3-23 最終兵器始動
金剛に存在する第一・第二の二つの管制室にはハード的な違いはない。お互いがお互いの予備であるだけだ。
しかし亜光速物体の飛来以後の金剛では第一管制室はレツオウ・クルーガルが居て全体指揮、第二管制室ではフウケイ・グットードが操船を行うのが通例となっていた。二つの管制室のどちらに多く顔を出すかで微妙に派閥が分かれかけていたが、現時点ではそれは深刻なものではなかった。
所属する人数は第一管制室側の方が多い。
基本的に以前からのレツオウの部下たちであり、全員が一人前の宇宙生活者だ。優秀な人材がそろっている。そのはずだが、代わり映えのしない宇宙基地勤務が長すぎたのかやや柔軟性に欠ける面はあった。
彼らはセンチピードが動き出したのを見ても、特に動揺はしなかった。動揺するほどにも先を見通せていなかった。
「司令。センチピード本体が定常的な加速を開始しました」
「これまでとは違うのだな?」
「はい。これまではどんな動きもわずかな時間行っただけで停止し、次の動作に移っていました。センチピードの機能を把握し、その制御に習熟するための動作だと推測できます。ですが今回は同じ加速をずっと続けています」
「こちらは予定通りだ。この軌道に観測用ドローンを残して移動する。当面はシンジュの陰に隠れてやり過ごすぞ」
「了解です。観測ドローン、射出します」
二つの管制室は物理的には離れているが、情報的には緊密に連絡を取っている。レツオウの指示はフウケイ船長にもノータイムで伝わっていた。
「こちらも了解。30秒後に加速開始予定。注意……訂正、今すぐ!」
フウケイは言い終わるよりも早くメインエンジンを噴射させていた。
1G程度の加速に始まり、久々の3G加速に移る。
「どうした!」
「FCSと言いましたか? 攻撃前照準波を探知!」
レツオウもフウケイも3Gの重力下で気楽に話せるほどの筋力はない。しかし、まったく会話ができないほど軟弱でもなかった。
「こちらをFCSで狙って来ただと? 学習が早すぎるだろう!」
「司令、後ろを!」
金剛の後方視界がスクリーンに映し出される。
ビーム砲がわりに使えるほどにまっすぐ伸びる噴射炎、それが何もない真空中で千々に乱れていた。四方八方へ花火のように拡散している。
「真空エネルギー砲か!」
フウケイが緊急発進しなければあの異常エネルギー宙域に呑まれていた。ヤシャの大気圏突入装備を破損させるほどのエネルギーだ。同材質の金剛の外殻とて持ちはしない。いや、たとえ船体が無事でも中の乗員が挽肉にされるだろう。
「馬鹿げている! 怪物が幼児がオモチャを振り回すようにセンチピードを動かすのはまだ理解できる。しかし、完全に照準を合わせてこちらを狙撃するなどあり得ない!」
それを可能とするには人間をどれほど超えた超知性が必要なのか?
レツオウは金剛からの応戦も考えるが、武器がない。少しだけあったミサイルは先ほどテヅカ相手に無駄撃ちしてしまった。
「クッ、こんな事ならミサイルを一発ぐらい残しておくべきだった」
「仕方ありませんよ。あの時は全弾でも足りないぐらいだと思ったし、実際に足りませんでした」
「一発も撃たないのが正解だったか。……フウケイ船長、全力でシンジュの裏側へ移動してくれ。推進剤の残量勝負なら、こちらに分がある」
「了解! 真空エネルギー砲って障害物で遮られるのでしょうか?」
「知らん。座標を指定しての攻撃だから無理かも知れん。だが、こちらが見えなければ狙いはつけられないだろう。あの武器には次弾をチャージする時間が必要なはずだ。次が来る前に逃げこめ」
「オーバーブーストを使いますか?」
「任せる」
金剛は推進剤の消費効率を無視したさらなる加速を行う。
あまりスピードを上げると今度はシンジュの反対側から飛び出してしまう。過大な加速は短時間で終了させる。加速度を変化させて敵の照準をずらすという狙いもあった。
「なんとか逃げこめそうだな。……リョウハ君の方はどうなっている?」
「大気圏突入・離脱に空間戦闘と立て続けですから、ヤシャも推進剤が辛いのでは?」
金剛唯一の戦闘要員の話題が出たところで、第一管制室に聞きなれた女の子の声が響く。
「レツオウ司令、リョウハが怒ってるよ。センチピードの敵認定はまだか、って」
「あ。……そんな話もあったな。状況を鑑みてセンチピード本体の中には生存者は居ないものと判断する。仮に居たとしてもその救出は著しく困難だ。センチピード本体の撃破を許可する」
「伝えとくね」
「ところで、ヤれそうなのか?」
「リョウハに直接聞いて、って言いたいところだけど、たぶん難しい。金剛が元の軌道に乗っていればともかく離れて行っちゃったから、自力で帰還するだけの推進剤を残そうと思ったらセンチピードとの交戦が不可能になる」
ついでにセンチピードの取り柄はそのダメージコントロール能力だ。
体節一つでもある程度の行動が可能なセンチピードが相手ではどこまで壊せば任務完了になるか、見極めが難しい。
「ではヤシャは一度戻って補給を受ける必要があるな。ヒカカ班長は、地上か」
「リョウハへの補給なら私が担当する」
「内助の功を気取るのはいいが、退屈な役目だぞ」
「面白くすればいい」
「……ほどほどにな」
「ヤシャを金剛とドッキングはさせない。推進剤のタンクと追加装備を射出して宇宙空間で換装してもらう」
ヒサメが言うからには実行案は出来ているのだろう。それに、多少無茶な案でもリョウハなら成功させるはずだ。
