3-24 ラスボス不在の最終戦
ヒサメが送りつけてきた『最終兵器』なる物はグローリーグローリアのメインロケットだった。
付属している推進剤の残量からしても極めて短時間の砲撃しかできない。ビーム砲として使うために細かいパラメータをいじっているようだが、こんな巨大なものをどう使えと言うのか?
「今のヤシャはジャイロが停止していて、姿勢制御と精密照準に問題がある。だから広範囲を一度に攻撃できる装備にした」
「考えは分かるが、ヤシャが保持してちゃんと撃てるような大きさじゃない。……あ、ミサイルがわりにでも使うのか?」
ロケットそのものをぶつけるか、あるいはロケットがどこへ飛んでいっても構わないつもりで遠隔操作で発砲するなら反動を気にする必要はない。
しかし機械少女は首を横にふった。
「それは大事な装備。使用後は持ち帰ってほしい」
「では、どう使う?」
「普通に。とりあえず持ち手は四つ用意した」
四つ。
両手両足をすべて使う、か。
ヤシャは脚に見える部分にあるのもマニピュレータだ。見た目が悪い以外は問題がない。
両肩と腰のバーニアは背面に向ける事もできるから移動も可能だ。
「ビーム発射の時にはヤシャ本体のバーニアも全開にして反動を相殺する。ロケットの推力は低下させているけれど、それでもヤシャの推力よりははるかに上。注意して」
「ま、それぐらいで無ければ装備する意味もないからな」
「発射の時にはシートを後ろ向きにしてGに備えるのを推奨」
弾速が速く迎撃される心配がない。多少狙いが甘くとも広範囲を攻撃できる。防御不可能と言えるほどの威力はないが、基本的には地上の施設であるはずのものを相手にするのだから十分だろう。
思いのほか良い武器だ。
問題点は撃ち手への負担と宇宙用の武器としては有効射程がやや短い事。
リョウハはざっと試算して、シンジュの陰から飛び出して射程内に入るまでに真空エネルギー砲を一発は撃たれると判断した。
「私に用意できる最善はこの程度。使えそう?」
「正直言ってそう何度もやりたいバクチじゃない。動きの読みあいになる。相手の裏をかくか、裏の裏をかくかなんて所までいくと、結局はサイコロを振るのと変わらなくなる。ま、一度だけだからなんとかするけど」
最終兵器にワイヤーガンを撃ち込み、引き寄せる。
破損した大気圏突入装備は分離する。かわりにプロペラントタンクをセット。ヤシャの機動力が回復される。
最終兵器を両手両足でガッチリと固定。言われたとおりにコクピットは背中へ向ける。
「センサーの視界が悪いな。頭だけ最終兵器の上につきだして観測するか」
「ごめん。次があったら気をつける」
「こんな物はそう何回も撃ちたくない」
パージした大気圏突入装備は適当な軌道に乗せてシンジュの陰から出るように移動させる。
「それも使うの?」
「囮にする」
囮にすると言ったのに、リョウハは大気圏突入装備の移動を待たずに急発進した。
後ろ向きになっているせいでGがきつい。
それでも間もなくセンチピードがセンサーの範囲に入ってくる。
「そう来たか」
見えない間にセンチピードは二つに分離していた。
体節が10個ぐらいの小型の物とその7倍はある大型の物。
リョウハはおそらく小さい方が本命だろうと判断した。貴重な推進剤を小さいボディに集めて有効活用するつもりだろう。
「ヒサメ、真空エネルギー砲があるのはどちらのセンチピードか分かるか?」
「データ検索。……95.8%で小さい方」
「そうか」
小型の方で派手に飛び回って後方から真空エネルギー砲で狙撃、という可能性もあったが敵は大型のセンチピードを完全に切り捨てたようだ。
リョウハは小型のセンチピードに向かってまっすぐに加速する。
「回避行動とか、とらなくていいの?」
「敵もそう思うだろうね。テヅカが指揮を執っているなら尚更に」
単発でしか撃てない武器を持っていて回避行動もとらずにまっすぐ突っ込んでくる敵を見たらどう思うか?
迷うだろう。
まっすぐ突っ込んでくる囮を撃破した直後に本命が現れるのではないかと疑うだろう。
そして迷っている間に後方から切り離した大気圏突入装備が現れる。
突入装備はつい先ほどまでヤシャが装着していた物だ。
そして、今のヤシャの前面は最終兵器でほぼ覆われている。先刻までのヤシャとは似ても似つかない。
対戦相手としてはどちらを優先したくなるか?
リョウハはあえて単調にまっすぐ加速し続ける。
FCS照準波を探知。
それでも動きを変えない。
真空エネルギー砲が発射される。
対象は?
