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神殺戦艦『金剛』 無敵の俺と電脳な私  作者: 井上欣久
恐怖の宇宙生物 強襲揚陸艦『金剛』
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3-5 紅の怪物

 新たに解脱した男ゴータマはデッドマンたちの例にもれず中肉中背の特徴のない体つきをしていた。顔立ちも整ってはいるがどこか量産品らしい没個性な印象がある。


 実はデッドマンたちの間には遺伝子的な差はほとんどない。諸々の事柄を考慮して男女2タイプは存在するが、違いがあるのはこの2タイプのみ。培養時の環境の違いでほんの僅かな容姿の違いはあるが、本人たち同士でも個人の見分けなどつかない。


 ならばどうするか?


 彼らの間の個性は前世代から継承された記憶のみ。内面は外から見えない以上、外見上の個性は自分で作る。

 通称は死化粧、だ。

 彼ら彼女らは描く。自分の顔面というキャンパスに自分のすべてを叩きつけて描く。

 目もとに隈取を描くなどは大人しい方だ。顔全体を塗りたくったり絵や文字を書いたりもする。自分という『個人』はここにいるぞ、と力いっぱい主張する。


 慣例として解脱した者には死化粧は許されない。

 ゴータマは彼が作ったポタージュを腹一杯食べた者たちが化粧タイムに入るのを手持ち無沙汰に眺めていた。さすがに食器洗いまでは彼一人でやる必要はない。化粧の後に各自にやってもらう。


「外は、どうなってるぅ?」


 彼は外部の映像を壁に投影させた。

 空が違う。

 ゴータマの記憶にあるシンジュの空は白く濁っていた。大気中の二酸化炭素がドライアイスになって舞っていた為だ。そのまま雪となって降ってくる事も多かった。

 今の空はひたすらに澄んでいる。


「空模様は快晴、ね。解脱者さん」


 女性型のデッドが話しかけて来た。彼女の死化粧はハートマーク。ハートマークを顔全体に散りばめていた。


「ヤベェ快晴だ、つうの。ハートちゃん、この空が晴れてるのは二酸化炭素がドライアイスになるほど寒くなくて、水が水蒸気になって上がっていく程あったかくないせぇだ。これからこの星は地獄になるぞぉ」

「元から地獄」

「そうだけどよぉ。二酸化炭素は温室効果ガスだ。この星に熱を溜め込む効果があらぁ。赤キノコの出現でシンジュの反射率が上がったのと相乗効果で星の気温が上昇する。するってぇと……」

「氷が溶ける?」

「その前に気候の変動。あったまった空気と元からの冷たい空気が撹拌されてとんでもない突風が吹く、はずだ」

「どのぐらい?」

「そんなの知るか! 上層部の誰かにシミュレーションしてもらえ」


 ハートマークのデッドウーマンは目を逸らした。


「その事だけど、上の系統の誰にも連絡が取れないのよね。第二分体(ここ)の司令所にも第一分体にも」

「なぬ?」

「これって、全滅してるんじゃない? そうでなくとも通信できないように監禁されてるとか?」

「そう言えば俺もボサツの声しか聞いてないな」

「ボサツシステムは人員の再生復活には最上位の権限を持つけれど、センチ全体の運行には関わらない。私たちは自分たちの判断で行動しなければならない。そして私たちの中での最上位者は……」

