3-3 氷の星の焔の花
金剛を指揮する者、レツオウ・クルーガルは複雑な気分だった。
自分たちが軽視していた原始的な光学探査、それだけで状況が変わるとは思わなかった。それを行なったのが素人の女の子たちだと言うのがまた悔しい。
だが、彼がめざす特定の個人の技能に左右されないチーム作りを考えるとこの最低水準の引き上げは嬉しい。
実に複雑だ。
彼はこの先の金剛の進路を決めかねていた。……過去形だ。
ブラウ惑星系内に点在する生存者たちからはシンジュの救援を優先するべきだと言われていた。しかし、その理由が分からなかった。まさか「自分の目で見ればわかる」理由だとは思わなかった。
テヅカ・ウォードクの事もある。彼としては可能ならばシンジュには近づきたくなかった。何か理由をつけてシンジュ行きはキャンセルしたかった。だが「見ればわかる」レベルの異変が生じている星の救援は後回しには出来ない。
シンジュ行きはもはや避けられない。
その覚悟とともに第三会議室への扉をくぐった。
主なメンバーはすでに集まっていた。
先日の戦いで株を上げたフウケイ船長。
実年齢12歳の怪物戦士リョウハ。
この船の全てを掌握している機械少女ヒサメ。
救助した学生たちのまとめ役となっている少女パトリシア。
ヒサメは不満そうだ。わざわざ肉体ごと出向いてくるほどの用事とは思えないそうだ。それでもリョウハの隣の席をちゃっかり確保しているあたり……ま、勝手にやってくれ。
「皆集まっているな、ご苦労。報告の概要は聞いた。とりあえず、ゲッシュの件に関しては経過観察で問題ないだろう。我々にも今生きているどんな人間にも害になりそうにないからな。問題となるのはシンジュで起きている異変についてだ。パトリシア君、報告を頼む」
「わ、私? ええっと私たちは少しでも船の役に立とうと船外の観測を始めました」
「大変よい心がけだ」
「最初は望遠鏡を覗いて遊んでいるだけだったけれど、そのうちにハルノアちゃんが過去のデータと見比べてみようと言い出して、そちらを見て逆にびっくりしました。衛星シンジュなんか、今の姿と全然違うんですもの」
「ヒサメ君、後を引き継いで報告してくれたまえ。パトリシア君は今度、学院のカリキュラムに報告・連絡のやり方についてを入れて置くように」
「……わかりました」
金髪の少女は悄然とした。少々心が痛むが、クルーの一員として認められたいのなら、色々と学んで欲しいものだ。
銀の機械少女には動きが見えない。かわりに会議室の空中に赤と白、二つの球体の映像が浮かんだ。
「これは過去と現在の衛星シンジュの映像です。元々のシンジュは白い星です。表面を分厚い氷に覆われ、その下には地熱により液体となったH2Oを主成分とする海が広がっています。主星であるブラウからの潮汐作用により火山活動は活発で、地下から水が噴き出す氷火山やマグマが噴出する普通の火山の存在も多数確認されています」
「その色が変わった、という事はシンジュを覆う氷が溶けたのかね? 酸化鉄か何かを含んだ海が露出したとか」
「いいえ。シンジュの気温は上昇傾向にはありますが、いまだに氷点下です。氷は依然として存在しています」
「では、あの赤色は?」
「現在のシンジュの姿を拡大します」
白い球体を押しのけて赤い側が拡大する。
大きくなると赤一色ではなく赤と白のまだら模様に見えた。
「これだけではよく分からんな」
「地平線の部分をさらに拡大します」
地平線の部分なら真上ではなく横からの視点を得ることが出来る。
「これは……。赤い花が咲いている?」
花と呼ぶにはあまりにも巨大だが、氷の層を突き抜けて出現したと思われる幹の先がパラボラアンテナのような形に開いていた。
フウケイが口を開く。彼はつい先日まで半人前の若造だったはずだが成長著しい。実に良い事だ。
「これは、生物なのですか?」
「地球由来の生き物と同じ有機体かどうかは不明です。ですが、自己増殖機能はあるようですから『生物』と定義しても問題ないと思われます」
「増殖しているのですか?」
「はい。金剛が自動保存していたデータの中にここ数日のシンジュの遠景が含まれていました」
いくつもの球体の映像が連続で浮かぶ。
最初の球体は真っ白だ。次の物に赤い点が浮かび、その赤色は赤道に沿って帯状に拡大。その後、惑星全域に広がっている。
「ちょっと待ってください。この帯はひょっとして、金剛が大気圏を通過した時のルートではありませんか?」
「……時間的なラグはありますが、概ね一致しているようです」
リョウハが腕を組んだ。ガタイが大きいので無意味に威圧感がある。
こいつが敵でない事は喜ばしいが、味方としてもあまり近くには居たくない。『猛獣が放し飼いになっているようなもの』とはよく言ったものだ。こいつは猛獣の群れよりさらに危険だが。
「それは金剛がこの花の種をばら撒いたという事か?」
「大気圏突入の前後で金剛の質量に大きな変動はありません」
「花粉のような小さな物でも?」
「否定も肯定もしません」
可能性は否定できないが、リョウハの意見はただの思いつきで根拠に乏しい。と、ヒサメは主張する。
フウケイがため息をつく。
「失敗しました。この場にカグラさんも呼ぶべきでした」
「彼女の仕事はすでに多すぎるからな。船医の他に寮監まで頼んでしまって……。本来なら船内環境の調整だけでも一人分の仕事だ。この上、異星生物の分析までは頼めんよ」
