3-11 降下艇ビーグル号の冒険
ヒカカ・ジャレンの指揮する降下艇モリヤを分離した後、ガスフライヤー金剛は次の目的地に向けて飛行していた。対空砲火は無し。金剛とモリヤ以外に飛行する物体も無し。
宇宙空間と判定されかねないような超高空まで上昇する。熱核ジェットが機能を失う高度を弾道飛行する。大気の抵抗がない高度を移動する方が速い。
降下艇の二号機ビーグルの指揮官は翼をもった黒豹、ギム・ブラデストが執っていた。
指揮を執るとは言ってもこちらの降下艇は地上に降りる想定はしていない。まずは低高度から行方不明のセンチピード本体を探し出すのが目標だ。必然的に必要とされる人数も少なくなる。
ギム本人としては自分だけでよいと言ったのだが、人材育成の観点から「社会見学」者を二人ほど同行させられている。ランフロール女学院の生徒の中でも年長の二人。ミモザ・ヴェールとリコリィ・ウスカ。気の強い赤毛の女の子がミモザ、どことなく小動物めいた雰囲気があるのがリコリィだ。
引率者がギムなのは間違っても『間違い』をおこらせないためであろう。
「ええっと、艇長さん。小人さんたちの降下艇は無事に目的地に着いたようです」
「リコリィさん。この場合、さん付けは要りません。『艇長』だけで敬称を兼ねていると解釈してください」
「分かりました、艇長」
「でも、艇長。ヒカカさんたち、なんだか管制室と揉めているみたいですよ。勝手な事をした、とか。そこは止めろ、とか。いろいろと言われているみたいですけど」
「まったく、あの人は。根回しぐらいしてから動けばいいものを。……止められるのが分かっていたから何も言わずにやったのかも知れませんが。話を聞く限りではデッドマンという存在の利点と外道な部分をまとめて粉砕したみたいですね。これでは彼らを取り込んでも普通よりちょっと劣った人材を数だけ確保することにしかなりません」
「そんな事をして良かったんですか?」
「司令は面白くないでしょうが、やってしまった事は仕方ありません。大きな処罰も出来ないでしょう。そもそも、司令が『司令』である事だって法的な根拠があるわけではありませんし」
ギムは彼専用の操縦席の中で身じろぎし、翼を一打ちした。
席というより止まり木に近い代物だが。
「ま、彼らの事は私たちには直接は関係しません。我々に与えられた任務はセンチピード本体の捜索です。その為に考えておかなければならない事は何でしょう?」
「ええっと、本体を発見できない理由、だと思うのです」
リコリィがおずおずと片手をあげていた。
気弱そうだが相方より頭の回転は速そうだ。ギムはプラスに評価する。しかし、あえて意地悪く尋ねる。
「どうしてそう思うのですか?」
「本体が見つからない理由がいくつか考えられるからなのです。理由の一つとして考えられるのは本体がすでに破壊されている場合なのです。この場合は我々は爆発の跡や残骸を捜索しなければなりません。状況によっては残骸が地表の氷を突き破って液体の海の層まで落ち込んでいることも考えられます」
「続けてください」
「本体が健在であると仮定した場合、見つからない理由は二種類に分類できると思うのです。意図的であるか偶発的であるか、です。衛星シンジュを襲った災害はあの赤い花だけではないとすでに分かっているのです。第二分体を襲撃した人間らしき存在がいる以上、本体がそれから身を隠していると考えてもおかしくありません。この場合は本体の隠れ場所を見つけるのと同時に私たちが敵ではないと説得しなければならないのです」
「リコ、すごーい!」
赤毛のミモザが歓声をあげる。
が、彼女も馬鹿ではない。喜んでばかりはいなかった。
「ちょっと待って、その襲撃者に私たちが襲われる心配は?」
「私は『無い』と思っています。稼働中の全デッドマンを殺害し、自分に都合がいい数だけ再生すれば衛星シンジュを制圧することが可能です。これは理性的な『作戦』だったと思われます。その『作戦』はおそらく、予想外の異星生物の出現によって破たんしました。襲撃者が今から我々程度を襲うメリットは薄い。どちらかと言うと、センチピード側が我々を敵と考えて襲ってくる危険の方が大きいでしょう」