「そんな奴は居ないだろう。デッドマンは全員平等だ」

「そう。デッドマンは平等」

「ん? 待て、それ以上は聞きたくない!」

「解脱者は別。一般人枠で、私たちより1ランク上の扱いになる」

「言うなぁ!」


 ゴータマは肩で息をしていた。

 ボサツシステムに重労働を押し付けられた時もこれ以上の不幸は無いだろうと思ったが、今回のコレは別格だった。


「俺は元々ただのデッドマンだぞ! 君たちと何処も変わらない! そんな俺に全体の指揮なんか取れる訳が無いじゃねぇか!」

「そう、指揮なんかとれないのはみんな同じ」

「それでも、あえて選ぶなら上位者」

「ゴータマなんだから諦めろ」

「ゴータマなんだから皆を導け」


 ゴータマの声はいささか大きすぎたようだ。化粧を終えた者から彼らの元に集まってくる。

 ゾンビのごとく押し寄せる死化粧の群れに、ゴータマはついに両手を挙げた。


「あーっ、分かった、分かった。俺がやる。……だけど、どうなっても知らねぇぞ」

「大丈夫、私たちは死なない」

「死ぬのはゴータマだけ」

「甘いな。ボサツシステムがダウンしたら、デッドマン全員まとめて解脱だ」

「死ぬ時は一緒」

「問題ない」


「問題しかねーよ」とぼやきつつ、唯一の解脱者はそれでも真面目に働きはじめる。

 外部モニターを次々に切り替えてセンチピード第二分体の現状を把握しようとする。


 センチピードの全長は300メートルほど。その右側面を赤いキノコに擦り付けたようだ。

 単純に擦っただけならばセンチピードはそのまま歩み去っただろう。だが、赤いキノコから菌糸が伸びてセンチピードの2番・3番体節に絡みついている。

 前進するための負荷が一定以上になったので安全装置が働いて全体をストップさせたのだろう。停止したセンチピードを土台にして新しいキノコが成長しかけている。


「考えその1。普通に前進再開。パワー全開でキノコを引きちぎる」

「無理じゃねぇか? 安全装置が働いた時より今の方が菌糸の量は増えてるだろうし」

「考えその2。緊急離脱用のロケットもふかす」

「ボディの右側を押さえられていてまっすぐ飛び上がれるか? 振り回されて地面に叩きつけられるのは御免だぞ」

「通信用のマイクロ波を当てて菌糸を焼き切る」

「上方向にしか向かない発信機でどうやって狙うんだよ!」


 ゴータマの楽をしようとする提案はことごとく否定される。

 こんなアホな案しか思いつかない奴にリーダーなんかやらせるな、と彼はため息をついた。


「そうなると、やっぱデッドマンパワーでやるしかねーんだが」

「そんなモンだろう」

「用意する物は爆薬と、プラズマカッター?」

「パワーアシスト付きのスーツも二つあったはずだ。あの菌糸が普通の生体組織なら十分に引きちぎれる」

「マイクロ波を照射する案も悪くない。予備の通信機をアシストスーツで運んでぶつけてみよう」


 人力による菌糸の除去という方針が決まると、具体的な方法は次々に出てくる。人力で作業をこなす事に関してはデッドマンたちは専門家だ。

 天井のスピーカーからボサツシステムが制止に入る。


「指揮官就任おめでとうございます、ゴータマ。ですが、外部作業だけでなくセンチピード内部の片付け清掃作業もある事を忘れないでください」


 この場合の「片付け清掃」はゴータマたちの前の身体の片付けだ。普通なら「遺体の収容」と呼ばれるべき行動。


「赤いキノコは成長しているんだろう? そちらの除去に全力を集中したい。俺たちの身体の後始末はその後に回してはダメか?」

「基地のあちこちに散乱しているソレは貴重な生物資源です。あまり放置しておくと食料生産やデッドマンたちの次の身体の培養に支障が出る恐れがあります」

「分かった、分かった。ボサツシステムは腹が減っているから俺たちの死体をたらふく食べたいって事だな。……すまんが認識番号の末尾が1か2の者は基地内を担当してくれ! センチの頭の先から尻尾まで全部見て回る事! 目的は菌糸が中に入り込んでいないか確認する事と俺たちの身体の片付けだ! 外には出ないと言っても臭気は酷いはずだからな。気密服は着込んで行けよ!」


