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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
恐怖の宇宙生物 強襲揚陸艦『金剛』
53/69

3-10 死者よ生きよ

「金剛管制、こちらモリヤ。センチピードとのドッキングは完了した。これより移乗しての調査を開始する」

「こちら金剛管制、了解した。幸運を。……カグラ女史からの伝言だ。センチピード内では決して宇宙服を脱がないように」

「得体のしれない宇宙生物と接触した基地だからな。アンドロメダも物体Xもまっぴらだ。気を付けるよ」

「検疫の手間を増やすな、と言うことだ」

「嘘でも俺らの心配をしろ!」


 ヒカカたちはモリヤの留守番に一名を残し、6人でセンチピードに乗り移る。

 風が強い。ずんぐりしたドワーフたちでさえ飛ばされそうになる。ワイヤーガンで命綱を張って慎重に移動した。


 シンジュには大気がある。しかしその成分は窒素や二酸化炭素であり酸素分子は存在しない。そのため、センチピードのハッチの内側はエアロックになっていた。

 風の来ないそこで一息つく。壁のインターコムを操作する。


「ブリッジ、司令所、なんでも構わん。応答してくれ」

「……」

「答えがありませんね。やっぱり、何かあったのでしょうか?」

「何かがおきたのは間違いないだろうな」


 少し考えて、ヒカカは非常警報のボタンを押した。

 基地内の照明が赤く染まり、昔ながらのサイレンが鳴る。これでも無反応ならデッドマンたちの全滅も覚悟する必要がある。


 はたして返答があった。

 力のないどこかボンヤリとした男の声だった。


「3-4ハッチ、誰か居るのか?」

「こちらはガスフライヤー金剛所属の降下艇モリヤ、ヒカカ艇長だ。救援目的で来援した。基地への入場許可を請う」

「金剛? あの中尉さんの同僚か?」

「大将なら今は軌道上に待機している。アンタは?」

「ああ、俺はゴータマ。この名前以外は何も持っていないただのゴータマだ。……俺たちを助ける必要なんかまるで無い。さっさと立ち去ってくれ」

「助けが必要無いと言うなら立ち去るのはやぶさかでは無いが、その前に教えてくれ。何が起きた?」

「分からねえ。いきなりだった。俺はその時、第1体節を事故で失ったことを責められていた。外から通信が入った。活動を停止しろって。何か答えたと思うんだが、すまねえ、よく覚えてねえ」

「それから?」

「周りの連中が、みんなおかしくなった。立ったり、座ったり、寝転んだり。話しかけても答えない。目の焦点も合ってない。なんなんだよ、これ!」


 ヒカカは声を出さずに身ぶりだけで部下に指示を出した。

 センチピードの内部を確かめろ、と。

 宇宙のドワーフたちはエアロックの向こうへ侵入して行く。


「通信がどこからだったか、分かるか?」

「いつもの通信だ。上からだった」

「上? 宇宙からか?」

「あ、いや、指揮系統上の上から、センチピードの本体からだ」

「その通信と同時に不正アクセスがあった? 指揮系統上部からなら不正でも無いのか? しかし、それでどうして人間がおかしくなる? 鎮圧ガスでも撒いたか? それなら無事な奴が残るはずはなし」


 分からん。

 ヒカカは考えるのを放棄した。通信と同時ならソフトウェア系の何かが関連しているだろうと、それだけを確実視する。


「親方、死体一つと生存者2名を発見しやした」

「親方はやめろ。詳細を報告しろ」

「遺体の方は死後数日経過している模様。あんまり見ていたくないです。生存者は呆けています。話しかけたらわずかに反応しやすが、正常な意識があるようには見えません」

「ゴータマの言葉通り、か」


 ドワーフの親方は通信機を操作する。

 作業用宇宙服からモリヤへと中継され、そこから軌道上のヤシャを通信衛星に利用して金剛へとつなげる。電波の状態は悪いままだ。地平線の彼方へと飛び去った金剛との直接通信は難しい。


「金剛管制、こちらモリヤ。生存者と接触した。だが、センチピードの現状が理解できない。分析のために姫さまの投入を許可してもらいたい」

「こちら金剛管制。規格外の人材に頼ってばかりの組織には未来がない、というのが司令の見解だ。そちらでどうにか出来ないか?」

「その意見にも一理はあるがな、今みたいな飛び切り悪い状況で自分の手足を縛って対応するのはどうかと思うぞ。人材の育成はもっと余裕があるときにやるものだ」

「……」

「それに、どうしたって金剛は姫さまがいないと動かないんだ。姫様を排除しようとするだけ無駄だ」

「分かった。ヒサメ・ドールト、発言を許可する」


 何を許可するって?

 などと疑問に思う間もなかった。聞き慣れた声がヒカカの耳元でささやく。


「私ならここにいる」

「姫さま!」

「ボサツシステムを再掌握、センチピード各部の管理者権限入手完了。アクセスログをダウンロード」

「姫さま、ついて来ていたのか?」

「私の本体は金剛の中だけど電脳空間は私の庭。自分で設計した機体に自分の居場所を確保しておかない訳がない。先ほどからのやり取りは把握している。……どうやら先ほど一旦ここから離れた時に通常のシステムに制御を返したのが失敗だった感じ。正規の手続きで反乱鎮圧用のルーチンが作動したみたい」

「反乱鎮圧? 機能としては納得だが、どうやって? それに、デッドマンたちは死亡したらボサツシステム経由で復活する。システムを握っている限り反乱なんか起こりようがないと思うが?」

