3-21 消化試合
時は少しさかのぼる。
宇宙でもリョウハがテヅカを圧倒する事は既定路線だが、そこへ至るまでのディテールが存在しなかった訳ではない。
ギムが感じとった異星生物からの呼び声はリョウハの元にも届いていた。しかし、彼はそれを単なるノイズとして無視した。正当な指揮系統の外からの命令など、軍人たらんとする彼にとっては雑音以外の何物でもなかった。
彼は金剛との距離を詰めつつ、考慮しなければならない事柄がもう一つある事に気づいた。
「ヒサメ、テヅカの所に通信をつなげてくれないか?」
「良いけど、何を話すの?」
「民間人の安全確保だ」
「え?」
疑問符を浮かべながらもヒサメは金剛の中を移動中のテヅカをコールしてくれた。
「ウォードク少尉、聞こえるか?」
「リョウハか。さっきはよくもやってくれたな」
「引っ掛け・搦め手はそちらの専門分野だろう。腕が落ちたんじゃないか?」
「吐かせ!」
「お前を殺す前にもう一つ聞いておくべき事があった。その船、グローリーグローリアから女性二人を連れさったのはお前だな?」
「だったらどうした?」
「彼女たちは今どこにいる?」
わざわざ尋ねない方が良い、と思わないでもなかった。
こちらが多少なりとも気にしている事がわかれば、それによって人質に取られる事もあり得る。まぁ、人質に取られても金剛全体やヒサメと引き換えにするような取り引きに応じる気は無いが。
「ん? それを聞く意味があるのか?」
「非戦闘員を無駄に殺傷するつもりはない。そちらの宇宙機に乗っているのなら金剛へ残して行けと勧告する。そちらにとってもデッドウェイトを減らす程度の利益はあるだろう」
「無駄で無ければ巻き込んでも気にしないんだよな? アイツらなら乗せてねぇよ。クスリの使いすぎでイロイロと面倒になったんでな。シンジュに置いてきた。今頃はカチコチに凍りついているか、風で飛ばされて粉々になっているかどちらかだろう」
「民間人の掠取・誘拐。婦女暴行に殺害と死体遺棄か」
「死体は遺棄してねぇよ。生きたまま放り出したからな」
なお悪い!
テヅカの殺害は元から決定事項だから、今さら何が変わるわけでも無いけれど。
リョウハはヤシャにレールガンを構えさせる。
ヒサメからの情報でテヅカの居場所は確定できる。金剛へのダメージが少なそうな瞬間を狙って外から撃ち抜いてやる。
が、通信妨害がかけられる。
軍用の妨害装置により金剛とヤシャの間のデータリンクが切断される。テヅカが居るらしい大雑把な位置に攻撃する事は出来るが、もはや針の穴を通すような精密狙撃はできない。ストームバグSSRが置かれている位置は分かっているからそちらを破壊する事は可能だが、あの機体も核融合炉を搭載している。金剛の内部や至近距離で破壊するのは危険すぎる。
このタイミングで通信妨害をかけてくるとは、テヅカも察しが良い。
敵が複数で自分が単体ならやって当然の対処だが、通信越しに伝わった気配から動作を見破られたか? 妨害に強いレーザー通信あたりで金剛側から接触して来てくれれば今からでも狙撃可能だが、そこまでの連携は期待できなかった。
ストームバグは金剛の増加装甲の内側に入りこんでいる。
テヅカが出てきそうな位置に向けて初速の遅いハンドガンを撃つ。
おそらくは当たらない。命中しても装甲で弾かれそうな攻撃だが、牽制にでもなってくれれば有難い。
リョウハには予知能力はない。あくまで敵の行動を予測しているだけだ。
だからストームバグが現れた時、その鼻先を銃弾がかすめて行ったのは運の問題でしかなかった。
近接信管も何もないただの金属片の弾丸だ。命中しなければ何の効果もない。そのはずだったが威嚇としては十分以上の効果があった。
ストームバグが猛然と加速する。
噴射炎が金剛の増加装甲に焼け跡をつけた。
ストームバグの進行方向へ弾丸をばら撒く。
無誘導で何の特殊効果もない弾丸など広い宇宙では無いも同然だが、初弾を至近距離に受けたテヅカにはそんな当然の判断もできない。何らかの誘導能力を持った弾だと考えて慎重に距離をとる。
ストームバグは加速をやめて旋回。推力軸をヤシャへと向ける。
これはストームバグの弱点だ。
本来の用途は高速連絡機。非武装であるストームバグは攻撃するのに自分の噴射炎を使うしかない。ヤシャに反撃しようとしたらその動きは大いに制約される。
砲撃戦用の戦艦であったビッグアイとは違うのだ。
リョウハはハンドガンをストームバグを囲むように撃つ。
その際に一箇所だけ、不自然にならない程度に間隔を空けておく。
これもこちらに有利な点だと、リョウハは思う。
正式採用機であるストームバグの性能をリョウハは知っている。対してヒサメのお手製であるヤシャの性能などテヅカは知りようが無い。戦艦と交戦して撃破したという実績のみを知っていれば実態以上の超高性能機だと思い込んでも不思議ではなかった。
