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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
恐怖の宇宙生物 強襲揚陸艦『金剛』
57/69

3-14 二つと並び立つもの有り

 センチピード第一分体にのしかかった半円となったキノコ。

 真紅に彩られていたそれから色が抜けていく。


 単純に脱色されているのではない。赤い色素を持った細胞が分離され、風に巻かれて飛んでいく。

 おそらくあの赤い色は葉緑素のような物なのだろう。異星生物はエネルギーを生産する部分を切り離し、戦闘に特化した姿でヤシャに対抗するつもりだ。


 キノコの形が崩れた。中から硬質な輝きを持った物体が現れる。

 それ自体は意外ではない。もともと100メートルを超える物体だ。柔らかい素材だけで構成されているはずがない。しっかりした骨格が無ければ形を保つ事は出来ないだろう。

 意外だったのは中から現れた物の形だった。

 キノコの中で形状を整えてから満を持して登場したらしい。

 そいつらは二体いた。

 一つはセンチピードと同じムカデ型。もう一つはヤシャの二倍以上の身長を持つ巨人型だった。


 地上で行動する形態としてセンチピードやデッドマンたちを模倣したのだろうか?


 ムカデ型が多数の足をワシャワシャと動かし、不器用に前進する。

 巨人タイプは立っている事が出来ずに横倒しに倒れた。

 どうやら運用ソフトが足りないのは相手方も同じのようだ。


 リョウハは操縦装置を使わずにヤシャに翼剣を構えさせた。

 制御が不十分な敵に見せつけるように演武を行う。


 悪くない。


 人体とは異なる可動範囲を持つヤシャの関節を完全活用するには至っていないが、普通の人間の達人ぐらいの動きはできる。


 ムカデ型が迫る。

 ノタノタと不恰好な動きではあるが、その速度の絶対値は決して小さくない。大きいという事は速さと力に通じるのだ。

 リョウハは迫る敵に正面対決で応じた。

 翼剣が閃く。

 敵の一番前の足を切断する。返す刀で頭部っぽい場所を切断。断片を自分の足で蹴り上げる。


 蹴り上げた断片とその向こうの本体に向かって、ヤシャの両肩にマウントされたバーニアを噴射する。

 効率的な反動推進機関はそのままビーム砲のように使える。

 エネルギー吸収能力があるとされる異星生物だが、切り離された断片は一瞬で蒸発した。吸収しても小さな断片ではエネルギーの逃げ場がないせいだろうか?

 そして、大型であるムカデ本体の方も無事ではなかった。

 噴射炎を受けた最初だけは平然としていたが、苦しそうに身をよじる。炎から逃れようとする。


 核融合炉からのエネルギーを受け止めきるにはムカデ型でも大きさが足りないようだ。


 これが『饅頭怖い』の類いの欺瞞動作だったら、とも考えるがここは勝機と見て押し切るべきだろう。

 リョウハは火炎をさらに浴びせ続ける。


 敵の対応は横から来た。

 最初に倒れて立ち上がれなかった巨人型が、起き上がるのをあきらめる。四つん這いのまま動く。ヤシャに向かって突進してくる。

 重量は相手の方が上だ。

 まともにぶつかったら弾き飛ばされるのはヤシャだ。

 リョウハは甲板に固定していた両足のロックを解除。両肩のバーニアの勢いも利用して後ろへ飛んだ。


 回避成功。


 しかし敵の手はまだ終わっていない。

 ムカデ型のあちこちがパチパチと放電をはじめる。


 ヤシャから受けたエネルギーを自分の武器として活用するつもりだ。

 過剰に溜め込まされた力を放出しつつヤシャにダメージを与える二重の意味で有効な手段。

 リョウハが異星生物と同種の力に目覚めたとは言え、さすがに宇宙機クラスのパワーをコントロールするのは無理だ。相手が返して来たエネルギーをヤシャのバッテリーに充電し直すような真似は出来ない。


 リョウハは巨人型を盾に立ち回る。

 ムカデ型からの攻撃を受けないようにする。


 この場合、敵のとるべき手段は何だろう?

 二体の連携で時間差攻撃でもかますか?

 ムカデ型から巨人型へエネルギーを受け渡して巨人型からのエネルギー攻撃もあり得る。


 そうなった場合に備えて肩のバーニアを準備する。

 巨人型がエネルギーを受け取ったらすかさず噴射炎を撃ち込んでオーバーロードさせてやる。


 拍子抜けした。


 敵は有効な連携を取れなかった。

 巨大な腕を振り上げて打撃を加えようとする巨人型は、自分がムカデ型の射線を遮っている事に気づいてさえいない。敵は知性を持ち学習を繰り返しているが、現時点での戦術戦闘技能はさほど高くない。フィールドプレーヤー全員が一つのボールに群がる球技チームのようなものだ。


 腕の振りに合わせて懐へ飛び込む。二本や四本の足を持つ相手との戦いはリョウハは経験が豊富だ。

 巨人の腕を引っ張ってやるとそれだけでコケた。敵の手足が上を向く。

 再びヤシャの両足を甲板に固定。

 体積で8倍はある敵を力任せに振りまわす。

 ムカデ型に叩きつける。

 巨人とムカデの間に火花が散る。

 過剰なエネルギーを押し付けあっているようだ。


「チームプレイの不足がお前たちの最大の敗因だ」


 両肩だけでなく腰部のバーニアも動員。さらにパワーアップした火炎を浴びせる。

 まとめて火炎を浴びた巨人とムカデは痙攣した。

 身体のそこここからから煙を出した。末端から崩壊していく。

 身体が崩壊していく中で不自然に無傷なまま残っている部分がある。

 中枢の在り処だろう。


 ヤシャはハンドガンを引き抜き、二つの中枢部分を蜂の巣にした。

 巨人とムカデが揃って崩れおちる。


 あまり面白い戦いではなかった。

 それがリョウハの感想だった。





 同じ頃、ギム・ブラデストは降下艇ビーグルを慣性航行に移行させていた。

 ビーグルも宇宙機として使用できる。しかし、大気圏内での運用を重視した設計なので推進剤が致命的に足りない。衛星軌道まで上がったら後は最低限の軌道変更ぐらいしか出来ない。

