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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
恐怖の宇宙生物 強襲揚陸艦『金剛』
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3-16 テヅカ・ウォードク

 テヅカ・ウォードクはタイプ(オーガー)などとも呼ばれる戦闘用強化人間である。

 より詳しくはタイプOD、オーガー・ドラッグタイプ。体内でさまざまな化学物質を合成して散布できる。もともとは鎮静剤などを散布して暴動を未然に防ぐのが主な用途だ。


 しかし、テヅカは彼なりに研究熱心だった。脳までも強化されたその知性で合成する物質の組成を様々に変えた。興奮剤や麻薬状物質、もちろん単純な毒もある。ただ殺すだけの毒など通常の戦闘能力も高い彼には不要な物だったが。


 人体工房時代のリョウハの悩みであった「戦う為に生まれたのに戦う相手がいない」という問題は彼にもあった。否、これは年上の彼からリョウハへ波及した悩みであった。技を磨き知恵を蓄え、より高い戦闘能力を追求したテヅカだったが、せっかく身につけた能力を使う場がないのは深刻な問題だった。


 とは言え、彼はリョウハほど単純ではなかった。

 鬱憤ばらしの八つ当たりをするにしても、相手を罠にはめ事故扱いになるように細心の注意を払った。直接的な戦闘能力を磨くのに熱心だったリョウハと違って、搦め手を使い自分有利な場を整える事を重視した。

 そうしている間に彼には戦う相手が出来た。

 人体工房、そしてその背後の人類世界を支える組織のすべてが彼の敵だった。

 これはテヅカからの一方的な想いではない。優秀すぎる能力を持った彼は組織から度々、処分対象として検討された。単独で大敵を葬る力を持ったリョウハも危険だ。しかしその能力は正面戦闘における優秀さに限定される。対してテヅカは単なる戦闘にとどまらず、戦術や戦略の領域にまで足を踏み入れていた。

 組織の中に置いておくには危険すぎる切れすぎる刃物。それが彼に与えられた評価だった。


 その評価を知った時、テヅカ・ウォードクの倦怠の日々は終わりを告げた。

 その時から戦いが始まった。彼が生き残るための戦い。彼を通常の人間よりはるかに優秀な者として作成しながら、優秀すぎるという理由によって彼を排除しようとする者たちとの戦いだった。


 彼を危険視する急先鋒の人物を謀略と薬物により失脚させた。

 彼に都合の悪い記録を破棄させ、人体工房から軍へと組織を移った。研究機関である人体工房よりも軍の方が組織がしっかりしている。理不尽で恣意的な理由で処分される危険は軍の方が小さい。

 人体工房における強化人間は研究成果であり実験体だが、軍隊内でのそれは曲がりなりにも「兵員」であり「人」なのだ。


 しかし、軍の中でも彼は危険視された。

 彼が『危険な人物』である事と彼が『危険視』される事の相関関係ははっきりしない。組織の中で『危険視』されるから『危険な』行動をとらざるを得ないのか、単純に彼が『危険』であるから当然の評価として『危険視』されるのか、どちらが先でもあり得るし両方同時であるのかも知れなかった。


 軍に入ってからも彼は盤外戦術的な行動をとり続けた。

 気に入らない相手は上司であれ同僚であれ失脚させ、気に入った女が居たら食い荒らした。武力で下して薬物で堕とす。彼にとって他者とは敵か獲物かの二択しか無かった。

 彼は悪さをしてもその証拠を残すようなヘマはしなかった。

 だが、証拠は無くとも結果は残る。彼がいる部署やその周辺でトラブルが多い事は発見された。彼がはっきりと処分される事はなかったが、彼はあちこちの任地をたらい回しにされた。


 テヅカがダフネ補給泊地に赴任したのは最近のことだ。

 後輩のリョウハが同一星系内にいる事は知っていた。わざわざ連絡を取らなかったのは深い考えがあっての事ではない。何かの折に顔を合わせたら驚かせてやろうという茶目っ気だ。リョウハが軍の広報を見ていれば一発でバレる程度の事、隠すと言うほどの意識はなかった。


