3-20 まだ変身を残している
リョウハは孫衛星の軌道上に上がってきたセンチピードの動向を片目でにらみつつ金剛へのランデブーへ向かう。
テヅカの動向によっては再度意識を飛ばして重宇宙服による迎撃を行う心づもりだ。その際にはヤシャの方が無防備になるが、機体の制御権をフウケイにでも渡せば最低限の回避動作ぐらいは出来るだろう。
「ヒサメ、そっちはどうだ?」
「テヅカは動きがややぎこちない。首を折られる寸前まで行ったから神経にダメージが入っているのかも。それと司令が重宇宙服の部隊を編成して各所に配備中」
「重宇宙服を着てたからって、一般人がアイツと戦えるわけじゃないぞ」
「でも、テヅカにはどれがリョウハか分からない。それに、その気になればどれでもリョウハに出来る」
「中身が入ったままの重宇宙服を制御するのは避けたい。主に相手のために」
「死ぬよりはマシ」
制御を奪う前に中身には脱出を勧告したいが、重宇宙服は簡単には脱着が出来ない。もともと、普通の宇宙服では活動不能なぐらいの悪環境で使用するための物だ。簡単に脱げてしまっては意味がない。
「待って、テヅカの移動ルートがおかしい。私の身体を追って来ない。これは……来た道を戻っている?」
「アイツは意味のない撤退はしない。戻ると何がある?」
「もちろんテヅカの乗ってきた宇宙機、ストームバグSSRが」
「俺がまだ金剛に戻っていないのに気づいたか。肉弾戦では勝ち目が薄いと考えて宇宙機同士の戦いで決着をつけるつもりだな」
金剛の船体すべてを人質にとられる可能性も検討する。
ヤツの目的は金剛の奪取だ。そんな意味のないブラフはかけないだろうと判断する。しかし、金剛を盾にして攻撃してくるぐらいのいやらしさは当然あるだろう。
「リョウハ、勝てる?」
「勝つさ」
「嘘、あるいは強がり」
「本当だ」
「軍用機ストームバグの運動性能は元からヤシャを上回っている。ジャイロが停止しているのではその差はさらに大きい。AMBACでは精密な姿勢制御もできない」
ヒサメの言葉は事実だ。
しかしリョウハは「だからどうした?」とも思う。一歳差、成長促進も考えに入れれば二、三歳分の差があった昔ならともかく、今となってはテヅカ程度に負ける気がしない。それに、大気圏内のドックファイトと違って宇宙機同士の戦いは運動性能がすべてではない。
「ヒサメ。たとえ不安があっても今は戦わないという選択肢はない。だから、こういう時は勝てと命令してくれれば良い」
「……リョウハ、勝って」
「了解!」
「航行灯はすべて消します。無線もこちらからの発信は緊急時以外は封鎖。リコリィさん、観測機器もパッシブ系のもの以外は使用しないで下さい」
一方、降下艇ビーグルでは「死んだふり作戦」を開始していた。
最低限の推進剤しか残っていないのでは逃げることも出来ず、戦闘用強化人間やオーパーツ級の超兵器相手に戦うなどは論外。息を潜めてやり過ごす以外は打つ手がなかった。
「ギムさん、私は何をすればいいの?」
「通信は封鎖しますからミモザさんの当面の仕事はありません。……金剛の様子を見ておいてください。異変があったら報告を。私はセンチピードを担当します。リコリィさんは自由にさせておくと良い仕事をするようですね。金剛とセンチピード以外のすべてをお願いします」
「了解なのです。シンジュから追加で上がって来る機体がないかどうかと、ヤシャの動向もモニターします」
「良い着眼点です」
「金剛は依然として動きなしです。ヒサメちゃんが回復するまでは動けないんですよね?」
「まだ治療中なのでしょう。……そう見せかけて、動き出すタイミングを見計らっているのかも知れませんが。センチピードの方も動きなしです。電波の類は活発に発信していますが、軌道を変更したり真空エネルギー砲を撃ったりする様子はありません」
ミモザ・ヴェールは首をかしげた。
チューブに入った飲み物で唇を湿らせながらたずねる。
「真空エネルギー砲ってどういう物なんですか? 話に聞いただけだとよく分からなくて」
「私も完全に理解しているわけではありませんがね。真空エネルギーとは、何もないとされる真空中にも膨大なエネルギーが秘められている、という概念です。質量をエネルギーに変換できるように真空をエネルギーに変換できる、というのが基礎的な考え方になります」