「死ぬつもりが無ければ反乱自体はできるよ。一般に公開されているシステムの仕様ならね。ここから先の会話はセンチピード全体に公開放送する。ゴータマさんの発言もここに繋げるね」

「おいおい、何を始めようって言うんだ?」

「私、ここのシステムが嫌いだから」


 ヒサメの声は硬かった。


「何から説明を始めようか。まずはおハゲさんたちを行動不能にした方法かな? これは簡単。ハゲさんたちは死んだ時にバックアップされたデータから復活できる。バックアップはほぼリアルタイムで更新される。つまり、ハゲさんたちはボサツシステムと常に繋がっている。この繋がりを利用してサイバー攻撃を仕掛けた訳ね」

「それで解脱した俺は無事だったのか」

「サイバー攻撃は既に解除したからみんな回復するはず。そろそろ、この放送を聞いているんじゃないかな? ちゃんと動けるようになるのはまだ先だろうけど」

「みんな、無理はするなよ。意識が戻ってもまだ寝ておけ」


 ゴータマが仲間たちに呼びかけた。


「私がこのシステムが嫌いなのは色々と詐欺を働いているから。ゴータマさん、あなたはハゲさんたちが死んでもその記憶を保ったまま復活できると信じているよね?」

「信じている、って言うか、事実だろう」

「ならばなぜハゲさんたちには名前が無いの? すべて番号管理なのはどうして? ゴータマって名前はシステムから離れてから名乗ったものでしょう?」

「名前がないのが何か関係あるのか?」

「復活するたびに番号は新しいものが降り直し。どうしてそんな事をするの? 前と同じ存在として復活したのなら同じ名前・同じ番号でいいじゃない。結局のところ、ボサツシステムとは同じ人間を復活させるシステムじゃないの。再生されるたびに記憶はある程度シャッフルされる。ボサツシステムの本領は誰かが獲得した技能を次の世代に広く広めること。そのためにあなたたちには早めに死ぬことさえ奨励される。だって、新しい世代に交代すればあなたたちは上層部が有用と信じる新しい技能と経験を入手することが出来るのだから」


 ヒサメの説明を聞いていて、ヒカカは無性に酒瓶が恋しくなった。

 強化人間関係では胸糞が悪くなる話が多々あるが、今回のそれは極めつけに悪い。いや、人間の記憶をサーバーに保存している時点で、個人の尊厳の有無より先に個人という存在の有無を問わなければならない哲学的な問題があるのだが。


「で、姫さまはこのシステムをどうするつもりだ?」

「私? 私は何もしないよ。実態を隠して運用しているのが気に入らなくて暴いただけ。既存の秩序が崩壊した今、このシステムを使い続けるかどうかを決める権利は当事者だけにある。それだけの事。ゴータマさん、どうする?」

「俺かよ!」

「あなたがデッドマンたちのトップなのでしょう? 他に誰がいるの?」

「……分らねえ」

「じゃあ、このままにする?」

「分からねえよ! じゃあ、俺たちって誰なんだよ! 生き代わって、死に代わって、それが延々と続くデッドマンじゃないのかよ! 俺たちも一度死んだらそれで終わりの、替わりの存在が生産されるだけの使い捨て品なのかよ!」

「あなたたちは何者でもない。そう思われているからこその名前なしなのでしょう」

「畜生め! 俺も長年デッドマンをやった後に解脱したんじゃなくて、偶々出来上がったただの不良品に過ぎないって事かよ! 解脱したと思ったら逆に畜生道に落とされた気分だぜ!」

「あなたたちは記憶を共有したデッドマンたち全員で一人の群体とみなすことも出来る。それが良いなら別に私はそれでもかまわない」

「……」


 ゴータマにはもはや言葉はなかった。


 気の毒と言う他ない。

 ヒカカはこの場でのそれ以上の会話はあきらめた。


 彼も基地内に入り、ヒサメにゴータマの居場所を聞いた。

 回復しつつあるデッドマンたちの介抱は部下たちに任せた。


「お前さんがゴータマか」


 生身の彼がいる場所にやって来た。座り込んでいる解脱者とドワーフの目線はちょうどいい高さに並んでいた。


「姫さまも無理を言う。アイデンティティーを粉微塵にした相手に自分で決めろとは、な」

「……アンタがヒカカさんかい?」

「良かったら、この件、俺が決めてやるが?」

「いや、これは俺が決めなきゃいけない事だろうな」

「そうか」


 実際に顔を合わせていても、まだ距離があるような気がした。

 ヒカカはためらわなかった。被ったままだった宇宙服のヘルメットを外した。ゴータマと同じ空気を吸った。


「対G用強化人間Dタイプ、か。アンタは俺たちの事をどう思っているんだ?」

「気の毒な奴ら、かな。自分が死んでいることにさえ気づけない死者。デッドマンとはよく名付けたものだ」

「やっぱり、ボサツシステムはぶっ壊すべきだと思うか?」

「そう尋ねるってことは、お前さんの腹も決まっているんだろう? 俺の希望を言うなら、デッドマンたちにもちゃんと生きてほしいと思うよ。ひも付きの人形ではなく、な」

「そうか。今、生きているみんなで解脱するべきなのか。俺たちに記憶を残してくれた死者たちを悼みながら」

「今回の大破壊のわずかな明るい側面だな。不幸に囚われていた強化人間たちが自由を得ることが出来る。お前さんの知っているリョウハの大将も戦闘用強化人間(オーガー)だしな」

「あの人が、ね」


 ゴータマはおぼつかない足取りながら自分の足で立ち上がった。


「死者を終わらせよう。ハッカーの姉さん、手伝ってくれるかい?」

「もちろん」

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