 そして、亜光速物体がやって来た。

 リョウハが軍の関係者に迎撃の指示を飛ばしたおかげで、テヅカは一般の民間人よりも状況の把握が早かった。他星系が受けた攻撃を分析して、自分のいるダフネ補給泊地は見逃されるだろうと考えた。そして、ブラウ惑星系の中枢であるブロ・コロニーが破壊される事も予想した。


 予想は粗方的中したが、さすがにリョウハが亜光速物体を破壊する事とそれに伴う惑星ブラウの大爆発までは想像の埒外だった。


 テヅカにはダフネ補給泊地への帰属意識などなかったし、そもそも自分が人類の一員だと言う認識もなかった。よって、大混乱と大量死は大歓迎だった。

 テヅカは自分を創り出した人体工房が、自分を無力化できるような何らかのキーを設定している事を確信していた。通常の人間をはるかに超えるような知能と身体能力を持つ化け物を創り出しておいてそれを野放しにするような馬鹿が居るはずがない。

 だから彼はこれまで大人しくしていた。好き放題やっているようでも、一定の歯止めは残っていた。


 ブラウ惑星系と宇宙の他の部分との連絡が遮断され惑星系の行政の中枢まで消滅したのなら、彼を押し留める物はもはやなかった。

『彼を止めるための特別な何か』が無いのなら、あとは最強の兵器である彼を止められる物などない。

 彼は彼の製造目的とは真逆の行動をとった。

 ダフネ補給泊地の人々の注意力を奪い、彼らが大量の放射線を浴びるように仕向けた。放射線を浴びて緩慢な死が確定した人々を煽って暴動を起こさせ、ダフネ補給泊地を滅ぼした。


 滅ぼした理由は特にない。

 強いて言えば秩序や人間と言うものが気に入らなかったからだろう。あとはリョウハが強敵に挑みたがるのと同じ理由、実行困難な事柄を成し遂げるのが楽しかったからだ。

 彼は自らの愉悦のためにダフネを滅ぼした。


 彼は名誉にも権力にも興味はなかった。

 金は秩序が崩壊した世界では何の意味もない。信用貨幣など、信用を担保する国家がなくなってしまえばただの無価値なデータに過ぎない。特定の中心を持たない仮想通貨とて、ネットワークの大半が存在していたブロ・コロニーが消滅したのではその機能を保つことができなかった。

 彼に意味があったのは本能的な欲求、食事と女だった。三大欲求の最後の一つ、睡眠については割愛する。彼ならばどこでも寝れるし、必要とあらば全く眠らなくともかなりの長時間活動することができる。

 ダフネを崩壊させた後で彼は少しだけ後悔した。食事については味を問わなければそれほど問題ない。少なくとも彼一人なら飢え死にする心配はなかった。

 一番の問題は女だ。

 死亡が確定した女たちを見て「もったいない」と思う程度には彼も人間だった。


 グローリーグローリアの女生徒たちが無事である事を知って彼は少女たちを守った。

 気に入った女を拉致し、残りの少女たちも自分の物であると考えた。グローリーグローリアの周囲に罠を設置し、容易には近づけないようにした。

 少女たちを生かし続けるには食料の生産設備が整った基地が必要であると知った。

 ダフネ補給泊地は流通の拠点だ。大量の食品が貯蔵されていたが、大人数を将来にわたって支え続けられるような生産設備はなかった。


 テヅカの発想は「軍人」というより「盗賊」「掠奪者」の物だった。

 無ければ奪えばいい。

 ダフネから一番近くにある食料プラントのある基地はシンジュの観測基地だった。

 大量生産・大量消費を強いられるデッドマンたちを見ても特に義憤は感じなかった。しかし、腹立たしさ・苛立ちはあった。デッドマンたちを酷使する上層部にもイライラしたが、それ以上にいいように酷使される側に感情移入した。