「それって、ぜんぜん安心できない!」
「センチピードの本体って、どのくらいの武装があるんですか?」
「アレは長命者が駐留している施設なので細かい情報が分からないのですが、それなりの武装はあるようです。オーパーツ級の武器が装備されているとか」
「オーパーツ級? 超空間航法と同じ異星人の遺跡由来の兵器? どんな物なのですか?」
「噂によれば真空エネルギー砲だとか」
「真空を分解してエネルギーを発生させるとか言う?」
「そうです。可能性だけは宇宙時代黎明期から論じられている物ですが、何をどうすればそんな事が可能なのかはさっぱり分かりません。まあ、発生させるエネルギーと同量以上の力をあらかじめチャージしておかなければ撃てないので、そんなに非常識な破壊力にはならないと聞きますが」
ギムの解説に、リコリィが首をかしげる。
「そんな超兵器の心配は司令に任せておけばいいと思うのです。私たちに向けられるのはもっとずっと小さな武器なのです」
「その通りです。センチピード本体にはそんな対宇宙用の武器まで装備されているぐらいだから、対空装備にも抜かりは無いだろうという予想にすぎません」
「抜けててほしい」
「でも、抜けてたら今頃は破壊されているかも」
「これ以上の議論は無意味でしょう。我々は残骸を含めたセンチピード本体の捜索を行い、その過程で攻撃を受けることを警戒する。それだけの事です」
金剛の短い弾道飛行が終わる。
大気の壁がブレーキとなり減速、翼が揚力を発生させる。その結果、床に向かう重力が復活する。
金剛は内部が無重力だったり床以外の方向へ重力が発生していることが多かったが、本来は今のように大気圏内を飛行し続けるのが常態だ。
第一管制室から連絡が入る。
「ギム、お嬢さんたち。そろそろ、発進の時間だ。用意はいいか?」
「こちらはいつでも大丈夫です。ですが、私はともかく彼女たちにはヒカカさんたちのような耐衝撃能力はありません。十分な減速をしてからの分離を要請します」
「分かっている。これから減速をかける」
「耐Gシートの使用状況は完璧です」
「一人だけ使っていない様だが?」
「私が座れるシートも今度造っておいてください」
有翼の黒豹はシートを取り外した空間に自前の体力だけで身体を固定している。リョウハを除けば金剛で一番に身体能力が高いのが彼だ。彼が耐えられないほどの衝撃が来たら、素人の女の子たちは耐Gシートがあっても圧死するだろう。
第二管制室、フウケイ船長からの注意喚起の放送があった後、エアブレーキが最大展開される。
金剛の乗員全員が前方へ投げ出されるGに耐えることになる。金剛本体の乗員たちはシートを回転させて背もたれに背中を押し付ける形で耐えたが、降下艇ビーグルのシートにはスペースの関係でその機能がなかった。
「ううぅ、胸がつぶれる」
「えぐれている胸はつぶれない」
「それはリコの方でしょう!」
「そうでした」
意外に余裕があったようだ。
十分な減速の後、一号艇モリヤと同様に空中に投げ出される。
モリヤとビーグルは基本となる機能はほぼ同じだ。ビーグルもまた四つのローターを展開して飛行する。
同じでない機能は搭乗人員とペイロードにあった。
モリヤは大人数が乗り込む他、必要とあれば乗り心地は悪いが避難民を収容出来るように作られている。対してビーグルは探査機能に重点が置かれていた。
ミモザがコンソールを操作する。
「探査用ドローンポット、展開します」
「扇型に射出します。10時、12時、2時の方向を指定して下さい」
「了解。ドローンポット発射します」
ビーグル下部のコンテナから三発のロケット弾が発射される。ロケットたちはレーダー上ではまるで崩れ落ちるかのように無数の断片に分かれて飛び散った。
分離したドローンの操作はリコリィの領分だった。
「カミヒコーキ、変形するのです。飛んで行け、なのです」
