3-26 新たな旅と宿敵と
シンジュの孫衛星の軌道に乗っている間にはその後も色々な騒動があった。
デッドマンたちの頭髪騒動。金剛内での通貨問題。レパスでトラブル、など。
しかしそれらは本編とは別の物語、別の所で語るとしよう。たぶん、閑話あたりで。
本編として語る価値があるのはその後のリョウハとヒサメぐらいだろうか?
リョウハはほんの僅かに物思いにふける部分が出た。そして苛立った。
自分は軍人として正しい行動をしただけなのに何故割り切れないのか? 何故『割り切る』必要があるような想いを抱え込んでいるのか? テヅカにトドメを刺した事に対する感情が自分で理解できていなかった。
ヒサメの行動も少しは変化した。
これまでは彼女はリョウハとの接触はネットを介したもので充分としていた。それがテヅカという圧倒的な暴力と遭遇したことで、可能な限り肉体的にもリョウハに近づくようになった。
銀髪の少女が鬼の巨体にまとわりつく。
リョウハとしては不意の戦闘に備えてヒサメを引き剥がしたい。しかし、少女を邪険に扱うことも出来ない。困りきった様子が周囲の生温かい視線と笑いを誘っていた。
「リョウハ、元気ない?」
「ん?」
機械少女がリョウハの顔を至近距離から覗き込んだ。停泊中の金剛は無重力なので体格差を無視してそんな事もできる。
リョウハは『これは心臓に悪い』と目をそらした。
「やっぱり、あのテヅカっていう人の事を考えている?」
「別に。アイツがああなったのは、むしろ当然だ」
「人体工房時代の、リョウハが知っている彼はどんな風だったの?」
「大して変わらない。世の中の全てに喧嘩を売っているような、世界の全てから喧嘩を売られていると感じているような、そんな男だった」
「反抗期?」
「そんな時期があるようなホルモン設定にはなっていない」
「でも、年齢的にはあり得る」
「そんな年齢に達するはるか前から、アイツはそんな風だった」
「でも、リョウハとは仲が良かったのでしょう?」
「俺の事は同じように『世界から喧嘩を売られている』同類扱いだったな。戦闘を嫌がっていた頃の俺をかばって、イロイロと面倒を見てくれた。アレはアイツにとって、世界に喧嘩を売る行動の一環だったんだろうな」
「そうなんだ」
今のヒサメはテヅカに襲われて骨折させられた部分に機械式の可動するギブスを装着している。そのせいでいつも以上にアンドロイドめいて見えた。
ミモザ・ヴェールはリョウハの事を認めないと憤っていたが、ランフロールの女生徒たちの総意としてはむしろリョウハを認める方向だった。
彼女たちが再び遭遇した暴力の化身、テヅカを撃退したことでリョウハに対する好感度が上がった。
ヒサメが「リョウハは私の物!」と宣言した事で、まぁ、そういう事になった。
技術面や政治面、感情面でのさまざまなトラブルを乗り越え、金剛はその旅を再開しようとしていた。核融合炉の出力を上げる。航海灯を光らせて発進準備中だとしめす。
その様を宇宙の彼方から見つめる存在がいた。
こちらは航海灯など気にしない。人類の法規など知ろうともしない。
その船体は漆黒だった。
可視光線を可能な限り吸収する船体。可視光線ばかりではない。レーダー電波なども含めて探知されるようなものは一切発信しないし反射しない。宇宙空間ではほとんど目に見えない存在だが、注意深く観察すればそのシルエットがガスフライヤーに酷似していることがわかる。
暗闇のガスフライヤーに宿ったその存在は船内に大きな独り言を響かせていた。
「テヅカとか言ったっけ? 別に期待していた訳じゃないけどアイツはあんまり役に立たなかったね。所詮はリョウハの初期型? 前期型? 旧式化したロートル兵器にすぎなかった訳だ。……まぁ、時間稼ぎにはなったから助かったけど」
ガスフライヤーの船内には生きた人間は残っていない。しかしそいつはノリよく船内の照明を瞬かせた。
「いやぁ、自分でやった事とは言え、今のスケールで受けると亜光速爆撃ってとんでもないね。危うくこっちまで爆発に巻き込まれる所だった。一旦、過去に飛んでそこの存在に憑依して、戦力を整えながら現在まで戻ってくる。やり方としては簡単だけど、リョウハたちの過去と矛盾しないように動かないと『この現在』には戻って来れない。ギリギリまで行動開始を遅らせなければならなかったのは、本当に困った。僕の苦労って、2クールぐらい放送できる量があるんじゃないかな?」
暗闇のガスフライヤーを乗っ取った存在は言うまでもなくオタロッサだった。彼は自分の種族が持つ人類を超えた技術力でガスフライヤーを強化していた。
