閑話2 ランフロールの新入生
上面装甲を追加した新たな金剛は旅客船グローリーグローリアをもその内部に取り込んでいた。
どうせこうなるなら、わざわざ金剛に乗り移らなくともよかったのではないかとパトリシアは思う。事実、宇宙戦艦との戦闘が終わった翌日には金剛本体とグローリーグローリアの間の連絡通路が整備され、女学生たちは元いた船室に戻っていた。
もっとも、金剛に取り込まれる際にグローリーグローリアにはかなりの衝撃があったらしく、彼女たちは船内の片付けに追われる事にはなった。
航行不能となったヤシャの回収の目処がたった頃、女生徒たち23人は船内ラウンジに集まっていた。
掃除やら片付けやらをすべて終わらせて、これから打ち上げだ。
パトリシアはパンパンと手を叩いて声を張り上げた。
「静粛に! 静粛に! パーティを始める前にちょっとだけお話しするよ!」
「オーケー、委員長」
「生徒会長!」
「お姉さまと呼ばせて!」
「コレコレ、どさくさ紛れに何を言っているか? 日常に回帰できたとは言えないけれど、私たちは無事にこの船に保護されて命の危険からは遠ざかる事が出来ました。問題はまだ山積みだけど、ひとまず今日の所はお祝いしましょう!」
拍手と歓声が湧き上がる。
「今日のお料理は生活班から材料の提供を受けてミモザ、メリー、リコリィが頑張ってくれました。みんな3人に拍手を!」
パチパチパチ。
「お料理の一部は金剛本体の食堂の方に回しました。宇宙船の運航に対しては何も出来なくても私たちも役に立つことをアピールしなければ将来的に立場が悪くなる事を忘れない様にしましょう」
「湿っぽい話はやめよー」
「そうだね。でも、もうちょっとだけ。……私たちは自分たちの技能を磨いて有能アピールをしなければなりません。でないとそのうち人類最古の職業に従事しているかも知れません」
「人類最古のって、何?」
「分からない子はそのままピュアなままで居てね。そういう事なので、私たちは自分磨きを怠るわけにはいきません。よって、私はここにランフロール女学院、金剛分校の開設を宣言します!」
歓声が上がり、一部の生徒たちから落胆のため息がもれた。
「お勉強しなきゃ、ダメ?」
「ダメです。基礎的な知識に関しては情報機器の中にカリキュラムがあったのでそれを利用します。それ以外の専門知識はおじさま方に講師になる事を依頼しておきました。授業は明日から開始されます」
「ブーブー」
「休暇はもう十分に堪能したと思います!」
パトリシアはここで言葉を切った。
自分以外の22人を見回してから、後ろの暗がりに向けて手招きする。
「そしてもう一つお知らせです。我がランフロール金剛分校は転入生を迎え入れる事になりました。ご存じの人も多いと……。って、出て来てよ。恥ずかしがってないで」
「でも、やっぱり」
「問答無用!」
パトリシアは小柄な少女を腕力づくで引っ張りだした。
旅客用の居住区だと言うのにメカメカしいヘルメット。銀色の髪。元引きこもり少女ヒサメ・ドールトだ。
電脳少女は小さな身体をより一層縮こまらせていた。
「カッワイイ!」
一部から歓声が上がり、ヒサメは顔を真っ赤に染めた。
「知ってる子も多いと思うけど、この船で唯一の私たちと同年輩の子です。あ、信じられない事にあの戦争狂も同年輩という話だけれどそれは無視の方向で。……というわけで、自己紹介をどうぞ!」
「えぇっと、ヒサメ・ドールトです。で、いいんだよね?」
「うんうん。あとは趣味とか特技とかも言えば完璧かな」
「趣味は機械いじり。特技は情報処理全般。と言うか、それしか出来ません」
「こう見えてヒサメちゃんはこのブラウ惑星系で有数のハッカーで機械工学者だそうです。そっち方面の授業をやる時には講師をやってもらおうかな」
「無理。教えるなんて、やった事がない」
「天才は他人に教えるのは苦手だそうだしね。でも、気が変わったらいつでもどうぞ」
私が優秀なのはこれのおかげだし、とヒサメは無意識のうちに頭部ユニットに手を触れていた。
と言うか、それが彼女の本体だ。本当に幼い頃から装着していた頭部情報処理ユニット。大脳と直結しているそれだが、人間の脳細胞よりはるかに速く大容量の情報を処理できる。あまりにも幼かった彼女は自前の脳細胞よりもそちらを頼って自分の心をそちらに移してしまった。
使用されなくなった脳細胞はゆっくりとその能力を失っていった。
今の彼女の脳で機能しているのは呼吸などの身体の制御を行なったり情動を司る部分のみ。ただのアンドロイドと自分がどの程度違うのか、彼女自身にも分からなかった。
「質問です! そのヘルメットは外れないのですか?」