ロケットから分離したのは薄い板状の機械だった。シンジュの空を紙吹雪が舞う。
板は見えない手で折り曲げられるように形を整え、紙飛行機の形状となる。り吸排気機構まで揃ったジェットエンジンを装備した小さなドローンは自力飛行を開始する。
「うー。風が強すぎなのです。思った場所に飛んで行けないのです」
「そこは数と初期範囲の広さでカバーします。破損したドローンはありますか?」
「壊れてはいないのです。みんな健気なのです」
カミヒコーキドローンは群れを作らずに仲間から離れるように自動で飛行する。
ビーグルも風を読んでカミヒコーキたちが薄くなる場所に新たなドローンを撒いていく。
「反応ありなのです。センチピードらしい形の物体。9時方向、100キロメートル。赤いお皿の群生地の中央なのです!」
「よくやりました」
「この赤いの。遠くから見ると花、近くで見るとお皿、下から見るとキノコなのですね。ムカデさんはキノコの傘の下にちょうど隠れているのです。上からでは見えません」
「敵対者から隠れている、と言う説が有力になりましたね。ビーグルで近づきたくありません。なんとかカミヒコーキを接近させて下さい」
「分かりました」
分散しているカミヒコーキのいくつかが風に乗ってセンチピード本体らしき物体に接近する。
低空飛行を選択したことで地面に激突して破損する個体も出るが、もともとカミヒコーキはバッテリーが続く間だけ使用の使い捨て品だ。惜しむ必要はない。
「接近できました。映像、出るのです」
センチピード本体の現在の姿がスクリーンに映し出される。
三人は息をのんだ。
本体はキノコの傘の下に隠れていたのではなかった。それはキノコの幹の中に取り込まれていた。
「これは酷い」
「ボロボロなのです」
「脚が微妙に動いてて、死にかけの虫みたい」
センチピードの本体は菌糸に絡みとられ、表面のあちこちを腐食されて穴が開けられていた。菌糸は移動基地内部にも入り込んでいるようだ。ミモザが言ったように脚が動いているあたり、動力が止まったわけではない。しかし、人間が生きられる環境が維持されているようには見えない。
いや、そうでもない。
と、ギムは考えを改める。センチピードの最大の特徴は各ブロックごとに独立して機能が維持される点だ。全体の九割が壊れていても、残りの部分が正常な可能性はある。
「センチピード本体から迎撃される心配はないと判断します。これよりビーグルは人命救助のための行動に移行します。ミモザさん、使用可能なあらゆるチャンネルで本体へ呼びかけて下さい」
「了解!」
降下艇ビーグルはセンチピード本体へ向けて進路をとった。
本体の周辺は赤い花の密度がとても高い。他の部分は白八割に赤ニ割程度だが、その割合が逆転している。花同士が重なり合ったり融合したりしているようだ。
ギム・ブラデストには生身の声帯はない。代わりに20世紀からあるような原始的なスピーカーを携帯していて、そこから発声している。
ビーグルが群生地の上空にさしかかった時、スピーカーがギムの意思に関係なく音を出した。
「何ですか、この音楽?」
「これは……。歌っている?」
電波・電流を操るのはブラデスト一族のお家芸。
それと同種のものが、どこかからやって来ている。ギム・ブラデストは直感的に危険を察知した。
四つのローターの動きがおかしい。そう感じた瞬間、黒豹はためらう事なくロケットエンジンに点火した。ローターを展開したままの急加速にローターが破損、その一枚がちぎれて飛ぶ。
女の子たちがワンテンポ遅れて悲鳴をあげた。
機体の制御を危うく乗っ取られそうになった。ハッキングと言えるほど高等な技ではない。情報中枢に入り込まれた訳ではなく、ローターを動かす電流に直接干渉された。
「我が一族と同種の遺伝子を持つ異星生物。なるほど、厄介な相手です」
被保護者を連れたままで対処できる相手ではない。
ギムはローターをたたむと進路を宇宙へと向けた。
「今回は勝ちを譲りますが、二度目はありませんよ」
意外に負けず嫌いな黒豹だった。