「……(さっぱりわからない)」
「かつてアルバート・アインシュタインは核エネルギーを『無欲な男』にたとえました。莫大な財産を持っているけれどそれを使おうとしない男だと。使われる事がない財産だから周りの人間はそれが存在する事を知ることができない。……結局はヒロシマとかナガサキとかで使用されたのですが。それと同じように何もないとされる真空にも同じように『無欲な』エネルギーがある、真空を分解すれば莫大なエネルギーを発生させられる、とされます」
「真空を分解って、分解された真空はどうなるのですか?」
ミモザではなくリコリィが質問する。
子供っぽく見える彼女だが、理系的な頭脳はミモザよりも上なようだ。
「消えてしまうのではありませんか? 何せ『分解』されるのですから。真空が無くなる、というのがどういう状態か想像し難いですが」
「そこが真空である、というブランクデータが書き込まれている状態が『真空』で、ブランクデータを書き込む媒体さえないのが『分解された真空』なのですか?」
「そうかも知れません」
「それは大変なのです! 宇宙が壊れちゃうのです! そんな物をこれ以上撃たせてはいけないのです!」
「大丈夫です。センチピードに搭載されている真空エネルギー砲は異星人由来のよく分からない品、というだけでそこまで危険な物ではありません。目標座標の真空を分解しつつ分解したのと同量の真空を発生させているのか、発生するエネルギーと同量程度のエネルギーを必要とします。実質、目標とする場所にエネルギーを伝達する装置ですね。対象空間にある物体はランダムな運動エネルギーを与えられて引き裂かれる事になります」
「少しだけ安心したのです」
リコリィはそう言いながらも「よく分からない物を気楽に配備するべきではないのです!」と付け加えた。
実際には気楽ではないからセンチピードに置かれていた。捨てるには惜しいオーパーツだが簡単に使う訳にもいかないから長命者預かりで管理されていたのだ。その長命者が長い時の果てに人間性と知性まで鈍磨させてしまったのが問題なのだ。
余談だが、ヒサメとリョウハも長命者ジャック・ドゥに預けられたオーパーツ扱いだったりする。
ギムは自分が担当しているデータを横目で見ながら毛づくろいを始めた。
この死んだふりは長丁場になる可能性がある。
リラックスしていくと、逆に黒豹の心にさざ波が立った。
何かがある。
誰かが呼んでいる。
彼は周りを見て、呼びかけに気づいているのは自分だけであると判断する。
それも当然だ。
呼びかけはオカルト的なテレパシーによる物ではないが、それに近い。異星生物が発する有意信号を彼の特異な能力が受信しているのだ。そして、同種の遺伝子を持つためか、彼には有意信号の持つ意味が何となくわかった。
[来い。我が元へ来い。そしてその知識を我に捧げよ]
呼び声は執拗に同じ意味を繰り返していた。
これはおそらくギムやリョウハといった同種の遺伝子を持つ者たちへの呼びかけだ。一応、声の主が自分の上位者であるような感覚はある。しかし我を忘れて従ってしまうような強制力はない。
考えなしにセンチピードを操作して宇宙へ飛び出したけれど、そこから先はどうしたら良いか分からなくなって案内人を欲している。そんな所だろうか?
赤いキノコには知性があるが、その知能はたかの知れた物だとギムは評価する。
不意に、キノコの呼び声が遮られた。
「おや、通信妨害が発生していますね。センチピードには変化がありませんが。他はどうです?」
「リョウハさんの機体は大っきな大砲を構えているのです」
「宇宙戦闘開始でしょうか? 金剛はどうです?」
「変化なし。……いや、今、何かが出てきました」
「どっちも、凄い動きなのです! ピカピカって光って。……アレ?」
「どうしました?」
「止まったのです。リョウハさんのヤシャは表面温度が上昇。姿勢制御中」
「金剛から出てきた宇宙機は質量が半減、制御不能のようです!」
通信妨害も終了している。
「終わった、のでしょうか?」
「なんか、あっけなかったのです」
テヅカ「やり直しを要求する!」




