3-7 死者たちの生存
戦列を組んだデッドマンたち。
対するキノコ軍は円盤型生物の増援が次々に到来。その数は20を超えた。彼らは隊列は組まないが、味方の戦列に近づいては威嚇してから離れていく。
「デッドマンたち、武器を構えろ!」
リョウハの号令が飛ぶ。しかし、彼らは戸惑っている。何に戸惑っているのかリョウハにはすぐには分からない。
が、ハッとなる。彼らは素人だ。
「仲間の顔ではなく敵を見ろ! アックスは肩に担げ! 敵が正面に来たら振り下ろす。それだけを考えていればいい!」
「了解!」
やっぱり指示は具体的でなければダメだ。
「敵が近くに来ても戦列を崩すな。自分からは前進するな。単独で突出したら袋叩きにされるぞ」
「了解!」
サブの映像にヒサメがセンチピードの設計データを流してくれている。
戦闘用強化人間は反射神経や筋力だけでなく、知力やマルチタスク能力も優れている。リョウハは指示を出しながら、並行してそれを読み込んでいた。
「ヒサメ、センチピードの制御をこちらで奪えるか?」
「無理。デッドマンの培養システムみたいな元から全自動の装置なら乗っ取れるけど、私対策、ハッキング対策なのかな? ここの装置は手動で操作しなきゃならない部分が多すぎる。ハゲさんたちに頑張ってもらわないと」
電脳少女の銀髪だって生身の物ではないはずだ。ハゲハゲ言っているとブーメランが突き刺さりそうなのだが、その辺りは良いのだろうか?
リョウハは余計なことを言いそうになって危ういところで思い留まる。
「ゴータマ殿、そちらで一番の武器は荷役用の作業アームだと思うのだが、どうだろう?」
「アレか? そりゃぁ、アレでぶん殴ればそれなりのパワーはあるだろうが、アレは第7・第8体節にしか無い。第2・第3までは届かないぞ」
「分離すればいい」
「あ?」
「それがセンチピードの取り柄だろう? 考えようによっては戦う必要すらない。第2・第3を敵にくれてやれば残りで脱出できる」
「……率直な意見を聞かせてくれ。俺って馬鹿なのかな?」
「意見の表明は謹んで遠慮させてもらう」
「やっぱりか」
ハゲは肩を落とした。
「それで、どうするのだ? 戦うか、損害を許容して逃げるか? この決断は前線指揮の範囲じゃない」
「馬鹿で間抜けでハゲな男の判断だが、最低でも第3体節は奪還したい。あそこには主動力の核融合炉がある」
「有用・有能な決断だと評価する」
「ありがとよ」
「では、内部にいる人員は各体節のコクピットに配置。ただし第2体節は除外。代わりに作業アームにオペレーターを付けてくれ」
「そっちの人の割り振りは俺がやるよ」
「頼みます」
前線ではにらみ合いが続いている。
一旦基地内部に戻ったメンバーが何人か戻ってきた。そのうち一人が持っているのは大きな盾。ただし只の盾ではない。表面に爆薬と金属片を括り付けている。超近距離専用の散弾銃のような物。携帯式の対人地雷。爆発のパワーで前方に金属片を撒き散らす武器だ。
自信作らしい。ひょっとして自爆武器ではないかと思ったが、デッドマンという存在の運用上そうであっても問題はない。
デッドマンたちにもかなりの技術力があるらしい。
リョウハは大型の爆弾を作ってもらって作業アームで投擲するのもありかと思案する。
「第3体節の運転は俺がやる」
各所をチェックする合間にゴータマの言葉が耳に入る。
リョウハにとっては特に気になる言葉ではない。指揮官が危険な部署に行きたがるのは良いことではないが、指揮官先頭も一つのやり方ではある。人員の割り振りをゴータマに任せた以上、彼の裁量の範囲内だと考える。
しかし、デッドマンたちはそうは思わないようだった。
「ちょっと、何考えてるの⁈」
「アホ言ってるんじゃねーぞ!」
「そこのハートちゃん、その馬鹿を押さえつけといてくれ。押し倒してもいい!」
「いや、俺だって少しは働かせろよ!」
「却下」
