2-23 抱擁
「では、作戦アクタガワの説明を始めさせていただきます」
ヤシャの操縦桿を握りつつ、リョウハ・ウォーガードはフウケイ船長の言葉を思い出していた。
経験の差というものは馬鹿にできないとつくづく思う。
彼は肉体だけでは無く知性においてもフウケイ・グットードに劣るつもりはない。だが、彼ではこんな方法は思いつけない。彼だけならブラウを周回する軌道に入って低代謝モードに移行、救助を待つぐらいしか出来なかっただろう。
知性の差でも経験の差でもなく「彼の神経回路が戦闘関連以外は繋がらないだけ」という可能性もなきにしもあらず、だが。
「ビッグアイ迎撃のために遠慮なく加速しまくったヤシャと金剛の相対速度はひどい事になっています。まず、ヤシャの行き足を止めなくてはなりません。まず、ヒサメさんにヤシャの進路付近にある無人設備を掌握してもらいます。出来ますよね?」
「当然。救難活動用のコードを使えばほぼ正規のルートでコントロール可能」
「参考までに、それの正規でない部分とは?」
「所轄官庁の命令を偽装」
「間違っても正規じゃないですね」
「そう言っている」
それは行為の根幹部分が不正規だ、というツッコミはメカ少女には通じないようだ。
「……無人設備からはヤシャの進路を塞ぐように単分子ワイヤーを流してもらいます。強靭かつ重量がほとんどない単分子ワイヤーならヤシャと接触しても破壊される事はないでしょう」
「それを俺に掴めと?」
「さすがの中尉にもそれは難しいでしょうね。ご存じないかもしれませんが、ヤシャにま使われている単分子ワイヤー帷子装甲は帯電させることで他所の単分子ワイヤーを取り込む事ができます。比較的簡単にワイヤーを機体に固定できますよ」
その説明を受けて船外作業を行ったのが三時間前。
装甲を帯電させるには補助動力だけでは足りず、レールガンのコンデンサーに残っていた電力を流用した。
あとは宇宙空間に流された極細のワイヤーに機体をぶつけるだけだ。両端が固定されピンと張られていたダフネ補給泊地のトラップワイヤーと違ってこれに触れてもスパッと切れる、事は無いはずだ。
非装甲部分で接触してしまったらワイヤーを固定できず作戦失敗になるが。
単分子ワイヤーは肉眼では見えない。センサーで捕捉するのもかなり難しい。
だいたいこの辺りにあるハズ、というのを情報機器に強調表示させる。
人型の上半身の両腕を広げて投影面積をふやす。こういう時は両脚が欲しくなる。
いきなり、ガクンと衝撃がきた。
強烈なGが襲ってくる。
ヤシャの進行方向に対して真横に流されたワイヤーだ。ヤシャとワイヤーを流した無人設備はお互いのまわりを回転しあう事になる。このGは遠心力だ。
これで180度回転すればUターン完了、とはならない。
回転の中心軸のベクトルは彼我の運動量を合わせた物になっている。相手が一点に固定されている訳ではない以上、完全なUターンには程遠い。
だが、それでもヤシャの運動量の半分くらいをうけ渡せただろうか?
リョウハにすら辛い強烈な遠心力に耐えつつ180度回転したあたりでワイヤーを切断する。
「ワイヤーの吊りもとは無人のビーコンか? 軌道から叩き落とす事になってしまったが」
ヤシャの運動エネルギーの半分を渡されたビーコンはその軌道速度を大幅に減少させた。このままではブラウに落下する。
自分が助かるためとは言え、民間に被害を出すのはリョウハの本意ではなかった。
「大丈夫ですよ、中尉。あのビーコンはほぼその役目を終えた物です。アレが軌道登録されているのはこんな時に有効活用するためです。有終の美を飾らせてあげましょう」
「そうか」
「それに、司令が戦艦撃破の事実を惑星系中に宣伝していますからね。多少の被害で我々に文句を言える者はいません」
「フウケイ君、作戦アクタガワの最中にそういう利己的な事を言うのはやめてもらえないかね。糸が切れたらどうする?」
レツオウの言葉はリョウハには理解出来なかった。が、もの凄くどうでも良い内容な気がしたので無視した。
「で、次はどうする? 金剛への帰還は可能になったのか?」
「そうですね。……今のビーコンはヤシャよりだいぶ軽かったので、速度はあまり落ちていません。同じことを後二回ほどやりましょう」
「面倒だな。もう少し簡単にはいかないのか?」
「いきなり重いものと接続すれば一度でスピードを殺せますけど、Gがかかり過ぎます。中尉の身体かその機体のどちらかが壊れます」
「俺の身体にはまだ余裕がある。機体は……ダメだ。状態を自己診断させようとしてもエラーが出る」
「機体の半分が無くなっていればそんな物でしょう。安全第一で行きましょう」
「仕方ないな」
どうにか軌道を整え、金剛・改とヤシャがランデブーするには二日かかった。一度接近したが速度が合わずにすれ違い、ゆっくりと再度接近してようやくだ。
ここからもともとの目的地である衛星シンジュへ戻るにはさらに大幅に時間がかかる。予定の遅れにレツオウは苛々していたが漂流者を救助するのは宇宙の男の義務だ。反対を口に出したりはしなかった。
金剛・改が物資を届けるのが一日遅れれば、それだけで何人・何十人と死者が増える。その計算がある以上、彼の苛立ちも理由がないとは言えなかった。
リョウハはメインスクリーンに大きく表示させる金剛・改を見てホッと息をついていた。