ここでリョウハはわずかに混乱した。
どこへ、と言えるほどの明確な目標を撃っていない。明後日の方向と距離。
暴発したのだろうと判断する。
幸運だった。
あとは射程内に侵入して最終兵器で焼きつくすのみ。
だが、センチピードの奇行は止まらない。
小さなセンチピードから分離する物がある。
ミサイルかと警戒するが、ソレはなんの動きも見せない。ただ漂っているだけだ。
「何のつもりだ?」
「情報検索。……アレは真空エネルギー砲の基幹ユニット」
「つまり武装解除?」
勝ち目がないと見て降伏を選んだかと思ったが、詰みが確定したのは真空エネルギー砲の暴発後だ。
それ以前から降伏への動きを見せていたのなら、降伏と言うより和平への呼びかけと表現した方が適切かも知れない。
リョウハは迷う。
このままセンチピードを攻撃、殲滅するのが一番安全だ。
そうしてはいけないという理由もない。たとえ試合終了のゴングが鳴ってもすでに攻撃態勢に入っているパンチはそのまま振り抜いて構わないのだ。
この場合は本命と思われる小型のセンチピードを撃破して残りの敵と和平交渉をしても問題ない。
そもそも、ボクシングに例えるなら現状は「ゴングが鳴った」とは言えない。せいぜい「敵のリングサイドがタオルを投げ込もうとしているのを目撃した」レベルだろう。異星生物側からレツオウに和平の申し出があり、それを司令が了承してはじめてゴングと言える。
しかし、目の前の敵兵が武器を捨てて両手を上げているのに構わず撃ち殺すのも、それはどうか、と言う話だ。
リョウハはとりあえず加速を停止した。
異星生物との間ではいかなる条約も交戦協定も存在しない。降伏したフリからのだまし討ちを受けても相手を非難はできない。こちらがマヌケなだけだ。
敵の動向に最大限の注意を払う。
大型のセンチピードの方にちょっとした異常。
降下艇ビーグルが至近距離に取り付いている?
通信機が作動。女の子の声が凛々しく響く。
「ヤシャ、聞こえますか? こちらは降下艇ビーグル。リョウハさん、戦闘を中止して下さい」
「こちらヤシャ。ビーグルにもブラデスト艇長にもこちらへの指揮権限はない。戦闘中止勧告の理由をお聞かせ願いたい」
「ギム艇長が異星生物とのコンタクトに成功しました! 同種の遺伝子の保持者として交渉を行っています」
「同じく同種の遺伝子保持者としてテヅカ・ウォードク少尉も異星生物と接触しているという合理的な疑いがある。ブラデスト艇長との交渉は謀略ではないのか?」
少し間があいた。
「納得してくれません!」とかの悲鳴が通信の向こうから漏れてくる。
リョウハとしても意地悪を言っている自覚はある。ただの意地悪ではない自信もあるが。
「リョウハ、ギムです。ウチの通信士をあまり虐めないでください」
「話がそれだけなら本当に攻撃を再開するぞ」
「というか、あなたの所にも異星生物からの呼びかけは届いているのでは?」
「不正規のチャンネルから来る通信は相手にしていない」
「硬すぎでしょう!」
黒豹は喉の奥で唸った。
「ともかく、私は異星生物との意思疎通に成功しました。彼らが平和を望んでいる、とは表現できませんが損得勘定はできます。彼らは宇宙を航行するための助けの手を求めていました。テヅカ・ウォードクはその目的のためには信頼性に欠ける。彼らはそう考えています」
「我々を殲滅するためにテヅカと手を組んだのではない、と?」
「戦闘行動に関してはほぼ、テヅカの独断のようです。テヅカの救助に関しては異星生物も了承していますが、金剛への攻撃は誰にとっても利益にならない。ただの浪費というのが彼らの判断です」
「浪費か。……十分なリターンがあればこちらを殺して奪ったりもするのだな?」
「はい。それは間違いありません。彼らには倫理というものは有りませんから。ですが当分は人間を攻撃しては来ないでしょう。『青い怪物』が人間を守っている事を彼らは理解しましたから」
「俺の存在が抑止力になるなら、軍人としてそれは喜ぶべき事だな」
それは軍人ではなく兵器の役割の様な気もする。
しかしリョウハは自分が人間であり、せめて軍人であると自分を定義していた。
「それで、彼らはテヅカとの関係はどうしたのだ?」
「彼は一時的に異星生物たちのネットワークに接続されていましたが、私が宇宙航行のノウハウを提供した事でその存在価値が無くなりました。現在は全体に不利益をもたらす存在として隔離されています」
あの男らしい最後だとリョウハは思う。
この世のすべてを敵として戦い続け、ついには人外の存在すらも味方と出来ずに排除された。
自力では動くことができない宇宙機のコクピットブロック。それが彼に残されたすべてだ。
「残念だが、俺は軍人としてテヅカ・ウォードク少尉の行動を看過できない。これから少尉を処刑する。異星生物たちにその事を伝えてくれ」
「……彼らは了承しました」
巨大な最終兵器はもういらない。
ヤシャにレールガンを構えさせる。
リョウハはストームバグの残骸に狙いをつけ、照準が定まらない事にビックリした。
どういうわけか、眼球に水分があふれていた。
「リョウハ」
対人能力が高いとはお世辞にも言えない少女が、ただ彼の名を呼んだ。
「俺にはヒサメが居る。金剛のクルーも居る。俺とヤツの差は戦闘能力以上に兵站能力の差が大きかったと思うよ」
「……リョウハ」
「アイツは殺し犯し奪う事しか出来なかった。最終的にこういう結果になるのは必然だった」
リョウハは新たに得た能力でヤシャのセンサーから直接に情報を取得して、照準を合わせた。
ヤシャは涙を流さない。
機械の瞳はこういう時に便利だ。
今度こそ、サヨナラだ。
レールガンの砲弾が発射される。
精密照準は出来なくとも、破片飛散型の弾頭は今度こそあの男を宇宙の塵に変えてくれるはずだ。
テヅカとの戦いはこれで終わった。
ロボットでありマシーンであるヤシャは涙を流さないのです。(ダダッダ)