「無理です。頭蓋骨と一体化して脳の中まで入り込んでいます。パーツのいくつかはともかく、全部は絶対に外せません」
「うわぁぁ」
女生徒たちがドン引きになる。
ヒサメにはどうしてそんな反応が返ってきたのかが分からない。
そう言えば、とラウンジ内を見まわす。
強化人間としての異相を持つ者が一人もいない。外見からだけでは確信が持てないが、機械化された部分を持つ者もいない様だ。
宇宙基地で育った少女にはそれは不自然な事に思われた。
「あの、皆さんの中には強化された人はいないのですか?」
今度は地球生まれの少女たちの方が気まずそうに視線を逸らした。
明らかに地雷な話題。しかし引きこもり少女はそれに気付けるほどボディランゲージに聡くなかった。
「どうしました?」
「あ、いや、私たちは……だから」
「はい?」
「種の保存、って言ったら分かる? 私たちは人間という種を保存して後世に伝えるためのサンプルなの。だから私たちには『強化された』人たちの血は一滴も流れていない。身体の機械化も推奨されていない。あくまでも自然のままの人間である事が求められているの。結婚相手も上が決めてくれるわ。……子供を産んでから離婚して好きな相手と結婚し直した先輩はいるけどね」
「わぁぁ」
リョウハが製造された人体工房とは同一線上にして真逆の方向の非人道。ヒサメは言葉を失った。
彼女の境遇も決して真っ当とは言えないのだが、本人にその自覚はない。
「こ、ここに居れば大丈夫ですよ。ここなら好きな相手と……」
「それが問題なのよね。この船だと一部のおじさま趣味の子以外にはいい相手がいないのよ。一人有望な男がいると思ったらとんでもない危険物だし」
「は、はぁ」
「ヒサメちゃん! あの危険物はあなたに任せるわ。しっかり手綱を握っておいてね」
「リョウハの事? 普通にしていれば別に危なくないよ。リョウハの基準だとあなたたちは非戦闘員になるから保護の対象のはず。敵対しなければ何もしないよ」
「私たちにはその基準が分からないのよ」
そして、パーティが始まった。
ヒサメはパトリシアや他のメンバーとたくさん話した。生まれてから今までの一生分と同じぐらい話した。
話しすぎて顎が痛くなった。人ごみに酔って注意が散漫になった。
「ええぇぇっ! ヒサメちゃんて15歳なの? もっとずっと下かと思ってた!」
「私は遺伝子操作的に成長が遅いって、検査で言われた」
「10歳から12歳ぐらい。成長期直前ぐらいにしか見えませんよね」
「ねぇねぇ、ヒサメさんって前はどんな学校に居たの?」
「学校? そんなもの、行ったことない。これが初めて」
「わぁ、なら転入生じゃなくて新入生だ!」
「ヒサメちゃん、入学おめでとう!」
「ぴっかぴかの一年生だ!」
「このお菓子、美味しい」
「レシピは?」
「それは秘伝なのです」
「こっちで検索して、と。ロックされた?」
「だから秘伝なのです」
「ヒサメちゃん、こっち手伝って!」
「そ、それは反則なのです!」
「この船で若い男というと、危険物以外は……」
「船長さん?」
「あの人はなんか彼女持ちっぽい雰囲気が」
「それ、アタリ。カグラさんとつきあってるって聞いた」
「あのキレイな女!」
「敵わないなぁ」
etc.etc。
女の子たちの宴は続いた。
ヒサメが純粋な情報処理機械であれば忍び寄る危険に気づいただろう。だが、彼女は人間としての肉体に引きずられる存在であり、一度に多方向に注意を向けるのにも限界があった。
彼女たちの城であるグローリーグローリアに侵入する人影があった。
最初、それにヒサメもその他の誰も気づかなかった。
ラウンジの扉が開く。女生徒たちは24人、全員揃っているはずなのだが。
「あ・な・た・た・ち。いったい何時まで騒ぎ続けるつもりですか?」
「あれ、カグラ。どうしてここに?」
グラマーなマッド遺伝子工学者がそこに仁王立ちしていた。
「ランフロール女学院の分校が全寮制で開かれると聞いて司令が寮監が必要ではないかと言い出したのよ。わ・た・し・は別に寮監ぐらい居なくとも問題ないだろうと主張したのだけれど、どうやら司令が正しかったようね」
「え、えぇっと、ごめんなさい」
「私がランフロール女学院、金剛分校の寮監カグラ・モローです。……もう、午前零時をまわっていますよ。テーブルの上を片付けて、さっさと寝なさい!」
「ええぇぇー」
「えーじゃありません。……別に良いわよ、起きてても。ところであなた、豚は好き?」
「はい?」
「それとも、カエルにしましょうか? プレーンな被験体がこれだけ居ると、計画を立てるのも楽しいわ」
ニッコリと邪悪な微笑みが浮かんだ。
本日のランフロール女学院の授業。
四字熟語「焦燥狼狽」「阿鼻叫喚」の実感、であった。
合掌。