戦闘用強化人間として生まれた彼がPTSDにおちいる事はない。過度のストレスにさらされてもパニック障害になる事もない。しかし、そんな彼でも満足な機動力を持たずに宇宙を流されていくのはありがたく無かった。第三者の助けが得られなければ生命を維持できない状況など、赤ん坊の頃以来かも知れなかった。
「こちらヤシャ。現在の推進剤残量は5%。自力で着艦可能だ」
「こちら金剛管制。無理はするな。ハッチの前まで来てくれればこちらのアームでつかまえる」
「ヤシャ、了解」
ヤシャはこれまでの間にオプション装備はすべて投棄していた。
長距離用のセンサーだけは惜しかったが、エネルギーが切れて再チャージもできないレールガンなどただの重しだ。中身の無くなったプロペラントタンクも同様。なお、持ち帰らなかった理由は重量以外にもある。
両腕を展開したままのヤシャが金剛・改に接近する。
追加装甲の間からロボットアームがのびてその機体を捕まえた。
「こちら金剛管制。やはり両腕もダメだ。かなり放射化している。船内に入れられない」
「了解した。そちらも切り離す」
激しい戦闘でヤシャは放射線を浴びすぎた。強い放射線を浴び続けるとその物体もまた放射線を発するようになる。最後まで守りきったコクピットブロック以外の各部は、規則上船内に持ち込めないほどに放射化していた。
ヤシャは両腕を根元から切り離した。
ヤシャの上半身の推進器は両肩の外側に付いている。当然、それらもまた無くなった。
これでヤシャは頭と胸だけとなった。金剛まで帰ってこれたのはたったこれだけ。
出撃した時はタンクミサイルまで含めれば全長300メートルにも及ぶ巨体だったのだが。
小さな小さな機体が金剛・改の内部に収容、固定される。
「さあ、英雄の凱旋だ。さっさと出て来いよ、大将。酒がもったいないからシャンパンの用意はしていないがな」
ヒカカ班長の声が響く。
この貨物ブロックは現在与圧されていない。慣性航行中なのでもちろん無重力だ。
リョウハは最後まで死重をやっていた愛銃を肩にかけてコクピットを離れた。
ガラではない、と思いつつ振り返って愛機の残された部分に敬礼を送った。
エアロックに入って与圧区画へ。
そこで宇宙服を脱ごうかと思ったがもう少しだけ我慢する事にした。ヘルメットを外すにとどめる。この後は風呂場へ直行するべきだろう。戦闘用強化人間といえども皮膚の老廃物をゼロにする能力は持ち合わせていなかった。
エアロックを抜けた先には女の子たちが待ち構えていた。
またトラブルになる?
と、一瞬身構えるが、先頭にいるのは銀の機械ヘアーの女の子だった。
いつの間に仲良くなったのか、すぐ後ろにパトリシア・エマーソンが立っている。パトリシアに背中を押されてヒサメはふわりと飛んできた。
「リョウハ」
「ヒサメ」
「はぁくいしばれぇぇぇ」
え?
と思う間もなく小さな拳が飛んできた。練習を重ねただろう見事なフックだ。
リョウハは歯をくいしばる代わりに首をふってダメージを殺した。自分のダメージではない。リョウハを痛がらせるにはヒサメの筋力では弱すぎる。ヒサメの拳と手首のダメージを殺すために首をふった。
自分のパンチが受け流されたのを感じたのだろう。ヒサメはリョウハを半泣き顔でキッと睨みつけた。
「リョウハ、もうこんな事はダメなんだからね! 死んじゃうような事をまたやったら許さないんだから!」
「すまん」
銃弾の雨、ビームの嵐が相手ならともかく、女の子の涙を相手にどんな抵抗ができるだろう?
リョウハは即座に無条件降伏した。
「それだけ?」
「ごめんなさい」
そしてリョウハはヒサメを抱きしめた。
遠くで女生徒たちが黄色い悲鳴をあげたが、気づかなかった。
名称 金剛・改
種別 ガスフライヤー改装 分離装甲船
全長 512メートル
全幅 736メートル
主動力 核融合
宇宙空間用プラズマロケット×2
ガス惑星用資源採取機能付き熱核ジェット×4
資源打ち上げ用タンク利用ブースタープラズマロケット×4
必要に応じて旅客船グローリーグローリアの動力も利用可能
武装 破壊探査用ミサイルランチャー×2(残弾6)
分離した船体各部を質量弾として利用可能
乗員 司令官 レツオウ・クルーガル
船長代理 フウケイ・グットード
中枢システム代替(技師長)ヒサメ・ドールト
保安部長 リョウハ・ウォーガード
保安要員兼乗客世話係 ギム・ブラデスト
生活環境整備士兼船医 カグラ・モロー
整備班長 ヒカカ・ジャレン
その他 乗員 42名
乗客 パトリシア・エマーソンら23名
ペット兼番犬 レパス
リョウハ救出時点での金剛のステータス。
船体の厚みが増えたが全長と全幅は特に変化していない。背中の工場区は無くなったが追加装甲と船体の間の空間に自律型工作機械が集まって新たな工場区を形成しつつある。ちなみに、金剛の船体はもともとリフティングボディであり、どこから先が翼かははっきりしていなかった。今後は追加装甲がない部分から先が翼と呼ばれる様になる。
ダフネ泊地での補給に成功したが、その後の機動で推進剤を大量に消費した。再度の補給が必要になっている。
乗員の編成は終了したが、新たに救助した女生徒たちの扱いが微妙に問題。すぐに役立つ技能がないとはいえ、まさか「売春婦兼次世代生産母体」とはできない。なお、女生徒たちも自分たちの立場の微妙さは感じとったのか、ヒサメと仲良くして無体なことを強制されない様に牽制している。
「はぁくいしばれぇぇぇ」はその副産物である。
宇宙戦艦襲来編はこれで終了です。この後はしばらく更新を休みます。
次は衛星シンジュ編ですが、その前に閑話をはさむかも知れません。




