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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
恐怖の宇宙生物 強襲揚陸艦『金剛』
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3-22 鬼とムカデと黒豹と

 リョウハはテヅカに対してあっさりと勝利した。ヒサメも目を覚まし金剛も動けるようになった。多少なりとも気が抜けても仕方のない事だろう。

 降下艇ビーグルの内部には弛緩した空気が流れていた。女の子二人も黒豹すらもコンソールから目を離していた。伸びをしたりお茶を淹れたりしてくつろいでいる。


 ミモザ・ヴェールは伸びをするだけにとどまらず、軽くストレッチまで始めていた。


「これで終わり、ではないですよね?」

「あの戦闘用強化人間に関する限りは終わりでしょう。機体の半分を失った宇宙機にまともな機能が残っているとは思えない。宇宙服を着て脱出したとしても今の我々よりもっと劣悪な航行能力しかありません。彼にはもう何も出来ませんよ」


 ギム・ブラデストは文字通りの意味で羽を伸ばし、背中を弓なりにそらしていた。

 リコリィ・ウスカはドリンクメーカーを操作して飲み物を調合していた。無重力なのでチューブに入って出てくる。


「はい、リコリィ特製フルーツフレーバーティーなのです。ギムさんもどうぞ。キウイとかマタタビ系の果物は入れていませんよ」

「……お構いなく。見た目以外はネコ科ではありませんので」


 ギムは液体は通さないが気化した成分は透過させるお茶用のチューブで香りから楽しむ。


「残るはセンチピードを乗っ取った異星生物だけですが、アレが先ほどからしきりに電波を飛ばしているのは悲鳴をあげて助けを求めているように思えるのです。センチピードの機能を好き勝手に動かせるようになったので適当に暴走させてみたら宇宙に飛び出してしまった。これから先はどうしたら良いかわからない。そんな感じで」

「たしかに、私がこの艇の操縦席に座っても、見よう見まねで少しは動かせても大気圏突入とかは無理だと思うのです。ちゃんとした衛星軌道に乗せられるかどうかも怪しいのです」

「まして、あの生物はシンジュの氷の下で生活していたはずです。宇宙空間の事など何も知らないでしょう。センチピードには大した事は出来ない、と思います。内部に生存者がいたら話はまた違ってきますが。……動きがあるようです」


 通信妨害が終了した後からずっと感じていた呼び声が止んだ。


「有意信号の発信が10分の1以下に落ちました」

「信号が悲鳴だとしたらあきらめた? でなければ真空にさらされて死にかけている、とか?」

「それは希望的観測という物ですよ、ミモザさん」


 相手は真空中でもまったく支障なく行動できるレパスたちの原種か亜種と考えられている。その遺伝子の一部を持つ戦闘用強化人間(オーガー)やギムたち黒い破壊者もただの宇宙空間程度は問題にしない。あの赤キノコだけが真空で弱るとは考えにくかった。


 センチピードの動向を注視していると、軌道変更を開始した。

 どこまで意図を持って移動しているかは不明だが、その軌道の先に何があるを確認する。


「こっちへ近づいて来る?」

「え? 襲って来るのでありますか?」

「いいえ、宇宙的な規模で考えればニアミス呼べる距離ですが、我々を目標とするならば離れすぎています。100キロメートルぐらいは離れた所を通過するでしょう」

「では、何が目的でしょうか?」


 ミモザが問いかけるが答えは出ない。

 だが、センチピードが移動をするのは悪いことでは無い、とギムは評価する。センチピードは本来は地表を歩き回る移動基地だ。宇宙へ出る事は可能でも推進剤の容量はそう大きくないはずだ。降下艇ビーグルと同様、最低限の軌道変更しか出来ないだろう。

 近いうちに推進剤切れで動けなくなるのは確実、だ。


「ですが、何かを見落としている気がするんですよね」


 黒豹は耳の部分にある巻きひげを震わせた。





 テヅカ・ウォードクは死にかけていた。

 普通の人間ならばとっくに死んでいる負傷だ。意識が朦朧として幻聴まで聞こえ出した。


 いや、死にかけているという表現は正確ではない。戦闘用強化人間である彼は即死でなければそう簡単には死なない。流出した血液の分だけ体力が失われたのは確かだが、引き裂かれた身体はすでに癒着をはじめている。

 わずかに動く指先がなかば無意識のまま機体の応急処置を行う。

 核融合炉の出力をギリギリまで低下させ、破損部へのエネルギー供給をカット。大きな裂け目ができた外壁には発泡硬化剤を散布して気密を回復させる。


 あのリョウハが追撃でトドメを刺しに来ないのが奇跡的だ、とテヅカは思う。

 しかし、トドメを刺されなくとも彼の命が失われるのは時間の問題だ。食料の生産プラントどころか空気の浄化システムさえこの機体にはない。タンクの中の空気が持つのはあと24時間程度、それもタンクに損傷がないと仮定しての話だ。

 いかに戦闘用強化人間(オーガー)が真空中でも活動できると言っても、さすがに酸素なしでは長時間の生存は不可能だ。


 生存の可能性が絶望的でもそれでも足掻いてしまうのは生物としての本能か、それとも軍人として訓練を積んだ為か?