彼は傍受される心配がないレーザー通信で惑星系内の各所に指示を出す。
太陽風ならぬ惑星ブラウからのエネルギー放射に乗って移動したゲッシュたちが金剛の予想進路上に網を張る。衛星シンジュの赤キノコたちはともかく、ブラウ内部の浮遊生物たちは彼の部下だ。
「向こうに空間砲を取られたのは痛いけど、もともと岩石衛星上にある物には僕は直接は手を出せないからね。状況が好転したとも言えるか。ここから先の僕の勝利条件はブロ・コロニー跡に残る事象改変装置、超光速通信機関として利用されている物の破壊。アレはちょっとやそっとの攻撃では壊せないから空間砲が欲しいんだけどね。ま、アレを持って行ってくれたから僕もリョウハを殺せる大義名分が立った、と。そっちの面でも状況好転と、プラスに考えておこう」
オタロッサ個人の目的は自分を殺したリョウハに対する復讐(逆恨み)だが、上位存在から与えられた任務は事象改変装置の破壊だ。
この二つは微妙に噛み合わない。
オタロッサが観察する中、金剛の灯火に変化がでる。
停泊中を知らせる灯火が消えて航海灯だけになる。
「お、そろそろ動き出すね。ここからブロ・コロニー跡への軌道には隠蔽したゲッシュたちを伏せてある。移動途中で捕捉して完膚なきまでに粉々にしてあげるよ。……アレ? ちょっと待って! それって軌道が違わない?」
移動を始めた金剛だが、その軌道がオタロッサの想定とはちょっと違う。
「ブロ・コロニーはそっちじゃないでしょう! まさか、軌道計算を間違えている? それともガセネタをつかまされた?」
彼は金剛に潜り込ませたオタロッサ・ゴーストの生き残りから情報を得ていた。
ゴーストからの情報に大きな間違いはなかった。金剛の次の目的地がブロ・コロニー跡地である事は正しい。
問題は前回のリョウハの救助作業や今回のセンチピードとの追いかけっこで大量の推進剤を消費していた事だ。ブロ・コロニー跡に直接向かうのも不可能ではないが、この先に何があるかわからない以上それはリスクが大きいとフウケイ船長は判断していた。
先に補給を行いそれからブロ・コロニーに向かう。
それがフウケイとレツオウの決断だった。
「そっちへ行かれるとこちらのフォーメーションが! ゲッシュたちは宇宙帆船なんだからそんなに機敏には動けない! 先読み通りに動いてくれないと襲撃出来ないんだって‼︎」
オタロッサの泣き声が船内に虚しく響いていた。
名称 金剛・改
種別 ガスフライヤー改装 分離装甲船
全長 512メートル
全幅 736メートル
主動力 核融合
宇宙空間用プラズマロケット×2
ガス惑星用資源採取機能付き熱核ジェット×4
必要に応じて旅客船グローリーグローリアの動力も利用可能
武装 破壊探査用ミサイルランチャー×2(残弾0。ヒカカ班長がコピー生産中)
グローリーグローリアのバーニアを利用した近接防御システムを構築。
分離した船体各部を質量弾として使用可能。
真空エネルギー砲を回収。ただし照準がつけられない為、そのまま使うと自爆する。
乗員 司令官 レツオウ・クルーガル
船長代理 フウケイ・グットード
中枢システム代替(技師長) ヒサメ・ドールト
保安部長 リョウハ・ウォーガード
保安部員兼新人乗組員教官 ギム・ブラデスト
保安部員見習い(番犬) 生物兵器レパス
生活環境整備士兼船医 カグラ・モロー
整備班長 ヒカカ・ジャレン
その他 正規乗員 42名
見習い船員(学生アルバイト) 23名
不正規船員(元デッドマン) 118名
シンジュ出発時点での金剛のステータス。
新たに建造した降下艇はすでに分解済み。ただしコクピット周りは保管されているのでいずれ宇宙用に換装されての再出動があるかもしれない。
搭乗者が三倍近くに増えたが、優秀な食糧生産プラントも手に入れたので物資の面での不安はない。
デッドマンたちは半数が女性なので男女比率の不均衡はかなり是正されたが、遺伝子プールの面では改善になっていない。以後、人数に不足があるコミュニティに積極的におろしていく予定である。
ヒサメが本気になって宇宙を探査すればオタロッサのガスフライヤーを発見可能だと思われるが、彼女は現在は真空エネルギー砲の解析と再建に夢中になっている。外に目を向ける余裕はない。
推進剤の不足がそろそろ危険域。
再度の補給が必要になっての進路変更だがそのおかげでオタロッサの罠を潜り抜けることになった。世の中、何が幸いするか分からない物である。
第3部終了です。閑話をいくつか書く予定ですが、第4部の開始はしばらく先になります。




