3-17 急ぐ想いは光を超えて
ムカデ型と巨人型、二体の異星生物を退けたリョウハは油断なく残心を保っていた。相手が生物である以上、再生してくる可能性はある。
どうやら大丈夫だと見極めた頃、通信が入った。
緊急事態を告げるアラーム付きのそれに眉をひそめる。緊急でない戦闘などあるはずが無いだろう。
「リョウハさん、ビーグルです」
「こちらヤシャ、降下艇ビーグルどうぞ」
相手は降下艇ビーグルのミモザ臨時通信士だった。
ランフロールの女生徒たちはリョウハを前にすると妙にオドオドする。なぜそうなったのか理解できない。しかし、そういうものだと納得しておく事にしていた。
「ええっと、大変なんです。宇宙で戦いが……」
「戦闘?」
リョウハの声が1オクターブ跳ね上がった。
それに対して笑い声が帰ってくる。本来なら声を持たない生き物、黒い破壊者の電子の笑いだ。
「こちら降下艇ビーグル、ギム艇長だ。すまん、笑い事ではない。現在、金剛と軍用宇宙機が交戦中だ。すぐに上がってきてくれ」
「何?」
リョウハはレーダーで金剛を探す。
反応なし。
まだ地平線の下だ。直接の通信も通らない。
リョウハはそれ以上は時間を無駄にしなかった。
人型形態のヤシャを脚力だけでジャンプさせる。センチピードの分体に影響しない位置でバーニアに点火、高度を稼ぐ。
飛行形態へ変形する。
翼の揚力も使って上昇したほうが燃費はいい。しかし、今は緊急時だ。バーニアの推力だけで垂直上昇する。
スピードを稼ぐには大気の摩擦が邪魔だ。可能な限り早く大気圏を突破するための垂直上昇。
常人なら圧死しかねないGに耐えつつ、ギムに状況を問いただそうとする。さすがに声を出すのがつらい。
ならば声を出さなければいい。
新たに得た能力で黒豹と同じく通信機に声を直接入力する。
「ギム、状況を教えてくれ」
「先ほど、シンジュの地表から軍用宇宙機ストームバグが発進した。搭乗者はテヅカ・ウォードクと名乗っている。おそらく、デッドマンたちを殺して回っていた本人だろう」
「……テヅカだって? 何でアイツが?」
「知り合いか?」
「ああ、よく知っている」
「テヅカ何某は金剛に急速接近。レツオウ司令はそれを敵対行動と判断して迎撃した」
「効果はないだろう」
「正しく。ストームバグは金剛の攻撃をすべて回避して船体にとりついた」
「……ナルホド」
すでに船内に入り込まれているのか。最悪に近い状況だ。
今回の自分の仕事は前線で暴れまわる事だけだ、などと考えずにもっと周辺環境を整えておくべきだったと後悔する。せめて通信衛星だけでも配置していれば。金剛との連絡を絶やさなければ、もう少しはやりようがあっただろう。
「リョウハ、念のため聞くが、相手が知り合いなら説得して戦いを避けることは可能か?」
「無理だ。一度作戦行動に入ったテヅカ・ウォードクがそれを中断することはあり得ない。少なくともテヅカに有利な状況では作戦目標完遂まで動き続けるだろう」
「しかし、同窓生か何か、そんな間柄ではないのか?」
「一般的な人間関係で言うなら、たぶん、兄に近いな。……道を踏み外した不良な兄貴だ。それだけに良くわかる。俺が相手でもアイツは止まらない。むしろ、面白がる」
「戦闘狂同士。たしかに兄弟だな」
「……」
大気圏を突破してヤシャは真空中を加速する。
孫衛星の軌道を周回する金剛を追いかけようとして思いとどまる。たぶん、逆方向へ移動した方が早い。
問題は相対速度が大きすぎるとドッキングができない事だ。
シンジュから離れる方向へ移動する。
地平線の向こうから金剛が現れる。外見上は無事だ。
金剛とのランデブー軌道を計算する。やはり、後ろから追いかけるよりこの場で待った方が早い。それに、後ろから追いかけたのでは推進剤がもたない可能性もあった。大気圏突入装備の今のヤシャはビッグアイと交戦した時より航続性能が大幅に低い。
とっさの判断で正解を掴んだようだが、この場で待っていてもそれなりに時間はかかる。
テヅカが金剛を制圧するのにかかる時間は5分か、10分か?