「どちらかと言うと、その方が『ハブられた』と言ってむくれそうですが」
「ヒサメ君。彼女の所にこのデータを送ってやりたまえ」
「もう送りました。詳細な観測データとサンプルが欲しいそうです」
ヒサメは外部からわかるいかなる兆候もなく情報機器を操る。むしろ、少女の方が情報機器の端末に見える。
そしてその印象が正しいことをレツオウは知っていた。アレは人のふりをしている機械だ。人間と同じ権限と自由度を持つ機械だ。言ってみれば先日の暴走戦艦と大差ない。危険度ではリョウハより上かも知れない。
有用性も高いので今は使わざるを得ないが、アレの人権を停止する方法を考えた方がいいだろう。
そんな内心は表に出さずレツオウは話を続けた。
「私からも報告がある。38時間ほど前にシンジュの支配者を名乗る人物から救援要請が入った。かなり不明瞭な内容で、要約すると『下から来た。移動不能。氷が溶ける』となる。その後は自動装置による救難信号が発せられているだけだ」
「38時間前、つまり司令は救難信号を無視するつもりだったのですか?」
「シンジュの全土を掌握した、と宣言した人物にはそれを行なう何の正当性もない。ただ力だけを持ってそれを強行した。そんな奴にはなるべく近づきたくない」
「なんなら俺がそいつを殺してもかまわないが?」
「そして今度は我々がシンジュの征服者として君臨するのかね?」
「……正当性がないのはこちらも同じか」
「そうだ。下手をすればその争いがブラウ惑星系全体に乱世を招きかねない」
下克上。
力のある者がない者を従えようとする戦乱。そんな時代を招き寄せたくはない。だからこそ戦艦撃破の大戦果を宣伝しつつ自重した行動をとっているのだ。
「では、どうする?」
「ここまでの異常事態がブラウ全域から観測できるのでは、逆に救助に行かない方が不味い。我々はいざという時に助けの手を差しのべられる存在として自らをアピールすべきだ。力があり、かつ善良な勢力とはそういうものだ」
「で、その下克上を始めたヤツは?」
「必要になったら君が無力化してくれ。可能なら殺さずに」
「善処しよう」
会話が一段落つくのを待っていたのか、シンジュの映像が瞬いた。
「カグラから伝言を頼まれました。まずリョウハの意見ですが、この船から種子や胞子のような物が撒かれたとは考えにくいそうです。高高度を通過した金剛から撒かれた物なら風に乗ってもっと形が崩れるだろうと」
「さすがカグラさんだ」
「素人考えではダメか」
「カグラの意見では金剛が大気圏を突破した時のソニックブームが、もともとシンジュに潜んでいた存在を目覚めさせたのではないか、という事です」
「ブラウ本体に続いてシンジュにも宇宙生物か」
あきれ果てた、とリョウハが頭をふる。
レツオウにとってはそこまで意外ではない。どちらも前から噂だけはあった。環境の激変で表に出てくる事もあるだろう。
「カグラによればシンジュの氷原の下、海の中に居た生物が活動を活発化させたブラウという新しいエネルギー源を知って地表に出てきたのではないか、という事です。実際、ブラウからのエネルギー放射は平時の数千倍、恒星化の一歩手前ぐらいです。光合成のような生産活動に使うには十分でしょう。あのパラボラアンテナ状の物はブラウからのエネルギーを効率よく受け止める為の物だと思われます」
花のように見える物は実は葉っぱだったらしい。
レツオウはこれ以上宇宙生物の生態を聞いても意味はない、と判断する。実務担当者なら細かいデータがいくらでも欲しいだろうが、全体統括者はざっくりとした情報さえあれば十分だ。
「本船はこれより衛星シンジュに対して災害救助活動を開始する。だれか異議はあるか?」
「ありません」
「特に、ない」
「別に」
「……」
「シンジュの観測は運行班が引き継ぐ。ランフロールの諸君はブラウ周辺の警戒を継続してくれたまえ」
「わかりました」
「それから、今回の件ではよくやってくれた。礼を言う。後ほど私からランフロール女学院宛に感謝状を出そう」
「ありがとうございます」
「船長はシンジュへの軌道の決定を頼む。つい先日スイングバイした星への帰還など推進剤の無駄だが、これは如何ともしがたい」
「了解です」
「3Gまでの加速も許可する」
「シンジュまでなるべく早くたどり着ける航路を策定します」
それでいい、とレツオウはうなづく。
打てば響く反応のクルーと仕事をするのは気持ちが良いものだ。
「ヒサメ君にはシンジュの地表へ着陸できる機体の作製を頼む。金剛にはそんな能力はないからな」
地表など存在しないガス惑星で運用する為の船なのだから当然だ。
機械少女は小首を傾げる。
「その機体には大気圏突入能力は必要ですか?」
「大気圏突入までは金剛本体で行なう。ペイロードを重視した機体を作製してくれ。……可能ならもう一つ、大気圏突入能力を持った小型艇も欲しい。リョウハ君に使わせる」
「先行偵察か?」
「いや、今回は救助場所が一箇所では済まない可能性が高い。リョウハ君には遊撃戦力として軌道上に待機してもらう」
「了解した」
この決定は純粋に作戦上の必要性によるものだ。銀髪の少女がすごい目つきで睨んできたからなどでは断じてない!
「各自の分担は理解したな? では、行動を開始せよ!」
「了解!」
金剛のはじめての純粋な救助活動。他者を生かす為の戦いが始まった。
グローリーグローリアの救助作業? アレは不純です。