 自力での金剛との合流は不可能ではないが、余裕は全くない。金剛側から迎えに来てもらうか、トミノ式あたりで推進剤を持って来てもらうかした方がいい。


 いずれにせよ、異星生物も衛星軌道への攻撃は出来ないだろう。

 ギムは翼を広げ前脚・後脚を揃えて伸びをした。


 女の子たちも緊張から解放されて、甘い飲み物のチューブを持ち出している。


「アレ?」


 それに最初に気づいたのは自分のシート周りを探査用の表示のままにしていたリコリィだった。


「シンジュの地表でエネルギー反応。……何かが上がって来るのです!」

「上がって? モリヤも緊急離脱を? リョウハがそんなに早く敗走するはずもなし」

「違うのです! 位置としてはモリヤの方に近いけれど別の宇宙機なのです! 凄い加速。10G以上」

「10Gって、軍用機か?」


 通常の機体は非常時であってももっと穏やかな大気圏離脱をする。

 ギムは自分のコンソールを操作、出現した機体がどんな信号も発信していないのを確認する。真っ当な意図があってのこととは思えない。

 相手の姿をカメラで確認。デルタ翼の大気圏内外両用機体のようだ。基本的にグレーの塗装だが、所々に漆黒の部分があってシルエットを視認しづらい。

 情報を検索して該当機種を探す。


 特別快速連絡機ストームバグSSR。

 大気圏内外を自由に行動する高機動機体。機体自体はほぼ非武装。想定される主な用途は重要人物の緊急脱出や一騎当千の兵員の敵施設への移乗。


 ストームバグの進路を確認する。

 まったく遠慮せずに推進剤を消費、最短コースで金剛へ向かっている。

 ギムは牙を剥いた。前脚で操作する手間をかけずに通信機を起動する。


「こちらビーグル。シンジュ地表より発進した機体あり。明らかに軍用・戦闘用の機体だ。金剛へ向かっている。注意されたし」


 さっさと迎撃しろ、と言いたいところだ。

 逃げるのは不可能。軍用の高機動機体相手に資源採掘用のガスフライヤーが逃げ切れるはずがない。ストームバグ相手に少しでも対抗できるのはヤシャだけだろう。それですら「あり物を利用した急造品」vs「軍の正式採用機」という事で敗北する可能性が高い。


「ミモザさん、ヤシャと通信は可能ですか?」

「……繋がりません! 妨害されているの?」

「いいえ、シンジュが間に挟まっているだけでしょう。繋がるまでコールを続けて下さい。繋がったら、すぐに救援要請を」

「分かりました」


 軍用機と戦うなら最低でもリョウハの手が必要だ。

 金剛の側でも呼び戻しはするだろうが、今は金剛とビーグルのどちらが早く通信可能になるかを判断する暇も惜しい。


 虚空の中で金剛が回頭する。

 機首をストームバグに向ける。


 ミサイルを撃った。

 ヒサメ設計の新造品ではなく、金剛に元から装備されている破壊探査用のミサイルだ。

 二発を同時発射し、それを回避した先を塞ぐようにさらに四発を連続発射する。

 合計六発。

 金剛に装備されていたミサイルのすべてだ。


 必中・必殺を期した攻撃。

 しかし必中にも必殺にもほど遠い攻撃でもあった。


 破壊探査用のミサイルは誘導性能を持っている。しかしそれは「大雑把な狙いで発射しても目標に命中する」程度の物でしかない。「逃げ回る敵の動きを読んでその先へ回り込んだり」はしないし「至近距離まで来たら爆発して破片を撒き散らしたり」もしない。

 六発すべてが回避された。

 それも最低限の機動での危なげない回避だった。


 通信が入った。

 音声だけでなく画像まで入った通信だ。軍用機専用の通信を強制的に受信させるシステムを使っている。

 スクリーンに映し出されたその男の顔を見て、ミモザとリコリィが悲鳴をあげた。


 鬼だった。

 リョウハとどことなく面差しが似ている。だが、リョウハには大剣か大斧のような分厚さの印象があるのに対して、その男の印象は切れ味の鋭いナイフあるいはメスだった。本人にその気は無くとも触れただけで切断されそうな危険な雰囲気。


「この程度のミサイルで俺を始末しようなんて、俺の事を舐めているのか?」


 男がいるのは宇宙機のコクピットのようだった。ヘルメットは外しているので顔は見える。額の角もよく見える。見慣れないタイプの戦闘用宇宙服らしき物を身につけている。


「お前たちの親分はよく知っているが、改めて名乗ろう。俺の名はテヅカ・ウォードク。これからお前たちの主人になる者だ。……これよりガスフライヤー『金剛』を接収する。俺の前に額ずく準備をしろ」


 邪悪なる鬼は酷薄な笑みを浮かべた。

 この世のすべては俺の物、そう確信している微笑みだった。

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