「騙されまくって搾取されているんじゃねーよ、ボケどもが!」


 自分の劣化コピーを見ているようで、彼は必要以上に攻撃的になった。そうで無ければ稼働中のデッドマンたちを全員殺してまわるなどという手間のかかるマネはしない。

 彼は常に論理的に動いているわけではない。

 肉体的には成人しているが、彼はリョウハより一歳年上なだけ。つまりは13歳だ。人生経験は致命的に足りていない。自分の感情を適切に扱うすべを知らなかった。


 武力で下して薬で堕とす。得意のコンボでセンチピードの本体を制圧した所までは良かった。

 センチピードの本体は分体たちが10の体節から出来上がっているのに対して実に80のブロックを数える。分体たちを取り込んで完全体になれば合計100ブロック。100に分かれるムカデ、センチピード。

 そんな名前の由来はともかく、本体を制圧した後に金剛とビッグアイの宇宙戦闘が起こった。

 ただのガスフライヤーが戦艦に勝てるはずがない。兵器と民生品の間には絶対的な差がある。そんな確信を覆したのがリョウハだとは分かっていた。「兵器であるリョウハが民生品を利用して戦艦を攻略した」という解釈で彼の価値観は守られたが、かつての後輩に対して仄暗い想いを抱くことはやめられなかった。


 そして、赤いキノコが生えてきた。


 テヅカは配下とした者たちには絶対的な服従以外は要求していなかった。だから、彼が宇宙の彼方に想いを向けていると、地上の事柄への対処は遅くなった。


 彼が気がついた時にはシンジュの地表には巨大な異星生物たちが林立していた。

 彼がいくら強くとも数の差は埋められなかった。薬物にやられて盲従しかできなくなった人間やその人間すら居ないただの自動操縦の機械では異星生物たちに対抗できない。特にセンチビートの本体はその巨大さが仇となり彼一人での防衛は不可能だった。


 テヅカは戦略的な後退を決意した。

 本体から体節を三つほど切り離し、自分の宇宙機ストームバグと共に離脱させた。シンジュそのものからの撤退も考慮したが、ほとんど得る物のない撤退は心情的に我慢できなかった。


 撤退するにしてもシンジュで得るはずだった物よりもっと多くの物を手に入れなければ。


 宇宙の様子を調べていると、金剛がシンジュの救援にやって来るのがわかった。

 現在、ブラウ惑星系で唯一の長期航行可能な大型宇宙船。願ってもない獲物だ。

 そして、彼は自分でも意識していなかったが、リョウハに嫉妬していた。


『個人の武技を磨き上げることで社会的にもそれなりに認知された事を』

『迎撃不可能と思われた亜光速物体を撃破してのけた手腕を』

『畑違いの宇宙戦闘で戦艦ビッグアイに勝利した事を』


 そんなリョウハが守っているガスフライヤー金剛を奪う。それは即物的な利益以上にテヅカ・ウォードクを興奮させた。


 今、彼は金剛の増加装甲と本体の間の空間に入り込んでいる。

 金剛を抑える上で一番にするべき事は金剛本体にはない。先ほど有線ハッキングを仕掛けた時に情報の流れを確認した。

 金剛の情報処理の中枢は内部に取り込まれた旅客船グローリーグローリアにある。


 女生徒たちともどもそちらも制圧する。


 彼は彼らオーガータイプと同時開発の化け物スーツ、生体甲冑タイタンを身につけて真空中に出た。

 これは本来ならばリョウハも持っている装備だ。かつての生物兵器レパスとの戦いにおいて、リョウハは「この程度の相手には必要ない」とタイタンを持ち出さなかった。その後、間をおかずに金剛に乗って脱出する事になった。リョウハ所有のタイタンは宇宙基地とともに永遠に失われた。肉弾戦におけるリョウハの苦労の大半は最初にレパス相手に舐めプした為である。


 タイタンは超小型の宇宙機とも言える機動性能を持ち、装着者に対してエネルギー供給を行なってその能力をフルに発揮させられる。タイタンを装備した戦闘用強化人間は俗にオーガーロードなどとも呼称される。


「さて、リョウハよ。お前はあと何分で駆けつけて来る? 早く来ないと俺に必要な機能以外、この船をメチャクチャにしてやるぞ」


 テヅカの前に生物兵器(レパス)の群れが立ちはだかった。

 が、それらは秒の単位で壊滅させられた。

 これが本物の軍用兵器の力だった。

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