レツオウは宇宙基地時代からの経験に基づいて、電脳少女の申し出を承諾した。
リョウハは追い詰められていた。
明らかに異常なセンチピードの挙動を逃げ道と感じてしまうほどに。
いつもの無表情とは打って変わってニンマリしたヒサメからは異様な迫力を感じていた。ただ一つ幸いなのはヒサメがむしろ上機嫌な事。これで不機嫌だったらと思うと背筋が凍る。……どちらにしても無条件降伏して彼女の言うことに絶対服従なのは変わらないのだが。
ヒサメの指示に従って進路を変える。
シンジュの裏で金剛と交差する軌道をとる。
「ヒサメ、この軌道だと金剛の軌道との交点を推測される。真空エネルギー砲の標的になりかねない」
「分かってる。だからヤシャの追加装備は別途に射出する。金剛には近づかずにそれを回収して。今はただの重しになっている大気圏突入装備は投棄、宇宙戦用の装備に換装を」
「了解した」
リョウハはレールガンを3発、センチピードに向けて発射する。
これはただの牽制だ。レールガンの弾は宇宙的な基準で評価するならばひどく遅い。準光速のビーム兵器とは大違いだ。遠距離からの砲撃など対処は簡単だ。避けるか迎撃するか、どちらも可能だ。
そして今はそのどちらの対処をされても問題なかった。
これは所詮、牽制と探りを入れるための攻撃に過ぎない。
センチピードは迎撃ではなく回避を選択した。
貴重であるはずの推進剤を消費して砲弾から十分な距離をとる。
これが一つの情報だ。
センチピードには気楽に使える迎撃システムがないか、あるとしても使い方をまだ見つけていない。
レールガンが命中しそうにないのを確認したのち、ヤシャとセンチピードの間を衛星シンジュが遮る。
リョウハは金剛が残して行った観測ドローンを利用して敵の動きを観察する。
センチピードは無意味に思える減速を行なっている。
本当に無意味な事をするとは思えない。リョウハはセンチピードの予想進路上を探査して答えを見つけた。
「まだ生きていたか。本当にしつこいな」
迷惑だ、という顔をつくりながら、リョウハの声はわずかに弾んでいた。
『兄貴』との命のやり取りはまだ続く。テヅカへのトドメの一撃を撃たなかったのも、あるいはそれを期待していたのではなかったか?
異星生物とテヅカが手を組んだ。もしくは最初から同盟を結んでいた。
センチピードと真空エネルギー砲をテヅカが使用できるとなると、まだまだ決着にはほど遠い。
!
真空エネルギー砲がもう一度発射され、ドローンが粉砕された。
観測範囲が狭まる。センチピードが見えなくなる。
少しばかり心配になる。
観測機として使えそうなもう一つの存在、降下艇ビーグルは無事か?
目立たずに立ち回って見逃されてくれれば良いのだが。
真空エネルギー砲の次が発射される前に戦闘を再開して、ビーグルに砲口が向かないようにしてやりたいものだ。
そんな事を考えながら、敵の戦力の分析も行なう。真空エネルギー砲の発射間隔と効果範囲、照準から発射までの時間も見当がついた。
あまり有り難い数字ではない。どんなに上手く立ち回っても確率で直撃をくらう。そして当たれば防御は不可能だ。
「ヒサメ、推進剤のタンクはまだか?」
「今、パラメータの変更と金剛からの分離が終わったところ。……発進、と」
「一体、何を持ち出した?」
リョウハとヒサメの認識にはちょっとした齟齬があるようだ。
リョウハは行動の自由度を増やすための補給を欲し、ヒサメは新兵器・新オプションを渡す事を重視した。
リョウハは金剛から発進したソレのデータを見て目を丸くした。
ヤシャの機体よりもデカイ!
いや、ビッグアイ攻略に向かった時に使ったヘリウム打ち上げ用のタンクよりははるかに小さいが。
「何だ、コレは?」
「最終兵器」
「確かに兵器として終わっているぞ」
どうやら宇宙船のメインロケットのようだ。おそらくグローリーグローリアの物を取り外したのだろう。
パラメータの変更とはビーム砲として使いやすくしたのか?
何をどうやっても、こんな物の使い勝手が向上するとは思えなかった。そもそも、このロケットが真価を発揮するほどの噴射をしたら加速が大きくなり過ぎる。ざっと計算して見たが、50Gは超えそうだ。リョウハといえどもその加速度に耐える自信は無かった。
とは言え、『最終兵器』に付随する推進剤は切実に必要だ。
ヤシャはワイヤーガンを準備し、最終兵器とのドッキングに備える。
そして宇宙の彼方で、同じようにワイヤーガンを構える者がいた。
これはまったくの偶然だが、リョウハの砲撃を回避した結果、センチピードは降下艇ビーグルの至近距離を通過しようとしていた。
ビーグルから射出されたワイヤーがセンチピードに吸着する。
「ギムさん、これからどうするのです?」
「ビーグルの装備でセンチピードを仕留めるのは無理です。力ずくで壊すには、内部に入り込んで核融合炉を暴走させる必要があります」
「出来るんですか?」
「私は低重力・無重力戦闘に特化した生き物です。まぁ、それでも『不可能ではない』ぐらいの勝率ですが」
「力ずく以外の方法を探した方が良いと思うのです」
「そうですね。なんとかできるかも知れません」
黒い破壊者は巻きひげを震わせた。
ここまで近くに来ると、色々と分かる事があった。赤いキノコ同士のネットワーク、それには横から入り込む事ができるかも知れない。
吸着させたワイヤーを巻きとり、ビーグルはセンチピードへの接近をはじめた。