 そして彼は呼び声を聴いた。

 幻聴と思うようなかすかな声が彼に届いた。


 テヅカ・ウォードクはリョウハより一つ年上だけに、わずかに旧式なオーガータイプである。

 モロー一族から提供された遺伝子を持ってはいるが、彼よりも上の世代ではその能力はほぼ発現しなかった。超常的な異能を持たせる事には失敗したとはいえ肉体的には捨て去るには惜しい性能を持っていたので、後期の一部の個体には別種の能力を付与してみた。その一人がテヅカだ。


 彼はリョウハとは違って電流を操るような能力は持っていない。電波を感じ取ることも出来ない。そのはずだった。

 しかし、潜在的に所持していた能力が今、開花した。


「呼んでいる?」


 彼は気密が回復したばかりのコクピットの中でかすかな声を出した。もしもすぐ隣に人が居ても聞き取れないような小さな小さな声だった。しかし、謎の呼び声は彼の答えようとする意思に反応した。


「へへ、どうやら俺にも焼きが回ったみたいだ。聴こえるはずのない物が聴こえるなんてな。……脳に障害が出たか?」


 ま、それもいいか、とテヅカは諦観する。

 今この瞬間にも彼の命を終わらせる砲弾が近づいているかも知れないのだから。


「え? 障害じゃない? 俺の脳の中の幻で無いなら、お前はいったい何なんだ?」


 答えは言葉ではなくイメージで返ってきた。

 他よりも上位にある偉い存在。広大なネットワーク。周囲にあるあらゆる物を利用して増殖し拡大を続ける何者か。

 特に最後のイメージがテヅカの心の琴線にふれた。


「すべてを喰らい拡大する者。俺にピッタリじゃねぇか。オメェ、もしかしてアレか? 氷の下から出てきたでっかい化け物。それがなんだって今さら俺に話なんて……」


 強大なエネルギーを持ったゴチャゴチャした機械、そしてその周囲には何も無い。水も空気も地面すらもない。

 そんなイメージ。

 テヅカは嗤った。


「なんだ、考えなしにセンチピードを動かして宇宙へ出て帰れなくなったのか? それで助けろって? お前のネットワークに俺を組み込む? お前は単一の中枢部を持たない群体生命体なのか。俺にもその一部になれと」


 衛星シンジュの氷の下から出現した異質な生命体、それがある意味では彼の同族であることをテヅカはさとった。

 もう死ぬしか無いと諦めていたテヅカだったが、こうなると欲が出た。


 人間である事をやめるのは別に構わない。人間の社会で生きそれを食い荒らしてきた彼だが、人間の一員であると思った事は一度もない。彼がわずかでも仲間意識を持つのは、はみ出し者同士であるリョウハぐらいなものだ。


 だけど、なんか気にくわないな。


 ネットワークの一部になる。それはアウトローである彼の本質に反する。

 それを自覚しつつも彼はうなづいた。そしてニタリとした。


「いいぜ。俺がお前に宇宙の飛び方を教えてやるよ」





 何かを見落としている、ギムの疑問に解答を与えたのは例によってリコリィだった。


「センチピードの移動に何か意味があると仮定して行き先を精査するのです。……っ!」


 少女は声にならない悲鳴を上げた。


「どうしました?」

「センチピードはストームバグの残骸とのランデブー軌道に乗っています!」

「何ですって? ストームバグはまだ生きているのですか?」

「分かりません。微細なエネルギー放射はありますが、機能がどの程度生きているかは不明です」

「異星生物とテヅカが合流?」


 それは悪夢だ。

 リョウハに劣ることが確認されたとは言え、正規の軍人としての訓練を受けたテヅカがセンチピードの戦力を得るなどあって良い事ではない。


 ギムはその頭脳を激しく回転させた。


 彼は間違った。

 この場合の最善手はリョウハに連絡してストームバグの残骸を狙撃させる事だ。しかしギムはそれを難しいと考えた。リョウハにそれが可能なら誰に言われずともとっくに実行している筈だ。テヅカとの交戦時にヤシャの表面温度が上昇していた事もその誤解を後押ししていた。多少なりとも被弾して追撃が不可能になっているのだろう、と。

 リョウハが「女の顔」をしたヒサメにうろたえて追撃を忘れている。

 そんな現実など想像の埒外だった。


 ギムは移動するセンチピードのデータを凝視する。


 リョウハが戦闘続行不可能なら、自分がやるしかないのだろうか?


 首をわずかに動かして女の子たちを見る。黒豹型の彼の視界は人間のものより広い。はっきりとそれと分かるほどに振り向いたわけではなかった。実際、リコリィはデータの解析に夢中で気づかなかった。

 だが、ミモザはそれだけの動作でギムが何を考えているか察したようだった。


「ギムさん! 仕掛けるのですか?」

「いいえ」

「やりましょう!」

「そういう訳には……」

「私たちの事なら心配いりません!」

「ミモザは何を話しているのです?」


 リコリィが首をかしげる。


「センチピードがあの鬼と合流しようとしている。そうなったら大変よ! 私たちも薬付けにされて捨てられるかも知れない! それを阻止できる位置にいるのは私たちだけ、っていう事。違います?」

「我々だけ、というのはやや誇張が過ぎます。そこまで英雄的な位置ではありません」

「概ねは間違っていないのでしょう? なのにギムさんは私たちのために勝負に出るのをためらっている」


 黒い破壊者は沈黙した。

 その沈黙が赤毛の少女の指摘が正しい事を示していた。


「ミモザの言うとおり、私たちのために危険を冒すのをためらっているのなら、それは無用の心配だと主張するのです! 私たちだっていつまでもお荷物やお客様のつもりはないのです! 黙って子供だけつくっていれば良いって扱いをされる方が侮辱なのです!」

「……そうですね。あなたたちは一人前の乗員として立派に役に立っています。そのように扱うことにしましょう」


 降下艇ビーグルの無謀な挑戦の始まりだった。

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