搭乗者のすべてを殺傷するのではなく航行に必要不可欠な部分をおさえるだけなら、その程度の時間で終わっても不思議はない。
そして、金剛がテヅカに従ってシンジュから離れる方向へ移動を開始したら、ヤシャで追いかけるのは難しくなる。一時の加速ならともかく、継続しての移動ならヤシャより金剛の方が上なのだ。
どうにかしてテヅカの邪魔をする必要がある。
「ギム、あなたは電脳世界へ入れるか?」
「藪から棒に何を?」
「あなたたちブラデスト一族は電気・電流を操る。声を出すのもそうやってスピーカー経由だ。そこからもう一歩進んで、情報処理機械を自前の能力でコントロールする事は可能か?」
「無理を言うな。単純なスイッチのオンオフならともかく、複雑な情報の流れまで把握できる訳がないだろう。不可能だ」
「そうか、俺の脳でもできないかどうか試してみる」
ヤシャが金剛とランデブーするまでの時間には物理法則から来る絶対的な制約がある。
物理的な肉体が行くことが出来ないのなら、情報だけでも先に行く。それが最善だ。
ギムが何かツッコミを入れたようだったが、リョウハはもう聞いていなかった。
ヤシャの人型モードを脳力だけでコントロールした時の感覚を思い出す。瞑想状態に入りながらヤシャの情報中枢と接触する。
そこに誰かの気配を感じた。
『あら、見つかっちゃった? これは不可抗力。仕方ないね』
『ヒサメ?』
『正確にはその人格データを移植された分身体。あとで差分を本体と統合する事を前提にしたコピーね。この私はリョウハとは接触しない。見ているだけの予定だったんだけど、サポートはいる?』
『願ってもない!』
不可能な事を無理矢理に実行するつもりだったが、いきなり難易度が下がった。
ヒサメがこちらに居るのなら、金剛のマスターキーを手に入れたようなものだ。
『今、本体とのリンクは断絶中。あまり良い状況じゃない』
『そうなる、か』
レーダーで金剛の姿を捉えている以上、金剛とのデータリンクは復活している筈だ。
ヒサメに何かあったのだろうか?
『金剛の機能はどの程度操れる?』
『金剛そのものを動かすのは本体経由でなければ出来ないように設定されてる。情報を覗き見するだけなら無制限。些末な部分ならこちらからの制御も可能』
『ヒサメの身体は今、どこに?』
『グローリーグローリアのラウンジルーム』
『ヒサメの安全を最優先する。A4番エアロックに置いてある重宇宙服の所まで俺を運んでくれないか?』
『依頼の内容が不明確。具体的に』
『重宇宙服の制御を乗っ取って、俺の身体として使用する。宇宙服を起動してその視覚データをこちらへ送ってくれ。後はこっちでやる』
『了解。……実行』
リョウハの視界が開ける。
どこかの……間違いなくA4番エアロックが見える。ヒサメはサービスして視覚だけではなく音と手足の位置情報のデータも送って来てくれた。
これなら十全に動ける。
試しに手足を動かしてみる。
リョウハの好みとしては動きが遅い。普通の人間の動作程度のスピードは出ているが、戦闘用強化人間に対抗できるレベルではない。リミッターを解除すれば少しはマシになるだろうか?
最悪は時間稼ぎに徹しよう。
パワーアシスト付きの重宇宙服は装甲だけならかなりの物だ。防御に徹すればそれなりに持ちこたえる事が出来るはずだ。
自分が同一機種を秒殺した事は棚に上げる。
中身のない宇宙服を泳がせる。リビングメイル形態とでも呼ぶべきだろうか?
エアロックから外へ出る。現在の金剛は慣性航行中であり無重力だ。
『金剛の動力・航行系はロックされている。私の本体が機能を停止させた模様』
『良い判断だ』
リョウハの身体のある方、ヤシャにレツオウからの通信が入る。
残念ながら相手をしている余裕はない。金剛とのランデブーに向けてのヤシャの操縦と重宇宙服の操作、この二つでリョウハのマルチタスク能力ももう限界だ。
モード・リビングメイルは真空中を飛んだ。
あたりに生物兵器の死骸が多数漂っている。テヅカがレパスを殲滅できた事は意外ではない。むしろレパスたちがいつの間にか何十匹にも増えていた事に驚いた。
エアロックを手動操作してグローリーグローリア内に侵入する。
『どっちだ?』
『私の身体ならラウンジから動いてない。そこからなら赤のガイドラインに沿って行けばいい」
『わかった。敵はどこに?』
『その、同じ位置に』
『そうか』
船内にも自動機械の残骸がいくつか漂っている。ここでも戦闘が行われたようだ。
重宇宙服の駆動音は大きくはないが、隠密行動が可能なほどでもない。身を隠す事は考えずに直進する。
ラウンジの扉は破壊されていた。
重宇宙服でも余裕を持って通過可能なそこから進入する。
内部には血痕が少々。幸い、死亡するほどの量ではない。
そして。
ヒサメの身体があった。
左腕が不自然によじれている。骨が折れ、関節が外れているようだ。
頭部ユニットからたなびく銀の髪は半分くらいがむしられている。
ユニット本体にも破損があった。外装の破損だけで内部には被害が無いと思いたい。ヒサメの事だからどこかにバックアップぐらいはとってあるだろうが。
当然、本人に意識はない。
テヅカはどの程度までヒサメの真実に気づいたのだろうか?
「クソが! お仕置きがまだ足りなかったか?」
そのテヅカはヒサメから少し離れたところで別の女の子に軽い蹴りを入れていた。本気の蹴りなら身体が真っ二つになっていてもおかしくない。本当にお仕置きレベルの行動なようだ。
テヅカは生体甲冑タイタンを身につけていた。ヘルメットのバイザーを開放し、怜悧な素顔が見えている。残念ながら顔のレベルはリョウハよりテヅカの方が上だ。
ヤツがヒサメから離れている今がチャンス、などという事は無いな。
人質云々を気にするなら、ヤツが着ている強化服にとってはラウンジルームの全体が間合いの内だ。
そんな戦術的な思考はリョウハの脳のほんの一部をよぎったにすぎなかった。
殺意。
人体工房時代の先輩に対する膨大な殺意が膨れ上がっていた。
テヅカ・ウォードク。
ヤツは殺す。
リョウハは重宇宙服のバーニアを全開、頭からテヅカに突進して行った。




