。ついでに目もお悪いようで……まったく!」


 ヴィヴィアンは当事者のエディよりも憤っていた。


「ヴィヴィアン。いくら事実であっても(・・・・・・・・・・)隣国の王族を貶める発言は慎みなさい」


 浅はかな妹をたしなめるように見せかけて、ハロルドはロードリックへの評価の部分は否定せず、むしろ積極的に認定している。

 この二人は普段それぞれ好きに過ごし、最低限の関わりしか持たない兄妹だが、時々息がぴったりになる。


「あちらがはじめに、王女殿下を貶めたのです!」


「ヴィヴィアン殿。私のために怒ってくれるんだな……」


「だって。あの王子、がさつだなどと言って王女殿下のことを馬鹿にしていたのに、今の殿下に鼻の下をだらしなく伸ばして……! なにもわかっていないのですわ……」


「鼻の下……? どういうことだ、ヴィヴィアン」


 妹の言葉に、ハロルドが眉をひそめる。


「そのままの意味ですわ。ロードリック殿下は……今の王女殿下が大変気になっているご様子でしたわよ」


 ヴィヴィアンが肩をすくめる。

 おおまかな意味はさすがにわかるエディだが、エディを別人と認識しているのなら、彼にとってエディは、今日はじめてまともな会話をした相手だ。

 たった一言、二言で特別な好意を抱くはずもない。


「姉上……。またなぜ私たちがほんの少し不在にしただけで、そんな事態になるのですか? 話をややこしくしないでください」


 ジェイラスはジロリと非難の意味を込めてにらんでくる。

 すぐに事件を巻き起こす元凶のように扱われても、事実に反するのでエディとしては不本意だった。


「私のせいではない! たしかにロードリック殿は、今の私には好意的だったが。……だが、鼻の下を伸ばしてはないだろう。なんだか、……爽やかな感じだったと思う」


「爽やか……ですか。なるほど、さすがはエディ様です」


「どういう意味だ」


 今回の件、彼女はただの被害者だ。けれどハロルドまでエディを咎めるような態度になってしまう。


「……まぁ、いいでしょう。ロードリック殿下には、妙なタイミングでエディ様の正体を知られないように。ティリーン王国の随行者には徹底してエディ様の名を隠せと申し伝えます」


 公にはメイスフィールド侯爵夫人という名がふさわしいのだが、今でもヴィヴィアンを筆頭に何人かはエディを「王女殿下」と呼んでいる。

 その呼び名で徹底すれば、簡単には正体が露見することはないだろう。


「だが、侯爵。いつまでも黙ってはいられないだろう? ロードリック殿は、姉上と闘いたがっているのだから」


 これから公式行事で顔を合わせる。あちらはエディを探しているだろうから逃げ続けるのは不可能だ。


「私が一緒のときにきちんとご説明いたします。……それでもエディ様と剣を交えたいなどとおっしゃるようでしたら、代わりに私がお相手をいたしましょう」


「いや、剣の勝負くらいなら私が応じてもいいんだ……。ただ、それをマーティナ王太后がどう思うかが心配なだけで」


「王太后が許しても、私が許しませんよ。……相手が手加減をしてくれるとは限らないのですから。中途半端な実力の者ほど危険です」


 彼はロードリックの剣の腕前を噂程度しか知らないはずだ。それなのに、中途半端などと決めつけてめずらしく好戦的――そんな感想を抱いて、エディはすぐにそうではないと思い直す。

 ハロルドは自分や身内に向けられた敵意に対して容赦がない過激な一面もある。


(本当に、番犬みたい……)


 守るべき対象に牙をむくことはないが、守護すべき者のかすり傷すら絶対に許さない。

 穏やかな性格の中に、激しさを持ち合わせているのがハロルドという人だ。


「残念ながら、滞在中、私とエディ様は別行動になる日が多いでしょう。私やジェイラス殿下が一緒にいられないときは、できる限りロードリック殿下を避け、そして万が一会ってしまっても、誤解させたままでいてください」


 避けるべきは、その場で決闘を申し込まれる事態だ。

 それはエディも同意見のため、頷いた。


「ヴィヴィアンも、頼んだぞ」


「お兄様に言われるまでもありません。わたくし、あのような方は、王子様として認めませんわ!」


 兄と妹が今までになく連携している。

 頼もしいような、恐ろしいような協力体制にエディは困惑した。


「姉上、まずは明日です。アーガラム国王夫妻、マーティナ王太后との謁見……一つ一つ、乗り越えましょう」


 最近、世継ぎの王子としての自覚が芽生えたジェイラスがまとめ、話し合いは終わった。

 エディは夕食までの残り時間をヴィヴィアンと淑女レッスンの再確認をして過ごした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何か面倒くさい感じになってきましたね(笑)
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