2-22 温めろ(何を?)
二章も終盤ということで、二日連続投稿です。この次の話で二章は終わりです。
三日連続になるかは……努力します。
発進後、ヤシャは無線を封鎖していた。
正当な上位権限を持つ相手と戦うならこれは絶対だ、と言うのがリョウハの主張だ。情報の漏洩や各種機器の乗っ取りを避けるにはスタンドアローンでいるのが一番だ、と。
だから金剛・改では光学観測をはじめとした自前の手段で戦いを観戦していた。
大気圏突入前の最終チェックをしながら戦いを見守る。
第二管制室のフウケイ・グットード船長もその一人だった。第二管制室には彼ともう一人、カグラ・モローがいた。彼に新しい力とその他のイロイロをくれた女性だ。そして肉体的にはここに居ないがヒサメ・ドールトもまた第一管制室よりはこちらへ顔を出すのを好んでいた。
反陽子ビームの乱射に手に汗を握り、打ち上げ型タンクの爆発に息を飲んだ。
その後はヤシャの居場所を見失っていたが、ビッグアイの挙動からその健在を察した。
ヤシャとビッグアイの軌道が交差する刹那の間にどのような攻防が繰り広げられたのか、フウケイには認識できなかった。彼に見えたのは結果だけだ。中心部がひしゃげ、誘爆をおこす戦艦の姿にカグラと目を合わせてガッツポーズした。そして抱き合った。
敵艦の破壊にともない、無線の封鎖がとけた。
リョウハの声が届く。
「敵戦艦ビッグアイの完全破壊を確認。……状況、終了」
浮かれたところの全くない、淡々とした声。プロの仕事ぶりとはこう言うものかと思う。
カグラやフウケイにはそんな自制心はない。喜色満面、歓声を上げようとする。
「こちらの損害、下半身の完全消失。メイン動力の核融合炉がなくなった」
フウケイは一転して全身の血が凍るかと思った。
「すまん、ヒサメ。約束を守れなかった」
勝利を祝うどころではなかった。
大慌てで爆発の影響でホワイトアウトしたセンサー類を再立ち上げする。ヤシャの位置を捕捉しようとする。
光学センサーが現在のヤシャの姿をとらえた。
両腕はあった。頭部とも呼べるセンサーブロックもコクピットのある胸部も無傷だ。わずかに破損したプロペラントタンクを背負っている。
それだけだ。
腹から下は何もない。
人型をしているデメリット、だろうか。そこに在るのはただの破損した宇宙機でしかないのに、見るも無惨な姿をさらしているように思える。
機械少女の虚ろな声が響く。
「戦闘状況の確認。遠距離からの攻撃、効果なし。敵艦の迎撃をかいくぐって突撃。近距離からの射撃、命中弾あり。敵艦、小破」
「ヒサメさん?」
「軌道要素の関係で、再攻撃のチャンスなし。ヤシャが選択できる最大の攻撃手段、体当たり。頭からぶつかる代わりに核融合炉を装備した後ろ半分を分離、激突させた」
「ヒサメちゃん、落ち着きなさい!」
カグラの呼びかけは逆効果だった。
機械少女の取り乱した声が、管制室内に響く。
「私だ、私のせいだ! 私があの艦に有効な武器を作れなかったから! リョウハはちゃんと当てたのに! 私がリョウハを殺した!」
「落ち着いて下さい。中尉はまだ死んでいません。動力を失って自力では帰れなくなっただけです」
「でも、このままでは惑星に落下して」
「ヤシャの軌道を確かめるのはこれからですが、ブラウにまっすぐ突撃している訳ではありません。時間はあります」
「……」
「その通りだ、少し落ち着け」
「リョウハ!」
少女の声が涙ぐんだ。
逆に船長の声は恨みがましくなる。
「中尉、そもそもあなたが『約束を守れなかった』とか言うから取り乱すのでは?」
「悪い、通信が回復しているとは思わなかった。その後はこっちのコンソールに警報がいくつか出て対応していた」
「警報? 大丈夫なの?」
「下半身を投棄した時に余計な所まで壊れたようだ。深刻な被害ではない」
「その機能は核融合炉の起動に失敗した時に緊急投棄するための物だから」
「すぐに救助が来る場所以外での使用は想定していない、か。こういう物は実機で実際にテストしてみなければ本当のところは分からないし」
「ごめんなさい」
「気にすることはない。新型機をポンと造り出して『はい、これで完成です』なんて、あり得るものじゃない。最初からテスト機のつもりでいた。兵装の威力不足も仕方がない。対戦艦戦が必要になるなんて誰も思っていなかった」
リョウハとヒサメは二人の世界を創り出しつつあるようだ。
そちらは放っておいてフウケイは第一管制室のレツオウに連絡を取った。リョウハを迎えに行くための進路変更を通達する。
司令はかすかに渋い顔をしたが、すぐに笑顔で了承した。この船の頭脳となっているヒサメの機嫌を損ねるのは誰にとっても愉快な事ではない。
レツオウら旧第五整備宇宙基地の正規クルーという派閥に対して、子供二人に新参者といった面々が対抗派閥として出来あがろうとしている。レツオウがリョウハたちの能力を有効活用しながらも危険視しているように、カグラやその他の者たちもレツオウが暴走した時の保険を求めている。
そしてトラブル解決能力はあれども人の上に立つ気のないリョウハたちのせいで対抗派閥の領袖は自分になりそうだとフウケイは感じ取っていた。
船長、と言う立場を了承した以上、仕方のない事ではあった。