ストームバグの噴射炎がビーム兵器となって襲ってくる。
リョウハはそれをギリギリで回避する。ジャイロが停止したヤシャは安定性に問題がある。関節が稼動状態である事も含め、その動作は正確ではない。しかし、『ここでないどこか』へ移動するだけならば支障はない。
リョウハはここではじめてレールガンを撃った。
補助兵装のハンドガンとは比べ物にもならない速度で弾丸が打ち出される。
テヅカの反撃も執拗に続く。
振り回されるビームをついに避けられなくなる。
リョウハはビームを大気圏突入装備のフライングアーマーで受けた。単分子ワイヤー帷子装甲は耐熱能力も高い。ヤシャは大きな被害を受けずにビームをうけながす事に成功する。
ビームの振りが速すぎる。……焦ったな。
テヅカの焦りは防御面でも出た。
ビームに比べればスピードの遅いレールガンを避けようとして、かえって弾体に近づいてしまう。リョウハは最初からハンドガンの弾幕が薄い方を狙って撃っていた。
レールガンの弾が破裂する。
今回は巨大な戦艦ではなく小さくて俊敏な宇宙機が相手だ。破片飛散型の弾種を選択していた。
ストームバグが破片の爆散円の中に取り込まれる。
今回、ストームバグとヤシャの間の相対速度はあまり大きくない。宇宙規模で考えれば同一軌道に居るも同然だ。破片が命中した時の破壊力もそれ相応に小さくなる。しかし、それでも致命傷に近い被害は与えたようだ。
爆発が起こった。
ストームバグの機体の半分ほどが吹き飛んだ。
残った部分もネズミ花火のように回転しながら不規則に移動のベクトルを変化させる。推進剤が漏れ出してでもいるのだろう。テヅカがあそこでまだ生きているとしても、もはや脅威にはなり得ない。
自力で助かるのも不可能だろう。
最終的に爆発して宇宙の塵となるか、大気圏に突入して燃え尽きるか、彼を待つ運命はそんな所だ。
とどめを刺してやりたいが、動きが不規則すぎて一撃でカタをつけるのは難しそうだった。こんな時こそ誘導ミサイルの出番なのだが、金剛搭載の破壊探査用ミサイルはすべて使ってしまったようだった。
通信妨害が終了し、映像付きの通信が送られてきた。
「ヒサメ! 無事か?」
意識を取り戻したようだ。頭部ユニットが一部破損している所を見ると、リアルタイムの映像だろう。
「神経系にストレス反応。……ちょっとは機能しているみたい。身体もあちこち痛いけど、命に別状はない」
「良かった」
「現在、コピーの記憶と同期中。私も少しは役に立てたみたいね」
「大いに役に立ったさ」
「ふぅん?」
なぜだろう?
ヒサメの表情が少しずつ変わってくる。楽しそうな、嬉しそうな、冷やかすような、そんな顔だ。
コピーの記憶との同期でそんな顔になるような情報があったのか?
「とりあえず貞操も無事」
「⁈」
「なぜか知らないけれど殺したくってたまらない、って?」
リョウハの目の前にビッグアイが3隻ほど出現した。……そんな気がした。
「嫉妬した?」
撤退ルート、撤退ルートは無いのか⁈
よく分からないが圧倒的に不利。そう感じて逃げだす道を探す。
狭いヤシャのコクピットの中でどこへ逃げると言うのか? ヤシャごと動こうと電子機器を支配するヒサメ・ドールトから逃れる方法などありはしない。
トドメを刺し終わっていないテヅカの事など頭から綺麗さっぱり抜け落ちた。
「やってられねーわ」
ほぼ全損状態のストームバグのコクピットの中でテヅカ・ウォードクは苦しい息を吐いた。
機体だけではなく、彼の身体も損傷している。普通の人間なら即死するぐらいに身体を引き裂かれ、半ば以上真空にさらされて、それでも彼はまだ生きていた。
「肉弾戦だけじゃなくて宇宙戦闘への対応も完璧かよ、変態め!」
リョウハもテヅカも本来の任務は陸戦だ。宇宙機の操縦は『出来なくもない』程度のもの。宇宙での戦い方を学んだのは独学だ。
テヅカとしてはあらかじめ宇宙での戦い方を学んでいた彼の方がこの分野ではリョウハの上を行っているのではないかという期待があった。まさかリョウハも独力で彼よりも上のレベルで宇宙戦の技術を学んでいたとは想定外だった。
「あの変態の戦いに向ける情熱を甘く見たか。……そういう奴だと知ってたはずなんだが」
彼はもう助からない。
核融合炉は無事でも推進剤が漏れ続けている。ストームバグには宇宙を駆ける力はもう残っていなかった。
最後にデカイ花火にでもなろうかと、自爆操作をはじめる。
周りに誰も居ない所で自爆しても虚しいが、周囲のすべてを壊し続けてきた彼だ。その終わりに周りに何もないのはむしろ必然かも知れなかった。
閃光となって消える、最後のスイッチを入れようとする。
その時、彼の所にも呼び声が届いた。
テヅカ君は三章ラスボスの座につくことができるか? このまま「敗北芸」キャラで終わってしまうのか?
構想時点ではもっと大物感に溢れた強敵だったのですが。