 デッドマンたちは二手に分かれて動きだす。

 ゴータマは自分の居場所を臨時の指揮所に設定した。そこから全体の指揮をとる。


 基地内担当グループからは遺体の発見と処理についての報告が続いた。あまりにも数が多いので特別な異常が無ければわざわざ報告する必要なし、と通告する事になった。


 基地外で動くグループはその準備の必要上、やや遅れて動き出した。

 爆薬を用意した者たちが接近しようとしたのを止める。

 マイクロ波発信機を担いだアシストスーツが、センチ本体からの動力ケーブルを接続する。


 生身の人間なら簡単に調理できる開放式巨大電子レンジだ。赤いキノコも焼きあがると思われたが。


「マイクロ波照射中、のはずだよな? ケーブルがどこかで抜けてないか?」

「通電を確認。マイクロ波照射中。ゴータマ、そちらで効果を確認してくれ」

「こちらゴータマ。効いてる気配がまるでねぇ。マジでどこか抜けてねぇか? 赤外線を見ても温度がほんの少し上がっているだけなんだが」

「マイクロ波が透過する様な素材で出来ているのか?」

「使えねー奴らだ。爆破班、前進する。アンテナを降ろせ」


 爆薬を持ったデッドマンたちが前進する。

 センチピードのボディからキノコの上に飛び移る。プラズマカッターを押しあてて切れ込みを入れ、そこに爆薬を押し込もうと考える。


「なんだ? 切れない?」

「プラズマカッターが効かないって、なんだよこの素材!」

「ちっくしょうめ!」


 一人が手斧を叩きつけた。


「お、刃物ならいけるぞ!」

「物理で殴れ」

「熱や電磁波には強くても運動エネルギーには抵抗できない!」

「ヤレ! ヤレ!」


 大木を切り倒す様にみんなで斧を振るう。

 しかし「レベルを上げて物理で殴れ」は有効だが、彼らではステータスが足りなかった。巨大なキノコに対しては大きなダメージにならない。

 業を煮やしてパワーアシストスーツを着た者が大きな鋼材を抱えてくる。


「お、それならいけるだろう」


 手斧でつけた傷口に鋼材を振り下ろす。

 菌糸の束がブチブチと切断される。


 効果は劇的だった。いや、激烈な反応があった。


 それまで不動だった菌糸がヒョロリと動いた。菌類の様な見た目からは予測できない動物的な動きだ。

 パワーアシストスーツを着たデッドマンに絡みつく。


 センチピード搭載のパワーアシストスーツは金剛搭載の重宇宙服と違って装甲はない。骨格部分は頑丈だが、モコモコの防寒気密服の下は生身の身体だ。強靭な触手が生身の身体を締め上げる。人間の身体ではあり得ない形に変形させる。

 骨が砕け、内臓が潰れたのがわかった。


「ヤバイぞ! 後退しろ!」


 ゴータマは叫んだ。

 言われるまでもなくデッドマンたちは我先に逃げ出している。死に戻りがあると言っても別に痛い思いをしたい訳ではないのだ。


 センチピード内部に緊急事態を告げる警報が鳴る。

 ボサツシステムが悲鳴をあげる。


「侵入者あり! 侵入者あり!」

「なんだと? 内部に入り込まれたのか?」

「いいえ、外部からのシステムへの侵入。私がハッキングを受けています!」

「別件かよ!」


 ただでさえ取り込み中なのに!

 俺の不幸はどこまで行くんだと、ゴータマは頭を抱える。


 どんな破滅的な事が起こるのか。と警戒していると、ボサツシステムの代わりにもっと年若い女の子の声が響いた。


「マナー違反かもしれないけど、非常時という事で無作法な訪問をさせて貰うわ」

「何を言っているんだ。ハッキングなんかいつもやっているだろう」


 女の子の声に男の太い声がツッコミを入れる。


「平時だったら相手に悟られる様なハッキングはしない」

「……相手に悟られるのが無作法なのか」


 男の方は女の子に振り回されていそうだ。

 ゴータマはちょっとだけ親近感を感じた。


「そこのハゲの人! あなたがここの責任者?」

「誰がハゲだ! というかみんなハゲだ!」

「相方が失礼した。俺はリョウハ・ウォーガード中尉だ。そこから少し離れた宇宙空間にいる。助けは必要か?」

「切実に!」


 地獄の底に一筋の光明が舞い降りた。


 鬼だけど。

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