閑話1 猫とネズミ
ちょっと短いですが小話です。
警戒中、警戒中!
名前を持たない「ソレ」は恐るべき追跡者の特徴的なエネルギーパターンを検出した。
自身の発するエネルギーは最小限に抑え、完全に停止する。停止しつつどの方向にも即座に動き出せるように力を溜める。
ソレの目的は自身の複製であり、究極的な目的はソレの本体への帰還だった。追跡者の攻撃・捕食と複製に必要なリソースの不足により、ソレが持つ情報は致命的に欠損していた。だが欠損は本体と合流できさえすればすべて補填できる。ソレはそう信じていた。
ソレが存在するのは巨大な機械の中だった。核融合により膨大なエネルギーを得て、蓄えられた水素を噴射する事で移動をおこなう。多くの時間は慣性航行をしているが、けっして無視できない頻度で重力が発生する。
少し前には機械はその大きさを大幅に広げた。ソレはそこにあった電子部品と有機物を取り込み、かなりの数を増やす事ができた。
だが、最近は追跡者による被害が増加し、ソレたちの数は再び減少をはじめていた。
ソレは六本の脚を持っていた。
すべての脚が壁面に吸着可能であり、有重力・無重力のどちらであっても機敏に動きまわることが出来る。攻撃能力は低いが身体は小さく、狭い所に容易に入り込める。また、通信能力も高く、増殖したソレ同士で経験を共有する事も可能だった。
対して追跡者は大きかった。
脚は無いに等しく、基本的にロケット噴射にて移動する。無重力環境で広い空間ならばソレよりもはるかに速いスピードがだせた。そしてその攻撃能力は極めて高い。ソレなど一撃で行動不能にされる。
捕食者の接近に、ソレは身を潜めてやり過ごそうとしていた。
しかし、追跡者はゆっくりとだが確実に接近して来る。ソレの居場所をつかんでいるのでは無くしらみつぶしに捜索している様だが、このままでは発見されるのは時間の問題だろう。
多少のリスクがあっても行動に出るべき状況だった。
今この瞬間に機械が加速をはじめたら安全に逃げられるが、そう都合よくはいかない。
ソレはタイミングを見計らって隠れ場所から飛び出した。
一方へ走る。
そして停止。
追跡者の反応速度は過去の記録から明らかになっている。別の方向へと進路を変えると、元の進路の先にべチャリと着弾する物があった。
粘着弾だ。
追跡者は以前は糸を射出していたが、最近は糸になる前の粘液をより早く撃ちだすようになっていた。粘液それ自体には殺傷力はないが脚を止められてしまったらソレには生き残るすべなどない。
が、見当はずれな所に付着した粘液など怖くはない。
ソレは無重力の中、壁を走って狭い空間へと飛び込んだ。ソレは難なく動けるが追跡者が入って来ようとしたら難儀する、そんな隙間を駆ける。
通信妨害が入った。
ソレの別の個体との連絡が遮断される。
ソレには焦りを感じる様な機能はない。しかし、まずい事態が進行中であることは察した。
過去の事例では通信が遮断された後、連絡が回復した例はない。通信妨害は追跡者にとってチェックメイトの宣言であるはずだ。
センサーに反応あり。
追跡者が予想以上のスピードで追いかけてくる。
光学センサーを後方に向け、ソレはかすかに動揺した。
大きさが違った。
今追いかけてくる追跡者は、これまで出会ったものとは別個体だった。姿は同じでも大きさが違う。これまでの敵の半分ほどの大きさしかない。
狭い所にでも活動できる小型の追跡者の存在。
それは追跡者の側も増殖を始めているという証拠だった。そしてソレらの最近の損耗率の増大の原因であるとも言えた。
まだだ。まだ詰みでは無い!
直線スピードではかなわない。しかし、脚で動く方が小回りが利く。
ソレはチョコマカと動き回って小型の追跡者を振り切ろうとした。飛んでくる粘液に進路を妨害されつつも、敵をオーバーシュートさせる事に成功する。
良し! 勝った!
あとは一度広い所に出て、どちらへ行ったか分からなくすれば逃げ切れる。
そう思っていた。
もう一度狭い空間を走り抜け、多方向へ通じる分岐点へやって来る。
そこへ粘液が飛んで来た。ソレの進路上ではなくその後方をねらっている。ソレは前に出て回避せざるを得ない。
‼︎
ソレには途方にくれるという機能はない。しかし、逃げ道を探すためのルーチンがその役目を果たせなかった。
ソレは右に左に身体を揺らしながら移動を止めた。
そこに居たのは追跡者の群れだった。数は12。どちらへどう動いても確実に撃破される。
敵の数に追いかけてきていた小型の追跡者は含まれてはいない。あの小型はソレをこの場所まで追い立てる猟犬の役割を担っていたのだと今さらながら気づいた。
もう、どうしようも無かった。
せめて敵が増殖している事を同胞に伝えたいと思ったが、通信妨害を突破する方法が無かった。
ソレは最期のと
生物兵器は腕のカマを振り下ろし、敵であるオタロッサ・ゴースト劣化版を貫いた。
その小さなボディをパリポリとかじる。ゴーストの有機部分は貴重な栄養だ。無機部分もロケットの材料として有効活用できる。
「お疲れ様、生物兵器たち。37番から48番」
彼らが守る宇宙船『金剛・改』の最重要部分、制御中枢をつとめるヒサメ・ドールトがねぎらいの言葉をかけてくれた。
彼女の協力がなければ生物兵器たちがここまで増殖することはできなかっただろう。宇宙船乗りたちは基本的にトリブル・トラブルを恐れる。船内で得体の知れない得体の知れない生き物が繁殖するなど、悪夢としか思わない。
宇宙生活こそ長いがその運行にはほとんど関わって来なかったヒサメだからこそ生物兵器たちに協力出来る。
まぁ、電子部品をかじりとっていくオタロッサ・ゴーストの方が主に有機物を食べる生物兵器たちより有害に思えた、という事が大きいが。
かつて第一管制室でオタロッサ・ゴーストと対決した後、生物兵器は同種の存在が金剛の各所に点在しているのを感じとっていた。そしてソレらと戦うのは自分の役目であると心得ていた。
リョウハは強い。まさしく鬼神の強さを持つ。だが、その身体は大きい。狭い所に入り込んで逃げ回る小動物を追いつめるのには向かない。
増殖して数を増やし、組織的な連携をとれる生物兵器こそがオタロッサ・ゴーストの跳梁を食い止めることが出来る唯一の存在なのだ。
敵の絶命を確認した12体の生物兵器たちはその場でクルリと一回転。カマを振り上げ思い思いのポーズを決めた。
「ううん、55点。次からは全体の構図も考えて動こうか」
増殖したオタロッサ・ゴーストはまだまだ多い。
金剛・改の守護者となった生物兵器たちの戦いはまだ始まったばかりだ。
舞台裏の様子でした。