苦労がとても多そうな立場だが。
「しかしフウケイ君、シンジュを利用してスイングバイするとしても完全なUターンは無理だ。救助プランはあるのかね? さすがに追いつくのに一年かかるとかだと、許可は出せんぞ」
「シンジュでは多少無理をします。大気圏の上層部をかすめてブレーキにしつつ離脱時に全力噴射、これでUターンに近い軌道にできます。その後はヤシャに残った機動性能次第です。これから検証します」
「わかった、任せる。それにしても君が二等航海士だったとは、かつての金剛ではよほど人材が余っていたのかね?」
「……ありがとうございます」
頭を下げつつレツオウとの通信を打ち切る。
空気を読んでカグラがパンパンと手を打ち鳴らした。
「はいはいお二人さん。御歓談中わるいけど、真面目な話の時間ですよ」
「……」
「……」
気まづい沈黙が返ってきた。
この非常時に一体何をやっているのやら。
「中尉、そちらの状況を教えて欲しい」
「……さっき言った通りだ。上半身だけならほぼ無傷だが、補助動力しか残っていない。機動性能はトミノ式の半分以下だ」
「ヤシャの上半身はトミノ式の設計を流用している。本来なら同性能。ただしヤシャの推進器は高エネルギー時に最大の効率を得られるようになっている。計算上の推力はトミノ式の55%」
「プロペラントタンクとレールガンの重さを入れたら加速性能としてはもっと落ちる」
ヒサメの説明に対してリョウハの解説がさらに入った。
「その程度でも動けるなら惑星への落下は回避出来そうですね。水と空気はどうです?」
「どっちも浄化・循環できる。長距離侵攻仕様にしてくれたヒサメに感謝だ。問題は食料だな。さすがに食べ物の生産プラントまでは積んでいない。低代謝モードに入ればそこそこ持たせられるが」
「それはもう少し後にしましょう。そちらの軌道要素の観測が終わりました。これから救助プランの作成に移ります」
古来、宇宙において「方程式は冷たい」と言う。
軌道計算で算出された数字は絶対であり、どんな事情があろうと(美少女の密航者が居ようと)変えることができないものだと。
だが、そんな話はギリギリの推進剤で最大限の荷物を何の支援設備もなく運ぼうとした時代のものだ。
ここはブラウ惑星系。ガス惑星からの資源採掘で成り立つ所。ここの宇宙船は豊富な推進剤と有り余るエネルギーを持つ。
人類の領域の中では辺境でも、宇宙船の寄港地としては交通の要地。地球から修学旅行生がくる程度には都会なのだ。方程式の冷たさなど吹き飛ばしてやれる。
フウケイはヤシャの予想進路付近の人工物体をリストアップした。
観測機器やビーコン、どこかのガスフライヤーが打ち上げたヘリウムタンクなど無人の物がいくつかあった。
使えそうだ。
そちらへ接近する軌道をざっと計算する。
「中尉、軌道変更をお願いします」
「この軌道にか? ずいぶん中途半端な数字だな。周回軌道を整えるものでも金剛との相対速度を殺すものでも無さそうだが」
「説明は後で。しばらくの間、電波通信はブラックアウトします」
「?」
衛星シンジュ。
表面重力は0.8G。地球よりやや小さい。
惑星ブラウの巨大重力の影響で火山活動が活発であり、地表に固定の観測基地を設ける事はできない。シンジュの地表にあるのは自力で歩行できる移動基地だけである。
センチピードと呼称される移動基地の背中の上で、その男は左右に女をはべらせていた。男の額には角があった。女たちのあちこちを弄びつつ透明な天蓋を見上げていた。
女たちを啼かせる事など彼には容易い。彼は麻薬を体内で合成する力を持っていた。
本来なら暴徒を鎮めるための能力だが、彼はその力を独自に磨きあげていた。彼の製造目的とは間逆のこともできる。
人々の注意力を失わせて致命的なミスを犯させることも、絶望した者たちをあおって暴動を起こさせることも簡単だった。
待っているその時がやって来た。
地平線の向こうから焔の鳥が空を駆け昇っていく。
ガスフライヤー金剛・改が大気圏の上層部をかすめ飛ぶ姿だ。翼長700メートルを超える巨大大気圏往還機の通過はシンジュの大気を大いにかき乱す。学術的な観測記録に大きな影響を残すだろう。
今となっては学術的探査など気にしない人間の方が多かったが。
金剛・改は大気圏内では無動力。大気圏外へ出た瞬間にメインロケットとブースターのすべてに点火。
光の尾をひいて空を横切る。
出現したのと反対側の地平線に没していった。
「まったく、相変わらず派手な事をしてくれる」
額に角を持つ男はつぶやいた。
金剛・改が戦艦ビッグアイを撃破した話はすでにレツオウが惑星系中に喧伝していた。
角を持つ男テヅカ・ウォードクにはただの民間船に過ぎない金剛が戦艦を沈める事など不可能だとわかっていた。それが可能なわずかな可能性を持つ者、そんなヤツはガスフライヤーの関係者の中で一人しかいないと気づいていた。
彼が仕掛けた罠を突破しキープしておいた女生徒どもを奪い取ったのもあいつだとすれば納得できる。
「戦艦を落とすとは人体工房にいた頃以上じゃないか? なぁ、リョウハよ。俺と同格と言われた問題児、健勝そうで何よりだ」
久しぶりに遊ぼうじゃないか、と彼はうっすらと微笑んでいた。