「仲間はずれかよ!」
「当たり前だ。お前はもうデッドマンじゃない。死んだら終わりのヤツを危険に晒せるかよ! それともナニか? せっかく解脱したんだから、すぐにもあの世に逃げ出したいってか? 許さんぞ! お前ももっともっとこの地獄で苦しめ!」
生きる事は苦しむ事。
デッドマンたちの死生観が垣間見えた。
生きているのならせめてどうにかして楽しめよ、とリョウハは思うが、それは力がある者の傲慢だろうか? 産まれの悲惨さなら彼もデッドマンたちに負けていないが、少なくとも彼は周囲に一目おかれるだけの戦闘力は持っていた。
「ゴータマ殿、時がおしい。あなたは後方から指揮をとるように」
「……わかった」
「作戦を説明する。戦列を組んだ部隊が敵を引き付けている間にまず、第7以降の体節が離脱。作業アームを展開して格闘戦に備える。戦闘準備が完了したら、第4以降の体節が離脱。第4体節があった位置に第7が入って菌糸を引き剥がしにかかる。この時、第7には人員が少ないはずだから第3とのドッキングは禁じる。その後、もし可能なら第1から第3までの体節の全パワーを使って離脱、それが難しい様なら第2体節を爆破して第1・第3を離脱させる」
「了解した。それなら俺は第1の司令所に行くよ」
「そこもそれなりに危険なんだがな」
「現状で危険でない場所があるかよ。お前たちだってボサツシステムの本体がやられたら終わりなんだぜ」
そういう事になった。
各体節の運転席にデッドマンたちが散っていく。
「こちら第1体節、ゴータマ。位置についた。ちょっと後悔してる。ここはヒデェ臭いだ」
「シャバどもも殺されてたか」
「何も言って来なかった以上、当然だろう」
司令所の人員も全滅。
一体何が起きたのか、リョウハにも興味はあった。しかし目の前に戦闘がある以上、彼はそちらに集中する。
「無駄口は叩くな。他の体節から報告を」
「第2体節、甲板裏に爆薬をセット。これより退避します。甲板の様子がちょっとおかしいです。腐食されている感じ」
「第3体節、死ぬ覚悟はできてる。最悪の時はここの核融合炉を暴走させればいいんだな?」
「赤い花の出現はシンジュのほぼ全域にわたる。その方法で刺し違えても大勢に影響はない。自分が生き残る事を優先するように」
「第4体節、分離準備完了」
「こちらは第5体節。俺らは予備だよな」
「第6体節、ボサツシステムがあるのはここだ。最悪でも俺だけは逃げきってやるから安心しろ」
「第7体節、行動準備よし! 作業アームへの人員配置も完了。いつでもいける!」
報告が続く間に防衛ラインでは小競り合いが発生した。
至近距離までやって来た円盤型生物に例の攻勢盾を使用。発射された散弾に生物はズタボロに引き裂かれた。
しかし、円盤生物はボロボロになりながらも自力で後退する。
なかなかにタフだ。デッドマンたちの主力装備である障害物除去用の手斧程度では致命傷を負わせるのは難しそうだ。
「こいつぁヤベェな」
「白兵戦ではこちらが不利だな。作戦、開始する」
「了解。全体、動力接続しろ。作業手順の1番から18番までは省略。動き出すぞぉ!」
最低限の機能を残して停止していたセンチピードが息を吹き返す。
「7番体節以降、分離しろ。一旦後退」
「了解。7番体節分離、後退。作業アーム展開」
「4番体節以降、分離だ。後退して場所を開けろ」
「了解。甲板の奴ら、つかまれ。振り落とされるなよ! 後退開始、10番のケツにつける」
宇宙空間からの超望遠俯瞰映像で巨大な人工のムカデが分離合体していくのが見える。
作業アームを展開した7番体節が3番に接近。2番・3番体節に癒着した赤いキノコの傘の部分に殴り掛かる。
キノコが繊維がほぐれて裂ける。
しかし、巨大キノコも100メートル単位の大きさを持つ構造物だ。それを支える強度は半端ではない。そう簡単に剥がれてはくれない。
「爆裂パンチだ!」
ほぐれた繊維の中に腕を突っ込む。その腕は大型の爆弾を握っていた。
腕を引き抜く直後に爆発。センチピードに繋がっている繊維の八割を吹き飛ばす。
「よし! 各部リミッター解除! センチピード全力前進だ!」
ゴータマの操作で1番から3番体節のセンチピードの12本の足が氷の大地を踏みしめる。
最初の考えでは2番体節を残して行くつもりだったが、当然ながらパワーは1から3番すべてドッキングしている方が上だ。引きちぎるなら全体で脱出した方がいい。
赤い繊維が引き延ばされる。
新たな菌糸が伸びてセンチピードを拘束しようとする。
キノコの側に菌糸を制御する中枢神経があるようだとリョウハは見て取る。キノコからは新たな菌糸が伸びてくるが、引きちぎられ本体から引きはがされた菌糸にはまったく動きがない。
増えた菌糸が絡みつき、センチピードの足が空回りする。
「こなくそぉぉぉぉっっ」
ゴータマは吠えた。
防護ケースに守られた非常用スイッチを操作する。
緊急加速装置。
センチピードに備え付けられた熱核ジェットエンジンだ。
吸気を始めたジェットエンジンに気付き、真後ろにいたセンチピードの残りの部分が慌てて退避する。
熱核ジェットが炎を吹き出す。
全力噴射ならセンチピード全体を浮かび上がらせることも可能な出力がある。しかし、左右のバランスが取れない状態ではそれをやったら自殺行為だ。今は脚部による前進の勢いを多少増幅する程度しかできない。
「爆破、いきます」
顔面にハートをちりばめたデッドウーマンが言った。
第2体節が爆発する。
脚部・動力部は無事だ。甲板の表面がきれいに吹き飛ぶ。そこに張り付いていた菌糸も剥がれて飛んだ。ついでに第3体節の円盤型生物たちもその多くが氷原に転げ落ちた。
ジェットと脚力のダブルパワーで残りの菌糸も引きちぎられる。
「よし、やった!」
ゴータマが余計なフラグを立てつつガッツポーズした。
残心って大事だな、とリョウハは思う。
「ゴータマ殿、前を見ろ!」
「え?」
圧倒的な加速で飛び出したセンチピード。その前方に氷の山が立ち塞がる。地熱で液化したH2Oが地表で固体となって生まれたコニーデ型氷火山だ。
別のキノコではなく氷の山にぶつかる事になったのは運が良かったのか悪かったのか?
本来ならこういった物を回避する自動機能があるのだが、それはゴータマが解除したリミッターの中に入っていた。
前方不注意のまま全速前進したセンチピードは氷の山に激突した。
「アギャーッ。……イテテテテ」
「命に別状はないようだな」
「肋骨が二、三本折れたみたいだ。……もう死にたい」
「その程度じゃ死なないよ」
「デッドマンならここで死んで培養し直しが出来るんだよ」
「贅沢な。……ヒサメ、被害状況は?」
「第1体節は移動機能を喪失。第2体節は移動以外のほぼ全機能を喪失。第3体節の損害は軽微」
「問題無いな。作戦目的の完遂を認める。ミッション・コンプリートだ」
リョウハは言い切った。
「これでこんぷりーとなのかぁ?」
「体節ふたつを犠牲にしたが、これは許容範囲内の損害だ。核融合炉を持つ第3体節の確保には成功。まったく問題ない」
「難しい事は分からんが、その発想、ぜってぇにどっかズレてると思う。そっちのお嬢さん、アンタもそう思うだろう?」
「リョウハはいつもこう。気にしない方がいい」
ヒサメは普通に応じたが、そこに怨みがましい声が被った。
「中尉さんがズレてるって言う意見には俺も全面的に賛成だ。これで問題なしなんて納得がいかん。……そこの解脱者、乗っているのはお前だけじゃないんだぞ」
第3体節で死を覚悟していたデッドマンだった。
「俺も左腕が折れたみたいだ。この貸しは後で絶対に取り立ててやるからそう思え!」
「私もこっちに乗っている事を忘れないでね」
「ヒッ!」
ゴータマは小さく悲鳴を上げた。
それがセンチピード第二分体解放作戦の締めとなった。




